CASE 3
初心に返ってみました。多分、きっちりショートです。
「おれ、…好きな娘がいる」
そう言って別れを切り出したのは、望月の方だった。
付き合い初めて三年と六カ月。決して短くはない時間だった。
………………やっぱり。
望月の口から出た名前は、洋子も知っている。彼の仕事先でバイトしてる二十歳の女の子だった。
何度か三人で食事をしたこともあった。
彼女が望月に好意を抱いていることは知っていたし、望月もまた彼女のことを少なからず想っているということは薄々感づいていた。
思っていたよりも、ほんの少しだけ、時期が早かっただけ。
「カギ、持っていくね」
ポケットから、自分のではないアパートの鍵を取りだしテーブルの上に置く。
いつも同じ場所にあるそれをみるのは、好きだった。
自分の居場所がそこにある気がして。
なんだか意味もなく心が落ち着いて。
それを取ろうと伸ばした手を、ひとまわり大きな手がひきとめる。
肩越しにふりかえる。
「責めないんだ?」
そういう望月の言葉には責めるような調子が含まれている。
―――苦しそうな表情。ワタシが振られているのに、……まるで私があなたを振ってるみたいじゃない?
「オレってナニ? 洋子にとってはその程度の男だったってこと? 嫉妬もしないなんて。そんなにオレのこと、好きじゃなかった?」
掴まれた腕が痛い。
心も。
「…好きよ」
見開かれた眼、驚愕の視線を正面から受け止める。
「スキ」
言葉を無くした望月の顔が信じられないといっていた。
「知らなかった?」
そうしたいわけじゃないのに笑みがこぼれる。
―――もし、涙をみせたらあなたは私を選ぶかしら?
それでも、今は一度しかない『もし』なんて世界は存在しない。
「バイバイ」
手をといて部屋を出ていく。
どこをどう歩いたのか記憶にはない、帰巣本能でもあったのだろうか。見覚えのあるアパートの前まで来ていた、そしてそこに人がいることに気が付く。
俯いたまま地面を蹴っていた彼女こそが、渦中の相手だった。
「用ってなに?」
『話があるの』
そう言ったっきり黙ってしまった真里奈に、多少じれたように問いかけた。
口を開こうとはするが、なかなか言葉がみつからないらしく、固く握りしめた手の甲に視線をおとしている。
ワカッテイルノニイヤラシイ
こんな自分はキライ。
言いたいことなんて、とっくに分かっているのに。
「高明のこと?」
いつもはクルッとかわいい瞳も、今日は戸惑いの色に染まっている。
「洋子さん、高明さんのところにいたの?」
「そうよ」
真里奈の目に涙が溢れる。
拭った手の甲が、涙で濡れていく。
本格的に泣き出してしまった真里奈の涙をハンカチですくいとった。
「洋子さん、高明さんと別れて」
嗚咽まじりに訴える真里奈は可愛いかった。
妹のようにみてきたのだ。泣かれるのは辛い。
こんなにカワイイ妹に、望月は今日のことを話してはいないのだろうか。
両想いでありながら、わざわざ苦しむ必要はない。
頭を軽く撫でてやってから、コードレスフォンへと手を伸ばす。
……1、8、そして最後に0。
必ず三コール目で受話器を取ることも。
十分後。
ピンポーンというチャイム音が彼の到着を知らせる。
ドアを開けると望月が不安そうに立っている。
「真里奈、来てるよ。……連れてって」
「高明さんっ!」
奥から真里奈が飛び出してきて、高明に抱きつく。
「後は二人で話して。望月さん、真里奈のこと泣かせちゃ駄目だよ」
さっき別れたばかりの男が、物言いた気な視線を向けてくるけど、もう見たくない。
笑って、二人を送り出す。
―――疲れた……