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語られぬ者たちのサーガ  作者: 武田コウ
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投獄

「なあ、あんたは何やらかしてここにいるんだ?」


 ゴトゴトと揺れる快適とは言いがたい輸送用馬車の中、逃れられぬように両手を鎖でつながれた無精ひげの男は隣で鎮座する亜人に声をかけた。


 猫の獣人だろうか、頭には可愛らしい猫耳がついているがその外見はお世辞にも可愛いといえるモノではなかった。着ている服はボロボロで顔には厳つい刀傷が一つ。明らかに堅気ではない雰囲気を醸し出している獣人はふんと鼻を鳴らすと、男と同様につながれた己の両手を見下ろす。


「俺は名も無いただの犯罪者さ。まあ、どうでもいいじゃねえか。何をしたにせよこれからみんなで仲良く豚箱行きだ」


 諦めたような声音のその返答に、男は「違いない」と呟いて格子の隙間から外を眺める。


「・・・獣人の旦那よう」

「なんだ人間、まだ聞きたいことでもあるのか?」

「後ろの馬車なんだが、あんた何か知ってるかい?」

「・・・・・・いや、知らんな。だが、あそこまでするのだ。よっぽどの事をしでかしたんだろうさ」


 二人の視線の先、併走する輸送車には一人の男がつながれていた。両手両足に巻かれた丈夫な鎖。目隠しと猿ぐつわで顔の造形はわからず、さらには見慣れない幾何学模様が体中に刻まれている事から何らかの魔法的な拘束を受けている事が予想出来た。


「まあ、何やらかしたにしろ行き先は一緒だろ? 時間は腐るほどあるんだ。暇つぶしにでものんびり聞けばいいさ」





 薄暗い地下牢の中、冷えた石の床であぐらをかいた無精ひげの男は大きくあくびをすると、鉄格子に顔を寄せて向かいの牢でだるそうに寝転んでいる猫の亜人に声をかけた。


「よう、獣人の旦那。暇だからおしゃべりでもしないかい?」


 へらへらと軽薄にしゃべりかける男を薄目を開けて一瞥した後、猫の獣人は両目を閉じてうなり声をあげる。


「まだおねむには早いんじゃねえの旦那。それともあれかい? 猫だからお昼寝は必須なのかな?」

「・・・舐めた口をきくなよ人間。我々は猫の獣人だが日中昼寝をして過ごすような呑気な猫と同じにするな」


 そして両目を大きく見開き起き上がる。まさしくその鋭い眼は狩人のソレだった。


「おおう、悪かったって怒るなよ。どうせここじゃおしゃべり以外やることなんてねえんだ。諦めてオイラと話そうじゃあないか」


 飄々とした態度の男に、猫の獣人は深いため息をついた。


「わかった、俺の負けだ。おしゃべりでも何でも好きにするといい」

「おうよ、しかしいつまでも獣人の旦那と呼ぶのも何だな、ここいらで自己紹介でもしねえかい?」


 男の言葉に、猫の獣人は面倒くさそうに座り込み、静かに己の名を名乗る。


「・・・テオだ。好きに呼べ」

「テオ、ね。了解だぜテオの旦那よ。オイラの名前はダンプだ。これからよろしくやろうや」

「こんな場所でよろしくも何も無いと思うがな」

「いやいやこんな場所だからこそさ。気の置ける仲間の存在ってのは大切だと思うがね。話し相手がいりゃあこんな糞みてえな場所でも気が紛れるってもんよ」


 この男のしゃべる言葉はどこか嘘くさい。台詞だけ拾えば気のいい男だが、その軽薄な口調とは裏腹に、男の瞳は暗く淀んでいた。そうで無くてもこんな場所にぶち込まれるような奴に気を許すほど、テオの歩んできた道は生ぬるくは無かった。


 カツカツと硬質な靴で石を鳴らす足音が聞こえた。どうやら食事の時間らしい。鉄製のドアがさび付いた音を立ててゆっくりと開くと、表情の無い牢番が姿を現す。手に持っているボロボロのお椀を鉄格子の隙間からねじ込むと、前日の食事時に持ってきた空の椀を回収して無言で牢を後にした。


 腹が空いていたテオとダンプは椀の中身を確認する。やっぱりと言うべきか、その中身は昨日と同じ貧相なスープであった。いや、ソレをスープと呼んではスープに失礼かもしれない。しなびた野菜のくずが浮かんだお湯、といった方が正確だろう。当然そんなもので大人の男の胃袋が満たされる筈も無く、二人の顔にはげんなりとした表情が浮かんでいた。


「なんだいこりゃあ。こんなものが飯といえるかね。野宿するときだってこれよりは上等なモノが食えるぜ」


 ダンプの言葉にテオも同意する。


「確かにな。飯を減らすことで体力を奪って脱走を阻止する事が目的だとは思うがコレはひどすぎる。脱走どころか餓死しちまう」


 そういってテオは椀の中身をすする。


 ・・・不味い。せめて少しでも塩を振ってくれればまだいくぶんマシになるだろうに。ぬるめの湯にはわずかに野菜の味がするが、肝心の野菜は腐りかけだった。


「相変わらずひっどい味だが、わずかとはいえオイラ達は食えるだけマシかねえ」


 ダンプの言わんとすることを理解したテオは低く喉を鳴らした。


 この部屋には三つの牢がある。テオ、ダンプ、そして同じ日に運ばれてきた全身を拘束された謎の男・・・。昨日も今日も、食事が運ばれたのは二人分だけだった。謎の男は運ばれた時のまま全身を拘束され、ぴくりとも動かない。


