市内郊外にて
そこは市内郊外の市営グランド。
チュンチュン、チュンチュンと、小鳥がさえずっている。萌える新緑と空の青さが鮮やかだ。
「ふぉふぉふぉ、波平ジイ、ワシの勝ちじゃのー」
「なんの、友蔵じいさん。次は負けませんぞ」
「ホォー、お宅のお孫さんは大学生ですか」
「ええ、六浪して家計が火の車だってのに、ベンツが欲しいとか我が儘盛りですよ」
「まぁー派手なお孫さんですこと」
その輝く太陽の下、老人達がゲートボールに興じていた。
「やっと着いたぜ」
「奴らはまだ来てねーみてーだな」
「ウズウズすんぜ、練習しとくか?」
そこにガヤガヤと賑やかしい別の声が響く。葛城達、オーク学園の生徒が現れたのだ。
「なんじゃろな? 今日はワシらの使用予定日なんじゃが」
「サッカーや野球とは違うでしょ? ……衣替えは終わってる筈なのに黒い格好で」
「本当ですわね。暑くないのかしらあの子達?」
その様子を訝しく見つめる老人達。
「おじいちゃん達、退いててな。少しだけ場所借りるから」
「あそこのベンチで観戦しててや」
生徒達は口々に伝えて、老人達を押し退ける。
「なんじゃとワシらがゲートボール楽しんでるんじゃぞ!」
「ガキなんぞに負けるか! ワシャ帝国陸軍少尉なるぞ」
「そうよねお舟ちゃん。……フガフガ」
しかし老人達も負けてはいない。ここはワシらの聖地だとばかりに、生徒達に食いよる。
「なにが帝国陸軍だよ。危険だからあっち行きなって」
「陸軍を馬鹿にするつもりか? この国の平和があるはワシらのお陰じゃぞ」
「はいはい、それはソーリー」
「貴様、さては鬼畜米英の回し者じゃな?」
場はにわかに殺気立つ、場所を巡っての激しい押し問答が展開される。
「まいったなー。まさかじいさん共がゲートボールしてるなんてな」
その様子を見つめ、呆れたように額を押さえる玉木。
「まぁそう言うなよ仁。年は取っても流れる血潮は鎮められんのじゃろ」
しかし葛城は動じない。口元にニャりと笑みを浮かべて、ひとりその輪の中心まで抜きん出た。
「おう、ジジイ及びババァ共、ゲートボールより楽しいことがあるぞ」
ゆっくりと老人達を見回し伝える。
「なんじゃ、楽しいことじゃと?」
「ファファ……フガフガ……」
「お軽ちゃん、入れ歯!」
それを怪訝そうに聞き入る老人達。
「俺ら若者は、あんたらジジイ、ババァのお陰でこうして気ままに生きとる」
胸の前で拳を作り鼓舞する葛城。
「そうじゃ、ワシらのお陰じゃ!」
「ジジイ、ババァってのが気に食わんがな」
「おほほ、だけど当たってるだけに文句もないけどね」
言葉こそぶっきら棒だが、それは老人達の心を鷲掴みするなにかがあった。
「じゃから俺らは、俺ら若者の元気な姿を見せてやるのよ!」
「ほほーう。近頃の若者にしては、真っ直ぐな若者じゃ」
「あんな若者を見てると、おじいちゃんの若かりしき日を思い出しますよ」
「ホッホッホ、召集令状受けた頃じゃな」
何故かほのぼのとした空気が辺りを包み込む。
「ワシらはいいんじゃ。この場所を御主らに貸してもな」
「うちのどら息子や、我が儘な孫より、立派な御方ですからね」
「じゃが、ワシらの大将がなんというかの」
それでも老人達はやけに歯切れが悪い。なにかを気遣うような浮かない表情。
「ほほーう、ひさしぶりじゃな、葛城二等兵」
それを切り裂き誰がが言った。
「はぁ?」
それに呼応して視線を向ける葛城。同じく老人達も『大将』『出陣なされたか』と一斉に視線を向ける。
「あんたは、五十六のオジキ?」
その多くの視線を一身に浴びるのはひとりの老人の姿。ゲートボールのステックを杖代わりに立ち尽くす人物、それは元オーク学園教師、五十六だった。
「心配無用じゃ。あれはワシの教え子なんじゃ、とびきりの武士じゃぞ」
この男こそが老人達の大将らしい。因みにアロハシャツにハーフズボン、ビーサンとかなりの軽装だ。
「なんじゃ、オジキも一緒じゃったか。元気そうでなによりだ」
「御主はいつでも元気じゃな。天覧試合、楽しみにしとるぞ」
死神大佐こと五十六、こう見えて葛城とは仲がいい。
こうして五十六達は、ひさしのあるベンチで、これからの出来事を並んで観戦することになった。
