その2
ガサリ――。
背の高い草が揺れ、ガサガサと音を立てて近づいてくる。
でも、彼は怯えることもなく、うたた寝途中の頭を瞬時に切り替えるとそばに置いていた剣を鞘付きのまま右手に持って構える。
自分からわざわざ出会いに行く必要もない。
逃げ出せばそれでいい。挑んでくるなら相手をするだけだ。
茂みから影が飛び出たと同時に、彼は剣をを振り下ろして――影に当てる瞬間に驚きとともに寸止めをした。
茂みから現れたのは、人間だった。
騎士服を着た一人の少年と青年の間くらいの少年だった。
「うおっ」
心臓を押さえ青ざめた顔をして少年は、鞘付きの剣を向けられたまま深呼吸を繰り返す。
何度目かの深呼吸のあと、剣を腰に携えた彼に尋ねる。
「勇者ですよね?」
「世間じゃそう呼ばれてるみたいだね」
彼が肯定すると少年は穴があきそうなくらい勇者をガン見する。
「………………」
「なに?」
「あーいや、なんか思ってたのと違ってて、もっとごっついの想像してた」
「そう」
怪物を苦労せずに倒すくらいだ。
筋肉隆々の男を想像していた。
絵本なんかもそんな感じのごつい男が描かれてることが多く、稀に細身に描かれているが凛々しい青年の姿である。
が、目の前にいるのは子供。
自分と変わらない年頃に見える子供で、すかしてるとか斜に構えてるみたいな言葉がしっくりくる見た目をしてる。
少年は首をかしげる。
勇者とか英雄と呼ばれ始めたのは少年が生まれる前、今から20年、30年くらい前のことだ。
当時彼が10代と仮定してもこの見た目はおかしい。
「でも、容姿はあってんだよなぁ。ま、そんなの戦ってみればわかるか」
ブンブンと首を振って、腰に下げた剣を少年は構える。
「いざ、尋常に勝負‼︎っていねぇ」
辺りを見渡せば、姿は見えないが音がするのでそっちに向かうと勇者は薪割りをしていた。
家に入られてないことに安堵をする。入られていたら、呼んでも出てきてもらえない可能性が高い。
よし、ともう一度。今度は勇者がいる目の前で剣を構える。
「いざ、尋常に勝負‼︎」
勇者は華麗に無視をして薪を割り続ける。
相手にされていないのも悔しいので、少年は勇者を切りにかかる。
勇者はそれを視界の端に捉え、斧を宙に放り投げると少年の腹に一撃に入れて斧をキャッチして流れるような動きでそのまま薪を割った。
幸い少年に意識はあるようで、介抱する必要はなさそうだと、勇者は興味を失ったように薪を割り続ける。
痛みに顔をしかめながら少年は立ち上がると、尊敬を含んだ眼差しで勇者をまっすぐに見つめて、頭を下げた。
「俺に稽古をつけてください!」
思い切り嫌な顔をした勇者の顔は、頭を下げた少年には見えていなかった。