彼らはまだ、一年前の悪夢の中にいる
~翌日 一時限目~オーク学園・体育館横用具室~
「そうそう、昨日のお笑い番組だよ。最近つまんねー奴ばっかだよな」
「小学生の一発ギャグレベルだもんな。来年には、みんな消えてるよ」
「みんな、本当の娯楽を知らないんだよ。あんなんじゃ、俺の方がマシだってーの」
「拓未の落語は、天下一品だもんな。また訊かせてくれよ」
五人の生徒が壁際にもたれ掛かり煙草を吹かしていた。
彼らは二年D組の生徒達。授業をサボってここで談笑していたのだ。
その中央部、短い銀髪の生徒の名は大瀬良拓未。ロード系チーム・本牧レジェンド特攻隊長にして、オーク十二神将の一翼を担う生徒だ。
外はどす黒い雲が支配してていた。時おりその合間で金色の雷が嘶いている。
不意にスターン、という、なにかが弾むような音が耳についた。
「……なんだよ、誰か居るのか」
この時間、体育の授業はない筈だ。もしかしたら教師が巡回しているのかも知れない。煙草を吸っているのが見つかれば厄介だ。扉の陰に隠れてしばし様子を窺う。
音の原因はバスケットボールだった。殺伐としたコート中央を、コロコロと転がっている。
そしてそれに歩み寄る一人の生徒の姿。それは葛城誠だった。
「なんだよ葛城じゃねーか。威かしっこ無しにしてくれよ」
取り敢えずの安心感に、ホッとため息を吐く。
「よう狂犬、今日はひとりか? いつもならぞろぞろと兵隊引き連れてんのに」
こうして痩けた頬を指先で擦りながら、ゆっくりと歩み出す。
「ひとりで煙草だろ? そんな時もあるさ」
「しっかし、相変わらず黒ずくめかよ。……暑くねーのか?」
それに仲間達が続く。
だが葛城はなにも答えない。両手をポケットに突っ込んだまま睨みを効かしている。
「どうしたってんだよ狂犬、俺らとバスケでもしようってか?」
拓未が問い掛けるが葛城は無言だ。鋭い眼光、下手すれば飲み込まれそうな狂気を感じる。
「おいおい、勘弁してくれや。やけに挑発的な眼じゃねーか?」
流石の拓未も少しばかり真顔になる。葛城が放つ気配と表情、それにはどこか覚えがあった。
そしてそれは他の生徒達もなんとなく感じるところ。誰もが固唾を飲んで、二人のやり取りを見守る。
辺りに棚引く煙草の紫煙。そして続く堪らぬ沈黙。
「なんとか言えよ葛城! まさかとは思うが、俺らに喧嘩でも吹っかけてんのか!」
その刹那、巨大な落雷が叩き落ちた。激しい稲光で全てが白く掻き消される。眩い程の衝撃、葛城の黒い影だけが一際眼につく。
「悪いがそう言うことだ。大瀬良拓未、貴様を潰させて貰う」
拓未の胸中、激しい衝撃が突き走る。見えざる衝動に駆られて後方に飛び退いた。
「俺を潰すだって? そんなことをすれば、地獄に落ちるのはてめーだぞ」
拳を突き出しグッと葛城に標準を合わせる。
「なんとでも言えばいいさ。校外での喧嘩、些か飽きとったんだ」
呼応して葛城も拳を突き出す。さっきまでの沈んだ表情とは一変。恐怖を恐怖とも思わぬ不敵な笑みだ。
「お前のその眼付き、思い出したよ。それがお前の本性だったな。流石我が校一の狂犬だよ、飼い主(玉木)なしじゃ危険過ぎるな」
それで拓未の記憶が甦る。最悪とも思えた日々。思い出すだけでも背筋に寒気が走る、一年前のあの記憶。
ザァザァと雨の降り続く日の記憶。悲しみと悔しさ、怒りと絶望、全てが混沌と化していた頃の記憶だ__
「……つくづく思うぜ、運命ってのは残酷だって。どんなに自分を誤魔化そうとも、修羅の血だけは、騙せないんだからな……」
拓未の額から冷たい汗が滴った。誰に言うでもなくボソリと呟く。
「なんだって?」
その意味が分からず問い質す葛城。
「いや、なんでもない。……あの鳴神の毒に中てられたのは、一年や三年ばかりじゃなかった訳だ」
それでも平静を装い吐き捨てた。
