告白
電車は緑溢れる住宅街の中を走りつづけていた。
「……兄貴、さっきからどうして黙ってんすか?」
「黙れ、俺は熟睡中だ」
ひそひそと囁きあうヤクザ達。
あの後、着く駅毎にオークの生徒が乗り込んでいた。その全てが詰め襟を着込んでいる。車内は制服の黒一色で埋め尽くされていた。
「ボク、ここで降りなきゃ」
その最中少年が言った。電車は停まってドアが大きく開いている。どうやら目的の駅はここのようだ、出口に向けていそいそと歩み出す。
「あっ?」
だが運悪くなにかに躓いてバランスを崩した。床に両手を付いて恐る恐ると視線を上げる。
「なんじゃ小僧」
躓いた原因はパンチが脱ぎ捨てた雪駄だった。いきなりな事態に、こちらも何事だとばかりに睨みを効かせている。
「ワシの高級雪駄が……」
「ごめんなさい」
雪駄の汚れを手で落とす少年と、それを怪訝そうに睨むパンチ。こうして二つの視線が重なりあう。
「大丈夫かボーズ。そんなもん、男だったら気にすんな。はよう降りんと閉まっちまうぞ」
不意に葛城が言った。その状況を鋭い眼光で見いっている。
「うん、大丈夫だよ。お兄ちゃんアリガト」
気丈にも言い放つ少年。静かに立ち上がり、葛城にペコリと頭を下げる。
「…………」
一方のパンチもそれほど気にはならないようだ。瞼を閉じて再び狸寝入りしだす。
「ガキは丈夫が一番だからな」
こうして葛城が見送る中、少年は電車を降りていった。
「兄貴、また寝るんすか?雪駄は?西陣の高級品じゃ……」
「疲れてるんじゃ、ほっとけ。……雪駄は……貴様だって知ってるだろ、どうせ安モンじゃ」
ガタンゴトンと電車は走っていく__
「うおっ、シュウに客だ!」
「マジかよ。野郎じゃねーのかよ!」
「うおっ、一年生じゃんよ。しかもかわいい女の子」
「シュウ相手に女客なんて、俺は夢でも見てるのか?」
ざわめきに包まれるAクラス。その輪の中心にいるのはシュウと琴音。それを取り囲んで沢山の男子生徒が騒いでいる。
「うるせー! 散れ、散り去れ!!」
ムカつき気味に腕を払うシュウ。
「あはは、シュウに女の子の訪問者なんて、めったにないから、みんなお祭り騒ぎだね」
その様子を太助がヘラヘラと笑いながら見つめている。
「本当ね。でもシュウを訪ねてくるにしては、素直そうでかわいい子だよね」
真優も言った。腐れ縁の仲である二人からすれば、シュウへの女の来訪は春の珍事、いや初夏の珍事に等しい。それだけだレアなケースだ。
「どんなにかわいい女の子でも、シュウには関係ないけどね。ねっマリアちゃん」
それを理解して興奮気味に投げかける太助。
だが返ってくる返事はない。何故かマリアはそれをボーっと見つめるだけ。心ここにあらず、そんな様子だ。
「マリアちゃん?」
「はい、そうですね……」
それでも太助の二度の問い掛けで、ぎくしゃくながらも返事した。
「なぁ、ねーちゃん、シュウに助けて貰ったってなによ?」
「お礼が済んだなら、俺とお茶しようよ」
「琴音ちゃん、どこのクラス? 頭よさそうだから特進クラスでしょ?」
男達の質問は尽きることはない。誰もが初夏の珍事に興味を抱いていた。いや、それ以上に琴音のかわいさにぞっこんだった。
その様子にうんざり気味のシュウ。
「ファーァ。……礼なんか構わねーよ、ムカついたからはっ倒しただけだ」
この男、最初から琴音には完全に興味なかった。あれは場の流れで相手を倒しただけで、彼女を救う気など毛頭なかった。他人にどうこう言われる筋合いはないし、ちやほやされるのは迷惑なだけだ。ファーっと欠伸を欠き、机に頭を突っ伏す。
しかし琴音の表情はキリッとしたものだった。まるでおおらかな海原をも彷彿させる表情。そこに迷いや躊躇いなど一切ない。
「すみません、少しだけ静かにして貰いませんか?」
その一言に、場が波を打ったように静まり返る。
「シュウ先輩!」
その視線を一身に浴びて、シュウをまじまじと見つめる琴音。
「はぁ? ……だから礼なんかいいって」
流石のシュウも視線を上げる。それだけの気迫が琴音からは感じ取れた。
「こんな気持ち、初めてなんです。……あのときあの瞬間から、胸がドキドキして、衝動が抑えられないんです」
凛とした横顔が煌めく。屈託ない、爽やかなその表情に、男達が釘付けになる。
「好きになりました。私とお付き合いしてください!」
そして躊躇いもなく告白した。
「はっ?」
それはストレートな告白だ。それでシュウの思考が停止する。誰もが無言だ、愕然と二人を見つめるだけ。
「あはは、シュウにも春が来たじゃん!」
その沈黙を太助の声が掻き消した。
「嘘だろ? 女嫌いなシュウなのにー!」
「だけど、めでたいことじゃん。シュウも本物の男ってことだべよ」
「ムカつくけど、応援するよ、琴音ちゃん」
「パーティーだパーティー! こんなめでたいことはねーべよ!」
場がにわかに活気づく。それだけ堂々とした琴音の告白に感服していた。
「ありがとう御座います。私頑張ります」
その輪の中で笑う琴音。それが男達の興奮を益々引き出す。
「……嘘だろ。人前でコクられた……」
一方でシュウは茫然自失で固まったままだ。これまでも異性からコクられたことは何度かあった。だがこれだけ多くの面前で、コクられたことは無かった。それが彼の思考を停止させていた。
こうして場は、お祭り騒ぎで盛り上がりを見せる。誰もが琴音を祝福し、我が身のように興奮の高みに陥っていた。
しかし物事にはいつでもバランスが生じる。光が射せば影が生じるように。誰かが幸せならば、そのせいで辛さを感じるように。
その場の誰もが気に留めることはない。教室の片隅で冷笑を浮かべるルカのことを……
そしてそれはもうひとつ。華やかな場の雰囲気に馴染めず、ポツンと孤独なスポットライトに照らされて、ひとり佇むその姿。
それは白城マリア。その胸中、今まで感じたことない思いが込み上げていた。……堪らぬ胸騒ぎを覚えていた__




