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ファイエルベルクの祈祷師《2》  作者: 小野田リス
7/20

お兄様の婚約者

ガリエル家の所有する白亜のウーフェル荘から湖を挟んだほぼ対岸に、クリームイエローの外観が背景の山の緑と美しい対比を成す華やかな邸宅が立っている。リヴァージュ荘と呼ばれているその建物は、ランチェスタ王国のピエル=バートル公爵家が所有する夏の別邸だ。


その日の午後、リヴァージュ荘には久々の再会を喜ぶ人々の楽しげな声が響いていた。


「フェリス、とても元気そうだね!ラドルもハナも、来てくれてありがとう。」


さらさらと流れるような銀髪に淡緑色の瞳の青年……フェリスの兄、シルヴィことシルヴァン=ピエル=プリエールは、相変わらず穏やかな笑みで”妹”とその友人たちを出迎えた。


ラドル、ハナと順番に再会を喜ぶ抱擁を交わした後、シルヴィは想いを込めるように最後にフェリスを強く抱きしめた。フェリスもそれに応えるように、シルヴィに回した腕にきゅっと力を込める。


「シルヴィ、また会えてほんとに嬉しい!」


「俺も嬉しいよ。会えるとは分かっていても……8年越しで”妹”が生きていると知ってからは、君がどうしてるか、毎日、気が気でならなかった。」


「わたくしは相変わらずよ、シルヴィ……あ、お兄様って、呼ばなくっちゃだめね。」


自分でそう言ったものの、少し恥ずかしくなって声が小さくなるフェリスだった。


ぎこちなく照れている妹に『シルヴィのままでいいよ』と優しく声をかけ、再び頬にキスを落として抱きしめた。


ふたりは昨秋、2年間の人質生活を含め10年ぶりに再会し、互いに名乗りあったばかりの実の兄妹だ。


フェリスの方は、故郷の城でかけられた呪詛とその解呪の影響で幼少期の記憶を失ってしまっているが、シルヴィにとっては『死んだ』と思っていた妹とまた生きて再会できたのだ。今となってはシルヴィにとって、唯一生き残っている家族でもある。


だから大目に見てはいたが、いつまでも”妹”を腕の中にぴったりと収めたまま何だかんだと近況を訊ねている”兄”に、さすがにクリスがピリピリし出した。


「おい、シルヴィ。そろそろ俺のことも思い出してくれてもいいんじゃないか。」


『ああ、すまない』と、やっと気付いたように長く共に暮らしていた”友”に右手を差し伸べた。


「ご無沙汰をしております……クリス様。」


かつてシルヴィは、辺境伯の部下としてグロースフェルトの軍隊に所属していた。その仮の姿で、密かにランチェスタに戻るための活動をしていたのだ。


その当時の仮の身分に戻ったかのように敬語で話しかける友人の冗談を『やめろよ』と軽くいなし、その右手を取った。


「今後ともよろしく頼む……ピエル=プリエール公爵。」


クリスも負けじと揶揄うように、この度シルヴィが正式に受け継いだ家督の名称で呼んだ。


互いに口元に笑みを浮かべながらも、その目には強い意志を感じさせる光が宿っている。


ついに、ふたりが共に目指してきた目標の土台が完成した。あとは……ランチェスタの強硬派や呪術師たちの動きにもよるが、その進もうとしている道が容易なものではないことは、シルヴィもクリスも覚悟している。


さて、部屋にはもう一人、密かにピリピリしている人がいた。


「シルヴァン様、早くわたくしのことを……フェリシアにご紹介くださいませ!」


もう待ちきれないといった風に愛らしい声を響かせたのは、ふわふわとしたプラチナブロンドの髪と澄んだ空のような水色の瞳が、目にも華やかな美しい令嬢だった。その肌もフェリスのそれに負けず劣らず白く透き通るようで、薄紅色のサテンに同系色のオーガンジーを重ねたフレアドレスから伸びる細い首と腕は、真珠のような光沢を放っている。


