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腹いせでモラハラ公爵に嫁がされたはずが、扉を開けたらツンデレな子犬がいました  作者: 佐崎咲
第一章

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第10話 初めての夜と書いて初夜

「私たちは本日、戸籍上で夫婦となりましたので、私が寝るのも夫婦の寝室になるかと思いますが」


 きょとんとする公爵様にそう返すと、「お、おま、そん……!」とちゃかちゃか爪の音を立てながらじたばたと手足を動かした。


「私は満足に淑女教育を受けられてはおりませんが、基本として教わっております」

「いや、その、だな、いくら夫婦とはいえ、私たちは、その、いきなり叔父上に結婚させられただけであって、婚姻手続きとて同意なく進められてしまったのであるから――」

「こちらです」


 公爵様がもだもだやっている間にロバートがにこやかに案内してくれるので、「ありがとう」と答えてすたすた歩き出す。

 その後ろを「お、おい! 待て!」とわんきゃん鳴きながらついてくる。


「別に公爵様も一緒に寝なければならないという決まりはありませんから、お好きな場所でどうぞ。お互いに自由。そういうお約束ですし」

「いや、だが……」


 公爵様はむにゃむにゃと言葉を濁した。

 仲を深めようというのにそれぞれ自由にやろうというのが矛盾しているのはこういうところだ。

 けれど、決して両立できないことでもないし、相反しているわけでもないと思う。

 公爵様は眉を下げ困惑していたものの、結局そのままちゃかちゃかと爪の音を鳴らしながらついてきた。


「……俺だけ自室で寝たら、逃げたみたいで格好がつかないからな」


 夫が来てくれないと妻として扱われず惨めな思いをすると習ったのだけれど、男性側もそういうことを考えるものなのか。

 貴族とは、夫婦とは面倒なものだ。

 ロバートに案内された寝室は、さすが夫婦用だけあって広い。

 場所だけ確認し、自分で寝る準備を整えようとしたものの、慌ててやってきた侍女にあれよあれよと連れていかれて、結局湯あみまで手伝ってもらった。

 そうして寝室に戻り、さっさと布団にもぐりこむと、公爵様はベッドの下でぐるぐる回り続けていた。

 犬の習性なのか元来のクセなのかわからないが、困ったり悩んだりするとそうして全身に表すのがとてもわかりやすい。


「どうぞ」


 布団を少しめくって声をかけると、「あ、ああ」と戸惑ったような声が聞こえ、しばらくして覚悟を決めたようにぴょんとベッドによじ登ってくる。

 戸惑いながらも枕の置かれた場所に顎をのせ、伏せの形でおさまったのを確認すると、私はその上に布団をぱさりとかけた。


「おやすみなさいませ、公爵様」

「あ、ああ」


 それしか相槌のパターンがなくなってしまったらしい。

 左向きでないと眠れない私は、公爵様に背を向けて目を瞑った。

 あまりのことに疲れていてそのまますんなりと眠りに落ちていったから、公爵様がいつ眠りについたのかはわからなかった。




 布団はふかふかでシーツはパリッと張りがあり、石鹸のいい匂いがして心地よい眠りだった。

 おかげで目覚めも爽やかだ。

 公爵様はまだ眠っているだろうかと右に寝返りを打つと、そこには思ってもみないものがあった。

 ふわふわの白髪。

 布団から突き出したたくましい腕。

 そしてなにより、陶器のような肌に、整った顔面。

 昨日一瞬だけ見た、人間の公爵様がそこにいた。

 さすがに驚いて淑女らしく「きゃあ」と悲鳴をあげそうになったけれど、「なんで??」という思いが勝り、気づけばじっと観察していた。


 ――まつ毛長いな


 昨日は一瞬すぎてよく見ていなかったけれど、形のいい唇は男性にしては厚めだ。

 今は閉じられている瞳は、確か橙色だった。

 天使のような少年らしさと色気の同居した佇まい。

 これは幼少の頃から年齢問わず襲われてきただけのことはある。


 しかし、ここにこうして人の姿で寝ているということは、呪いは解けたのだろうか。

 もちろん私は何もしていない。昨夜はぐっすりと眠っていた。

 だから夜の妙技に心底惚れ込んだということもないし、口づけだってしていない。

 それとも、まさか寝ぼけた私が襲ってしまったのだろうか。

 目まぐるしく考えながらも眼福な顔をじっと眺めていると、まつ毛がふるりと震え、瞼がゆっくりと開いた。


「おはようございます、公爵様」

「あ、うん。おは……、おは……? え? あ!!」


 誰? と聞かなかっただけ褒めてさしあげよう。

 私の存在を思い出したのか、人間版公爵様が慌てて起き上がろうとしたので、私は手のひらを突き出し制した。


「お待ちください。そのまま飛び起きると公爵様の諸々まで飛び起きます」


 人妻になったとはいえ、初夜は同じベッドに横になっただけで終わった清い身であるから、朝の光が煌々と差し込む中でいきなり公爵様の公爵様を目の当たりにするのは刺激が強い。


