校舎裏にて
放課後の校内。雨は上がっていた、西に傾いた陽で校舎は真っ赤に染められている。やがて来る闇夜、その赤と黒の対比が、いっそう物悲しさを演出していた。
「"コブ茶"の野郎、遅くねぇ?」
「人を呼びつけておいて遅刻なんて、人としてダメだよな?」
薄暗い校舎裏には、数人の生徒の姿があった。ウンコ座りで煙草を吹かす三人を、五人の仲間が取り囲んでいる。
その中央の茶髪にニキビの浮いた顔の男は、広海。二年F組の生徒で、オーク十二神将のひとり。そしてストリート系ギャング集団・B_29の幹部でもある。
「遅刻の罰だ。料金跳ね上げだな」
ヘラヘラほくそ笑む広海。
「広海の方が、人としてダメだべよ。バイクを十万で売ってやるって言いながら、売ったのはハンドルだけじゃん。なのに難癖つけて、またボッタくる気かよ」
メガネの生徒が答える。
「バーカ、それが今時のビジネスだろ、あるある大事典だっての。一人寂しくハンドル握って、『パラリラパラリラ』、言ってろっての」
「どこのお笑い芸人だよ、そりゃ?」
ギャル男っぽい、チャラけた生徒が苦笑した。
「しかしたいした商売人だよ広海は」
「そいつは言えてる。コブ茶に対しては容赦ねーし」
それをヘラヘラと聞き入る仲間達。
「バーカ、それは俺の愛の証よ」
「どんな愛だよそれは」
「愛され過ぎて、コブ茶が可愛そうだぜ。少しでも逆らえば、殴るんだもんな。俺だったら完全に逆ギレすんぜ」
「だったら今度、奴を使ってユーチューブでも撮って見るか?コブ茶をプロデュース的な」
「いや、それよりいいタイトルがあるだろ」
場が爆笑に包まれた。
その時、ガサッという音が聞こえた。校舎の角に、何者かの影が見える。
「コブ茶か?」
「遅せーんだよ。散々渋って、やっと払う気になったと思えばこのざまか?」
それに呼応して立ち上がるメガネとギャル男。ムカついたような口調だが、ヘラヘラと嘲る表情は変わらない。
「…………」
だが何者かは答えない。微動だにせず角際に立ち尽くすだけ。黒と赤の対比でその表情さえ覚束ない。
「コブ茶、だよな? 金、持ってきたんだべな?」
流石にそれにはメガネも戸惑う様子だ。眼を凝らし、少しばかり口調を下げる。
「もちろんです。言われた金額を持ってきました……」
やがて聞こえるオドオドと低い声。聞き慣れた声だ。彼らの待つべき存在、コブ茶こと小林の声。
顔を見合せ、ほっと安堵の表情を見せるメガネとギャル男。
「コブ茶、てめーいつまで待たせてんだよ。人間として、いちから躾てやんぞ」
そしてメガネがイラつき気味に歩みだした。
その様子を尻目に、広海達はガヤガヤと和やかな様子だ。
「へへへ、臨時収入いただきだぜ。今夜は派手に飲みにでも行くか?」
「いいねぇ。沖田の奴らに、西口の覇権奪われてから、ムシャムシャしてたかんな。たまには憂さ晴らしだ」
「打倒"beauty and the beast"(美野獣)の、打ち合わせも進めなきゃならないしな」
「あれを巧く攻略出来れば、広海も晴れてチームのトップだからな」
「だよな、前祝いは派手に行こうぜ」
「バーカ、俺を持ち上げても、なんも出ねーぜ」
「それよりユーチューブのタイトルはどうすんだよ?」
彼らが興味あるのは、金と酒の話題と、見えざる未来への期待。他人の不幸など一切興味はなかった。
だが事態は思わぬ方向に展開する。
「……も……ぐ……もぐ……」
