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語られぬ者たちのサーガ  作者: 武田コウ
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帝国

◇ グランツ帝国謁見の間



 グランツ帝国謁見の間、それは長い歴史を感じさせる荘厳な雰囲気のフスティシア王国の城と違い、装飾のたぐいは必要最低限。調度品もその質は最高のモノを使ってはいるもののどちらかと言えば機能性を重要視した質素なモノで揃えられていた。


 そんな王城と呼ぶにはシンプルすぎる空間の中心に、その人物は存在した。どっしりとした特大の玉座には艶やかな紅い革が貼り付けられシャンデリアの光を鈍く反射する。


玉座に腰掛けるは帝国の美しき女帝、クラーラ・モーントシャイン・グランツ。だらしなく玉座にしだれかかっているせいで見事な黒髪が玉座に黒い川を作っている。切りそろえられた前髪から覗く切れ長の眼は、その金色を苛立ちに染めていた。


「秘書官! ロイはまだ来ぬのか!」


 側で待機していた秘書官の中年男は、女帝に怒鳴られて哀れに息を飲んだ。びくびくとしながらその禿げかけた額をハンカチでぬぐう。


「お、恐れながら陛下。グラベル殿に連絡はしてあるのでもうすぐかと・・・」

「ふん、妾を待たせるとは良い度胸じゃの。これが奴で無ければ許されぬ事じゃと胸に刻めよ?」


 挙動不審に視線をさまよわせる秘書官。しかしこう見えてこの男もなかなか優秀な部類の人間なのだ。もっとも帝国の重役で無能な人間など一人もいないのだが。


「もちろんでございます陛下。私、陛下を待たせるなど決して致しませぬ」


 ぺこぺこと頭を下げる秘書官をつまらなそうに見ると、美しき女帝は大きくのびをした。ぐっと持ち上がった衣装が、彼女の見事な双丘を際立たせる。


 大きな音を立てて謁見の間の扉が開く。部屋に入ってきた男は黒を基調としたローブに身を包み、腰ほどの高さのステッキを陽気にくるりと回しながら歩み寄ってきた。


「おお陛下! お待たせして申し訳ありません。ロイ・グラベル、陛下のロイ・グラベルが今参りましたぞ!」


 帝国のお抱え魔術師である男・・・ロイ・グラベルは、実に芝居がかった様子で一礼するとニヤリと笑う。


「遅いぞロイ! 妾を待たせるのはお前くらいじゃ」


 そうは言いながらも女帝はそこまで怒ってはいないようで、その表情は柔らかかった。


「まあ良い。早速じゃが、お前の開発しているお人形の出来映えはどうなのじゃ?」

「ほっほう! アレですな。そうですねえ、試作品は出来ているのですが・・・量産するとなるといささかコストが掛かりすぎますので、今の段階では現実的な当用は厳しいかと」


 ロイの言葉に女帝は難しい顔をして顎を撫でる。


「ふむ、ちなみに試作品の強さはどの程度かの?」

「そうですな、耐久度はファイアボールの魔法を一撃は耐えられる程度。攻撃性能はフスティシア王国の一般的な騎士程度かと」

「性能は十分じゃの。ではコストの削減に励め」

「はっ! 陛下の仰せのままに」


 女帝は満足げに微笑むと、ふと遠くを見つめてぽつりと呟く。


「見ておれ王国の糞爺。いつまでも貴様が世界の中心に居れると思うなよ? 貴様の国の伝統など妾が帝国の力でぶちこわしてくれる」


 女帝は形式にとらわれない。


伝統を破壊し、力のみを追い求める。それは彼女が異邦の地の血を引くからなのかそれとも彼女自身の性質によるモノか。


 新たなる時代がすぐ側まで来ているのだ。それが良いモノか悪いモノか、それはまだ誰も知らない。









 魔術とは未だ発展途上の技術だ。故に世間での魔術師の地位は低く、一般的な魔術師達は宮廷魔術師でも無い限り研究の費用を稼ぐ為に魔物を退治したり、けが人を治療したりして小銭稼ぎを余儀なくされるという訳だ。


