その3
「嫌だけど」
開口一番、勇者が言う。が、少年はそれを無視。
「俺はベルク。世界最強の騎士になる予定だ」
親指に自分を指差して自己紹介。
「そう、ならそこで稽古をしてもらうといい。見習い騎士君」
勇者は関わっていられないとばかりに早足で立ち去ろうとするがそれに気づいたベルクは、勇者の腕を掴んで必死に引き止める。
「ちょっ、ちょっと待って、いや、ホントに。せっかく勇者に会えたんだし、ここは将来有望な若者に稽古をつけようと思わない⁉︎」
「思わないね。ここにきた実力は認めるけどさ」
ベルクの拘束からスルリと抜ける勇者は、さっさと家に入ろうとする。
「こうなったら、行動あるのみだっ!」
手にした愛用の剣を持って、ベルクは挑む。
あまりにうっとうしいベルクに、勇者は容赦なくベルクに拳を叩き込む。
「がっ――」
「放置するわけにいかないし、めんどう」
気絶させなきゃ良かったと後悔しながら、ベルクを自宅のソファに運ぶ。
目覚めたベルクはまた勇者に挑もうとして、盛大に腹の音を鳴らす。
ため息をついて勇者はベルクの分の食事も用意する。
「いや〜、久しぶりに美味い飯くった。道中の怪物の肉食ってたけど不味かったからな」
「頑丈な胃をお持ちのことで」
勇者はベルクの言葉に正直引いた。
適切な処置をすればそれなりに食べれる怪物の肉であるが、おそらくベルクは焼いてだけだろう。
腹を下すだけならまだいい。毒や幻覚にかかることだってある。
その様子が一切ない辺り、ベルクという少年には得体の知れない怖さもある。
「さて、腹も膨れたしな」
軽い体操をしてベルクは勇者に挑むが一瞬で返り討ちにあってしまう。
そんなことが2週間近く続いて、すっかり馴染んでいるベルクは机に突っ伏してうなだれる。
「一太刀も当てられなかった……」
「今日はまだまだとは言わないんだ」
こちらが反応を示すまでうるさいベルクとは、勇者も仕方なしに会話はする。
基本的にベルクからしか話しかけないと会話にはならないが。
「帰ることも考えるとタイムアウト。なんだかんだ騎士の称号がないと生活出来ないから遅れるわけに行かないしぃ」
「ふーん。やっと静かになるんだ」
「とか言って、本当は寂しくなるんじゃないの?」
「まさか」
それが本心だとしても、追い出せるのに追い出さずにうっとうしそうに相手にしてくれていた勇者の優しさをベルクは知ってる。
世間でも評価も、だから――。
ベルクは勢いよく音を立てて椅子から立ち上がると、勇者に指を指して言い切る。
「次は絶対に一太刀浴びせる。そんで、帰るとに寂しいって言わせるからな!覚悟しとけよ!」
それだけ大声で言って、ベルクは勇者の家を急ぎ出る。
自分だけが寂しく思ってるなんて悔しいし、知られたくない。
「今度は絶対に一太刀浴びせてやるからな!」
帰り道の怪物を倒しながら、ベルクはそう決意をするのだった。
勇者「もう来なくていいんだけど」
読んでくださった方々に感謝を。