CASE 2-4
警告!! この文章内には一部、暴力的な表現があります。苦手な方は読まないで下さい。
『絶対許さない! めちゃくちゃにしてやる!』
目をあけると、コンクリートの床が目に入った。
海の近くにある倉庫だろう。
潮の香りがする。
冷たい床に体温が奪われ、芯から冷えた体が内側から震えていた。手足の先に力を入れると痺れるような痛みがある。
―――よかった
感覚は生きてる。
横たわったまま、電話越しに響いてきたあのヒステリックな金きり声を思い出していた。
男は女が浮気すると女を責める、それに対してなぜか女は、男が浮気をすると相手の女を責める。
―――つまり、私に矛先がむいたってわけね。
両手両足を拘束された状態にもかかわらず冷静に分析していた。
予測していた中でも、なかなか状況としては最悪の部類に入る。
砂衣斗に調べてもらったのは、男と過去付き合いのあった女性と、その周囲。
背後からガサゴソと聞こえてくるのは、バッグの中身を物色している音だろうか。目的のものは見つかったらしい。
私の携帯のオープン音がする。
着信履歴でも確認しているのだろう。
もう一つ聞こえてきた携帯の操作音は、私のモノとは微妙に音が違っていた。
「俺だ。…ああ、攫ってきたぜ」
どうやら背後の人物が自分の携帯で電話をかける音だったようだ。
男の声。
もちろん、聞いたことの無い声。
おそらく電話の相手は例の元カノ。
電話を終えた男は、私の携帯だろう、用はないとばかりに床の上に投げ捨てた。
と、ここまでは想定内。
後は、上手く砂衣斗が彼を呼び出すことが出来れば、任務は完了したも同然ね。
砂衣斗が仕損じることは、まずないだろう。
思わずほくそ笑んだ。
やがて、表に車の止まる音がする。
カッカッとハイヒールの音が耳に届く。
―――どうやら、主演女優のお出ましのようね
「まだ起きないの」
横たわったままの私を見たのか、苛ついた声で男をせっつく。
「起こして」
狸寝入りもここまで。
―――せいぜい怯えた表情をつくって見せなきゃ
寒さからくる悪寒で、身体もいい具合に震えている。
「起きろ」
身体を揺する手に、いま目が覚めたようにみせかける。
「…ん、っなに?」
状況がわからず、戸惑った様子の私を、男が抱き起こして女の方へと乱暴に向き直らせた。
―――間違いない
砂衣斗が調べてきた資料の中にあった。例の彼女。
「あんたが、アイツの今の彼女なの?」
私を見つめる彼女の瞳には、隠そうともしない剥き出しの憎しみの色が見て取れた。
「ふ〜ん、いつからこんなのが好みになったんだかね」
言って、足音高く近づいてくる。
両手両足を縛られた上、後ろから男に抱えられている状態のお腹に躊躇なく蹴りを入れられる。
「っきゃあ!」
予想はしていても、避けることの出来ない状態での衝撃はきつい。
尖ったヒールの先が、腹部を直撃したせいでとても痛い。
「…なんで、こんなことするの」
怯えを含んだ目で彼女を見上げると、蔑むように眉を上げた。
「なんでかって? 気に食わないからだよ!」
振り下ろされた手が左頬を叩く。
それだけに留まらず、返す手の甲で右頬も容赦なく叩かれる。
―――とりあえず、刃物は出さないけど、持ってないってこともないわね
されるがままになりながら、考える。
―――この手の娘は、下手に刺激するとヤバイかも。力がないから、骨が折れることはないでしょうけど、それにしても痛いわね
何度も往復する手に、やがてぐったりと男に凭れかかった私を見て、女が嘲るように言った。
「後は、あんたの好きにしていいわよ」
とても気が済んだとは思えない台詞だった。
―――最悪ね、この娘。傷物にして、あの男に突きつける気かしら。それはそれで、いいクスリになるでしょうけど
そこまで身体を張る気はない。
女が倉庫を出て行くと、男が下卑た笑いを浮かべた。
「あんたに恨みはねえが、そういうことだから」
足の縛めを解くと、上着に手を掛ける。
その時、俄かに外が騒がしくなった。
―――やっと、主演男優もご到着みたいね
携帯に仕込んだ発信機の電波を追って、砂衣斗が男を連れて、駆けつけてきたに違いない。
男が外の騒ぎに気を取られた。その瞬間、床の上に放り出されていた私の携帯が、視界の片隅で着信を告げた。
バイブも音もない。
それは、青い光を3度発光させるように設定した相手からの着信通知。
意味するところは、『準備完了』。
―――細工は流々、仕上げはごろうじろってね