「"俺達に、明日はない。これで終いにしようぜ"……だったか? そんなんで終われる訳ねーよな」
「随分古い話を出すじゃねーか。第一俺は、"志士の会"とは決別してんだ」
「それとこれとは別だ。俺はただ単に、てめーの名声が欲しくなっただけだ」
「成る程、そいつは名誉なことだ」
葛城誠と大瀬良拓未には因縁があった。一年前の抗争時、互いに分かれて対立した仲だ。
ビリビリとした一触即発の空気が流れる。やけに蒸し暑く、重苦しい空気が圧迫する。
「さあ、始めようぜ、一年前の決着」
淡々と言い放つ葛城。
「勘弁してくれや。俺は今でも見るんだぜ、あの時の光景を。まさに悪夢さ、現実という最低の悪夢。今でもうなされるんだ」
苦笑するように首を振る拓未。
「だったら喜べよ。ここで完全決着すれば、その悪夢も見なくなる」
そして会話が途絶える。その間も幾度となく落雷が乱発する。その都度二人の表情を能面のように白く染め抜く。
「俺はてめーを打ち取って、学園の覇権を掴む!」
葛城が駆け出した。
「理解した、俺らに残された手段はそれだけだな。だったらその悪夢、この手で打ち払うのみだ!」
呼応して拓未達も動き出した。
かつてオーク学園は激しい戦火に包まれていた。戦火は生徒達をも蝕み、恐怖と悲しみを撒き散らして全てを焦土と化した。
それから半年、学園はかりそめの平和に包まれていた。誰もがその事実を封印し、日々の生活の中に埋没していた。
しかしあの抗争は終わっていない、その火種は消えてはいなかった。深い闇でひっそりと芽吹いていたのだ__
「うぉぉぉぉーーっ!!」
「ナメんなよ、この外道が!!」
どんなに否定しようと、どんなに封じ込めようと、己の中を流れる血の熱さは制御できないのだ。何故ならそれはこの世界に生まれ落ちた証明だから。それこそが宿命、絶えることなき命の火種だ。それは野望となり、ゆっくりと表層に姿を現す。
小さな火種だが、それは最悪の始まりを意味する。一年前の悪夢、その序章に過ぎないのだ__
そして数十分の時が過ぎる__
窓の外は雨足が支配していた。ゴロゴロと雷の波打つ空。紫陽花の鮮やかな色彩だけがいっそう映えている。
「はあー今日の体育もバレーかよ。俺バレー嫌いなのによ」
「お前、バスケも嫌いだろ? とにかく早く準備しちまおうぜ。授業が始まる」
ガヤガヤと賑わしい話し声と共に、ジャージを着込んだ生徒数人が体育館へ続く廊下を歩いてくる。そして体育館への扉を開けた。
「な……?」
「こいつは?」
そして絶句した。
眼の前に広がるのは驚愕の光景だった。ほの暗く寂しげな光景。その床が所々、血で染まっている。その直中で拓未達が傷だらけで屈伏していた。瞼は腫れて、口元から血を滴らせ、唇が痛々しく青アザになっている。それ以上に異様なのは、その誰もが恐怖に怯え、屍のような目付きをしていること。
「大瀬良じゃねーか。これはどうしたんだ!?」
「先生呼んで来い!」
ジャージ達が喚く。しかしその腕を拓未が握り締めた。
「頼む、先生には言わないでくれ」
「だけど」
「……俺達はじゃれあって、勝手に怪我しただけだから」
明らかに嘘だ。じゃれ合い程度で、ここまで酷い状況になる筈がない。
「……先公なんかに対処なんて出来ねーんだ。これは俺達の問題だから」
それでも拓未は頑なだ。恐怖の感情もそうだが、それと同じくらい、男としてのプライドが勝っていた。
「俺達は行かなきゃならない。悪いが、先公には内緒でな。バレないように、床の汚れは拭き取っててくれよ」
立ち上がると、仲間を従え裏口の方に消えていった。
表層に姿を現した火種は、ホッとしたように安堵のため息を吐く。そのため息こそが曲者だ、何故なら一息毎に周りの全てを焼き尽くすから。
終わりなどないのだ。チロチロと赤い舌を見せる焔は、新たなる獲物を求めるから。全てを焼き尽くして、天に昇華するのが宿命だから__