 ロイ・グラベルは幸運であった。未だ世間に浸透していない魔術というモノに興味を持った女帝が、若かりし頃のロイに目をつけたのだ。それ以来、ロイは女帝から支払われる莫大な研究費用を湯水のように使って、そのたぐいまれなる魔術の才能を最大限に発揮できる機会を得たのだ。


 麗しき女帝クラーラは、先代皇帝の妾の子であった。故に王位の継承序列は低く、さらにその妾が遙か東にある国の血を引く者である事も王位の継承には不利に働いている。


そう、通常であれば彼女が王座に座ることなどありえなかった。しかし彼女には他の誰にも無い力があったのだ。


 それは他の追従を許さない圧倒的な頭脳。あるいは全ての人を魅了する端麗な容姿。そして既存の概念を破壊する柔軟な思考と、より優れたモノを求める貪欲さ。それら全てを遺憾なく発揮する行動力。


そう、彼女は彼女は神のきまぐれで皇帝になるべく生まれてきたような異端児であった。


「ああ、しかし陛下には感謝しかない」


 ロイはそう呟くと、自身の研究室に並ぶ血のにじむような努力の成果を眺める。


 未だ数は数体、しかし研究が進めばソレは容易に量産が可能になり、帝国の国力は飛躍的に跳ね上がる。それこそ、他の国では決して手の届かない高みへ・・・。


「け、経過は順調ですかねグラベル殿」


 ロイが振り返ると、そこに立っていたのは帝国の秘書官、如才なき帝国の縁の下の力持ちパウル・シルトクルーテ。テカテカと光る禿げ頭を品の良いハンカチでぬぐいながら人畜無害な笑みを浮かべている。


「おお、パウル殿! ようこそ我が工房へ。しかし経過は先ほど陛下にご報告差し上げた筈ですが?」


 口調は朗らかに、しかしロイは最大限の敬意を払って対応をする。彼をファーストネームで呼ぶのはロイの親愛の現れだ。


 見た目はただの人の良い中年男、しかしロイのパウルに対する評価は非常に高い。彼は決して突出した能力など持ってはいなかった。腹芸が上手な訳でも運が良い訳でも無く、ただ彼はひたすらに真面目であったのだ。


 自身の才のなさを補う為にありとあらゆる本を読み、出来る人間の手法をがむしゃらに模倣し、極端に偏った思想も持たず、ただ平均的に能力を上げる事を続けた。帝国広しといえど彼ほど広く知識を持ち、どんな事でもある程度の合格ラインまで仕事ができる人間はいないだろう。


「先ほどは陛下の手前伝えられませんでしたが・・・グラベル殿、人形の量産化を出来るだけ早く仕上げて欲しいのです。・・・今の段階だと具体的にはどれくらいかかるのでしょうか?」


 おかしな事を言う。ロイとてこの研究成果を量産できるようにする為の努力は惜しむつもりは無い。なぜならソレこそがロイの悲願でもあり、多大な資金を援助してくれる女帝への恩返しにもなるからだ。


それを出来るだけ早くというのは、まあある意味当然のことであってそれはパウルも分かっている筈である。ならば何故多忙なパウルがわざわざロイの研究室まで来て念押しする必要があるのか。


「・・・ええそれは急がせて頂きますが。具体的にですとそうですな、うまくいけば一年・・・まあ二年ほどと見ておりますが」

「二年・・・ですか」


 ロイの答えにパウルは難しい顔をして額に浮かんだ汗をぬぐう。どうやら二年という時間はパウルにとって不満なモノらしい。


 しかし二年というのもロイの比類無き魔術の才があってこその時間だ。そも、魔術の研究、開発というモノは時間と資金があり得ないほど必要なのだ。


だからこそ技術の凄まじさとは裏腹に十分な成果を上げられる魔術師は数少なく、国家の予算を魔術の研究にあてるなど酔狂な国家は帝国くらいだろう。


「グラベル殿、無茶を言っているのは十分承知です。私は魔術師では無いですが、魔術の研究に膨大な時間と費用が掛かるのも分かっているつもりです。ですがどうか、グラベル殿のお力でその期間を短縮する事は出来ませんか? こちらとしてもこれまで以上に援助をするつもりですので」


