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アフターメテオ3112:凱旋式典

作者: 銅大

 第21次シリウス戦役後の凱旋式典です。

 各惑星艦隊の指揮官は以下のとおり。


 土星艦隊(30000隻、30万人)

 ホルス・マキャフリイ:土星王朝第7皇子。転送オペレーター。

 ガーウェン:ホルス皇子のお目付け役。特務少佐


 木星艦隊(35000隻、40万人)

 トラオ・アナンケ・タケミツ:JHI大番頭。

 コメタ:トラオの秘書。


 水星艦隊(15000隻、12万人)

 ニケ・マリカ:発電環国筆頭王女。

 鉄爺てつじい:ニケ王女の執事。


 地球艦隊(1000隻、1万人)

 ガーベラ・リリス:樹将。司令樹と一体化している。


 金星艦隊(8000隻、4万人)

 オズ:神聖隊指揮官。

 クロウ・ナマン:神殿艦の巫子。


 火星艦隊(20000隻、20万人)

 マー:アリババ荘

 ゴール:ベゾス荘

 ニクス:イーロン荘

 カルモン:タタ荘

 モス6502:アップル荘


 冥王星艦隊(3000隻、3千人)

 ジュオ:水星出身の元流刑囚。ホルスに恩義を感じる。

 遠い昔。

 地球は太陽系外から飛来した隕石の衝突により壊滅した。

 数千度の岩石がんせき蒸気じょうきに覆われた地球は死の星となった。人類の生き残りは宇宙コロニーに脱出し、太陽系の各惑星へと進出した。

 隕石迎撃時に生じた無数のデブリが覆う地球低軌道には、地球樹ちきゅうじゅと呼ばれる生物せいぶつ群体ぐんたいが環状に繁茂はんもしている。その地球樹の、宇宙港がある一角にシリウス星系から帰還した参加将兵100万人が集まっていた。

