その①
目覚めは心地よかった。
寝台から降りて窓の外を見ると、すでに日が昇っている。
「いい天気だ」
今日は何をしようかな。
せっかく国境を越えたのだから、いろいろ見て回りたい。
初めての旅。
しかも、気ままな一人旅。
「とりあえず、朝飯を食わねば」
部屋を出て、食堂に行く。
空いている席を探して座った。
この時間は宿泊客しか利用していないので静かだった。
「すいませーん」
料理を注文するために、給仕を呼ぶ。
背後から足音が聞こえたので振り返る。
宝石のような青い瞳、背中を流れる長い金髪。
いつ見ても、目を奪われる。
が、何を企んでいるかわからない。
あやしい女だ。
油断できない。
「また、お前か」
顔をしかめてやった。
相手は全く気にした様子がない。
と思ったが。
「『お前』はやめてください」
ちょっと怒っている。
「ちゃんと名前、あります」
「なら、教えてくれ」
「名をたずねるなら、まず自分から」
「そっちが言い出したんだろう」
「つーん」
「この女……」
まぁ、いい。こちらが大人になるか。
「トウエイのコウウン」
「トウエイのウンk……」
「言わせねぇよ!」
「ハッ?」と給仕は気づく。
「なにを言わせようとしたんですか」
「なにが?」
「女性に恥ずかしい言葉を言わせて喜ぶ変態……」
「止めたのは、おれ!」
「名前を教えるのが怖くなりました」
「おれもお前の名前を聞くのが怖い」
だって、お互いに名乗れば、知り合いの程度の関係にはなってしまう。
いくら外見は良くても、変な女とは知り合いになりたくない。
「まぁ、言いたくなければいい」
おれもそっちのほうがいいと思ったが。
「待って」
「なんだ」
「リル」
「なに?」
「わたしの名前」
「リル?」
呼ぶと小さくぷるぷる震えた。
「どうした」
「な、なんでもないです」
「リル?」
呼ぶと、やはりぷるぷる震える。
「お前を見てると、実家で飼ってる猫を思い出す」
「え?」
「そいつは名前を呼んでやると、うれしくなって身震いしていた」
「そんなんじゃないです」
「そうか」
「なぜ、私の足元を見るのです?」
「その猫、プルプルしながら、うれションしてたから」
衝撃が後頭部を襲った。
持っていたお盆で殴られたらしい。
後頭部に痛みを感じつつ、朝飯を平らげた。
食後のお茶を飲みながら、一息入れる。
すると、またリルがそばに寄ってくる。
コイツはほんとなんなんだろう。
「この後はどうするつもりですか」
世間話がしたいらしい。
おれは小さく息を吐いた。
「しばらく、町を見て回ろうかと」
「いい御身分ですね」
「態度の悪い給仕だ」
「あなたほどではありません」
「茶をついでくれ」
「ご自分でどうぞ」
「急須……、ポットを持っているのは誰かさんなんだが?」
「これは気づきませんで」
「店主! この給仕、使えないぞ!」
「嫌なら出てけ!」と店主。
なんて店だ!