3話 宿代稼ぎ
「これが仮身分証となります。これを身分証を発行してくれる所に持って行けば正式な物と交換してくれるので、そこで交換してもらってください。ちなみに一番近い所だと冒険者ギルドですね。そこの通りを真っ直ぐ進めば右手側に見えてきますよ」
「冒険者ギルドですね。わかりました」
冒険者ギルドで身分証を交換してもらえるのか。
当面の生活資金は冒険者ギルドに登録して、冒険者として仕事をこなしながら稼ごうと思っていたので丁度いい。
門兵にお礼を言った僕は早速門の内側に足を踏み入れる。
そして門兵に教えてもらった通りをまっすぐいくと、冒険者ギルドと書かれた看板がある建物が見えてきた。
迷わずその中に入る。
「うわぁ……」
すると中には剣や槍といった武器を持った物々しい人達がたくさんいた。
思わず顔が引きつってしまう。
そしてどうやら冒険者ギルドの中には酒場が併設されているらしく、昼間からそこで酒を飲んでいる冒険者達がたくさんいた。
中には酒を飲みながら僕のことをジロジロと見てくる冒険者もいる。
そんな人達を横目に僕は受付に座っている複数の受付嬢達の内、誰も並んでいない紫色の髪をした受付嬢の下へ行く。
「すいません。冒険者ギルドに登録しにきました」
「はい。登録ですね。身分証、または仮身分証はお持ちですか?」
「持っています。どうぞ」
「ありがとうございます。それでは少々お待ち下さい」
仮身分証を受付嬢に渡すと、彼女はそう言って奥へ引っ込んでいき、しばらくすると戻ってきた。
その手には分厚い茶色のカードが。
「これが冒険者としての証であるギルドカードになります。紛失しますと再発行するために大銀貨一枚がかかりますので、気をつけて下さいね」
「分かりました」
そう言ってギルドカードを手渡される。
それから冒険者ギルドの説明を聞く。
主に重要なのはランク制度を採用しており、そのランクによって受けることができる依頼が変わることか。
下から順にH、G、F、E、D、C、B、A、Sとなっているらしい。
後は依頼は一つ上までのランクの依頼を受けることができるとか、訓練場を自由に使っていいとか、資料室で魔物の資料を読むことができるとか、そんなところか。
そうして一通り受付嬢が説明を終えると、こんな質問をしてきた。
「最後に質問なのですが、武器や戦い方はどのようなものなのか聞いてもよろしいでしょうか?」
「別に構いませんが、何故そのようなことを?」
「冒険者一人一人の情報と実力をより正確に把握するためですね。でなければ冒険者が身の丈に合わない危険な依頼を受けるのを阻止できませんから」
なるほど。
冒険者の身を守るためにもそれらの情報は把握しておきたいってことか。
それぐらいの情報なら開示しても問題ないな。
「わかりました。僕は剣とか槍は使えないので魔法メインで戦います。戦い方は特にこれと言ってありませんね」
僕には武器の扱い方なんてさっぱりだ。
だから戦い方は先程魔物を倒したときと同じように魔法メインでいこうと思う。
戦い方に関しては、どんな戦い方が良いとかは分からない。
なにせまだ戦闘経験は一回しかないのだから。
なので受付嬢にそう言うと、彼女は露骨にため息を吐いて態度を豹変させた。
「はあ。よりにもよって戦いでは全く使えない魔法士? たしかに冒険者は年齢さえ満たせば誰にでもなれるけど、あんたみたいなのが来られると他の冒険者が低く見られてこっちが困るのよね」
受付嬢の顔から先程まで浮かべていた人の良さそうな愛想笑いが消え、代わりに不愉快そうな顔になる。
その変化に戸惑い、そして彼女の言葉の意味を上手く理解できないでいると、横から声がかけられた。
先程から酒を飲みながらこちらをジロジロと見ていた冒険者の一人だ。腰に剣を装備している。
「おいおい。今の話聞いたぜ。てめぇ魔法士かよ。だったら今すぐこのギルドを辞めろや。今受付嬢が言った通り、てめぇら見てえな戦闘に役に立たねえクズがいるから、他の冒険者も低く見られるんだよ」
ちょっと、待て。
魔法士は戦闘で役にたたない?