 凱旋がいせん式典のためである。


「どう? どこかおかしくない?」

「よく似合ってますよ、ホルス皇子」


 式典会場に隣接した控室ひかえしつから出てきたホルス皇子は、ガーウェンの前でクルリ、と一回転した。

 ドレスのすそが遠心力でふわっ、と広がる。太ももまでがあらわになったあと、ゆっくりと下がる布地で隠れる。


「地球樹って無重力かと思ったけど、ちょっとだけ重力があるんだね」

「上層と下層とにわかれているためだ。下層は地球側に、上層は宇宙側に引っ張られる」


 ホルス皇子は声のした方へ目を向ける。

 黒いスーツ姿の偉丈夫いじょうふが、無重力推進用マントをたなびかせてホルス皇子に近づいてくる。

 木星艦隊の大番頭だいばんとう、トラオだ。

 マントを広げて制動すると、トラオはホルス皇子の前に立つ。


「直接顔をあわせるのは初めてだな。木星のトラオ・アナンケ・タケミツだ」

「土星のホルス・マキャフリイです」

「シリウスでの活躍、見事だった。きみの知恵が連合艦隊を救ったのだ」

「シリウスAのコロナに潜むネビュラ族の巣を撃破したのは、木星艦隊です」

「なんの。我が木星艦隊の役割は、きみの立てた作戦の最後の仕上げでしかない」

「太陽系中に雷名らいめいとどろくタケミツ大番頭にそう言っていただけると、嬉しいです」

「ふむ。きみの礼装はドレスできたか」

「はい」

「きみの智謀ちぼうについてはシリウス星系でよく理解したつもりだったが、ドレス姿も実に可憐かれんだな。よく似合っている」

「え? あ、ありがとごじゃっ……」


 ホルス皇子が舌をもつらせ、顔を真っ赤にする。

 トラオの目がギラリと光る。


「ホルス皇子。どうだろう。隣り合う木星と土星の仲だ。式典が終わったあと──」


 長身の木星人が小柄なホルス皇子の肩を抱き寄せようとしたところで、ガーウェンが間に割ってはいる。


「ホルス皇子、すみませんが面会を希望される方が」

「わかったよ、ガーウェン。あ、タケミツ大番頭。申し訳ありませんが──」

「かまわぬ。それと、わたしのことはトラオと呼んでくれないか」

「はい。トラオさん」


 ガーウェンがトラオにけんのある眼差まなざしを向ける。お目付け役の視線を素知らぬ顔で受け流したトラオは、推進マントを大きく動かしてその場を離れた。


「ホルス皇子。あの男には気をつけてくださいよ」

「トラオさんのこと? 大丈夫。もっと怖いのかと思ったけど、気さくな人だよ」


 危機感のないホルス皇子に、ガーウェンがため息をつく。


「それで、面会希望の方というのは?」

「わたしです」


 小柄なホルス皇子より、さらに頭ひとつ分小さい女性が飛行円盤に座って近づいてきた。


発電環はつでんかん国のニケ・マリカです。この飛行円盤はわたしの執事の鉄爺てつじいです。ごきげんよう、ホルス皇子」

「土星のホルス・マキャフリイです」

「あらあら、素敵なドレスですこと。どなたからの贈り物かしら」

ちちからです。そろそろ女になって婿をとることを考えろと言われました」

「転送オペレーターは、男でなくては座標固定に精度が出ないのでしたね」

「はい。わたしは転送オペレーターの仕事に集中したいので、性転換や出産には気がのりません。でも、きれいなドレスを着るのは好きです」

「よくお似合いですよ」

「ありがとうございます。さっきもタケミツ大番頭に、ドレスをほめてもらいました」


 ホルス皇子の素直すなおな笑顔に、水星の筆頭王女は「まあ」と目を見開き、苦い表情のガーウェンに同情の笑みをみせる。


「特務少佐、皇子がこうでは、あなたもたいへんでしょう」

「は。あ……いえ、そのようなことは」

「むっ。いつもわたしに小言ばかり言ってるくせに。正直に言っていいんだぞ」

「かんべんしてくださいよ、皇子」


 いつもと違うドレス姿の皇子にからかわれて、中年男は調子が狂うのか、頭をかいてそっぽをむく。


「こちらも不器用ですこと……なら、この者がお役に立つかもしれませんね」


 ニケ筆頭王女が、フード姿の男をホルス皇子に紹介する。

 背は低いが分厚い体つきだ。フードをはずすと角の生えた額があらわになる。形態変化フォームチェンジによって植え付けられた、冥王星流刑囚の証だ。ガーウェンが警戒の眼差しを男と王女の両方に向ける。


「ジュオです。先の戦いの後、仮釈放かりしゃくほうとなりました。縁あって今はわたしが身元引受人みもとひきうけにんです。ジュオ、こちらがホルス・マキャフリイ皇子です」

「はっ」


 ジュオが床に両膝をつく。ガチン、と音がしてジュオの足が磁力で床にロックされた。


「ジュオです。ホルス皇子に命の礼を申し上げたく、ここに参りました。拙者せっしゃの命を救っていただき、ありがとうございます」

「あの。ジュオさん。よろしいですか」

「……」

「すみません。わたしには、あなたを助けた記憶がないのです」

「拙者は、先の戦役で連合艦隊の先鋒せんぽうとしてシリウスに突入しました。ジャンプアウトしたあと、何があったのかは、よくわかっていません。近くにいた、名前も知らない仲間と一緒に戦って……気がつけば、壊れた艦と一緒に宇宙を漂っていました」

「では、水星艦隊が回収したのですね」


 ホルス皇子がいうと、ニケ筆頭王女が手にした扇子を横に振った。


「残念ながら、回収はできませんでした。ジュオの囚人艦は高速でシリウスAへ落下しつつあったからです。回収するには有人艦を送る必要があり、戦況から言って無理でした。なので、無人ドローンで転送用ビーコンを届けたのです」

「転送用の……思い出しました。シリウスAに落下する艦があるというので、わたしが転送オペレーターとして救命きゅうめい転送しました。あれは、ジュオさんだったのですね」

「はい。シリウスAの重力にとらえられ、溶けていく囚人艦の中を1ケルビンでも低い場所を求めて逃げ回っておりました。シリウスAからは恒星フレアが近づいており、あと数秒で高温のプラズマの中で気化するはずでした。握っていた転送用ビーコンが輝いた時のことを、今でもはっきりと思い出せます。拙者は、ホルス皇子に命を救われたのです。この命はホルス皇子のものです」

「ジュオさん。あなたが助かったのはうれしく思います。ですが、わたしは任務として転送オペレーションを行ったのです。あなたの命はあなたのものだ。わたしのものではありません。どうかあの戦いで失わずにすんだ自分の命を大切にしてください」