突然、メガネのくぐもったような声が響いた。それに反応して視線を向ける広海達。
「なんだぁ?」
「モグモグ、って言ったのかよ?」
校舎の角にコブ茶の姿はなかった。それどころかメガネの姿も忽然と消えている。見えるのは、校舎の影で切り取られた赤い景色だけ。
束の間の沈黙。事態が飲み込めずごくりと唾を飲み込む。
ガサッ、再び足音が響いた。赤い景色にメガネの黒い影がうごめく。その直後、糸の切れたマリオネットのようにがっくりと崩れ落ちた。
それを見つめる面々は益々意味が分からない。
「どうしたんだよ。足でももつれたのかな?」
「コブ茶の野郎はどうしたんだよ? 隠れたまんまだぜ」
「おめー見てこいよ」
「嫌だよ俺。あいつ、本気で逆ギレしたのかもよ。ナイフとか、握ってるかも知れねーし」
メガネは倒れ込んだまま立ち上がらない。コブ茶は校舎の陰に隠れて姿を現さない。その不可解な状況が彼らの困惑を押し上げていた。
「……馬鹿だな、そんな訳がねーだろ。あれだよあれ、コブ茶の馬鹿が、パニクって押し倒したんだよ」
それでも気を吐くギャル男。そこに明らかな根拠などなかった。それでもコブ茶を格下と位置付ける、ゲスなプライドだけが勝っていた。
「ちっ、しゃーねーな。こうなりゃ俺がお仕置きしてやるよ」
「流石だな。期待してるぜ未来のB_29幹部」
「その台詞、忘れんじゃねーからな」
「だったらその勇姿、ユーチューブに撮っておいてやるよ」
こうして仲間達が見守る中、我が身を奮い立たせるように歩みだした。
既に辺りは暗闇に包まれつつあった。眼を凝らさなければ、数メートル先も見えない状態。校内放送から、下校を知らせる声が響いている。
ギャル男の姿が校舎の陰に消える。
「ゴンボ!」
そして謎の力で弾き飛んだ。
「……野郎、本気でナイフでも持ってるのか?」
それには平静を装っていた広海も愕然となる。流石にただごとではないと感じた。
「コブ茶てめー、なにしてくれてんだ! そこを動くなよ、俺直々にぶっ殺してやっぞ!」
興奮気味に走り出す。この男からすれば、コブ茶の人権などなんでも良かった。コブ茶がムカつこうが泣こうが関係ない。それを暇潰しに罵り馬鹿にして、時には虐げ、玩具のように扱う。それで自らの威厳を示して、周りの称賛を得る。その為だけの存在だからだ。
だからこそ許せなかったのだ。少しでもあまい顔をすれば、少しでも許せば、自分の威厳が崩れるから。
怒りの感情をむき出しにして、薄暗い校舎裏を赤い景色目指して走り込む。少し離れた後方からは仲間達も続いてくる。その誰もが口々に卑猥な言葉を吐き出している。誰もが広海の考えに賛同する者達だ。
「コブ茶、てめーぶっ飛ばすぞ!?」
赤い景色、角を曲がると同時に叫んだ。
「……御免なさい」
やはり角に佇んでいたのはコブ茶だった。自分より小さな体型。それでいて横にワイドな身体を、ガクガクと震わせて立ち竦んでいる。小太りで褐色の肌色、それがコブ茶の渾名の由縁だ。
「…………!」
しかし広海の視線はそこにはなかった。コブ茶の後方、そこに直下立つ巨大な影に向けられていた。
それは明らかに人影だった。突き刺さるような危険なオーラを放ち、広海を見下ろしている。
「か、葛城?」
その意外な出来事にはっと息を吐く。
「ふざけたシノギだな。同級生相手にボッタくるなんて、男の風上にも置けねぇ」
それは葛城誠。全てを貫くような鋭い眼光だ。その一言一言が広海の心を威圧する。
モグモグゴンボ……