それってつまり魔法攻撃が役に立たないって事だよな?
でも、さっき魔法攻撃で魔物を倒したから、役に立たないことはないはずだ。
あの火を生み出す魔法だって、応用すれば人なんか必ず殺せるようなことができる。それも一瞬で。
うん。ひとまず受付嬢と冒険者の言い分は無視しよう。
そして一旦深呼吸をして落ち着こう。
スーハー。
よし、落ち着いた。
さて、状況の再確認だが……どうやらこの冒険者と受付嬢は僕のことをよく思っていないみたいだ。
冒険者の方なんかすぐにでも暴力を振るってきそうな雰囲気だな。
だけど……これは見方によっては丁度いいチャンスかもしれない。
上手く行けば宿代が稼げる。
ここは冒険者をもっと煽ってやろう。
「冒険者が低く見られる? それってあんたのような性格が悪くて弱い冒険者がいるからじゃないのか? それを魔法士のせいにしてるだけだろ」
「あ? 魔法士ごときが何言い返してんだ? てめぇなんざ剣を使わなくても簡単に殺せるんだよ」
そう言って指をバキバキと鳴らす冒険者。
端から見れば、まさに一触即発の状態だよう。
それを娯楽のように見ているのか、他に酒を飲んでいる冒険者達が口笛を吹いたり大声を出してはやし立てる。
……僕に味方する声がないどころか、魔法師は死ねだの消えろだの、罵声しか飛んでこないのは少しムカつくな。
だけどそれを無視して、ここでさらに煽る。
「へぇ、それじゃあ試してみるか?」
「いいだろう。訓練場にこい。二度とここに来られないようにしてやるよ」
そう言うと冒険者は訓練場に向かっていった。
たしかギルド内では訓練場を除いて争いごとが禁止になっているんだったか。
だからそこで戦おうと言うわけだ。
ひとまずここまでは上手く行ったな。作戦通りだ。
冒険者の後についていき、訓練場へとやってきた。
訓練場は冒険者ギルドの裏手にあるのだが、これがなかなかの広い。
少なくとも地球にいたときに通っていた高校のグランドより遥かに広い。
そして僕らは向かい合う。
先程まで酒を飲んでいた冒険者達がついてきたのかギャラリーは多いが無視だ無視。
「なぁ、せっかくだから賭けをしないか?」
「あ? 賭けだぁ?」
「そうだ。互いの全財産を賭けるんだ。もちろん勝った方が相手の全財産を貰えるってわけだ。そして勝敗はどちらかが負けを認めるまで。どうだ?」
「はっ、面白れぇ。乗ってやるよ」
よっし! 食いついた!
これで今晩の宿代はなんとかなりそうだ。
まあ、それは勝てたらの話だけど当然負けるつもりなんてない。
それでももし万が一負けたとしても僕は無一文だから失うお金はない。
まさに僕に得しかないルールだ。
するとそれを聞いたギャラリーがさらにはやし立てる。
「ギャハハハハ! 魔法士がゾンゲに賭けをふっかけやがったぞ!」
「おいおい! 無謀って言葉をしらねぇのか坊主!」
「魔法士はこのギルドからさっさと消えろや! 邪魔なんだよ!」
ここまで煽ってくるってことは、魔法士って冒険者に嫌われてるのか?
まあ、仮令そうだとしても気にしなければいいだけの話しなのだが。
するとギャラリーからゾンゲと呼ばれていた目の前の冒険者が用意はできているとばかりに拳を構えた。
僕もそれに応えるようにいつでも指を鳴らせる準備をする。
さあ、勝負の始まりだ。