男としての覚悟
再び覚めた空気が漂った。俯き感情を押し殺す葛城。
「喧嘩も商いも出来ん極道は、極道失格っちゅうこっちゃ」
それに追い討ちを掛けるように佐渡が吐き捨てた。
その台詞に、葛城の中の感情がブチ切れた。
「俺はそれぐらいの腕力と器は兼ね揃えておるわ!」
敢然と佐渡を睨み、言い放った。
「なにを半端な台詞、ほざいているんじゃ! ガキが調子に乗るなや、まだ尻の青い分際で。葛城のオジキの失敗は、喰らってた懲役の長すぎたことじゃのう、高齢過ぎて“くたばる”まで後継者が育たなかった」
呼応して声を荒げる佐渡。
葛城の顔色が、感極まり真っ赤に染まる。
「親父が死んだような言い方、してんじゃねーよ! 俺の親父は、てめーみてーな小者とは違うんじゃ!」
憤怒の感情を爆発させるように叫んだ。
それは会の大物に吐き捨てる台詞ではない。だが我慢がならなかった。全てを捨ててでも守りたい一線だった。
対する佐渡の額に青筋が走った。
「ガキがぁ! いくら葛城の実子とて許さんぞ、ワレの組、断絶させたろか!?」
場の空気が凍りつく、一触即発の空気が漂う。それには会長も気が気ではない。堪らずその場から立ち上がろうと腰を起こす。
ズダーーン! 不意にテーブルを叩く音が響いた。
「佐渡さんよ、あんた小僧相手に熱くなり過ぎじゃねぇ?」
それはサングラスの男だった。背もたれに大きく背中を預けて、右足をテーブルに投げ出していた。
「なんじゃと、“赤城”もう一遍言ってみろや」
負けじと視線をくれる佐渡。
サングラスの名は赤城恭介。弱冠四十にして仙波組若頭を務める人物。場の空気にも拘らず、ひどく冷静な男。それでも業火のように熱く、それでいて凍り付くような覇気を放っている。
「さっきから訊いていりゃ、器だ資格だと細かいことをベラベラと。要するにその小僧、それなりの腕力と器を備えていれば問題ない訳だろ?」
「じゃから、このガキにそんな器は……」
「答えは単純だ。数十人を腕力で捻じ伏せて、数百人を器で取り込む。それが極道のあり方だ。違いますかオヤジ」
赤城が傍らの老人に訊ねた。
「そうじゃのう」
老人が頷いた。老人の名は仙波。仙波組々長にして貴神会理事長。会長や文左衛門とは昔からやんちゃしてきた仲だ。
「ワシら昔は、そうして関東の荒野を切り拓いたもんじゃ」
懐かしげに呟く仙波。
「そうじゃな、ワシらの青春よ」
会長も呼応して笑う。
そのほのぼのとした空気に、流石の佐渡もそれ以上の追及は出来なかった。既に場の空気は赤城擁護で進んでいたのだ。
口惜しげに歯を噛み締める佐渡。
「誠……」
さっきまでにない真面目な表情だ。葛城もその気を読む。
「……はい」
神妙な面持ちで答えた。
「葛城組、継いで貴神会の末席に名を連ねさせたけりゃ、ワシらを認めさせてみろ」
「認めさせるって?」
その意味が分からず佐渡を見据える。
「ワレの通う高校、確かオークだったな。県下一の悪たれ校」
意味深な台詞だ。
「はい。……それが?」
「そこのてっぺん、奪ってみろや」
そして通達した。
「オークだって? ……よりによってあの高校か」
「なんじゃそのオークって?」
「極悪の最悪校さ。あそこのてっぺんなんて、神奈川の覇権を握るに等しい」
「……成る程、兄貴らしい難題だ」
ひそひそと囁きあう男達。
その話を赤城は腕を組んで覚めたように聞き入っている。『ふん、所詮はただの人。下らなすぎる……』そう痛感して静かに瞼を閉じた。
「……そいつが葛城組五代目への手みやげじゃ」
佐渡の口元がかすかににやけた。彼自身も分かっていたのだ。オーク学園の凄まじさ、てっぺんを掴むことの難しさを。
「さ、佐渡の兄貴。……そいつはあんまりだ。あの高校は……」
堪らず言葉をひねり出す英二。だがそれを葛城が腕をかざし制した。
「承知しました」
グッと佐渡を見据え深々と最敬礼した。
それは葛城にとっても無謀と承知のことだ。まるで、広大な荒海に丸太ひとつで挑むようなこと。鋼鉄の戦車に竹槍ひとつで挑むようなこと。
それでも確率は0ではない。無謀だと諦めるよりは大分マシ。病床に伏せる父の為、その父を必死にサポートしてきた義兄の為。そしてなにより多くの同胞、そしてその家族の為にも、前に進むより道は無かった。
そしてなにより、それこそが仁に生き、義に散る者の覚悟だから__




