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72話 対面

 カルロスが帰ってしばらくした後。カズトの治癒魔法によってリディアの体は完全に回復し、自由に動けるようになった。軽くその場でバク転ができるほどである。しかしそれでもカズトは彼女の体を心配し、念の為にベッドに入って寝るように言った。

 するとリディアはカズトの言葉だからか素直に言う通りにし、彼の手を握ったまま眠りについた。そんな彼女の様子を確認したカズトはそっと彼女の手から自分の手を離す。



「んっ……」



 するとリディアは寝ているにも関わらず、手の中にあった温もりが突然消えたことに反応したのか切なそうな声を上げた。しかし彼女の反応はそれっきりであった。そして彼はリディアに背を向けて扉を開け、亜空の大箱の外に出る。

 その時、リディアが目を開けており、彼が出て行くところを見ていたのだが、彼がそれに気づく事はなかった。






 既に日は完全に落ち、まばらに焚かれている炎の明かり以外に光は無い。そんな中、外に出たカズトは周りに誰もいないことを確認して、亜空の大箱から数歩ほど歩いた所にある岩の上に座った。そして対話の腕輪に魔力を流す。すると程なくして彼の目の前にダイアナが映っている画面が浮かび上がった。



「ダイアナ、こんばんは」

「ん? カズトか、どうしたんだ? たしか依頼があるから一週間は会話できないんじゃなかったのか?」



 対話の腕輪の画面が浮かび上がってきたことに気が付いたダイアナはカズトに向かってそう言った。彼女は彼が受けた依頼で何かあったのか心配する顔をしている。

 というのも、カズトは事前にダンジョン都市奪還作戦に参加するため、寝る前恒例の会話はできないとあらかじめダイアナに伝えていたのだ。そのため彼女は依頼で何かトラブルがあったのかもしれないと心配したのだろう。

 そしてその考えは当たりである。だがカズトはそんな心配そうな顔をしたダイアナを安心させるためにも、あえてそのことは伏せて笑顔を見せる。



「ああ、うん。依頼はまだ達成できて無いんだけどね。急遽今日は休みになったんだ」

「……そうか」



 だがいくらカズトが笑顔を浮かべたところで表情の裏にある感情を読めるダイアナには、カズトの中にあるくすぶるような後悔や怒り、心配といった負の感情を素早く読み取った。しかしカズトはそんな事よりもすぐさま確かめたい事があるため、その話題を切り上げて話しを変える。



「それよりダイアナの仕事について聞きたいんだけど、ダイアナの仕事ってもしかして魔人を討伐してまわること?」

「……急に話しが変わったな。まあ、いい。私がしている仕事の話か。言ってなかったか? 私がしている仕事は色々とあるが、主にしているのは魔人討伐だぞ」



 急に話題を変えられたダイアナは、カズトがこの話しをしたがっていると理解し、何をそんなに急いでいるのか、と疑問に思いながらもそう答えた。

 するとダイアナのその言葉を聞いた瞬間、カズトの心臓の鼓動が飛び跳ねるように早く打ち鳴らされる。そしてその顔に心配や焦りといった感情が色濃く浮かび上がった。



「そ、そんな仕事して大丈夫なの!? 魔人って相当危険な相手だよ!?」

「ああ。そうだな。だが安心してくれ。確かに魔人は危険な相手だが、カズトと一緒に戦ったあの魔人程強い奴はそうそういないぞ」



 カズトはダイアナの身を心配し、声を抑えながらも荒げるようにしてそう言った。そうして彼が心配してくれる様子を見て、ダイアナは自然と顔を綻ばせる。しかしカズトはダイアナの言葉に対して否定的に口を開いた。



「そうじゃないよ! もしダイアナが行った仕事先で強い魔人と出会ったらどうするのさ!? 死ぬかもしれないんだよ!? 今すぐその仕事を止めた方がいい」



 カズトに本気でそう言われ、ますます嬉しそうに笑顔を浮かべるダイアナ。しかし彼女は、例えそれが愛する男からの言葉であっても頷くことはなかった。



「たしかにカズトの言う通り運悪く強い魔人を相手にすれば私は死ぬだろう。現にカズトと一緒に戦った時の魔人相手では、君がいなかったら私は確実に死んでいた」



 そこでダイアナは花が咲くような笑顔から一転して顔を引き締め、カズトの目を力強く見つめる。



「だがそれでも私は魔人と戦う。民が恐れることなく、安心して平和に暮らせるようにすることこそが私達王族の使命だからだ。それを脅かそうとする者は何者であっても排除する。例えそれがカズト、君であったとしてもだ」



 そう言いきったダイアナの顔は、例え彼女のように感情を読むことができる技術を持たないカズトであっても、心の奥底から言っていると分かるものであった。そのあまりにも真っ直ぐな思いに、その仕事を止めさせようとしていたカズトは思わず言葉を詰まらせる。

 しかしそれでもダイアナの事は心配だ。なにせ彼女は、強い魔人というハズレがある死のロシアンルーレットを延々とやっているようなものなのだから。

 だから止めなければならない。彼女を死なせないために、必ずその仕事を止めさせなければならない。


 そう思い至った時、彼はダイアナの決意を聞いた衝撃から我を取り戻した。さらに深く深呼吸をして落ち着きも取り戻す。そして何を彼女に言うべきか考える。彼女のその決意を変えるほどの言葉を探す。そして数秒程でその答えは出た。しかし……それを口に出すには相応の覚悟が必要だ。それは彼にとってとてつもなく重い覚悟だ。だがそれでも覚悟を決める。ダイアナに嫌われ、口をきいてくれなくなっても構わないという覚悟を。


 ダイアナの仕事を止めさせる。それは酷く自己中心的な考えだと言うことは分かっている。しかしそれでも彼は彼女に死んでほしくないという思いと共に口を開いた。



「ダイアナ。君がどうしてもその仕事を止めないというのなら、僕が力ずくでもーー」

「カズト君……?」

「ーー止めて……え?」



 重い覚悟を決めて発した言葉。それはカズトに極度の緊張を持たせた。そのため彼は周りの注意を怠っており、そのせいでこの場にいてはならない人物がいることに気が付かなかった。

 彼は恐る恐るそちらに目を向ける。するとそこには亜空の大箱から半身を出してこちらを見ているリディアがいた。彼女は見れば誰もが固まってしまうような恐ろしい目をし、底冷えするような声でカズトの眼前に浮かんでいる画面、その真ん中に映る女性について訊ねる。



「帰ってくるのが遅いから心配した。けど……誰、それ?」

「え、えっと、この人はーー」

「おい、カズト……?」

「は、はい!?」

「その女性は誰だ?」



 リディアの言葉にカズトが冷や汗を流しながら返答しようとすると、画面の中からこれまた底冷えするような声がかけられた。先ほどまで重々しい覚悟を決め、これ以上無いほど真面目な雰囲気を出していたはずのカズトは、思わずその言葉に対して声を裏返して反応してしまった。慌ててダイアナの方を向くと、彼女はリディアに負けず劣らず恐ろしい目でリディアを見つめ返している。そんな中、カズトは息が詰まるような思いをしながら口を開いた。

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