第4話
「それにしても夏さん、本当に有難うございました。」
村に帰り、シェネルがぺこりと頭を下げた。
「い、いいよ別に……お前が助けてくれなかったら俺も今頃あのままだったと思うしさ。」
「そ、それでですね、おばあちゃんから聞いたんですけど、今日宴やるみたいです。」
「宴?」
俺は首を傾げて聞いた。
「はい!炎をたくさん付けて踊ったりしながら、みんなで食事をするんです!」
「な、なんかやけに楽しそうだな……」
「当たり前じゃないですか!年に一回やるかやらないかの行事ですよ!?張り切っちゃいますよそりゃあ!」
鼻息をすんすん出しながら興奮しているシェネル。多分今俺が何を言っても宴のことだと思うだろう。
「でもなんで今日なんだ?なんかあったのか?」
「さぁ……なんか特別なことがある日にやるんですけど……今日なんかありましたかね?」
いやいや、俺に聞かれてもわかるはずないのだが……。とりあえず俺はシェネルの家でもう少し寛がせてもらウことにした……が、早速呼び出しがかかる。
「異世界のお兄さん、村長がお呼びですよ?」
異世界のお兄さんと呼ばれることに俺はかなりの感動を覚えた。俺の名前も異世界のお兄さんに変更しようか……。
「夏さん、なんか馬鹿なこと考えてませんか?」
後ろから冷たい声が聞こえた。俺は「チッ」と舌打ちをすると村長の待っているという部屋に案内してもらった。
「し、失礼します!」
緊張してるのか、声高な声が出てしまった。落ち着けと自分に言い聞かせながらも、心臓の動く音が耳にまで聞こえる。
「座りなさい。」
そこにいたのはシェネルの祖母だった。
「もしかして村長って、お姉さんなんですか?」
「お、お姉さんって……私はもう80過ぎのおばあさんなんだけどね……。」
顔を赤らめながらそう答える。80過ぎのおばあちゃんが顔を赤らめるのが似合うとは……。
「す、すいません。」
「まぁ、悪い気はしないからいいさ。それより、今日の宴のことはシェネルから聞いたかい?」
持っていたタバコを吸いながら村長はそう言う。
「いえ、あまりよくする行事ではないとは聞きましたが……何故今日やるんですか?」
俺がそう言うと、急に村長が俺に向かって頭を下げた。
「頼む!シェネルを連れて行ってくれ!」
「…………………………はい?」
いや、多分俺じゃなくても理解はできなかったと思う。まずどこに?ってなるし……。何の話をしてるんだこよ村長は…………。
「君の力であの子を守ってやってくれ!」
まだ話の意図が読めない。
「あ、あの……」
「わかっている!迷惑になるのはわかっているのだが、私はどうしてもあの子にこの世界の全てを見させてやりたいのだ!」
ここに来て大体理解出来ような気がした。
「えっと……つまり俺にシェネルの世界一周旅行のボディガードをしろと?」
「旅行やボディガードが何かどうかは知らんが多分そうだ。」
多分てなんだよ多分て……。てか俺もこの世界について全く知らないのだが……。むしろ教えて欲しいくらいだ。
「む、無理です!」
「……そうか。」
それと同時に村長が指を鳴らした瞬間、剣や弓を持った20人くらいの若い人が俺を取り囲む。
「なら死んでもらうしかあるまい。」
「ちょちょちょちょいまてーーーい!!!え?俺断っただけで死ぬの?え?法律には触れないの?」
「法律が何かは知らんが、この村では私が全てだ。」
おぉ!なんという無茶苦茶さだろうか。多分日本の総理大臣がそんなこと発言したら即刻辞職だろう。
「ヘブンズタイムっっ!!」
けれど本当にこの世界はすごい。このような状況でも一発逆転が可能なのだから。
俺は人々の間をくぐって、村長の後ろに回り時間を動かし始めた。
「村長、あなたの発言は間違っていない。けれどそれは僕が来るまでのことです。あなたに発言の権利はありません。」
