第2話 白い魔女
家族にも聞き、本も読んでみたけれど、『真実の愛』がどんなものなのかいまいちつかめなかった。
結局のところ呪いを解く条件としてどう判定されるのかがわからなければ非効率だ。
そう結論づけた私は、古い知り合いを訪ねることにした。
折よく今日は学院も休みだ。
話を聞いた公爵様も、仕事を片づけて付いてくることになった。
馬車は公爵家の紋章が入っていないものを用意してもらった。
どこの誰だとおおっぴらに宣伝しながら行くところではない。
念を入れて王都の外れで馬車を下り、歩き出すと少し離れたところから護衛がついてくる。
さすがは公爵家、と思ったが、貴族の家なら普通なのだろうか。
公爵様は「本当にこちらであっているのか?」「こんなところに本当に?」「間違いではないのか?」と周囲をキョロキョロしながら私のやや後ろを歩く。
子犬を連れている気分だ。
細い通りには小さな店が続く。
私は蔦が絡まる白木のドアの前で足を止めた。
「ここか?」
「はい」
答えながら軽くノックをすると、「はーい」と朗らかな声が返った。
ドアが開くと、綺麗な長い金髪の女性がにこりと笑みを浮かべ「いらっしゃいま」まで言いかけた口が、ぴくりと引きつった。
「なによ! あんたの肝臓なんていらないって言ってんでしょ!」
いきなりの勢いに戸惑ったのは公爵様だ。
私はそれに構わず、かいくぐるようにしてさっさと中に入った。
公爵様も慌てて後に続くが、狭い店内だから護衛には外にいてもらう。
「彼女が店主のレオドーラです」
レオドーラは私の隣に立つ公爵様にじろじろと遠慮のない視線を向けた。
「今日は一人じゃないのね。誰よ、それ」
「旦那様です」
「ついに侍女にでもなったの? 働き口が見つかってよかったじゃない。これで臓器の押し売りもなくなってせいせいするわ」
高笑いしたレオドーラに、公爵様が律儀に口を挟む。
「いや、彼女は俺の妻だ」
「いやだからあんた誰……、って、ええ? 本気で言ってる? 何でこんな得もないし徳もない女と結婚を」
「そこは無理矢理」
正直に、かつ端的に答えた私に、レオドーラが引いた目を向けた。
「あんた、本当に人でなしね」
あまり話せる経緯でもないから端折ったのだけれど、無理矢理結婚させたのは私ではなく国家権力だ。
ただ、得もないし徳もないというのは一言一句同意する。
「いや、それは誤解だ。ジゼルも随分な言われようだが、一体何をした? そもそも、肝臓とは――」
「ああ。暮らしが貧しかったので、白い魔女に臓器を売って金銭に替えようと」
「はああ?!」
「まあ、断られましたが、薬草が高価だとわかったので、屋敷の庭に薬草畑を作って売りに通うようになりまして」
そう。
白く裾が長いスラリとしたワンピースを着ていて、見た目にはどこにでもいそうだけれど、彼女は白い魔女だ。
人との関りを避けるように森の中で暮らす黒い魔女とは違って、こうして人の暮らしの中に混じっているけれど、店の場所は誰もが知っているわけではない。
回復や祝福など、人の持っている力を助けるような魔法を扱う貴重な存在だから、居場所が知れ渡るようなことがあると、すぐに姿を消してしまう。
そして、国や権力に与しない、独立した存在だ。
どこの国でも白い魔女がいることは国民たちを助けることになるため、その存在は歓迎され、守られている。
片や黒い魔女は呪いや人を害する魔法を得意としているから、嫌われ、遠ざけられる。どこまでも正反対だ。
「臓器を売るほど困っていたとは……。すまない、同じ貴族でありながらとても想像がつかない。そんなに貧しいなら、領地の税率をあげれば――」
「貧しい土地ですから、領民から巻き上げるものもないのですよ。みんな生活がカツカツなので、むしろこちらが食糧を配らねばならないのです」
「そ、そうか。それなら、治水工事とか、根本的な対策を」
「根本的な対策を取るには資金が必要です。代々国王陛下にもお力をお借りできないかとお願い申しておりますが、『そこをなんとかするのが領主の役目であろう』と返されただけで放置ですので」
「それは、その、すまない――」
まあ、臓器を売ろうとしたのはさすがに短絡的過ぎると父にも怒られた。
資金を得て、悪循環を断ち切るためテコ入れしたい一心だったのだけれど、確かに臓器を失って体を壊しては働き手が一人減ることになり、長い目で見れば損失となる。
そう反省しているからこそ、懸命に薬草を育てていたのだ。
「で、結局何の用なのよ。結婚したんなら、あんたのことだからしっかり資金の援助もとりつけたんでしょ? もう薬草を売りつけに来る必要もないじゃない」
言いながらレオドーラは、私が青臭さがだだ洩れする麻袋を持っていないことを確認するようにちらりと見る。
「今日は黒い魔女と呪いについて教えてほしくて来たの」