 必死なパウルの言葉に、ロイは片眉を上げて疑問を口にした。


「一体何があったのです。貴方がそこまで言うとはよっぽどの事でしょう?」


 ロイの疑問に、パウルはゆっくりとはき出すようにとある人物の名を口にした。


「実は・・・ヴァハフント将軍が・・・」


 レイ・ヴァハフント将軍


 先代皇帝の頃より帝国の全軍の指揮を任されている生ける伝説。62才の高齢ながらその能力は衰えを見せず、今なお帝国の最大戦力であり続ける男だ。


「将軍がどうかされたのですかな?」

「ええ、将軍は前々より陛下の政策に疑問を抱いているようでして・・・定期的に陛下に政治について進言しているのですが。中でも陛下のグラベル殿への援助金について多くの不満を持っているようなのです」


 将軍は伝統と文化を大切に考えている。故に、伝統も文化も嘲笑いただ効率と力のみを追い求める今の女帝に対しては思うところがあるようだ。


もっとも、クラーラの高い能力自体は認めているので、彼女が皇位についている事に対しては納得しているのだが。


「将軍はおっしゃいました。ロイ・グラベルに対する資金の援助は全くの無駄である、と。なぜなら、成功するかも分からない魔術の研究に大金をつぎ込むくらいなら、その資金で我が帝国の装備を強化してくれれば、くだらない魔術以上の働きをしてみせると」

「ほほう」


 実際のところ、将軍の言い分は全くの正論である。むしろここまでロイを援助する女帝こそ異端であると言えるだろう。


「それで? 結局陛下は何と」

「陛下はこうおっしゃいました。”そなたの言うことはもっともじゃ、だがその方法ではフスティシア王国を超える事が出来ぬ。それにロイほどの男なら必ずや成功するじゃろう”」 


やはり女帝の最終目的は帝国の繁栄では無く世界征服。ならば一時的に赤字になろうとも国家の予算を削ってロイに援助をしているのも、将来への必要経費と考えているのだろう。


「しかし将軍はよほど魔術というモノが気にくわないようで、それならば自分が王国を制すれば問題は無いだろうとおっしゃってその場を離れました」

「ほう、それはそれは・・・将軍は負けるでしょうな」

「・・・・・・はい」


 事実だ。 


 いかに将軍が歴戦の猛者であるとはいえ、フスティシア王国には勝てないだろう。王国の騎士団は世界で最も屈強な兵として知られており、帝国とはそも自力が違うのだから。


「それはまずいのです。将軍もグラベル殿も帝国にとって必要なお方、どちらとも失うわけにはいかないのです・・・」


 パウルのその声はひどく小さく、自身がロイに対して要求している事がどれだけ無茶な事なのかを自覚しながらも頼まざるを得なかった自信の力の無さを悔いているようだった。


「なるほど、話はわかりました。それで将軍が王国に喧嘩をふっかける日にちは分かっているのですか?」

「はい、今から戦支度を整えるとして恐らく半年後では無いかと」


 半年・・・それは完遂を予定していた二年から見るとかなり短い。しかしロイは何事かを決心したような表情でそっと笑った。


「ご安心くださいパウル殿。半年、上等です。しかし一人では困難な事も確かですから、他国から腕利きの魔術師を数人、私の助手として引き抜いて欲しいのですが?」

「それは、ええ。もちろんですとも! それで間に合うというのでしたら、このパウル・シルトクルーテの名にかけて全力で当たらせて頂きます」

「頼みましたよパウル殿、ええ、腕が鳴りますね」


 不敵に笑うロイ。その顔は、世界最高の魔術師と自負する自身に満ちていた。




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