「………………なっ!?」
俺は村人の一人から奪ったナイフを村長の首に当てた。
「皆に言ってください。武器を捨てるようにと。」
「くっ……武器を捨てろ……」
村長の言うがままに村人全員が床に武器を捨てた。
「………………冗談ですよ村長。」
俺は笑いながらナイフを床に投げ捨てた。
「ゴブリンを殺すことは出来ても、流石に同じ人間を殺すことはできませんよ……。」
「だが、私はシェネルを連れて行かないというのであれば……」
「わかってますよ。俺もこの世界のこと知りたいですし、ちゃんと連れて行きますから。」
俺の発言に村長はさっきまでなかった安堵の表情を示す。
「ハッハッハ、お前、大した男だな……気に入ったよ。」
「その代わり条件があります。」
「……ああ。できる限りのことはさせてもらうさ。」
多分この村長は孫のためなら命をも捧げそうだ。それほど好きなのだろう。
「村人全員に俺のことを『異世界のお兄さん』って呼ぶように言っといてください。」
何故か村長だけでなくその場にいる村人全員が口をポカンと開けて固まる。
「まさか厨二病にここまでしてやられるとは……。」
ためらいながら聞いてくる村長に俺はブンブンと首を振った。
「俺は厨二病じゃありません。ただ、夢があるだけですよ。」
またしても口をポカンと開ける村長と村人たち。
できれば厨二病がない世界に飛ばされたかったな……。
「……わかった。……そういうことならそうさせてもらおう。」
「村長、何を笑っているか説明していただけますか?」
「い、いや……これは思い出し笑いというやつだよ……。」
俺はわかっている。絶対に俺のことを変だと思っている笑いだ。けれど不思議と嫌な気分にならないのは、この人たちが俺のことを受け入れてくれてるからなのだろうか。
………………………………………
「あ、夏さん、村長の話ってなんでしたか?」
何も知らないシェネルが俺に駆け寄ってくる。
「あぁ。とりあえず殺されそうになったからやり返しといたよ。」
「ほぇ!?!?」
意味がわからない奇声を上げるシェネルをほっといて、俺は外に出てみる。宴の準備が着々と進んでいるようだ。
「はわぁ。なんかみんなやけに張り切ってますね。ホント何があったんだろぅ〜。」
お前のことだよ、と言いたいが俺はそれを飲み込む。祖母からのサプライズを俺の手で台無しにするわけにはいかないからな……。
「なぁ、さっきのレッドドラゴン、どこにいるんだ?」
「え?ここにいますけど?」
そう言った彼女の方を振り向くと、彼女の顔ではなくレッドドラゴンの顔が俺の真横にあったことに驚く。
「い、いつからそこにいたんだ!?」
「夏さんが外に出てからずっとですよ。随分と気に入られたみたいですね。」
ドラゴンに気に入られるとは……向こうの世界の高校生にも気に入られなかったのに…………。
「ちょっと散歩行ってくるわ。」
ドラゴンの背中に飛び乗ると俺は急上昇するように指示した。
「え?ちょ!待ってくださいよ!」
下でピョンピョン跳ねるシェネルを無視して、ドラゴンはどんどん高く上がっていく。
「なぁ、お前はシェネルが俺についてくるのに賛成か?」
喋れるはずのないドラゴンに俺はそう問いかける。まず俺の言葉すら届いているのだろうか……。
「んー、いいんじゃねぇか?」
…………は?
「いやー、俺も正直心配だったけどよ、夏が守ってくれるんなら安心だぜ!なんせあのゴブリンどもを一瞬で蹴散らしたんだからな。ホント尊敬するぜ!」
多分俺の見間違いか聞き間違いだと思うが、目の前のドラゴンが普通に喋っている。
「あー、そうか……。幻聴とかいうやつ?」
「何言ってんだ夏?俺が喋ってんだけど?」
ドラゴンが横目でこっちを見ながら喋る。
ドラゴンは人間の言葉を喋れるみたいだ…………そんなことあるわけはないだろ!!
