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語られぬ者たちのサーガ  作者: 武田コウ
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森の民

 思い出した。

 

 断片的だが、脳の奥底に沈んでいた記憶の欠片が死に直面する事で浮かび上がり、自信が何者であるのかを自覚してしまった。

 

 鬼


 ああ、忌まわしきその名は、どうやら自分の事を指している。記憶の欠片に映り込む恐怖に引きつった顔をした人々が、自分に向かって石を投げ、口々に叫ぶのだ「この鬼め」と。


 でもまだ分からない。何故自分が鬼なのか、どこから来て牢に入れられたのか、自身の名ですらも、まだ思い出せないのだから。


 そして何も分からぬ暗闇の中、マオは痛みにうめき声を上げる。全身を灼熱の痛みが焼いている。あの女戦士に斬られた切り傷、途中からやってきた騎士に斬られた傷、そして無茶な動きをした代償なのか、内臓がこねくり回されたような痛みを発している。


 意識を保つことも困難。しかし凄まじい痛み故気絶する事も出来ず、マオは長いときを苦痛の中で過ごしている。


 無限に続くかに思われた地獄の中、不意に体中の痛みがフッと軽くなるのを感じた。なにやら柔らかな暖かい布に包み込まれたかのような安心感と、傷が徐々に癒えていくのを感じる。


 マオはゆっくりと重たい瞼を開いた。その視線の先に、見覚えの無い線の柔らかな女性が映り込む。彼女は鮮やかな緑の髪をさらさらと風になびかせて、マオにそっと微笑んだ。


 その静かな笑顔に安心したのだろうか。マオの意識は自然に遠のいていき、そして深く柔らかな眠りにつくのだった。









「ようやく危険な状態から脱したようですね」


 そう言った女性は、敷き詰められた干し草のベッドに仰向けに寝ているマオの額をそっと撫で、静かに立ち上がった。目を引く鮮やかな緑の長髪がさらりと流れ、その豊かな髪に隠れていた長く尖った耳があらわになる。


 彼女は森の民と呼ばれる種族だ。緑の髪と尖った耳が特徴で、人間より長くの時を生き、森の奥で暮らす精霊の神秘の守り手だと知られている。


「ありがとう名も知らぬ森の民。俺の名前はテオ、こっちの髭面はダンプだ」


 テオの紹介に合わせ、隣のダンプもペコリと頭を下げる。重傷のマオを見て、何も言わず治療を施してくれた森の民には二人とも感謝の気持ちしか無い。


「いえ、当然のことをしたまでですよ。幸い私は治癒の神秘を取得していましたから。申し遅れましたが私の名はハヤテ、ご存じの通り森の民と呼ばれる者です」

「やはりそうか。しかし話には聞いていたが森の民と出会うのは初めてだ。基本的に貴女たちは自身のテリトリーから出ないものかと思っていたが」


 テオの疑問に、ハヤテは何でも無いかのように答える。


「ええ、基本的にはそうですね。私たち森の民はその生涯を自身の集落で過ごします。ですが、何事にも例外はあるものです。私はとある失われた精霊術を求めて旅をしているのです」


 精霊術。それは魔術とはその根幹から異なる、森の民にのみ伝わる神秘。


「へえ、その失われた精霊術ってのはどんなもんなんだい?」


 へらりと笑いながらダンプが問いかけると、ハヤテは申し訳なさそうな顔をして首を横に

振った。


「すいません。精霊術の詳細は森の民以外には伝えられない決まりがありまして・・・」

「おいおい、そんな顔しなさんなって。オイラが悪かったよ、すまんね、変な質問しちまって。見たとおりがさつな男なもんで、気遣いができねえんだ」


 頭を下げるハヤテに、ダンプは慌てたように答える。


「さて、このマオがこの状態じゃ移動するのは得策じゃないな。今日はここいらで野営の準備としよう。・・・追っ手も来ないようだしな」


 テオの言葉にダンプも無言で頷いて荷袋を地面に下ろした。先の戦いの中、こっそりと反乱軍の物資をいただいてきたのである。


「ここで野営ですか・・・もし迷惑で無いのでしたら私もご一緒してもよろしいですか? 治療したマオさんの状態も気になりますし」


 ハヤテの提案に、二人は驚いたような表情を浮かべた。


「そりゃあアンタがマオの状態を見てくれるんならありがたいが・・・オイラが言うのも何だが、アンタの仕事は大丈夫なのかい?」

「ええ、そも何の手がかりも無く途方に暮れていたのです。ここであなたがたに出会えたのも精霊のお導きでしょう」


 そういう訳なら断る理由は無い。第一マオに治療を施せるのは彼女だけなのだから。ハヤテが加わった一団は、野営の準備を始めるのであった。






 うっそうと緑の香る薄暗い夜の森。パチパチとはぜる薪の炎が柔らかな安心感を見る者に与えるようだった。


「へえ、森の民ってのは魚も食べるのか。人間の間では森の民は木の実だけ食ってるって話をよく聞くんだが」


 一緒に薪を囲んだ夕食の時間。同じ焼き魚にかぶりつくハヤテを見て、好奇心を刺激されたのか興味津々といった風にダンプが尋ねる。


「ふふ、そうなんですか。私たち森の民もお肉は食べますよ。だけど森の民は燃費が良いものでして、食欲が他の種族より薄いんです。普段は少量の木の実さえ食べていれば問題なく生活できますから、その噂も全てが嘘とは言えませんね」


 そう言って上品に焼き魚を口に運ぶハヤテを横目に、獣人のテオは豪快に魚にかぶりつく。


「食欲が薄いか、なるほどな。森の民はそういう進化をすることで少ない食料でも生きられるようになったのだろう・・・反対に俺たち獣人は燃費が悪くてな、大量の飯を食わなけりゃ力が出ないんだ」

「へえ、そうだったのかい旦那。じゃあ投獄されてた間の食事はそうとうまいったんじゃないのかい?」


 ダンプの言葉に、当時の食事を思い出したのかテオは顔をしかめた。


「ああ、やせ我慢してたがアレは相当やばかった。あんなもんは食事のうちに入らない」


 極薄の野菜屑スープを思い出してげんなりする二人に、ハヤテは疑問を口にした。


「投獄・・・ですか?」


 どうやら気が緩んで話しをしてしまったようで、ダンプはそっとテオに目配せをすると、テオはどうしょうもないとばかりに肩をすくめた。


「ええ、ああ何だ。そうさね、オイラ達三人は脱獄中って訳で・・・マオを助けてもらって何のお礼も出来てないのは心苦しいけどよ、アンタがオイラ達の事が怖いってんだったら逃げてくれても構わねえぜ」


 そっと伺うようにハヤテの反応をみる。そう、自分たちは犯罪者。まともな善人がかかわるべきでは無いのだ。


「そうですか。お気遣いありがとうございます。ですが私は自身の目で見た情報で貴方がたを見極めたいと思います。・・・今のところ、貴方がたが私に何か良からぬ事を企んでいるようには見えませんからね」

「・・・そうかい。じゃあもうしばらくはマオの治療をお願いするよ。すまないね、オイラ達が何をアンタにお礼が出来るかは分からないけど、やって欲しい事があったら言ってくれ」

「お礼はいいのです。先にも言いましたが、この出会いも精霊のお導きでしょうから」


 そっと笑ったハヤテ。


 夜風が優しく薪の炎を揺らす。ああ、この先どんな苦悩が待ち受けるかはわからない。だが今しばらくは、この静寂が続かん事を。 

 



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