仏の顔も三度まで
「いゃあー、凄いですな。他校の生徒達が顔を揃えて戦ですか。期待が高鳴りますな」
「若かりき頃を思い出すのぉー」
「友蔵さんはどちらの戦場に? ワシはサイパンですわ」
「自分はガダルカナルでした。苦々しい記憶ですが、あの頃は一生懸命でしたからな」
「ホッホッホ。平和が一番ですよ。平和だから、あの子達ものびのびと喧嘩が出来る。私達もこうして観戦出来るというモノですわ」
「フガフガ……」
「お軽ちゃん、入れ歯!」
それを観戦する老人達は懐かしそうな表情だ。過去に思いを馳せて和やかに会話している。
「……それにしても一向に始まらんのう?」
「互いになにかを待っているようですね?」
既に数十分の時が過ぎていた。それでも葛城達は並んだまま、一向に動く素振りはなかった。
梅雨の合間のうだる暑さが支配する。ユラユラと陽炎だち、汗が滴る。
「……遅せぇのう、いつまで待たせる気じゃ」
腕を組んでトントンと小刻みに足をならす葛城。
「焦んなって誠。嫌われちまうぜ? 相手を焦らす、そいつも醍醐味なんだからよ」
それを口に煙草をくわえる玉木が抑えた。
「黙れ、ナンパ師! 来る訳ねーべや、ナンパ師!」
しかしその目の前に立ち尽くす佐々木はムカついた様子だ。玉木に対して並々ならぬ憎悪を抱いているようだ。
「はぁ? てめー自分の不細工さ棚に上げて、カッコいい俺に喧嘩売ってんの?」
それに呼応して、玉木も見上げるようにガンくれる。
「誰が不細工じゃ! おめーの方が不細工だべや!」
「はぁ、オークきっての美男子、玉木様が不細工だと?」
「んだ! 口先だけの不細工ナンパ師だべや!」
「……殺すぞ不細工!」
ビリビリと包み込む覇気、蝕む熱さに加えて、男達の並々ならぬ熱気も体感温度を更に上昇させる。少しでも間違えば、爆発しそうな狂気を醸し出している。
「まだっすよ玉木さん! ルール違反だ!」
「佐々木、そんな顔を歪めてばっかじゃ、益々嫌われんぞ、落ち着け!」
彼らはなにかを待ち構えているようだ。しかしそれは一向に現れない。それが彼らの苛つきをピークに押し上げていた。
「キャー、ここよねー!」
「居た居たーぁ、オークの人達よー」
しかしその黄色い声で玉木の表情が一変する。
「ようやく来たか、明日香ちゃん達」
ヘラヘラと安堵の笑みを浮かべた。
「グッ……我が校のマドンナが」
対する佐々木は益々悔しげな表情だ。怒りを堪えて歯を食い縛る。
「キャー玉木さーん! 頑張って!」
女達の中でもとびきりかわいい女が手を振る。
「葛城さんもガンバですー!」
小柄で可憐な女が胸の前で拳をかざした。
「……っかしいな。サトルちゃん、どこにもいねーじゃんか?」
煙草を口にくわえた派手なおねーさんが、キョロキョロとサトルの姿を探している。
現れた女達は東蘭高校の女生徒だ。その全ての視線が、葛城率いるオーク学園の生徒に向けられている。
玉木は校内きってのナンパ師だ。これと見初めた女には、手当たり次第に声をかけている。今回の一件も玉木が東蘭の生徒をナンパしたのが切っ掛けに過ぎない。それも当校一の美女と呼び声高い、明日香姫。
それを知った佐々木が、阻止しようと抗争を仕掛けたのだ。
「くそっ、ナンパ師にウチの女、かっ攫われてたまるかよ! しかもよりによって俺の心のマドンナ、明日香姫まで!!」
怒りの感情を爆発させて玉木に襲い掛かる佐々木。
「ヴァ!? さっきからナンパ師ナンパ師ってウゼーんだよ! てめーで惚れた女なら、グダグタ抜かさずに奪い取れや!!」
一方の玉木も戦闘モードだ。女の前で無様な真似などしたくない、とばかりに、すかさず佐々木目掛けて走り出した。
「流石は玉木だな。女の為なら命懸けだぜ」
「東蘭の明日香ちゃん、数週間前から口説いてたからな。しかしホント、うちのガッコーにも劣らず、東蘭も美女揃いだぜ」
「佐々木には悪いが、玉木の野望、そっくりそのまま俺らのものとするぜ」
それと同時にオークの生徒も動き出す。
