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ヒーローたちの控え室 - The restroom of our HEROs -

作者: Atsu

部屋の両端には扉。壁はシンプルなクリーム色。通路のようなその部屋には、自動販売機、そしてベンチがひとつ。

 誰が管理しているのかはわからない。それでも、その人柄は、部屋中から伝わって来る。自販機横の壁、かけられた昔ながらの黒板には「おかえり。いつもおつかれさま」という暖かい言葉が添えられている。そして同じく、自販機の横に備え付けられた淡い青のベンチは、いつもピカピカに磨き上げられている。

 行きたいなと思った時、近くにあるドアを開ければ、その部屋に行くことができる。言うなれば、逆どこでもドア。時間、世界の概念から外れたその場所を、前にお会いした先輩は「ヒーローたちの控え室」と名付けていたので、自分もそう呼んでいる。

 缶コーヒーを購入する。がこん、と音を立てて落ちた缶を手に取ると、指先にじんわりと熱をもたらしてゆく。ベンチにゆったりと腰掛け、息を吐く。日常よりもさらに上位の、世界からの解放。息とともに、疲れが天に昇っていくようだ。

 喧騒のすらない、静かな空間。だけど何故だろう。この部屋からは温もりが感じられる。例えるなら、暖炉のある部屋のソファーで横になりながら柔らかな炎を見つめるとき。誰かに抱きしめられながら眠るとき、ぽかぽかの日差しのもとで昼寝するとき、長旅の帰りに、後部座席でゆったりと眠りに落ちるとき、それらに近い。ふわりとした灯りが空間に幸福をもたらしている、あの感じだ。この部屋に居ると、心満たされるセカイに包まれるのだ。

 無想していると、入ってきたドアとは反対側の、向かいのドアの方から開閉音が聞こえた。誰かがやってきたようだ。音のする方に顔を向けると、同い年くらいの制服姿の女の子が入ってきた。視線が合うと、自然に言葉が出てくる。

「こんにちわ」

クールな表情が一変し、こぼれた笑顔が素敵だった。

「こんにちわ」

彼女は自販機に向かうと、すぐにボタンを押した。手には、ペッドボトルの紅茶が握られている。

「となり、いいですか?」

安心した表情で笑みを浮かべる彼女の頼みを、快諾する。

「どうぞ」

体を少し隣に動かすと、彼女は、ちょこんと座った。

「やっぱり。なんだか、今日は誰から待っててくれてるような気がして。はじめて、ですよね。お会いしたの」

ニットの袖口からわずかに出ている華奢な指先で、彼女は紅茶をふわりと持ち、天井を仰ぎ見ながら言った。彼女もまた、ホッとしているようだ。

「そうですね。僕もなんだかんだ言って、来る時には必ず誰かに会いますね」

なんとなく、彼女に見覚えのあった僕は、尋ねてみる。

「もしかして、高校生でアイドルされてる方、ですか?」

僕の言葉に、彼女は一瞬驚いた表情を見せた後、嬉しそうに笑んだ。

「あたしのこと、ご存知だったんですか!」

「テレビで放送されてましたよね」

僕の記憶が正しければ、彼女は、プロデューサーともにアイドルとして成長を重ね、星のように輝く物語を紡いでいる主人公の一人だ。まるで、シンデレラのような光と、その美しい笑顔はとても印象に残っている。

「そちらの世界でも放映されてるなんて、うれしいです。あたしも思ったんですけど、もしかして、怪獣から地球を守るために変身して、戦う隊員さん、ですよね?」

自分の役職をどんぴしゃり当てられたので、僕も驚いた。それもそうだ。今日は隊員服を着たまま、ここへやってきていた。この色の隊員服は珍しく、見ればわかってしまうだろう。

