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弐:異世界生活のしおり

 厚意により、ブリジッタ、シャンタル姉妹の家を仮の住まいとした由希は、ブリジッタに連れられて町の、日用品を取り扱う個人商店を訪れていた。

「生活に馴染むには、やはり外見からですよね」

「そう、なんですかね?まあ確かに、物事に入るには先ず形から、と言う言葉もありますし、そうなのかもしれませんね」

「でしょう?さあ、見て回りましょうか!こう見えて私、お金には余裕がありますので、遠慮は無用です」

 嬉しそうな表情のブリジッタに導かれるように、店内を歩き回っていく。

「ふぅむ」

 行く先々で、陳列されている商品を見渡すと、普段着用のローブや、農作業用の衣服が中心で、少しだけ旅人向けの旅装を販売していると言うことが分かる。

(本当に法術と言うのは便利だね。お陰で、効果が切れるまでは言語で苦労することが無い。見ただけじゃ何も分からないはずなのに、何故か文字まで読めるようになるから)

 由希は、興味の赴くままに様々な札を見て回り、そのたびに自分がブリジッタから受けている法術の効果に感嘆させられる、という事を繰り返していた。

(おや、この衣服の感じは……)

 彼女が、そう服を見ていると、違う場所の服を見ていたはずのブリジッタが隣に顔を出してきた。

「何か、気になったものが有りましたか?」

どうやら、由希が余りにもまじまじと服を見ていたのが気になったらしい。

「え?ああ、いや。見慣れないものばかり並んでたものだから、興味を引かれて」

 それまでの自分の行動を振り返り、はしゃぐ子供のようだったと、少し気恥ずかしそうに笑った由希に、ブリジッタが頷く。

「あ、それもそうですよね。完全に風土が違うでしょうから」

「ああ、でも。これとか気になったかもしれません」

 他人のために、我が事のように難しそうな表情を浮かべて、うんうんと唸るブリジッタに微笑みを浮かべながら、由希は一着の貫頭衣風のローブを取り上げた。

 その服は、色は灰色で、横幅に余裕を持たせた動きやすい作りをしている。加えて、腰回りにベルトを通すことが出来る部分が存在するのが特徴だった。

「これなら、腰部分をベルトで引き締めて、武器を帯びても動きやすそうです。幸い革のベルトも売っているみたいですから、丁度良い感じで」

「なるほど。しかもベルトを通すことで、別の服のようにも使えるんですね。考えられていますね……」

 ブリジッタもまた、由希の取り上げた貫頭衣風ローブをまじまじと見つめている。

「それにしますか?お値段も、特に問題ありませんし」

「ええ、これにします」

 手に取ったローブを、腕に垂らすように掛ける。

「大きさも、お値段も問題ないですし、ついでに着替えの分も買っちゃいましょう」

 そう言うと、ブリジッタは同じ作りのローブを数着と、ベルトを一本取った。

「有難う御座います。本当に助かります……」

「気にしないでください。きっとお金はこう言う時のために在るのでしょうから、遠慮は無用です」

 恐縮した態度を見せた由希に、ブリジッタはにっこりと笑ってから会計に向かった。


 その後、アンダードレスや靴も含めた日用品の買い物を終えた二人は、一度、家に戻り、由希の着替えを済ませることにした。

「ど、どうですか?」

 着替えを終え、腰に刀と、腕に木刀を入れた袋を提げた由希は、ブリジッタの前で体を動かして見せた。

 腰がベルトで引き締められていることもあって、その仕草は、女性的な曲線とも合わせて滑らかな印象を醸し出している。

「おー……」

 それを見たブリジッタは、その様子をしばらく眺め。

「良いですね。うん、よく似合っています」

 うんうんと頷いたうえで、率直な感想を述べた。

「有難う御座います。それにしても、本当にこれは動きやすくていいですね。直ぐにでも、体を動かしたくなりますよ」

 そう言うと、由希は服の各所を確認するように、普段の自分が行っている体術の体捌きを軽く試し始めた。

 彼女が体を動かすたびに、スカートのようになっている部分がふわりと膨らみ、上半身の動きと合わせて、踊り子のような、ある種の優雅さを漂わせている。

「ふむ……」

 数十秒程度の演武だったが、由希は満足そうに微笑んだ。

(体捌きには問題ないけども、この格好で、蹴りはしない方が良さそうだね。下着どころか、全部見えかねない。何とかしないと……)

