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CASE 1
「私にそれを言う権利はないのよ…」
男はだまったまま、その場に立ち尽くしていた。
「ずるいのね」
諦めにも似た笑みが自然とこぼれおちる。
「さようなら」
はっきりと口に出したことで、今までの想いに捕われていたはずの心を解放感が占める。
―――もうこの場所に私のいるトコロはないのね
再度自覚した。
男はまるでネジ巻人形のネジが切れているかのようにピクリとも動かない。
見慣れたその景色を惜しむでもなく、ドアに手を掛けると、
「やり直せないか?」
彼の声が背中から聞こえた。どうやらネジはまだ巻き付いていたようだ。しかし、…。
―――出来るはずがない。もう、決めたのだもの
「同じことを繰り返したくはないの」
もう振り返らない。
この顔をみせてはいけない。
見せたら負けてしまう。
「そうか」
「そうよ」
理解。
彼が今まで過ごしてきた時の中で理解を示さなかったことがあっただろうか…。
考えるまでもない、そんなこと一度だってなかった。それでは、なぜ? こんな結果に? 後ろ手にゆっくり扉を閉じる。
あの人は優しすぎる。
それが、彼の唯一の『欠点』。