夏の夜に、戯れに森の中に現れるという”妖精”なるものが本当にいるとしたら、それは彼女のような容姿なのかもしれない。


その令嬢は、すっと優雅に白くて細い腕をフェリスへと伸ばした。


「フェリシア……わたくしのことも、お忘れとは思いますが……わたくしは……わたくしは……あなたが必ずや生きていらっしゃると信じておりましたわ!」


シルヴィが紹介する前に、すでにその白い腕はひしぃっと濃紺色の外套に巻き付けるようにまわされ、ぎゅうっと力を込めて抱きしめていた。


「え……あ……あの……は、はじめまして……?ではないのですね?」


フェリスは戸惑いながら、美しい妖精のようなその人の、張り付くような熱い抱擁を受けるがままになっている。


「……フェリス、この方はランチェスタ王国の三大公爵家のうちの一つ、ピエル=バートル家のご令嬢で……」


「パラサティナ=ピエル=バートルと申します。……そして、あなたの未来の姉ですわ。」


シルヴィの言葉を引き継ぐようにして名乗るが、涙をにじませながら抱きついたままフェリスからはまだ離れない。


「……つまり、俺の婚約者ということだ。」


若干、引き気味に紹介するシルヴィだったが、それにも構わずパラサティナはフェリスに頬ずりを始める……


「わたくしのことは、パルとお呼びください。……あ、皆様もそのように呼んでくださって結構ですから。」


取ってつけたように周りの初対面の面々にも声をかけたが、相変わらずフェリスを離さない。


「パル……いい加減にしなさい。」


引き剥がされるようにしてシルヴィに両肩を引き寄せられ、ようやくフェリスから離れた。


「シルヴァン様には、わたくしのこの感動をお分かりいただけないと思いますわっ。あなたのことは10年待ち続けましたが、フェリシアのことはそのずっと前からお慕いしていましたのよ!」


「まあ、パル様もわたくしの幼い頃のこと、ご存知ですのね?」


何かと問題発言にも聞こえるが、フェリスはそこは気にも留めず驚いたように改めてパラサティナの顔を見た。


「まあ、パル”様”だなんて他人行儀な……どうか昔のまま、”パル”とだけ……」


婚約者シルヴィに肩を離されたら再び張り付かんばかりに前のめりになっているその令嬢は、どうやらフェリスの幼馴染でもあるらしい。本当に愛らしく華やかな……まるで夏の彩り鮮やかな花々の間をひらひらと優雅に舞う蝶のようで……年の頃はフェリスよりも4つ上とのことだったが、見た目はまるで少女のようだ。


パラサティナは、色味の強いアクアマリンを思わせる美しい瞳でフェリスを見つめながら続けた。


「シルヴァン様がデーネルラントへ行ってしまわれてからは、ブラン城にお伺いする機会もほとんどなくなってしまったのですが……わたくしはあなたのことを実の妹のように……いえ、妹以上に、大切に大切に思っていたのですよ……いえ、大切という以上に、あなたはお生まれになった時からわたくしの全てでしたわ……」


再び伸ばされた真珠を思わせる白い両腕を、シルヴィが後ろからすっと遮った。


「もうその辺にしておきなさい、パル。」


目を伏せ気味に、フィアンセの行き過ぎた”感動の再会”を注意する兄の眉間には、すでに縦じわが深く刻まれている。


同じようなしわを眉間に作っているのは、黒髪に黒衣ですでに全体像が真っ黒いクリスだ。見た目だけでなく、その胸の内にもモヤモヤとした薄黒いものが湧き上がっている。


「おい、シルヴィ……何なんだ、この暑苦しい令嬢は。」


「すまない。昔からこうなんだ。」


低く小さな声で刺々しく訊ねる友に、同じように相手にしか聞こえないような小さい声で返したシルヴィは、『もしかしたらローレル殿よりもさらに手強い”壁”になるかも知れんから覚悟しておけ』と付け加えた。