 その胸中では、衣服による新たな発見と対策を立てる決意を固めていた。

 すると。

「それにしても。ユキさんって、下手な戦士さんより戦い慣れていますよね。元の世界でも、そう言った職業についておられたのですか?」

 演武をじっと観察していたブリジッタが、そのような質問を投げかける。

「いやいや。単純に、父との鍛錬の賜物ですよ。と言っても、戦争とかは無いので、暴漢対策の護身術ですけど。ああ、剣の方は、きちんと師匠に手解きを受けたものですが」

「なるほど。だから、ゴブリンワンダラーとの戦いにも手慣れていたわけですね。納得です」

「ああ、いや。元の世界には、ああ言った魔物は居ませんよ?」

「えっ! ?」

 由希の言葉に、ブリジッタは目を見開く。

「ま、魔物が居ない?」

「はい。そう言う職業もありませんし」

「えぇ……?で、では、ユキさんの鍛錬は、完全に対人用という事なのですか?」

「まあ、はい。そう言う事になりますね。こう言った世界で通用したことには驚きましたが。ははは」

 朗らかに笑う由希に対し、ブリジッタは驚きから回復出来ていないのか、目を見開いた状態で固まっていた。

「いやはや、驚きました。つまり魔物も初見だったのですね。そんな状態で、本当に。有難う御座いました」

「……困っている人を見かけたら、自分が死なない範囲で助けなさいと、常々父から言われてましたから」

 由希は少しだけ気恥ずかしそうに苦笑し、頭を掻いた。

「立派な志をお持ちの、お父様なのですね。適う事なら、一度お会いしてみたいです」

「ああ、いや……。それは元の世界に戻っても、無理かもしれないです」

 ブリジッタの向ける笑顔に、由希は、苦笑はそのままに、浅く目を伏せる。

「今は、もう居ないので……」

「え?あっ……!」

 彼女の言葉は短かったが、その表現するところを、ブリジッタは直ぐに察して青ざめた。

「す、すみませんっ!その、知らなかったとはいえ……」

「大丈夫です。気にしないでください。消息不明なだけで、まだ亡くなったと決まったわけではありませんし、それに前々から覚悟はしていましたから」

 急速に固まっていく場の空気を誤魔化すように、由希は体を伸ばす。

「あー、そう言えば気になっていたんですが。この世界で、旅人はどのようにお金を確保するんですか?」

 そして、さらに重々しくなる前に話題を切り替える。

「え?あ、はい。旅人さんは、それぞれの得意分野で収入を得ていることもありますが、大抵は、宿屋などにある掲示板の依頼を請ける事で、お金を得ていますよ」

「なるほど……。それには、何か特別な許可や資格が必要とかは、ありますか?」

「いいえ。請けようと思えば、どなたでも可能です。ユキさんでも、直ぐに請けることが出来ますよ」

「ふむふむ。この町には、そう言った場所はありますか?」

「はい。先ほど歩き回った通りに、一軒ありますよ」

 そうして矢継ぎ早に質問を繰り返すことで、話題を出す前にあった重々しい空気を、無理矢理に押し退けていく。

 由希としても、気にしないようにしているとは言え、出来れば遠ざけておきたい話題だったという事もあるが。

「なら、あとで覗きに行っても良いですか?いち早く、この世界のあれこれとかに慣れておきたいですから」

 その点も事実であり、ただの話題逸らしではない。

「はい。もちろん良いですよ。私も、もっとお役に立てますし!」

 空気が入れ替わるにつれ、ブリジッタにも笑顔が戻り始める。由希も、その様子に安堵したような微笑を浮かべるのだった。


 それから少し経った後。法術効果のかけ直しを終えた二人は、早速、町の宿屋を訪れ、そこに設けられている依頼掲示板へと向かった。

 見ると、木製の黒板に幾つもの白い紙が整理された状態で貼り出され、その周囲には、それを目当てに訪れたと見られる、武器を帯びている旅装の人々が、何人か居た。

「結構、沢山ありますね……」

 それら旅人たちと同じように、由希も掲示板を観察する。

「ええ、私もびっくりです。いつもでしたら、この半分くらいですから」

「となると、何か厄介ごとか、偶然に色々と重なったか、ですね。さてと。何々?」

 その内の一枚へと目を向け、内容を確認していく。

「調合用薬草の採取代行を募集。報酬は金貨一枚と銀貨六十枚」

「道中にゴブリン種族が出現するようになったとの報告あり。魔物討伐の経験者を求む」

 二人で交互に依頼文を読み上げ、そして同時に腕を組んで考え始める。

「ブリジッタさん。こう言う依頼は、相場はどうなっているんですか?」

 考え込んでいる中掛けられた質問に、ブリジッタは改めて依頼書を見やる。そして、二度ほど頷いた。

「問題なく相場通りです。むしろ少し多いくらいですね。ユキさんの腕であれば、慣れるのに丁度良いかも知れません」

「なるほど。ついでに他の情報を得られることも考えると、お得という事でしょうかね」

「では、これを受けますか?ユキさんさえ良ければ、宿の御主人さんに相談してきますよ?」

「そうですね。では、お願いします」

 そうして、薬草採取の代行業兼魔物退治の依頼を請けることに決めた。


 宿の主人とのやり取りを済ませた後。

 二人は、依頼文書の内容を引き受けたことを依頼主に伝えるために、宿屋の主人からの紹介状を持って、町医者『エルミーニ診療所』へと向かった。

 その診療所は、町の多くの人に信頼される薬学治療医という事で、二人が訪問した時も、患者と見られる住民が出入りしている様子が見えた。

 そして、一言断ったうえで、女性看護師に頼み、診療所の院長であるアルベルト・エルミーニ医師へと取り次いでもらい、面会する運びとなった。

「……と言うわけで、私達二人が、ご依頼の件を引き受ける事となりました」

「ブリジッタちゃんが引き受けてくれるなら、私としては安心だ。そちらの方は初めて見る人だが、若いながらも貫禄を感じる。是非とも、お願いしたい」

「か、貫禄ですか?えっと、有難う御座います。全力を尽くします」

 二人の前に座るアルベルト医師は、その優しい人柄が前面に現れたような顔を綻ばせて、少々気恥ずかしそうにしている由希へと向けた。

「道中、ゴブリン種族が徘徊しているらしいから、そこは十分に気を付けておくれ。目的の薬草はこの紙に纏めてあるから、採取が完了したら、ここに持ってきてもらいたい」

 そう言って一枚の紙が差し出され、受け渡しが行われた。

「では、宜しく頼むよ」

「はい!」

「必ず、持って帰ります」

 こうして依頼の引き受け手続きは完了し、ユキは人生で初めて、依頼を請けての旅へと向かう事となった。

次回、薬草採取に向かった二人を待っているものとは?お楽しみに。

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