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語られぬ者たちのサーガ  作者: 武田コウ
14/46

獅子

「マオ、気をつけろ! そっち行ったぞ!」


 ダンプの鋭い声。


 マオは駆け抜けて来た銀色の大狼を正面に捕らえて睨み付ける。


 銀狼の森。


 この場所はそう呼ばれるシルバーウルフのテリトリーだ。


「はぁっ!!」


 気合いを入れるとマオの両腕がメキメキと音を立てて肥大していく。体毛は濃くなり、爪は長く鋭く、まるで獣のソレのような凶悪さを感じさせた。


 飛び込んできたシルバーウルフを、マオはその圧倒的な膂力に任せて思い切り殴りつける。


 カウンターぎみに入ったその拳は、勢い余ってシルバーウルフの強靱な筋肉を突き破り、その腹を貫通した。


 隣でハヤテが矢を放つ、まさに今隙だらけになったマオに飛びかかろうとしていたシルバーウルフの一匹に命中、その動きを牽制する事に成功する。


「くそっ、キリが無い。みんな、走るぞ!」


 テオの合図でみんな走り出す。


 それを逃すまいと生き残りのシルバーウルフたちが追走した。


 この場所をテリトリーとしている歴戦のハンターであるシルバーウルフの体力と、足場の悪い不慣れな状況で戦っているマオら一同。追いつかれるのは時間の問題であった。


「ちくしょうめ! まさかシルバーウルフのテリトリーに入っちまうなんて運がねえ!」


 ダンプの悲痛な叫びにテオが返す。


「確かにな、だがぐちぐち言っててもしょうがない。このままだと追いつかれるぞ、何か策はないか?」


 何せ相手の数が多すぎる。止まって迎撃するには分が悪すぎるだろう。


「・・・本当は秘匿すべき技術なのですが非常事態ですね。皆さん、私が精霊術を使って足止めをしますからその隙に逃げましょう」


 ハヤテがそう言うと、くるりと体を反転させて迫り来るシルバーウルフに向き直った。


 ほっそりとした美しいその手を大地に押し当て精霊術の文言を唱える。


「”ドリアードよその身を盾に森の子に力を貸し給え”」


 力ある言葉がハヤテの口から唱えられると、森がその意味を解したかのようにざわめきを始めた。


 次の瞬間、ハヤテの目の前の地面から幾重もの植物の弦が生え、それらが急速に成長してバリケードを形成する。


「・・・・・・すっげぇ」


 目の前で繰り広げられた森の民の神秘に、ダンプは口をあんぐりと開けた。


「行きましょう! シルバーウルフもまた森の住処とする生き物。こんなバリケードは長く持ちません」


 そうして何とか命を拾った一同はバリケードが破られる前にその場を後にするのであった。












「いや、助かったぜありがとなハヤテさん」


 ダンプの感謝の言葉にいえいえと笑顔で答えるハヤテ。


「そろそろ目的地の集落に着く。そこで少し提案があるんだがいいか?」


 一同が向かっているのはテオの故郷である猫族の集落・・・ではなく、様々な獣人が集まってできた集落である。


 猫族は数年前にフスティシア王国によって支配された。王国の支配下に置かれた猫族を救うために立ち上がったテオは王国騎士団によって敗れ投獄されたのだ。


 今の戦力で王国に立ち向かっても返り討ちにあうだけだ。だからこの先の集落で他の獣人たちに助力を願うという算段である。


「獣人の中には人間に対して悪い感情を持っている奴も少なくない。ダンプは包帯で顔を隠してもらうとして・・・マオ、お前あの鬼の姿になることの副作用とかあるのか? 無いようだったら集落の中ではあの姿でいて欲しいんだが」