「わあ! うそだろ! 俺……?! キャー!」


 昨日と人格が違う。

 公爵様は一人青くなったり赤くなったり百面相をしながら、最終的に布団の中に隠れた。


「落ち着きましたらお聞きしてもよろしいですか?」

「……なんだ」


 我を取り戻したらしい。

 布団の中から低めた声が返った。


「公爵様の呪いは解けたということでよろしいですか? 昨日のおためしが時間差で効いてきたのでしょうか」

「いや、違う。犬の姿になるのは夜だけだと魔女が言っていたんだ。朝になったから一時的に戻っただけだろう」

「何故それを寝る前に教えてくださらなかったのですか」

「忘れてたんだよ!」


 抜けているなと思ってはいたが、そこまで大事なことを忘れないでほしい。


「犬の寿命は短く、すぐ死なれては困るからと言っていた」

「魔女も何も考えていないわけではないのですね。でしたら、昼間は人間の姿でいられて、命に関わることもないということで、呪いが解けずとも支障はないのでは?」

「それじゃいつまでも初夜ができないだろ! 跡継ぎだって作れない」

「魔女は結婚しても結ばれないよう邪魔をしたかったのかもしれませんね。しかし、昼間に事を済ませてしまえばよいのでは」


 公爵様が『なるほど』というように布団から顔を出す。


「今からします?」

「ななななな、そんな破廉恥な! しょ、初夜は夜にすると決まっているものだ! こ、こんな明るい朝っぱらからでは、全部丸見えではないか! いいのか?!」


 真面目なのか、正直なのか。


「別に、夫婦なのですから夜だろうと朝だろうとかまわないのでは?」

「いや、しかし、だから昨夜も言っただろう。俺たちは互いに気持ちがあって結婚したわけではないのだし」

「そういう貴族は少なくありませんし、むしろ、だからこそ子を作ることが夫婦としての役割なのでは」


 再び『確かに』というように真面目な顔で黙り込む。


「兄も触れ合うことで仲が深まることもあると言っていました」


 だいぶ言い回しをまろやかにしたが。

 公爵様は視線をあちこちに彷徨わせ、「その、なんだ」と言葉を探す。


「そこから始めるのもありなのかもしれんが、やはりそういったことはもっと、こう、心を持ってのぞみたい。家同士が決めた結婚であれ、普通は相手が決まってから何か月も何年も時間があるわけで、その間に互いの人となりを知り、理解を深め、その日の夜に至るわけだろう? そこが決定的に欠落しているのだから、昨日知り合ったばかりでやはりそれはよくない」


 真面目か。乙女か。


「その……、昨夜ジゼルも言っていた通り、女性はこういうものを『義務』だと教育されてくるだろう。その結果、その体に子を宿し、腹の中で守り育てねばならないのは女性で、それを昨日のように覚悟だとか義務だとか、そういう気持ちで臨むのは、だな……。もちろん仕方ない場合もある。だが、できるなら、愛とまではいかなくとも、やはりちゃんと俺自身を知った上で、受け入れてもいいと思えてからのほうがいいだろう」


 悩みながら言葉を選んでいるけれど、言わんとしていることはわかった。

 女性にとってはたった一度で人生と体が変わってしまうことでもある。

 そして長いことそれらと向き合っていく必要がある。

 その時に覚悟と義務だけではやるせない。そう思ってくれたのだろう。

 割り切って考えざるをえない女性はたくさんいただろう。

 私もそのつもりだった。

 そんな風に女性のことを考えてくれる人がいるとは、思いもしなかったから。

 私が黙っていると、公爵様は焦ったように続けた。


「い、いや、その結果やはり俺のことが気に食わないとか、生理的に受け付けないとかそういうこともあるだろうが、その時はきちんと話し合ってだな――」

「公爵様のこと、嫌いではありませんよ。いい人だと思います。それに、人の公爵様も犬の公爵様も、触れるのが嫌ということはありません。むしろ愛でたいと思います」

「いや、まあ、犬はな。もふもふだからな。撫でたかろう」


 人間の公爵様も、と言ったのだがそこは綺麗にスルーされた。

 耳を赤くしながらきょどきょどと視線を彷徨わせているあたり、聞こえていないはずはないから、まあいいだろう。逃がしてやるとする。


 しかし。

 思わず笑いが込み上げて、堪え切れずに、ふふ、と息が漏れ出てしまった。


「公爵様はモラハラの欠片もありませんね」


 最初はこんなヘタレで何故モラハラを演じたのかと思ったが、正反対だからこそ効果的だったのだろう。

 それにヘタレではない。

 この人は優しすぎるだけ。


 いろいろと策を練らなくとも、時間の問題かもしれない。

 しんとしていることに気が付き公爵様を見やると、驚いたように固まっていた。


「なにか?」

「いや……。笑ったな、と思って」

「私も人ですが?」

「それはそうなんだが、その……」


 公爵様はもごもごしていたものの、「とにもかくにも、まずは朝食だな」とどこか棒読みで声を張り上げた。


「そうですね。お腹が空きました」


 公爵様はベッドを下りようと体をひねりかけて、はっとしたように己の体を見下ろした。

 それから、ちらちらと私を見る。


「なにか?」

「い、いや、先に寝室を出てくれないか? 私がこのまま立つと、その……」

「なるほど。ではお先に失礼いたします」


 ベッドから降りて一礼し、くるりと背を向けると、公爵様がいそいそとシーツを体に巻き付ける気配がした。

 乙女かな。


「では、お食事の席にて今後のことをお話しいたしましょう。この国を乗っ取る手筈とか」


 振り返らないよう気を付けながらそう声をかけると、背後で息が止まる音が聞こえた気がした。


「はあ――?!」

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