「ありがとうございます」


 ジュオは、顔をあげた。

 強い意志をこめた瞳がホルス皇子に向けられる。


「なればこそ。なればこそです。自分の命をホルス皇子のために使いたいと思うのです」

「それは……ですが……」


 困り顔のホルス皇子に、ニケ筆頭王女が助け舟をだす。


「使ってあげてください。ジュオの能力と人柄は、わたしが保証します」

「わかりました。ですが、年数ねんすうを限らせていただきます」


 ホルス皇子はジュオがひざまずいた手前の床に手を当てた。磁力ロックがはずれ、ジュオの体が低重力の中でわずかに浮かびあがる。


「ジュオ。3年です。3年間、わたしの近侍きんじとして仕えてください。そのあとは、あなたは自由の身です」

「ありがとうございます!」

「ガーウェン、ジュオをお願いします」

「……わかりましたよ、皇子」


 ニケ筆頭王女がホルス皇子に、自分がはめていた身元引受人の腕輪を渡した。

 腕輪は流刑囚の角とリンクしている。思念を流して流刑囚に苦痛を与えることも、命を奪うことも可能だ。

 気が乗らない風情ふぜいで、ホルス皇子が自分の手に腕輪をつける。


「おいやですか、ホルス皇子?」

「はい」

「そちらの特務少佐に、代行だいこうとしておわたしすることもできますよ」

「いえ」


 ホルス皇子は腕輪に認証にんしょう思念を通す。ジュオの角がぼう、と蛍光をはなつ。


「ジュオはわたしに命をあずけました。なら、わたしも相応の覚悟で腕輪をつけます」

「よい心がけです」


 地球樹の中を鐘の音が鳴り響いた。

 凱旋式典の始まりを告げる鐘だ。


 地球樹にはいくつもの大きなうろがある。

 第九洞〈歓喜の間〉は長軸ちょうじく3000mの巨大な楕円の洞だ。短軸たんじくは400mあり、その頂点に開いた穴から地球が見える。

 気密きみつほどこされた〈歓喜の間〉に第21シリウス戦役から帰還した太陽系連合艦隊将兵、100万人が集まっていた。

 〈歓喜の間〉は軌道速度と地球の重力の釣り合いがとれた、ほぼ無重力の洞にある。

 100万将兵は、所属する惑星艦隊ごとに準備された重力床に足をつけて立ち並ぶ。

 〈歓喜の間〉の中心には大きな水槽すいそうがあり、地球樹の球根きゅうこんが浮かんでいる。


《第21次シリウス戦役の勇者たちよ!》


 地球樹の思念が、全将兵の脳に働きかけ、精神をゆさぶる。


なんじらの活躍により、シリウス星系は解放された。太陽系に住むすべての生命を代表して、地球樹より感謝を伝える。ネビュラ族の脅威から安全になった太陽系で、生命はさらに繁栄する。これは汝ら全員の功績である》


 地球樹の感謝の思念を浴びて、100万将兵の顔が誇りで輝く。

 地球樹の思念は、嘘をつかない。またその必要もない。星雲ネビュラ族と惑星種族との戦いは、相容あいいれることのない種族間戦争だ。片方が衰退すれば、片方が栄えるのが道理である。

 凱旋式典では、太陽に近い側から順番に、惑星艦隊ごとに思念による顕彰けんしょうが行われる。第21次シリウス戦役では、小惑星帯艦隊、天王星艦隊、海王星艦隊、オールト雲艦隊は未参加だ。