「・・・今のところ無いと思う。でも少し好戦的になるかもしれないから、気をつけて欲しい」


 マオの自信なさげな言葉にテオは頷いた。


「分かった気をつけよう。じゃあ集落の中ではあの姿でいてくれ。オレとハヤテはそもそも亜人だから問題ない」


 そして変装をしたダンプと鬼の姿になったマオを引き連れて、奇妙な風貌になった一同は獣人の集落へと向かうのであった。










「止まれ。貴様ら何者だ?」


 マオら一同の前に立ちふさがったのは巨大な体躯を持つサイの獣人であった。


 いかにもといった戦士の風貌で、その巨腕を一振りすればたいていの障害は排除できるであろう太さだ。


「オレは猫族の戦士テオ・ランヴォ・マティ。旧友である獅子族のリオンに会いに来た」


 テオの言葉に、サイの獣人は少し驚いたような顔を浮かべる。


「なんと、リオンさんの知り合いか。わかった、俺が案内しよう」


 サイの獣人は他の見張り番に声をかけると一同を集落の中へと招き入れた。


 集落内には見たこともないような様々な獣人が入り乱れていた。


 翼を持った者、鱗の生えた者、鋭いかぎ爪を持った者。


 そんな者達でも鬼の姿となったマオや、めったに人前に姿を現さない森の民であるハヤテの姿が珍しいのか、遠巻きにこちらを見ている視線を多数感じられた。


「タイミングがよかったな猫族の戦士。リオンさんは先ほどちょうど狩りから帰ってきたところだ」


 そう言って見張り番のサイ族は、他の家より一回り大きな荒ら家の前で立ち止まると、そのぼろぼろの木製の扉を壊さぬようそっとノックした。


「リオンさん。客人ですよ」


 荒ら家の奥から何か獣のうなり声のような音が聞こえた。


 そして内側から開かれた扉の向かうから出てきたのは、先ほど巨大だと思ったサイ族の男よりも大きな獅子の頭を持つ獣人だった。


 金色のたてがみにはち切れんばかりに隆起した筋肉。猫科の猛獣が持つ縦に割れた瞳がギロリと一同を睨み付ける。


「・・・ほう、これは懐かしい顔だ。テオか、オレ様に何か用か?」


 腹の底に響くような重低音の声、そんな獅子の言葉にテオは笑顔で答えた。


「ああ久しぶりだなリオン。実は折り入って話があるんだが入れてくれるかい友よ」


 テオの言葉に獅子・・・リオンはふんと鼻をならすと入れとばかりに手招きをして自宅の奥へと戻っていった。


「それで? そいつらは何だ? 森の民に、そいつは顔を隠しているが人だろ? 臭いでわかる。そしてその角の生えた亜人は見たことがないな」


 リオンの自宅に招かれた一同は、客室に案内されるとリオンより一回り小さな獅子族の男から出された茶をのみながら会談を始める。


「ああ、色々あってな。今はこいつらと一緒に旅をしているんだ。種族は違うが大切な仲間だよ」


 テオの言葉にリオンは頭をぼりぼりと掻いた。


「まあお前が仲間と呼ぶなら問題は無いだろうな。そもそもオレ様は別に種族なんて気にしちゃいねえ。それをやたら気にするのは人間くらいだぜ」


 リオンは誇り高き獅子族の戦士だ。自身や仲間を害する者がいるならいっさいの容赦を見せずに屠るだろう。だが助けを求める弱者がいたなら身を挺してでも助けずにはいられない。それは種族など関係なく、弱者を助けるのは力ある自分の使命だと考えているのだ。


 見た目が怖いリオンがそんな優しい奴だという事を友であるテオはよく知っている。


「友の頼みだ。すぐにでも助けてやりてえ、それに獅子族の親戚である猫族の危機だしな、本来なら一族総出で助けに行くのが仁義ってもんだろう・・・だがすまん。今は状況が変わっちまった。お前達を助ける事はできねえ」


 悲しげな顔でわびを入れるリオンに、テオは不思議そうな顔で問うた。


「何故だ? いったい何があった」

「この集落を見ただろう? たぶんお前が以前にここに来た時よりでかくなってる」


 確かにその通り。以前にテオがこの集落に来たときは、リオン率いる獅子族とそれに庇護される形で戦闘に不向きな獣人が何人か住んでいただけだった。こんなにも様々な種族がこの規模で暮らしている事に、テオは驚きを感じたものだ。


