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バナナの皮は最強なのか?



 そこは小高い丘に建てられた神社。穏やかな風が吹き込んでいて、辺りから聞こえる喧騒も、優しくそよぐ潮騒に思える。その様はまるで都会から逃れたオアシス。

 その一角には巨大な神木がそそりたっている。樹齢数百年を誇る杉の巨木だ。いにしえの伝説によれば、そこには天狗の住処があったらしい。それは絶対的英雄とあがめられ、世に災いがあるごとに舞い降りて、人々を救ったと言い伝えられている。

 しかし実際にそこを住処とするのはつがいのカラスだ。颯爽と舞い降りたりしないし、人々を救いもしない。せっせと空を飛び回り、眼下の人々を嘲笑あざわらうだけ。所詮伝説などそんなものだ__


 玉砂利の敷き詰められたそこに、ひとりの女の姿があった。肩まで伸びる黒髪で、りんとした気高い顔つきをしている。その着込む制服から、オーク学園の生徒のようだ。

 そしてその周りを、五人の男が取り囲んでいる。着込むのは共に他校の開襟シャツ。

「ねーちゃん、勘弁してくれや、俺達がなにしたって言うねん?」

 その場のリーダーと覚しき長髪の男が問い質す。目つきの鋭い剣呑けんのんな雰囲気の男だ。

「したではありませんか。嫌がる私を執拗に追いかけて、不埒ふらちな真似を」

 グッと気を張る女生徒。身を低く構え、両手で戦闘体勢をとっていた。

「不埒な真似って、俺は声を掛けただけじゃん。女だと思って油断してりゃあ、殴んだもんな」

 日焼けした茶髪が呟いた。その頬が浅黒く腫れている。どうやら女生徒に殴られたようだ。

「ボクちゃんは、お友だちになりたかっただけでしゅのに」

 栗のように髪の真ん中をとがらせた男が呟く。不埒な真似をしたのは、ズバリこの男。卑猥な言葉を発して、自分の股間を触らせようとしていた。

「それが不埒な真似なんです。私は殿方の誘いに乗るような、軽い女ではありません!」

 察するに、女生徒をナンパしようとして返り討ちにあい、それを逆恨みしてここまで追い込んだようだ。

「気の強い嬢ちゃんだわ。キレイな顔に、傷つけるのは忍びないんだけどな」

 それでもリーダーは強気な態度。

「やれ」

 すかさず首を振り、他の男達に命令した。

 呼応して男達が駆け出した。『うおーっ!』『はっ倒して、ヒィヒィ言わせてやんぞ!』『くりくり、くりくり』と、相手が女だと軽く見たか、いたぶるように脅しをかける。


「女だと思ってナメない方が宜しいですよ」

 しかし女生徒の強さはそれの格段上にあった。傍らに立て掛けてあるホウキを握り締めると、間髪入れず手前に走らせた。

 その攻撃は的確にヒットする。『いてー!』『この女やたらつえーぞ!』『お父しゃまに言い付けるでしゅよ!』と、男達は成す術なく逃げ惑う一方。

 ついには『ヤバイこの女サムライだ』『世界一の大剣豪だ』『お嬢様じゃないのでしゅか』と、距離を置いて眺める始末。

「チッ、たかだか女風情になにを手こずっておるんじゃ」

 それに焦れったさを覚えたかリーダーが歩み出す。

「女風情ですって? 早く降参して帰って下さい」

 女生徒の澄んだ視線がそれを捉えた。ホウキを上段に構えて狙いを定める。

「女流剣士、そんなところやのぅ?」

 それでもリーダーは動じない。他の男達が後退り、開けた空間をゆっくり女生徒に近付いていく。


 こうして場は、リーダーと女生徒、一騎討ちの様相を呈する。

 境内に他の人影は皆無。サワサワと微かに吹き込む風。それに乗って街の喧騒が響いてくる。行き交う車の排気音、なにやら広報するスピーカーの響き。激しく言い争う声、サルのような奇声。それらの響きが静寂の空に溶けていく。

「痛い目見ても、知りませんよ!」

 最初に動いたのは女生徒。大きくホウキを上空に掲げて、リーダーの頭上目掛けて走らせる。

「資質はいいものを持ってる。だがそれだけだ」

 リーダーの瞳が光を帯びる。その切っ先をあっさりと捕獲すると、くるりと回転してへし折った。

「そんな」

 くっと歯を噛み締める女生徒。堪らずその場から後ずさり、杉の幹に背中を預ける。

「逃げられると思ってんのか」

 しかしその点でもリーダーが一歩秀でていた。さっと踏み込んで、その首筋を左手で握り締める。

「放してください!」

 咄嗟に腕で払う女生徒だが、成す術なく右手を後ろ手にされた。

鮮やかな展開だ。大勢が逆転されたことで、他の男達が笑みを浮かべる。『あはは、捕まっちまったよ』『お仕置きしちゃおうか? そのプリチーな御身足に』『さぁ、お金で解決するでしゅ』 と、口々に呟きながら女生徒を取り囲む。