「どこかで見てくださっているんですか?」

「ええ。こっちの世界でも、小さい頃から放送していますよ。戦っている姿がすごく、かっこいいです」

自然と、僕の口から笑みがこぼれた。

「なんか、そう言われると照れますね」

感謝されることはあっても、褒められることは珍しく、耐性がない僕は、へたくそに笑みを浮かべた。

 そういえば彼女は高校生だ。すごく親近感を抱いたことで、僕はひとつ思い出し、ひとつ尋ねた。

「あの、僕。16歳なんですけど、もしかして」

「え、嘘。あたしも16。ってことは同い年!?」

肩を揺らし、しなやかな黒髪はゆらゆらと揺れた。僕の肩も共に上下する。


 意気投合した僕たちは、まさに時間を忘れて語り合った。そして、僕たちの中ではいつも話題の中心となるトピックへと流れていく。

「ベタな質問になっちゃうんだけど、どうしてアイドルになったの?」

そう言うと、先程までとは打って変わって、彼女の少し表情が引き締まった。

「最初はそういう気とかは全くなかったの。でも、『あなたは向いている。是非ともアイドルに』って、良くも悪くもしつこく誘ってくれた人がいて。それで、折れた結果というか…。でも、今ではたくさんの仲間、応援してくれる人たちがいて。ステージに立っている瞬間は、私にも光が宿って。みんなを幸せにできる魔法が私に宿るんだ。そう考えると、アイドルになれてよかったなって思ってる」

話終わった彼女の表情は緩み、当時を思い出したようで、柔らかな笑みが口元からもれていた。

「あたしはこんな感じ。あなたはどうして?」

僕は、当時を思い出しながら語り出す。

「変身するまでは、ただ壊されていく世界に、唇を噛み締めながら逃げるだけの日々でした。でも、ある日突然として、僕には大きすぎるぐらいの使命として、このチカラを在る方から与えていただきました」

「やめようとか、何で自分がって思わなかった?」

「もちろん、最初は戸惑いました。でも、初めての戦いを終えた後、戸惑い以上に嬉しさが湧き上がってきました。僕が、セカイを守れた、って。

 ご存知の通り、僕は三分しか戦えません。それでも、みんなのセカイを守りたいって思いは人一倍強いつもりです。誰かがカップラーメンを待つ三分だったり、誰かが電車でうたた寝をする3分であったり。そんな、気づけば過ぎているような時間であっても、その三分だけは地球で一番、地球を守りたいって思いが、僕にチカラを与えてくれるんですから。たった三分でも、自分の思いにチカラが答えてくれる三分が嬉しいんです。

 だから、僕はこの使命を続けることにしました」

なぜだろう、なんだか自分の言葉に心のたぎりを感じた。話し終えると、彼女はニコニコと頬を染めながら、足をぶらぶらと揺らしつつ、天井を仰ぎ見た。

「…なんか、ありがとう」

そうポツリと呟いた。僕は訳が分からず、理由を問う。

「え、どういうこと? 僕、感謝されるようなこと言った?」

「なんていうかね。実は今日、あたしがここにきたのは、少し嫌なことがあったからなの。なかなか、ステージの向こうで待ってくれてる人たちに伝えたいキモチとか楽しさっていう表現を、ダンスや歌に思い通りに落とし込めなかったり、全体的になんだかスランプ気味だったり。みんなも気にかけてくれたけど、やっぱり自分だけの問題だと、どうしても辛いから、少し休みたいなって思ってたんだ。

 でもね。今の話を聞いて、考えたら思ったの。誰かに与えたい、誰かを救ってあげたいって思いを持っていて、それらが出来て、苦悩したり、葛藤することのできるあたしもまた、実は救われているんだなって。そう考えると、苦しみに悩むのは、本当の意味では苦しみじゃないんだって思ったの」

「そうだね。僕らはみんなからはヒーロー、アイドルとして慕われ、みんなを幸せにするだけじゃなく、僕ら自身も、幸せをもらったり、苦しみながらも願いが叶うって点では、苦しさで終わらない分、救われてるよ」

「うん。苦しみもしっかり噛み締めていかないといけないんだね」

「実は、僕がここに来たのも、似たような理由だったんだよ。怪獣は一向にいなくなる気配はないし、あいつらだって必死に生きているのに、倒さないといけない。それが戦闘中にためらいや葛藤となってて。最近は油断することが多くて、結果として街の一部を壊してしまったりしたんだ。さっき、あんな風に自分の使命を誇らしく語っていたけど、実際には、自分の使命に心苦しかったりしたんだ」

