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49話 がんばれグレッグ先生

「どうした!? 何があった!?」



 カズトの身柄を拘束していた騎士の悲鳴に近い大声を聞き、リディアと一緒に首を傾げていた騎士はすぐさまそちらに走り寄る。

 するとその騎士は足を止めて呟いた。



「嘘、だろ……」



(どうたんだろ?)



 その声を聞き取ったリディアは泥の謎を一旦横に置き、その騎士の下まで走り寄る。

 そこには騎士隊長だけではなく冒険者もたくさんおり、拘束されたカズトを見て呆然としていた。

 そんな様子を見てリディアは嫌な予感を感じながらも、カズトに目を向ける。

 その瞬間、リディアの顔からサーッと血が引いていった。



「そん、な……」



 彼女の口から絶望したような震えた声が出る。

 それもそのはず。

 なぜならわき腹の傷を止血するために破かれた服の中から、王家の紋章が彫られた懐中時計が顔を覗かせていたのだから。


 それを持っているということは、つまり王家と親しい者を意味する。

 そしてその殆どが高位貴族である。

 たとえそうでなくてもその者を傷つけた場合王家から罰が下る事があり、ついでに言えば下らないことの方が圧倒的に少ない。

 その者を死なせた場合は言うまでもない。


 そのためカズトを傷つけたリディアはもちろん、この場にいる全員が罰を受ける可能性が高い。

 良くて奴隷落ち、悪くて死刑と言ったところか。

 いや、カズトに直接危害を加えたリディアは死刑など生ぬるいと思えるような罰が下るかもしれない。

 そのためリディアを含めたこの場にいる全員がカズトが首から下げている懐中時計を見て呆然としているのだ。

 すると騎士隊長がいち早く我に返り、声を震わせながらも騎士達に指示を出す。



「と、とにかく止血だ! 急いで止血するだ! そして誰かすぐに治癒士を呼んで来てくれ!」

「わ、私が行く!」



 騎士隊長の言葉を聞いてすぐに我に返ったリディアは自ら志願して、すぐさまその場から走り去った。

 それも走るスピードを格段に上げるマジックアイテムである、疾駆の革靴を起動させて。

 その速さは風を切るという言葉など生ぬるい程の速さであり、彼女が走り去った後は突風が吹く程だ。

 そして門の中に入り大通りを前にして、彼女は建物の屋根に飛び乗って駆け出した。

 大通りにはたくさんの一般人がいるためだ。

 だが建物は全て同じ高さではなく、屋根だけ見ればでこぼこになっている。

 さらに言えば三角の屋根や豆腐型の家もあるためバランス感覚も問われる。

 そのためとても猛スピードで走り抜けれるような場所ではない。

 しかしこれまで数多の魔物を倒してきた事によって一般人より身体能力が遥かに強化されているリディアは、屋根の上をまるで知り尽くしているかのように走り抜けていく。

 やがて彼女はこの街で一番腕の良い医者がいる建物を見つけるとその場で跳躍し、入り口の前にスタッと着地した。

 周りにいた一般人は急に空から現れた少女に驚いているが、リディアにそんな事を構う余裕などない。

 彼女は勢いよく扉を開け、中に向かって大声で叫んだ。



「王家の紋章を持つ方が重傷だから助けて!」



 それを聞いた周りの人々はギョッとした様子を見せたが、それより更にギョッとしたのはこの建物にいる治癒士だろう。

 ドタドタという音が受付の奥から聞こえ、やがて姿を現したのは頭から熊の耳と尻から熊の尻尾を生やした男だ。

 彼は熊の獣人で、この街一番の治癒士と名高いグレッグだ。



「そ、それはどういうことかね!? 本当に本当に王家の紋章を持つ方なのかね!?」

「間違いない! だから急いで来て!」

「す、少し待つのね! すぐに用意をしてくるのね!」



 普段の彼はその大柄な体格からは考えられないほど温厚で、落ち着きのある人物なのだが、そうとは考えられないほど慌てて奥へと引っ込んでいった。

 そして宣言通り彼は黒のバッグを持って一分も経たずに戻ってきた。

 彼はリディアに早く! と急かされながら、も懸命に走る。

 しかし彼は魔物を倒したことのない一般人である。

 当然リディアのスピードに追いつくはずがない。



「き、君、早いのね! もう少しゆっくり走ってほしいのね!」

「そんな事できるわけない! その荷物貸して!」



 そう言いながらリディアはグレッグが持っていた鞄を半ばひったくるようにして持つ。

 そしてさらに大柄なグレッグの腰に片手を回すと、ひょいと彼を持ち上げた。



「な、何をーーえぇ!?」

「ジッとしてて! すぐに終わるから!」



 まさか大柄な自分が少女に片手で持ち上げれるとは思っていなかったため、グレッグは混乱したように手足をバタバタさせる。

 だがリディアがそう言うと、彼はすぐに大人しくなった。

 いや、大人しくするしかなかった。



「ちょ! ここは屋根の上なんだけどね!?」

「知ってる! だけどこうした方が早い!」

「ひ、ひぇー!」



 リディアがその身体能力を存分に発揮して、グレッグと鞄を片手で持ったまま屋根の上に飛び乗ったのだ。

 あまりの恐怖にグレッグはその見た目に似合わず気弱な悲鳴を上げながら、大通りにいる一般人の注目を集めていた。

 もっとも、本人はそんなことはどうでも良かったが。

 そうしてリディアは行きと同じ速さで屋根の上を駆け抜け、街の外に出た。



「治癒士連れてきた!」

「雷霊殿感謝する! 先生、すぐさまこの方の治癒をお願いします!」

「ちょ、ちょっと休憩させてほしいけど、分かったのね。その方を見せてほしいのね」



 やがて騎士隊長達が集まる場所に戻ってきたリディアはグレッグをその場に下ろした。

 だが彼はこれまでの人生で味わったどの恐怖よりも遥かに怖い体験をしたからか、今にも吐きそうな程青い顔をしている。

 そのため本心から休憩をしたかったのだが、周りの人間がそれを許さなかった。

 彼はリディアから自分の鞄を受け取り、そのままカズトの診察を始める。

 その顔は相変わらず青いにも関わらず、真剣な表情である。

 やがて彼は口を開いた。



「これは、酷いね。刺し傷に加えて何ヶ所も骨が折れてる」

「……治る?」



 グレッグの言葉を聞いて、リディアが不安そうにそう訊ねる。

 するとグレッグは力強く頷いてみせた。



「大丈夫、これなら治るのね」

「良かった……」



 その言葉を聞いて、リディアは心底ホッとした。

 周りの騎士達や冒険者達も同様に安堵の息を吐いたりしている。

 それからグレッグは治癒魔法を使いながら持ってきた鞄の中からいくつかのポーションを取り出した。

 ポーションとは地球にあるどの薬よりも即効性のある魔法の薬の事だ。

 ただし薬の効力はその質によって様々で、治癒魔法より高い効果は望めない。

 それをカズトのわき腹に空いた穴に振りかけたり、彼の口に流し込んだりしていく。

 そうしてしばらくするとグレッグが治癒魔法を止めた。



「これで応急処置は完了したのね。後はうちの治癒院で治療するから、誰かこの方を運んでほしいのね」

「分かりました。それは我々騎士にお任せ下さい」



 それからカズトは騎士達の手によってグレッグの治癒院まで運ばれ、そこで治療されることとなった。

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