「なんでお前喋ってんだよ!」
「知るか!なんか夏となら話せるんだよ!マジ意味わかんねーわ。」
多分それは俺のセリフだと思う。
「まぁ、この際お前と話せることは置いとくよ。それで、お前はシェネルが俺と旅に出てもいいのか?」
「……あぁ。あいつはこの世界のことを誰よりも知りたがっているからな。俺も村長と同じく、あいつに世界を見てきてもらいたいんだ。」
ドラゴンは俯いたまま答えた。
「そうか……。」
俺がそう発した後、長い沈黙が続く。
「降ろしてくれ。」
たまらず俺はそう言ってしまった。
ドラゴンは俺の指示通り、村に降り始めた。
「心配すんな。ちゃんと見せたらこの村に連れて帰ってくるからよ。」
俺はドラゴンの背中を叩きながらそう言った。ドラゴンは何も言わず、ただ少し笑うだけだった。
…………………………………
「もう!なんで私を置いてけぼりにするんですか!」
「いや、このドラゴンとちょいと話しててな……」
「バカにしないでください!」
シェネルは小さい頰を大きく膨らませてみせる。話していたのは事実なのだが……。
「そういや何か人が少ないな……なんかあったのか?」
「あれ?上から見てないんですか?今日の宴のためにみんな狩りとかに行ったんですよ。ホント、何の宴なんでしょうね?」
あぁ、お前のことだよ!って言ってやりたい。
「異世界のお兄さん、ちょっと来てくれますか?」
突然村の若い女性から声をかけられた。やはり異世界のお兄さんと呼ばれるのは悪くないな。
「はいはい今行きますよ。」
隣で何故か爆笑シェネルをほっといて俺は女性の方へ行った。
「なんかありましたか?」
「あ、あの……」
もじもじする彼女は頰を赤らめる。
「わ、わたし……も……つれ……」
「え?何?」
ずいっと顔を彼女に近づける。「ひゃあっ!!」と飛び上がる彼女。多分シェネル以上におもしろいな。
「どうしたの?」
「そ、そのですね……わ、私も旅に連れてってください!!」
「……へ?」
「わ、私も世界を見てみたいんです!お願いします!」
「ちょ!待ってくれよ!そんなの村の人が許してくれるのか?」
俺がそう言うと、彼女はシュンとして俯いた。
「ダメなのはわかっているんです……でも……」
「あぁ!!わかった!わかったから泣くなって!!……とりあえず村長には俺も一緒に頼んでやるから。」
俺がそう言うと、彼女は急に明るくなった。まだ行けると決まったわけではないのだが……。
「ありがとうございます!私、クリアって言います!」
そう言いながら、彼女は興奮が抑えられないのかピョンピョンと飛び始める。なんだろう、このゲームでいうクリアが仲間に加わった!的な展開は……。
「じゃあ早速行きましょうか!」
「え?」
彼女は俺の腕を掴むと、村長の部屋へ全速力で走り出した。
「ちょ!クリア!!俺浮いてるって!!」
「大丈夫です!絶対話しませんから!!」
いや、そういう問題じゃないと思うんだが……。人間というのはホントに自分のしたいことになると我を忘れるようだ。
「つきましたー!」
そう言ってクリアは俺をそのまま村長の部屋に投げ入れた。
「ゴフッ!!」
頭から突っ込んだ俺は村長の前に突き刺さった。まぁ床がもろかったのは不幸中の幸いだったと解釈していいのだろう。目の前のこと村長の表情が気になるが……。
「村長、さっきの話なんですけど、クリアって女の子も連れてっていいですかね?」
「床修理したらいいよ。」
え?いいの?マジで?
「あの子この村にいてもヤンチャするだけだし、世界の厳しさを教えてやっとくれ。」
そんなあっさりでいいのか……。というか、ヤンチャって……。ということはさっきのも泣き落としってやつかな……。
「はぁ……じゃあ連れて行かせてもらいます……。」
俺は近くにいた村人にハンマーと板を受け取ると、トンカントンカン打ち始めた。