「完璧なヒーローなんて、いないのね」

「そうだね。やっぱり僕らも人間なんだよ」

「でもね、その誇らしさ、あたしには本物に見えたよ」

「そうかなぁ?」

「そうだよ。そうじゃなきゃ、さっきの自信に満ちた表情は出せないって。もう、自慢してるみたいだった。どうだ、羨ましいだろう、ってね」

僕が自慢、か。正直、自分には似つかわしくない言葉に、なんだか自然と笑みがこぼれてくる。しまいには、ふたりとも腹を抱えて笑っていた。

「なんだか、自分の悩みなんて他に頑張り続けているヒーローたちに比べたら、大したことはないかなって思えてきた。だって、普通に考えたら、怪獣たちは僕たちの世界を壊そうとやってくるんだから、おしおきするのは当たり前だもんね」

「あたしもそう。なんというか、悩みのことばかり考えていて、自分を客観的にみたり、自分の立場を当たり前に捉えてしまってばかりだったかな。歌やダンスに対する思いもブレが出ていたし。ちゃんと振り返ってみれば、原因なんていくらでも見つかるものね。なんで気づかなかったんだろうって感じ」

手に持っていた紅茶を飲み干し、彼女はキャップを閉めて立ち上がる。

「よし! 原因もわかったし、またシンデレラとして復活できるんじゃない?」

僕もコーヒーを一気に飲み干して立ち上がる。

「そうね! そうと決まれば、そろそろいかなくちゃ」

ひらりとスカートを膨らませながら、彼女はその場でくるりと一回転し、僕を一瞥した。その顔はいたずらっぽく、目には先ほどとは比べ物にならない宝石のような輝きが宿っていた。

そんな彼女に負けられないと、僕もおどけた笑顔を見せて、親指を立てた。

彼女は頷く。そして、グッと親指を立て返してくれた。

「これからも、僕らのアイドルでいてよ」

僕は手を挙げドアへ向かう。

「そっちも。これからもあたしたちのヒーローでいてね」

彼女もバイバイと手を振り返してくれた。


 どんなヒーローたちにも憂鬱や苦悩は必ずある。ヒーローたちにしかわからない多くの苦心があり、それらを乗り越えるからこそ、彼らによってセカイは救われている。

 そんな彼らを救い、またお互いに救いあうための場所。そうあって欲しいと思い、子どもの頃、私は彼らに休む場がないことを知った私は、長い年月をかけて、この場を創設するに至った。

 次元の接合に多くのエネルギーが必要であったり、彼らの意思でこの場を繋げられるよう、彼らからの要請を受信できるシステムを設置するなどの難点が多く、最終的には自動販売機とベンチ、そして黒板を設置するのがやっとやっとになってしまったことは本当に努力不足で申し訳なく思っている。

 それでも。私が小さい頃、私たちに正しい道やこんなにもセカイには私たちに勇気を与えてくれた彼ら、ヒーローに恩返しできるのであれば、冥利に尽きるというものだ。

 これからまた、セカイを救っていく君たちへ。おかえり。いつもおつかれさま。

                                    名もなき、君たちのファンより

 読んでいただき、ありがとうございました。


 今回は、時間のない中でも、書いてみたいなと思い、サクッと書き上げた作品です。最近は、インプットばかりで、アウトプット(投稿)は久しぶりだし、登場人物も今までにない感じで、少し新鮮な気分でした。

 この手の別世界のヒーロー同士があって話す作品は、結構あるかもしれませんが、この組み合わせは今までにはなかったのでは、と思います(あったらすいません)。

 そして最後。さらにメタな視点へと移り変わります。メタでありつつも、管理人は、ヒーローたちによって勇気を与えられた人間であるというのが、また巡り巡っているようで、自分としてはいいなと。

 ヒーローも苦悩を抱えたり、休みたい時はきっとあるでしょう。そんな彼らにも安らぎがあってもいい、そんなことも考えながら書き終えていました。そんな彼らの今後の活躍を祈りつつ、今回の後書きとさせていただきます。


 楽しんでいただけたなら幸いです。

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