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8話 アームホーンゴリラ(2)

 山のいたるところから聞こえてくるドラミングの音やアームホーンゴリラの鳴き声に、思わず頬をひきつらせる。

 なぜなら、これも資料室で読んだことなのだが、アームホーンゴリラのドラミングは遠くにいる仲間を呼ぶときに行われるらしいからだ。

 加えてドラミングの音は二キロ離れた場所にまで届く。

 つまり、この地点を中心に二キロ以内の他のアームホーンゴリラがここに集まってくることになるのだ。



「よし、逃げよう」



 そう決めるまで、一秒もかからなかった。

 当たり前だ。

 今の僕にはアームホーンゴリラの集団を相手にできるほどの実力があるとは思えないのだから。

 つい先ほど傷つけたアームホーンゴリラに、すぐさま背を向け駆け出す。

 しかしそう簡単に僕の逃亡を許してくれるほど、アームホーンゴリラは甘くなかった。



「ブモオオオオオオオ!」



 そんな鳴き声と共に、ベキベキバキバキという音が後ろから聞こえてくる。

 嫌な予感がして振り返ってみると、アームホーンゴリラがそばにあった木の幹を握りつぶしてへし折っていた。

 そして足を負傷して動けなくとも関係無くできる攻撃の構えをしてみせる。



「おいおい……。まさか、嘘だろ……!?」



 事前に知識として知っていたが、それでも目の前の非現実的な光景を見せられると半ば呆然としてしまう。

 なにせ体長が二メートル程しかないゴリラが、十メートル以上はあるであろう木を片手で持っているのだから。

 それもただ単に持ち上げるのではなく、上半身を捻って投擲攻撃の構えを取っている。

 そんな光景を見れば呆然としてしまってもおかしくない……って、僕はバカか! さっさと避けろ!



「ブモオオオオオオオ!」



 呆然とする中、僅かに正常に働いていた意識が警鐘を鳴らし、僕の体を真横に飛ぶように無理矢理動かす。

 するとその直後、アームホーンゴリラの手から槍投げのように木が投げられた。

 そしてその木は空中で綺麗な弧を描き、見事にさっきまで僕が立っていた場所にズドン! と斜めに突き刺さった。



「……あっぶな」



 すぐ横の地面に刺さった木を見て、冷や汗をかきながら思わずそう声を出す。

 僅かでも木がこちら側に逸れていたら、そして僅かでも回避が遅れていたら、圧死していたところだ。

 そうしてほんの一瞬、その光景を頭に思い浮かべていると、たった今斜めに突き刺さった木がメキメキと音を立ててこちらに倒れてきた。



「やば!?」



 すぐさま立ち上がり、その場から離脱する。

 するとすぐ背後でズズゥン……。という音が響いてきた。

 タッチの差で木の下敷きにならずにすんだみたいだ。

 そして後ろを振り返ってアームホーンゴリラの様子を確認する。



「すぐに攻撃は来そうにないか」



 アームホーンゴリラは負傷させた足を引きずりながら、次に近い木に向かって移動している。

 おそらくもう一度今の攻撃と同じ事をしようとしているのだろう。

 だけど次の攻撃にはまだ時間がありそうだ。

 この距離だとまだ僕の魔法の射程圏内だから、先にトドメを刺すか?

 逃げている途中に後ろから攻撃されるのは厄介だし。

 いや、でも今もここに向かって他のアームホーンゴリラ達がやってきているんだ。

 ここで目の前のアームホーンゴリラを倒すことに時間を割けば、まず間違いなく複数のアームホーンゴリラ達と戦うことになる。

 そんな状況で生き残れるかと言われると、自信がない。



「やっぱり逃げよう」



 数秒ほどその場に留まって戦うか逃げるかを迷った後、結局僕は逃げることを選択した。

 すぐさま足を負傷しているアームホーンゴリラに背を向けて山の麓に向かって走る。

 しかし。



「うわ!」



 真っ黒な影が一瞬差したかと思った直後、僕の進行方向を遮るように木の幹が上から降ってきた。

 またあのアームホーンゴリラか!?