「旦那よう。生きてんのかねあいつ」

「さあな、生きていたとしてもこの調子じゃ長くないだろう」


 気にはなるがテオとて見知らぬ他人の心配などしている余裕は無いのだ。謎の男はぴくりとも動かぬまま(それとも動けないのだろうか)、牢の夜は更けてゆく。



◇同時刻 別室の牢屋にて



 奇妙な男だ。


 そいつは牢に閉じ込められながらも妙に小綺麗な、犯罪者というよりかはどこぞの貴族というような服を身につけて、顔には余裕のある強者の笑みが貼り付けられていた。


 カツカツと牢番の足音が聞こえると、男の笑みは意地の悪いモノへと切り替わり牢に備え付けられていた安椅子に腰掛ける。優雅に足を組むと、入ってきた牢番に声をかけた。


「やあ、いい夜ですね。こんな夜は月でも見ながら酒を飲みたいものです」


 男の言葉を無視した牢番は、無言でスープの入った椀を置き・・・次の瞬間、格子の隙間から伸びた男の手が牢番の手をがっしりと捕まえる。


「・・・なんのつもりだ?」

「いえ、そろそろこの牢生活も飽きた頃でしてね」


 何かするつもりか?

 牢番が臨戦態勢になったとたんに、男はあまりにあっけなく掴んでいた手を離した。


「何がしたいんだ貴様は?」


 そう問いかける牢番に、男は薄い唇をにやりとめくりあげて忠告した。


「つまらないから、痛みでショック死しないでくださいね」


 一体この男は何を言っているのだ。牢番が口を開きかけたその瞬間、男に掴まれた右腕が爆発した。

 声にならぬ悲鳴をあげて床に転げる牢番を尻目に、男は鉄格子を右手でなでた。男の触れた鉄格子が小規模な爆発を起こして人が一人通れるほどの穴が開く。


「ば、馬鹿な。この鉄格子は魔封じの鉱石で作られているのだぞ!?」


 息も絶え絶えに叫ぶ牢番。


「おや、そうだったのですか。ですが無駄な事、そもワタクシは魔法など使えませんので」


 優雅な足取りで監獄から外へと脱出した男は静かに空を見上げる。白銀の月が雲一つ無い澄んだ夜空を照らしていた。


「ああ、いい月です。本当に・・・」


 石作りの監獄を背に夜道を歩きながら、男はパチンと大きく指をならした。

 轟、と腹のそこから響く地響きがなり、次の瞬間監獄を崩壊させる大爆発が起こった。崩れゆく監獄を背後に、男は歪な笑みを浮かべて歩き続けるのだった。





 牢が頑丈な作りになっていた事が幸いしたのだろう。謎の大爆発が起こった後、ダンプは自分がまだ生きているという事実を認識して深い息を吐いた。


「なんだってんだちくしょうめ」


 深夜、夢と現実の狭間をまどろんでいると突然の振動、そして監獄が爆発した。ダンプは壁に吹き飛ばされ、反射的に受け身をとって致命傷を避けたのだ。


「!? おっとこりゃ、絶好のチャンスなんじゃねえかい?」


 先ほどの爆発で牢の鉄格子が大きく歪んでいる。脱出は用意だ。


 ダンプは意気揚々と立ち上がり、ふと、目前のテオの入っていた牢が爆風にもまれながらもまだ健在な事に気がつく。考えるより先に体が動いていた。床に転がった折れた鉄格子の棒を拾い上げ、テオの牢に近寄ると、鉄格子の入り口部分に棒を突き立て、テコの要領で入り口をこじ開ける。


「・・・・・・正気かてめえ?」


 テオは驚いたような顔をしていた。いかに仲良くなったとはいえ自分たちは所詮罪人。炎にまかれ、一刻も早く脱出しなければならないこんな状況で助け合うメリットなど無い筈だ。「貸し一つだぜ旦那」

 ダンプはニヒルな表情でにやりと笑うと、流れるように次の作業に入った。そう、つまりこの部屋に残ったもう一つの牢の開放だ。


「おいおいダンプ、そいつまで助ける気か?」

「気にするな旦那。先に逃げててくれてもかまわない、コイツはオイラが背負っていく、迷惑はかけないさ」


 こう見えてテオも意外と義に厚い男だ。もちろんこの二人をおいて先に逃げる事なんて出来るはずが無かった。


「・・・くそっ! 貸せよダンプ、俺がやった方が早い」


 テオはダンプから鉄の棒を奪い取ると、獣の腕力で鉄格子を破壊して素早く拘束されていた男を担ぐ、全身を拘束されて身動きはとれないようだったが、どうやら生きてはいるらしかった。


「逃げるぞ、ついてこい」


 駆け出すテオに、ダンプはどこか楽しげに笑うと追従する。


 郊外の監獄における爆破事件。この際に逃げた囚人は4人。この4人が世界を揺るがす重要な人物になるとは、この時点では誰も知らないのだ。


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