ラドルもハナも、いろんな意味でシルヴィの”婚約者フィアンセ”に目を奪われている様子だ。


「パル様、本当にもうその辺りで……。そろそろ、テラスの方へ皆様をご案内なさいませんか?」


興奮気味の主人パルを諌めるように、控えめに声をかけたのは彼女の侍女ウルケだ。あっさりとした水色のピンストライプが涼やかなシンプルなコットンドレスに、網目のしっかりとしたレースの肩掛けを羽織り、飾り気がないのに溌剌とした印象を与える彼女の人となりをよく表しているちだ。


パラサティナの紹介によって、ウルケとも挨拶を交わしたフェリスたちは、彼女について2階のテラスへと上がった。


テラスでテーブルの準備をしていたのは、優しげな瞳の老夫婦だった。


彼らも、パルと同じように”感無量”といった面持ちでフェリスたち待ち構えている。


「アイラ様!ジャン様!」


……驚いたように声をあげたのは、何事にも滅多に動じることのないハナだった。


**


ハナが思わず駆け寄って行ったその二人のことは、クリスも見知っている。彼は、フェリスの背に手を当てて彼らの近くへと誘った。


「フェリス……こちらのお二人も、おまえの幼い頃のことをよく知っている人たちだ。」


そう伝えると、戸惑ったように瑠璃色の瞳で一度クリスを見上げ、すぐ後ろにいる兄とその婚約者の方へも目を向け……最後に再び老夫婦へと視線を留めた。


待ち構えていたその二人とすでに再会を喜ぶ抱擁を交わしたハナの目の端には、光るものが見えている。そんな彼女に背中を支えられた老婦人は、止まらぬ涙を拭こうともせずフェリスに両手を伸ばした。


「フェリシア様……」


今はフェリスと呼ばれている彼女も、それに応えるように濃紺色の外套から白い腕を出して老婦人のふくよかな肩を抱きとめた。


彼女の後ろで、二人をいたわるように優しく見つめているのは、ほとんど頭髪のない背の高い老紳士だ。やはり目の端に滲むものが見える。


まだ戸惑っている様子の妹に、シルヴィが声をかけた。


「フェリス、覚えてはいないだろうが……この方は君の乳母だった人でアイラ=レノワだ。いつも『ばあや』と呼んでいた人だよ。」


「ばあや……」


兄の言葉を繰り返すように口の中でつぶやいたが、その後にわずかに残念そうな表情になったのは、きっと思い出せないからだろう。


「フェリス様。こちらのレノワ夫妻……アイラ様とジャン様は、ブラン城で働いておられたのです。お二人ともずっとアナベル様のお側で尽くしておられました。」


ハナが補うように言葉を足した。


アイラは、改めてフェリスの顔を見て、再び大粒の涙を頬に滑らせている。


「フェリシア様……シルヴァン様からは伺っております。幼い頃のご記憶を失くされたとか……でも私たちは、あなた様が生きておいでで、本当に嬉しくて……幸せで……」


「お詫び申し上げねばと……ずっと悔いておりました……」


静かにそう話し始めたのは、アイラと寄り添うように立つジャン=レノワだ。


「あの日……私たち夫婦は、娘の結婚の祝いのために王都エトワールへ行っていたのです。」


『あの日』とは、8年前の呪術師によるブラン城が襲われた日のことだろう。


レノワ夫妻の3番目の娘が王都エトワールに勤める宮廷騎士と婚礼を挙げることになり、二人は偶然にもその日、城を不在にしていたのだ。不幸中の幸いではあるが、側にいて主人アナベルを守りきれなかったこと、可愛がって育ててきた幼い令嬢フェリスを救えなかったことを、ずっと悔やみ続けていたのだという。