「やんなるよな。ウチの女達を、玉木にかっさらわれたからって、俺ら引き出されるの」
「不細工とナンパ師の喧嘩、俺らには関係なくねぇ?」
「馬鹿、そう言うなよ。マジでうちの女、全部あのナンパ師に持ってかれちまうぞ。明日香姫を"オークに輿入れ"させる訳にはいかないから!」
うんざりそうに吐き捨てる東蘭の生徒。それでも佐々木を盛り上げるように一気に走り出した。
かくして戦いの狼煙が一気に挙がった。
「どうすんだよ? ……始まったぞ?」
「無理だよ、相手は県下きっての悪党校オーク学園だぜ? しかもそこでも最強武闘派を誇る葛城さんだ。俺らぺーぺーじゃ適わねーよ」
その死闘を東蘭の一年生が困惑気味に見つめている。彼らは数合わせの一般生徒だ、喧嘩など一度もしたことがない。
「お前ら一年生だろ?」
誰かが言った。ハッとし視線を向ける二人。
「ギャーーァ!」
「ご免なさい! ご免なさい!」
背筋を寒気が襲った、堪らぬ恐怖に煽られ、その場にしゃがみこみ土下座する。
「いや、ボクは……」
そこに立ち尽くしていたのはサトルだ。
「頼むから土下座なんかしないでくれよ」
「ギャー、お願いですからシメないで!」
「お金なら差し上げます!だから命ばかりは!」
優しく声かけるサトルだが、東蘭一年生の恐怖は増幅する一方。端から見たら、まるで折檻しているようだ。
「オウオウオウ! ウチのクラスメートになにしてくれてんだ!」
そこに別の生徒が怒鳴と共に駆け寄ってきた。茶髪にいかつい体型。同じ一年生らしいが、他にない迫力があった。
「敦也くん、助けてくれよ!」
「助かった。元、石中No.2敦也くんが来れば百人力だよ」
それは東蘭の一年生だ。二人、助かったとばかりにホッと胸を撫で下ろす。
「お前は……」
一方でサトルの瞳にも輝きが灯る。
「敦也じゃん」
それは中学時代の知り合いだった。懐かしく感じて投げ掛けた。
「なんだてめーは?」
だが敦也は怪訝そうな表情だ。
「馴れ馴れしいんだよ! てめーみてーな古臭せーヤンキー知らねーっての!」
すかさず強烈な一撃をサトルの頬に叩き込む。
「助かったよ敦也くん」
「こんな鬼ヤンキーをシメるなんて、流石は石中No.2だな」
「ケッ、俺に勝てるルーキーなんて、そうはいねーよ」
敦也は未来の東蘭を担う期待のルーキー、その強さは折り紙つきだ。こうして三人、意気揚々と会話を繰り出す。
「あ……つ……やぁー! 誰に手ぇ出してんだぁ!!」
しかしその歓喜を切り裂くように、憤怒の声が地から鳴り響いた。
「え? ……そのヤバい声って??」
青ざめてサトルの表情を窺う敦也。
サトルはまだ立ち尽くしていた。眼は血走り、額にはピクピクと青筋が波打つ。狂気に歪む口元、ハァハァと熱い吐息が吐き出される。そこに先程までの優しさは皆無。
「マジで"ともちん"!」
それで敦也の記憶が呼び覚まされる。ガクガクと震えてテンパりだす。"ともちん"とはサトルの中学時代からの愛称だ。仲のいい一年生はそう呼んでいる。
「ああそうさ、てめーがへこへこしてた男だよ! “舎弟”の分際で、生意気なんだよ!」
サトルの振りかぶる強烈な一撃が敦也の頬を捉えた。
「ごめんなさーい!」
成す術なく地面に吹き飛ばされる。
「ともちん……さんって?」
「石中の“仏のともちん”!?」
仏のともちんとは、サトルのもうひとつの異名。童顔で喧嘩も出来ない小動物と思いきや、いざとなったら大型肉食獣並みの強さを発揮する。つまりウサギの衣をかぶった狼。
その強さは多くの者が知ることとなり、中学時代は石中のてっぺんをも占めていた。故に未来のオークを牽引する一角との呼び声も高い。
とはいえそれは昔の異名に過ぎない。何故なら今は、見た目も心も狼そのものだから……
「仏だろうと、悪魔だろうとカンケーねーよ。……だけどコケにされた気分は拭えねー。きっちりケジメてやっからよ!!」
仏の顔も三度まで。サトルの狼たる血がざわめいた。