「卑怯ですよ! そんな大勢で!」

 口調を荒げる女生徒。それでも、ヤバい空気に戸惑いは拭えなかった。

「さあ、ねーちゃん。さっきのお返しはたっぷりとさせて貰うからな」

 その胸元目掛けて茶髪の魔手が伸びる。

 ざわざわと杉の梢がざわめく。女生徒の胸の鼓動がドクンドクンと高鳴る。願うなら、これが夢であって欲しいと心から願った。

「その手を放しやがれ!」

 不意に怒号が響き渡った。それは遥か上空から。『えっ?』と息を吐き視線を上げる女生徒。

 そして息を飲んだ。幻だろうか、何故か上空に二つの影が見える。……天使? 神様? 天狗様?もしかして王子様とその従者……

 いや違う、それは白いシャツを着込む普通の高校生だ。勢いよく落下して茶髪の身体を地面に押し倒した。『ぐぎゃー!』とその悲鳴が響き渡る。

「背中がぁ!」

 その衝撃は尋常ではない、落ちてきた高校生も背中を殴打して地面を激しくのたうち回る。それは黒瀬修司、シュウだった。

「ウキ?」

 そしてもうひとつ落下したのはサル。手慣れた具合にシュウの頭にちょこんと飛び乗る。

「俺の頭はマジンガーZか!」

「ウッキー!」

 体勢を立て直して、それを捕獲しようとするシュウだが、サルはほうぼうの体で逃げ出す。

「てめーこんちくしょう。その手を放しやがれ!俺様の食糧を返せ!」

 それを追い掛けてシュウが走り出した。

「嘘だろ、どうして空から人が?」

「天辺の辺り、カラスの巣に、なんか引っ掛かってねーか」

 それを男達は呆気に取られつつ見いっている。杉の天辺にはなにか黄色いものが引っ掛かっていた。察するにシュウ達はそこから落ちて来たということだろ。

「王子様じゃない?」

 女生徒も愕然とその様子を見つめていた。我が眼を疑うとは正にこのこと、ファンタジーの世界にでも迷い込んだ心境だった。

 哀れなのは茶髪だ。シュウ達の巻き添えをくって、無惨にも地面に寝転がっていた。

「俺様のバナナとコーラを返せ!」

 そんな人々を余所に、シュウは両手を大きく広げて、がに股でサルを追いかけている。

 サルが握り締めるのはレジ袋だった。中身はバナナとコーラ、それぞれ一本。シュウが購入した代物だ。それをサルに奪われて、取り返そうとこのような結果と相成った。それは長時間にも及ぶ激しい追走劇だ。

 それを如実に表すように、サルは酷く疲労困憊状態。とうとう壁際に追い詰められ身動きが取れなくなる。

「エテコウの相手は、猿飛で慣れっこなんだ。さあ、観念しな」

 それを勝機と見たか、シュウが意気揚々と突入を開始する。その気迫に圧され、サルがレジ袋を横に投げ捨てた。

「てめー、食糧を投げんじゃねー」

 シュウの顔面にサルの引っ掻き攻撃がヒットした。『フギャー!』と響き渡る悲鳴。その間にサルは壁を乗り越えて去っていく。『てめーよくもやったな!』と吠えるが後の祭りだ。

 残されたのは呆れた空気と、あんぐりと口を開けて見つめる面々。それとムカつき気味に松の木からバナナの皮を投げ捨てるカラスだけ。

「くそったれ。バナナを一本喰らわれたぞ」

 しかしそんな空気もシュウは気にしない。サバサバと後頭部を押さえ、転がるバナナとコーラを拾い上げる。

「………」

 一瞬その視線が居並ぶ面々を捉えた。

 藁にもすがる思いの女生徒、その身に力を籠める男達。辺りにきな臭い空気が漂う。

「ハァー」

 だがシュウの対応は違った。欠伸をかいてスタスタと歩き出す。この男、面倒なことは嫌いだ。特に男女の色恋沙汰、愛の修羅場は大嫌い。

「はぎゃ!」

 しかも何故か、くるりと一回転してコケた。その足元には、カラスが投げ捨てたバナナの皮がある。


「はっ、あんなコケ方、今どき漫画でもねーぞ。ただの馬鹿じゃねーか」

 ふっと肩の力を抜くリーダー。その隙をつき女生徒が抜け出した。

 場が再び騒然となる。男達が慌ててその後を追う。

「ともだちんこ!」

 栗男の腕が女生徒に延びた。だが不意な一撃で、『ほぎゃっ』とその身体が吹き飛んだ。

「バナナの皮でコケてなにが悪い。バナナの皮ってのはこの世界最強のアイテムなんだよ。それを知らないってのは素人のそれさ。……だいたいにして高校生にもなってそんなことしてっと、警察に捕まんぞ」

  栗男はピクリとも動かない。その頬にバナナの皮が投げつけられる。

「てめーらみたいな雑魚、面倒だからムシすっかと思ったけどヤッパ気が変わったぜ」



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