生き残ったものの、主人をうしない失意の底にあった二人を迎え入れたのが、ピエル=バートル家だった。


「アイラとジャンは、あれ以来ずっと、このウルケと共にわたくしの側に仕えてくれておりますの。」


パラサティナはウルケにそっと微笑み、目で合図を送った。


それを受け、ウルケはジャンに声をかけて共に部屋へと戻って行った。


「さあ、皆様。お茶にいたしましょう。昔話はその時に……」


**


並べられていた二つの丸い白テーブルのうちの一つをシルヴィ、パラサティナ、クリスとフェリスが、もう一つをレノワ夫妻、ウルケ、ハナとラドルが囲んだ。


「明日は改めて、ちゃんとしたティーパーティーを開きましょうね!フェリシア、ローレル様もお連れくださるわね?」


兄の婚約者にそう頼まれたフェリスは快くそれを受け入れ、『今夜は先生にお酒を控えてもらいましょう』とひとりごちた。


『あ、そうですわ!』と、ふと思い出したように、シルヴィの婚約者は、黒紫色の髪に黒衣という色調の暗い青年に顔を向ける。


「そうでした……うっかり忘れておりましたが、もちろんあなたもお越しになってくださいね、クリス様。」


パラサティナは『あなたのおじ様とご一緒に……』と無邪気な笑みを向けているが、言葉の端々にはどことなく邪気を感じるクリスだった。


「お招きありがとう、パル。ぜひ”フェリス”と一緒に来させてもらうよ。」


「あら、フェリシアはバートル家の馬車を迎えに行かせますから、お気遣いなく。あなたは、ちょうどここのお向かいにいらっしゃるとのことですし……泳いでいらしてもかまいませんのよ?」


そう言ってパラサティナの真珠のように白い手が指し示したのは、目の前のエメラルド色に輝く湖だ。


「ほほぅ……」


……この令嬢、見た目は全体的にふわふわとした白い綿毛のように儚げな印象を振りまいてはいるが、どうやら中身は違うらしい。


クリスのアメジスト色の目は、令嬢への”腹黒疑惑”のため半眼になっている。


「泳ぎ疲れて茶会を楽しめなくなると残念なので、明日はその馬車に同乗させてもらうとしようか。」


「あいにく、4人乗りですの。残念ですが、あなたの席はございませんわ。」


「では、俺とフェリスは馬で来よう。私の”おじ”とローレル殿、ハナ、ラドルで4人だ。」


「明日……雨が降るといいですわね。」


いつまでも終わりそうにない応酬に『いい加減にしなさい』とシルヴィが割って入った。やり合う二人は満面の笑顔なのに、どちらも目が笑っていない。


同じテーブルに座っていた女祈祷師は、ティーカップをソーサに戻しながら楽しげに『ふふ』と笑みを漏らした。


「パルもクリスも、お話が進んで……すっかり仲良しね!」


パッと同時にフェリスを見るパラサティナとクリスは、声にこそ出さないが、その表情は『全然!』と全力で否定していた。


**


「……なんか怖いよ、あっちのテーブル。」


ラドルはカップを両手で持ちながら、聞こえてくる会話に怯えている。


「クリス様も、ご令嬢相手にあそこまでまともに受けて立つとは……大人気おとなげないことです。」


ハナも目を伏せて小さく嘆息した。


ウルケも二人の気持ちに同調するように、困った笑みを浮かべている。


「パル様は、フェリシア様とお会いできることを本当に楽しみにしていらしたんです。フェリシア様がお生まれになった時に、たまたまブラン城をお訪ねになっておられたそうで……それ以来、ことあるごとにお父上にせがんで、ブラン城に連れて行ってもらっていたそうです。」


当時4歳だったパラサティナは、アナベルの好意で”生まれたての赤ちゃん”を初めて見せてもらい、『これは天使だ』と、大層、感激したのだという。傍で見ていたフェリスの乳母アイラは、今でもその様子をはっきりと思い出せると笑いながら話した。


「パル様は、すっかりその赤ちゃんに……フェリシア様に心を奪われておいででした。いつまでたっても飽きずに眺めて……エトワールに帰る時間になってもまだアナベル様の寝台の端にしがみついて離れず、バートル公爵も困り果てておられました。」


アイラは懐かしさのためか、丸い小さな目を細めて『ほほほ』と笑みをほころばせた。彼女の夫、ジャンも『そうだった』と静かに笑う。そして目を伏せて、さらに思い出すよう、ゆっくりと言葉を継いだ。