 水星艦隊の重力床に立つ12万の将兵に、頭上から増幅した地球光が降り注ぐ。


《水星艦隊の勇者よ。汝らの献身けんしんむべきかな。汝らの素早い跳躍ちょうやく橋頭堡きょうとうほの建設が勝利への道を普請ふしんしたのだ》


 ニケ筆頭王女と将兵が、胸に片手を水平に当てる敬礼をする。

 つづいて金星艦隊の重力床に地球光。


《金星艦隊の勇者よ。汝らの慧眼けいがんを褒むべきかな。汝らはシリウスAの恒星上層コロナに隠れしネビュラ族の巣を見つけたのだ》


 300人の巫子が床にひざまずいて祈りを捧げ、後ろで4万人の将兵がかかとを打ち鳴らす。

 火星艦隊の重力床が地球光で照らされる。


《火星艦隊の益荒男ますらおよ。そなたらの戦意をみする。そなたらは戦況が不利であるほどにたけき心をもって戦い、全連合艦隊を勇気づけた》


 円蓋えんがい荘園しょうえんごとに集まった20万の火星武族が、おもいおもいに雄叫おたけびをあげ、足を踏み鳴らす。

 木星艦隊の重力床にも地球光があたる。


《木星艦隊の勇者よ。汝らの堅忍不抜けんにんふばつを褒むべきかな。汝らは戦線を支え、守り、逆襲に転じるまで耐え抜いた》


 黒スーツに黒眼鏡の40万の戦闘社員が、一糸乱れぬ動きで深々と腰を曲げて最敬礼。

 土星艦隊の重力床にも地球光が影をつくる。


《土星艦隊の勇者よ。汝らの細密さいみつさを褒むべきかな。汝らは戦いの始まりから終わりまでまずたゆまず転送支援を行い続けた》


 ドレス姿のホルス皇子が笑顔で手をふり、作業服姿の30万将兵が陽気に笑い合い、互いの拳をぶつける。

 最後に、冥王星艦隊の重力床に地球光が届く。


《冥王星艦隊の勇者よ。汝らの忠勇ちゅうゆうしかと見届けた。汝らはもっとも多くの犠牲を払い、自らの罪をあがなった》


 広い重力床にまばらに散った400人弱の元凍結囚は黙然もくぜんとして地球の光を見上げる。ここにいない2600人の戦死者は、第21次シリウス戦役全体の死者の7割になる。


《地球艦隊司令樹とガーベラ・リリス樹将により、第21次シリウス戦役での皆の戦いはすべて記録され、我が年輪ねんりんに刻まれた。シリウスから還ることなかった3811人の生物遺伝子(DNA)文化遺伝子ミームも、この球根に記録されている──木星艦隊。トラオ・アナンケ・タケミツ大番頭よ》

「ここに」

《地球樹の球根を、汝に預ける。木星にて育てよ》

「ご下命かめい、しかと承りました。木星を代表して御礼申し上げます」


 ざわ、と。

 誇りと喜びと一体感に包まれていた〈歓喜の間〉の空気がわずかに張り詰めた。

 凱旋式典において地球樹の一部を預けられるのは、もっとも戦功せんこうがあった者だ。

 第21次シリウス戦役において木星艦隊の働きが抜きんでていたことは誰もが認めている。式典前にも、戦功一位は木星で間違いないものと将兵の間で噂されていた。

 それでも地球樹の球根となれば長い歴史の中でもたまわること数えるほどの、際立つ栄誉だ。木星艦隊に嫉視しっしが向けられる。


 ──空間土建屋の汗では、決して手に入らぬものをやすやすと。

 ──銀盾ぎんじゅん隊は、木星に名をなさしめるため命を費やしたのではない。

 ──黒ずくめのスーツどもめ。お高くとまりやがって。ムカつくんだよ。

 ──命中率の低い砲撃の釣瓶つるべ撃ちは我らが転送支援があったればこそ。


 思念接続がなくても、各惑星艦隊将兵の鬱屈うっくつした思いがわかるのか。

 トラオの唇の端が、苦笑とも嘲弄ちょうろうともつかぬ形に歪む。


 パチパチパチパチパチ。


 木星のとなりの重力床から、小さな、だが精一杯の拍手が、トラオの耳に届いた。

 トラオは音のする方へ目を向けた。

 ホルス皇子が、満面の笑顔で手を叩いている。

 それまでトラオを睨んでいた土星艦隊の将兵は、顔を見合わせ、肩をすくめ、自分たちも拍手をはじめた。

 やがて他の惑星艦隊からも拍手が響き、〈歓喜の間〉を包んだ。


 凱旋式典が終わると、宴会である。

 参加人数100万人の大宴会だ。太陽系中から集められた美味、珍味が並ぶ。

 重力床同士が通路で接続され、惑星艦隊間の行き来も可能となる。

 各惑星艦隊の上級指揮官は、洞の頂点部分、地球光がさしこむ重力床に集められた。

 座の中心にいるのは、地球樹の球根を賜る名誉を受けたトラオだ。

 入れ替わり立ち替わり、ひっきりなしに誰かがおとない、挨拶する。

 トラオは如才じょさいなく笑顔でこたえる。

 表面上は。


(!)意訳:おい。

(?)意訳:なんですか。


 大番頭と秘書との間で、声を使わないJHI特殊圧縮言語〈阿吽あうん〉のやり取りが行われる。


(?) この行列、いつまで続くのだ。

(~) 宴会が終わっても、終わらないのでは。

(!!) なんとかしたまえ。わたしにはやることがあるのだ。

(~~) やることって、土星の皇子を口説くことですか。へー。

(****!****!!******!*******!!!) ホルス皇子の必要性はおまえも認めていたことだろう。わたしがJHIの次期筆頭となるには、まだまだ足りぬものが多い。あの皇子がいれば、ネビュラ族の反撃からシリウス星系を守り、その先へと人類が進む道が開けるかもしれないのだ。これは、わたしがあの皇子とねんごろになりたいがために主張していることではないぞ。いやもちろん、ねんごろになれればそれにこしたことはないのだが。ところで、頼んでおいたホテルの予約はしてあるだろうな。