「凄いっす葛城先輩。お年寄りの心を一瞬で掌握しちゃいました」
その様子を愕然と眺めるサトル。
「誠は古臭い男だかんな。平成ってより昭和のガツンとした性格だ。じいさん、ばあさんにはウケんじだろ。その点でいえば、死神大佐はドストライクだわな」
玉木の口元に笑みが浮かんだ。
不意に遠くからガヤガヤとした話声が聞こえ始めた。
「ははっ、来たようだぜ、“東蘭”の奴ら」
葛城が振り返る。
「なんだぁ? オークの奴らもう来てるよ」
「へっ、流石は葛城のクソ外道だぜ。一族郎党従えて現れたか」
「あの金髪のチャラけた奴が葛城の懐刀、玉木仁だな。マジでムカつく程ナンパなツラだぜ」
「それより、やけに昭和な奴いねーか? ……鬼ゾリにマスクって、イかれ過ぎだべ」
現れたのは、夏服に身を包んだ他校の生徒だ。私立東蘭高校の生徒達、総勢四十七人だった。
こうしてオーク、東蘭、両校の生徒が顔を見合せグランド中央で相対す。
「よお、佐々木。逃げんと、よお来たな」
眼前の東蘭生徒を冷めたように睨む葛城。
「当たりめーだべや! ここまでコケにされて、俺達だって黙っちゃいねーべよ!」
目の前の佐々木らしき生徒が吠える。髪を短く刈り上げた、葛城よりも一回りデカい体格のタラコ唇の男だ。
「ふん、ゴリラにもプライドなんざあるのかよ?」
「んだがら、誰がゴリラじゃってんだ! てめーのせいでな、俺は、俺は!」
「ボス、気を静めて!まだ喧嘩は始まっちゃいないんすから!」
興奮気味に襲いかかろうとするそれを、仲間が慌てて止める。
「ギャハハ! それがゴリラだってんだ。しかもボスゴリラじゃもんな、傑作じゃ」
その状況にも関わらず、腹を抱え爆笑する葛城。
「おい、ナンパ師。……あんたらの頭、口が悪過ぎんぞ。少し抑えてくれや」
その様子に堪り兼ねたか、他の東蘭生徒が玉木に頼み込む。
「わりーな。そいつは無理ってなモンよ。誠は気ままな自由人だからよ」
しかし玉木は気にも留めない。ゆらゆらと首を回して、他人事に言い放つだけ。
一方東蘭生徒の中には、見るからに幼い一年生の姿もあった。
「眼の前、見てみろよ。ヤバくねー? ……なんで俺らこの位置に立っちまったんだろうな」
「ホントだよ。俺達一年生で、しかも無理やり参加させられたのに。……貧乏クジだよな、こんなヤンキーの相手なんて」
「……今どき、なんでボーズ頭に鬼ゾリなんだよ?」
「馬鹿、聞こえたら厄介だぞ。……怒ってるみたいだって。顔を真っ赤にして怒りで震えてる……」
恐怖に怯えるような表情だ。困惑し、二人でひそひそ話し込んでいる。
「……だけどよ。マスクに書いてる文字、なんで“祝”なんだろーな」
「喧嘩上等、祝ったる、って意味かもな」
彼らの恐怖を煽るのは、謎の一文字。意味が理解出来ずにガクガクと震えた。
その手前に立ち尽くすのはサトルだ。思いもしない容姿の変化に、自分でも困惑していた。恥ずかしさに身体を震わせて、顔を真っ赤に紅潮させる。
『……ボクだって一年生だよ。それに玉木先輩、漢字が間違ってます。……これだったら"呪"の方が……』
そう大声で主張したいがそうも出来ない。もどかしさからか、ガックリと肩を落としていた。
こうして恐怖と憤怒、困惑と落胆、様々な負の要素が混在するグラウンド。それにも関わらず、ニヤニヤと卑下た笑みを浮かべる東蘭の生徒もいる。
「ヘヘッ、見てみろよこのガキんちょ。こんなんで高校生なの?」
「ギャハハ。マジでウケんよな。ボクちゃん小学生? いや、お子ちゃまでちゅか?」
二人が指差すのは、身長百二十センチ程の金髪モヒカンの生徒だった。何故か口元には“おしゃぶり”をくわえている。
「よお、お前ら」
不意に玉木が言った。
「はぁ? ……なんだよナンパ師?」
「俺らになんか文句あんのか!」
すかさず顔にしわ寄せ、ガンくれる東蘭生徒。
「文句なんざねーんだけどな。ウチの“パイナップル”、いじめたりしねーでくれっかな」
「……パ……パイナップル……」
しかしその玉木の一言に場が硬直した。
「マジあり得ねーっしょ?」
「パイナップルって、ハマり過ぎじゃねー?」
そして続く、他の生徒をも巻き込んでの大爆笑の嵐。
パイナップルとは、モヒカンの渾名だ。巻き起こる爆笑の渦の中、無表情に佇んでいた。