「それに、8年前のブラン城の事件の後も……ずっとフェリシア様は生きておられると言い張って聞かなくて……」


ピエル=プリエール家が”滅んだ”その時、パラサティナは13歳だった。シルヴィとの婚約も”無いもの”となり、新たに縁談が次々と持ち込まれたが、そのどれ一つにも見向きもしなかったという。


「フェリシア様が生きておられるのだから、シルヴァン様も必ずや生きて戻っていらっしゃるのだとおっしゃって……私がお側に仕え始めたのはその頃です。同じ頃、アイラとジャンも当家に参りました。」


失礼にも『気が触れておいでなのでは』と疑う輩もいたが、プリエール一族に関する事以外には特におかしなことを言うでもなく、公爵令嬢としての教育……礼儀や教養、立ち居振る舞いは全て身につけ、なおかつ容姿も美しい。エトワール宮廷の華として、社交界に彩りを添えているそうだ。


「今となっては、本当にシルヴァン様もお戻りになり、こうしてフェリシア様とも再会なさって……勘が鋭いというか、思い込みの激しさがこの現実を引き寄せたというか……」


眉根を寄せるウルケは、どことなく悩ましげだ。


「……ぼく、ちょっとパル様のこと、怖いかも……」


小さな声で呟くようにいう祈祷師見習いの少年に、侍女は表情を変えてふんわりと笑みを見せた。


「ラドル、どうか見捨てないであげてくださいね。パル様は本当にお優しくて、思いやりのある方なんです。」


「それに、エトワール宮廷きっての弓使いです。」


パラサティナの人柄を伝えるウルケの言葉を受け、さらにジャンが誇らしげに付け加える。


「やっぱり怖いよ!」


ラドルは眉尻を下げて訴えた。


琥珀色の瞳が忙しく感情を伝える様子が可愛らしく、また頬を緩めたウルケだが『そういえば』と思い出したように、ハナへと顔を向けた。


「……ところでハナ、明日のお茶会ですが……フェリシア様のお衣装はどうなさいます?」


アイラと”空白の時間”を埋めるように、互いの来し方をにこやかに話していたハナだったが、パルの侍女からそう言われて、ハッと目を見開いた。


そうだ、明日は正式なお茶会……。


貴族の茶会といえば、そのドレスコードを無視するわけにはいかない。午後のリラックスした時間帯なので、夜のパーティーに比べたらさほど華やかさやを求められることもないだろうし、フォーマルでなくとも構わないだろうが……さすがにあのいつもの濃紺色の外套で参加するなど、とんでもないことだ。


「……やはり、何もご用意はないのですね?」


ウルケは同情するようにハナの腕に手を添えた。


「あら、そんなの……普段着で構いませんことよ?」


ウルケとハナの話に気づいたパルが、二人に声をかけた。


「今日と同じで構わないじゃない。明日はここにいる皆様と……あとはローレル様とサイラス様がお見えになるだけで、他にお客様はないのだもの。」


そう言って、パラサティナは隣に座るフェリスの手にそっと自分の手を添えた。


「わたくしはフェリシアと明日も一緒に過ごせるなら、それだけで結構ですわ。」


「ふふ、パルったら。わたくしと会うのを、そんなに楽しみにしてくださってるのね。」


仲良く隣り合うパルとフェリス……その向こうで、クリスのまとう空気がその衣装のように黒々としてきたのをひとまず視界から外し、ハナは改めて二人の”令嬢”を見比べた。


薄紅色のバラのような衣装を身にまとい、さらにその美しく儚げな印象を際立たせているパル……と、長い濃紺色の外套にすっぽり収まっているフェリス。身に纏う人は何も言わずとも、あの外套は『私が祈祷師です』と物語り、もう歩く看板のようなものだ。


ハナの”育ての親”および”元侍女”としての自意識と意地が、むくむくと頭をもたげる……


「いえ、大丈夫です。”当て”がございますので……お気遣いありがとうございます、ウルケ様。」


明日、この女祈祷師を、必ずやパル様にも負けない公爵令嬢に仕立ててみせよう……


誰にも気づかれずにいるが、密かに闘志を燃やす護衛役だった。


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