(~~;) 情報量が多すぎて半分も理解できません。〈阿吽〉でやることじゃありませんよ。どれだけあの皇子にいれあげてるのですか。


 同じ時刻。

 ホルス皇子の周囲にも、人は集まっている。

 前の戦いでのホルス皇子の智謀にひかれた者が多いが、可愛らしいドレス姿をみて下心むき出しで近づく者も多い。

 これまでだと、そういうやからは、ガーウェンが強面で追い払っていたが、今日はここにジュオが加わった。ジュオは元冥王星流刑囚で、生存率13%の囚人艦隊の生き残りである。力も言葉も使わないが、ブラックホールよりなお昏い瞳で見つめられては、生半可なまはんかな下心なぞ雲散霧消うんさんむしょうしてしまう。

 ふるいにかけられて残ったのは、水星のニケ筆頭王女、金星の神聖隊長オズ、火星のタタ荘カルモン、そしてガーベラ・リリス樹将が宿った司令樹の鉢植えなど、わずかな人数だ。

 やがて話題は、次の戦いになる。

 金星艦隊のオズ神聖隊長が、拳を握って力説する。


「シリウスでの戦いは今回で21回。これまで人類は勝利してシリウスを手に入れるも、反撃を受けて手放す──これを繰り返してきた。諸君。そろそろこの繰り返しを終わらせる頃合いだ」

「ふぅむ」


 アリババ荘のマーが長い頬髭ほおひげをしごいた。

 白髯はくぜん老として知られるマーは火星でも屈指の戦歴を誇る武人だ。家督はとうに孫に継がせ、本人は常に艦隊を率いて戦場にある。


「悪夢の偶数回だな。リリス樹将よ。プロキオンのようにシリウスを確保できぬのはどういう理由だ」

「ネビュラ族の波状攻撃に、補給が続かないのです。プロキオン星系には植民惑星があります。工場と転送ステーションも建設されているので、波状攻撃を受けても撃退できるのです。シリウスには惑星や小惑星がなく、資源となるものは恒星の輻射熱だけです」


 鉢植えの音葉おんぱが震え、ガーベラ・リリス樹将の言葉をつむぐ。樹将の宿った司令樹は宇宙船ドックにあり、そこから鉢植えに思念接続して会話に参加している。


「今は太陽系連合艦隊と交代で入ったオールト雲艦隊が、仮設次元跳躍港マルベリーを建設中です。これが完成したら、発電船や工場船を送り込んで防備を固めましょう。他の惑星艦隊にも、星番ほしばんをお願いします」

「我が金星艦隊も補給と整備がすみしだい、シリウスを守るために行きたい。わたしは銀盾隊に誓ったのだ。シリウス星系を必ず守り抜くと」

「はっ! 誓いで勝てるのなら、苦労はないわ!」

「雑な火星人に、金星人の細やかな心の機微がわかるとは思わん」

「なんだと、若造が!」


 一触即発になったところで、水星の筆頭王女が飛行円盤で両者に割って入る。


「ふたりとも、落ち着きなさい」

「ぬ……」

「むむ」

「シリウス防衛が困難な理由が補給問題であれば、ここには専門家がいます。ホルス皇子の言葉を聞きましょう」

「ふぇ? わら……わたしですか?」


 金星の貴腐ワイン入りゼリーをおいしそうに食べていたホルス皇子が、びっくりして目を見開き、あわててスプーンを口からぬいた。

 水星の筆頭王女が。

 金星の神聖隊隊長が。

 火星の白髭老が。

 ホルス皇子を値踏みするように見ている。


「そう、ですね。補給の専門家としては──」


 ホルス皇子はゼリーの容器を頭上からさしこむ地球光にかざした。


「このゼリー。美味しいですけど容器がちっちゃいですよね。お腹いっぱいには食べられない。シリウスで補給が不足するのが、補給物資を備蓄できる容器の大きさの問題ならば、答えはひとつです」


 ホルス皇子は、スプーンを指の先でくるっ、と回した。


「シリウス星系で戦っちゃ、ダメです。戦いになりそうなら、放棄しましょう」


 ほがらかな笑顔で、ホルス皇子は言ってのけた。


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