幕間・弐:情けは人の為ならず
これは旅の道中の話。
オオナギの国へと向かう道のりで、二人は、とある商人集団と共に馬車に乗って行動していた。
「…というもので、先程の分岐の先に見える遺跡から、廃城街道と呼ばれているのですよ」
「へぇ、なるほど。一見すると不名誉な名前ですが、そう言った祈りが込められているんですね」
「なかなか劇的な由来を持つのですね。抑圧された民衆の、解放の象徴だったとは」
和気藹々とした雰囲気で、商人の一人と、由希たち二人が会話を楽しんでいた。
そもそも何故、このような事になっているのか。
その切っ掛けとなったのは、魔物に襲われている商人を二人が助け出すという、お定まりの流れだった。
それは、遡ること二時間前のこと。
「ブリジッタ!弓を持ってる奴がいる!防御法術を商人さんに、宜しく!」
由希は飛来する矢を見切り、打ち払いながら、ブリジッタに声を掛ける。
「はい!」
メイスではなく杖を装備したブリジッタもまた、己の持つ法術を最大限に生かし、戦う力を持たない商人や、車輪の損傷した馬車を防衛する。
「あ!接近してきている狼達の相手をお願いします!流石に数が……!」
「任せて!」
護衛として同行していた戦士たちと協力しながら、迫りくる複数のゴブリン達や、それらが飼い慣らしているらしい小型狼の攻撃を凌ぎつつ、次々と撃退していく。
「やっぱり法術師の援護あると、戦いやすさが違うな」
「護衛対象を気にしなくて良いってのは、最高だ」
護衛の戦士たちの振るう伸びやかな剣が唸る。
「いっ……せぇ!」
由希も、その機敏な体捌きで戦士たちに劣らない強さを発揮し、以前よりも更に鋭くなった一撃を閃かせる。
最初こそ、数の不利や遠距離攻撃の存在もあって、一進一退の状況が続いたが、途中で、戦士の一人がゴブリンアーチャーの射撃位置を特定したことで、形勢が逆転。その後に、小型狼を撃退した由希たちの一斉突撃により、襲撃者はあえなく撃破されたのだった。
「いやはや、助かりました。あのゴブリンども、まさか即席で罠を使ってくるとは……」
「嬢ちゃんたちの援護のおかげだ。ありがとよ!」
戦闘の後、助けた商人や、自分と即興の共同戦線を張った戦士たちが、次々、由希たち二人に感謝を述べていく。
その旅に二人は恐縮し。
「いえいえ、偶然通りかかっただけですから。御無事で何よりです」
そう言う言葉をひたすらに繰り返していた。
そして。
「ところで、お二人はどちらまで、旅をされるのですか?宜しければ、途中まで送らせてください」
一通りのお礼合戦が終わった後で、商人からその話が持ち出されたのだった。
そのような流れを経て、二人は商人からのお礼と言う名目で、馬車に同乗しているのだった。
「しかし、驚きました。まさかオオナギの国の領土以外で、ブシドの戦いが見られるとは。しかも、若い女性のブシドとは。良い経験をさせてもらいました」
「あはは……。私もまさか、ここまで来るとはとは思ってもみなかったので」
由希は、感嘆している商人の言葉に苦笑を浮かべると、自分の現況について、嘘のない率直な表現で口にした。
「ははは、確かに。もう少し道が良ければと、私も思います。ところで。どうしてまたこちら側の大陸へ?」
「ああ、えっと。説明すると長くなるのですが、簡単に言えば修行の途中でして。腕試しと言いますか……」
商人の問いに、由希は微笑を浮かべなおし、そう答えた。
その受け答えは、シターリの町を出る時に、外の人間が、由希をオオナギの民と認識するだろうという前提で考えた文言だった。もちろん嘘だが、転移させられた状況が鍛錬の途中だったために、あながち嘘というわけでもない。
「なるほど。今は帰郷中と言うわけですね。おや?では、そちらのお嬢さんは……」
「ああ、その。私も今は巡礼中の身なので、多くの神格が封じられている、霊験あらたかなオオナギの国に行きたいと思っていたところ、彼女と知り合ったという経緯でして」
この受け答えも、シターリの町を出る時に二人で考えた、口裏合わせである。
「ほほう。これはどうやら、私も巡り会わせに祝福されたという事ですかな? はっはっは!」
どうやら納得してもらえたらしく、商人は二人の説明に、大楊に笑って見せた。
「ただ、残念ながら途中までしかご一緒できませんが……」
「いいえ。むしろ、ここまで楽が出来たというだけで十分過ぎますよ」
「本当に有難う御座います。商人様」
恐縮した様子の商人に向けて、由希とブリジッタはそれぞれに礼を述べる。
「いやいや、これくらい何と言う事は。むしろ足りないぐらいですよ」
そうして、互いに笑い合った。
すると、窓の外を流れていた森が開け、遠くに、商人が目的地としている街の風景が見え始める。馬車は真っ直ぐに街に向かって走り、二人は街の、更にその先に待っているだろうことに思いを馳せるのだった。