 後ろを振り返り、足が負傷しているアームホーンゴリラを見る。

 しかし奴はいまだに足を引きずったまま移動しており、近くに木はない。



「ってことはまさか!?」



 あのアームホーンゴリラではないのなら、誰から攻撃を受けたのかは明白だ。

 他のアームホーンゴリラがやってきて攻撃してきたのだろう。

 すぐに周囲を見渡す。

 すると右前方の木の陰から一匹と左後方に二匹のアームホーンゴリラがいるのを発見した。

 その内木を投げてきたのは左後方のアームホーンゴリラの内の一匹みたいだ。

 くそ、もうここまで来てしまったか。

 囲まれてしまっては逃げ道がなくなるので、すぐさま進行方向をアームホーンゴリラがいない左前方に変えて走る。

 だが、不運にもその選択は誤りだったと知ることになる。



「ブモォォォ」



「嘘だろ……でかすぎる……」



 焦っていたのと、木々の緑と同じ緑の体毛をしているから見落としてしまったのだろう。

 木の陰には収まりきらないほど巨大な図体をしたアームホーンゴリラが目の前に姿を現した。

 普通のアームホーンゴリラならば全長二メートル程のはずなのに、このアームホーンゴリラはその倍以上はある。

 このままではまずい。非常にまずい……。

 すぐさま身を翻して残る退路、右後方に向かって走る。

 山の麓からは遠くなってしまうが、致し方ない。

 今はアームホーンゴリラ達から逃げるのを優先させる!



「ブモォォォ!」



「!? やばい!」



 その瞬間、再び頭上に影が差した。

 すぐさま上を確認し、それがこれまで投げられた木以上の大木だと知ると、すぐに立ち止まる。

 すると僕の頭上を越えていく形で、しかも進行方向を塞ぐように大木が降ってきた。

 もしこれに気づかず走っていたら、タイミング良く僕の上に降ってきたことだろう。

 そして大木が投げられた方向から察するに、この大木を投げてきたのはあの一際巨大なアームホーンゴリラだ。

 他のアームホーンゴリラでは、これだけの大木をへし折るのは簡単にはできないはずだ。


 大木の太さを見る限り、それを乗り越えて逃げるのは難しそうだ。

 つまりこれで完全に囲まれ、退路を断たれてしまった。

 さらにはここで時間をかければかけるほど新たなアームホーンゴリラ達がやってくることだろう。



(どうする? このままだとおそらく……いや、まず間違いなく死ぬ。ここは何が何でも逃げないと……)



 時間にして一秒も経っていない。

 その僅かな間に僕は頭をフル回転させる。

 だがアームホーンゴリラもその間大人しくじっとしているわけではない。

 警戒しながらもジリジリとこちらににじり寄ってくる。

 それを見て内心でますます焦りを募らせる。



「すぅー……はぁー……」



(接近されたらまず間違いなく握り潰されるか圧倒的な膂力によって殴り飛ばされるかのどちらかだ)



 深く深呼吸をし、できるだけ冷静さを保ちながら今一度この状況を分析する。

 そして同時に生存への糸口を探し出す。



(接近したらアウト。それはアームホーンゴリラの傍を通り抜けて逃げるのは不可能だということ。でも僕を囲む包囲網は既にアームホーンゴリラが腕を広げれば隙間が無くなる程狭まっている)



 にじり寄ってくるアームホーンゴリラから少しでも距離を取るために、奴らに背をむけずに後退する。

 すると背中に大木が当たった。

 これ以上は逃げられない。

 それなら……。



(覚悟を、決めるか)



 グッと握り拳に力を入れて、僕は眼前のアームホーンゴリラ達を鋭く睨んだ。

 そして、指を鳴らす。

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