「最近人間どもによる獣人への攻撃がひどくなってきてな。力ある我が獅子族の庇護を求める種族がここ数年で急増したんだ。それだと獅子族だけでは守り切れないと判断したオレ様は戦闘種族である狼族やサイ族へ声をかけて同盟を結ぶことにした・・・そんで今はオレ様がこの集落のリーダーをやっている」


 本来、戦闘に向いた種族である獣人同士が供に暮らす事はない。


 つまりテオの故郷だけではなく、今、獣人全体が危機に瀕しているのだろう。


(これは説得は無理そうか? 猫族を助けるという事はフスティシア王国と敵対することだ。誇り高き獅子族だけなら親族の為に王国と戦う事をいとわないだろうが・・・これだけの大きな組織の長となるとそう簡単に王国を敵に回せない・・・か)


 リオンの苦しみが理解できてしまうが故にテオはそれ以上言葉を口に出来なかった。


 そんな中、今まで口を閉ざしていたマオが一歩前に出る。


「獅子族の戦士リオン。一つよろしいでしょうか」

「何だ見たことのない亜人。オレ様に何か言いたいことでも?」


 マオは大きく頭を下げて自身の考えをリオンに伝える。


「守ってばかりでは種族は滅びます!」 


 マオは思い出していた。少しずつ少しずつ。

 自分の事、家族の事・・・そして「鬼」がなぜ滅びたのか。


「ボクの種族は遙か東の国で、誰にも迷惑をかけずにそして人間と一切接触せずに暮らしていました。それでも人間はボクらを滅ぼした・・・違うのです、人間は獣人とは違う。自らに害をなしたから攻撃するんじゃない。自らの欲の為に攻撃するんです」


 その悲痛な叫びは続く。


「猫族を救い、獣人にも人間と戦える覚悟があるのだと示さなくてはこの悲劇はまた繰り返されるでしょう。誇り高き獅子族の戦士リオン、どうか勇気あるご決断を!」


 マオ自身も無茶な事を頼んでいるという自覚はあった。わざわざ王国を敵に回す事が正しいのかもわからない。だがこのままでは近い将来に獣人は完全に人間の支配下に置かれるだろう。


 行動しなくてはいけないのだ。

 ゆっくり考える時間なんて、無い。


「・・・名も知らぬ極東の亜人よ。お前の名を教えてくれ」

「マオ、記憶を失っていたボクに優しい友人がくれた名です」


 リオンは片目を上げてテオをちらりと見ると微笑んだ。


「マオか、猫族の言葉だな。良い名だ。お前の言い分はよくわかった。・・・だがやはり今獅子族が力を貸すことはできない」


 マオは力なくうなだれた。


 分かっていた事だ。その判断は指導者として正しい。不確定な未来を思って修羅の道を進むよりも、リオンは今の平和を少しでも長く保ちたいのだろう。


「獅子族は力を貸せない・・・だがな、オレ様はお前の言うことはもっともだと思う。このままでは獣人に未来はないだろうだから・・・」


 一呼吸置いたリオンは手元のお茶を一気に飲み干し、家の奥に向かって叫んだ。


「おいレオ! 出てこい」


 その声に応えるように出てきたのは、先ほどお茶を持ってきたリオンより一回り小さな獅子族の男であった。


「何だ兄者。お茶のおかわりか?」


 レオと呼ばれた獅子族の言葉に、リオンは機嫌が良さそうな様子で喉をぐるぐると鳴らすと答えた。


「レオ、今からお前が獅子族の族長だ。後の事は任せたぞ」


 突然の事に目を白黒させるレオ。


「どういう事だ兄者!? 気が狂ったか」

「いんや、古い友の頼みでな。ちょいとばかし戦をしてくる。その間のこの集落を頼みてえ」


 リオンは澄んだ瞳でマオを見た。


「この集落を危険にさらす事はできねえ。だがオレ様個人が王国にたてつく分には問題ないだろ? 心配すんな、こう見えても獅子族最強の男だ。戦力的には十分だと思うぜ」


 こうして誇り高き獅子族の戦士リオンが仲間に加わった。


 これで王国と戦えるかは分からない。だが、確実に一歩前進できた事を感じるマオである。





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