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閑話 誕生日とあの行事

 暖炉に火がゆれていた。

 その近くに置いた椅子に、金髪の少年が座っていた。成人男性を想定して作られた椅子は少年には大きくて、右側の肘掛に頬杖をつけば、左側に大きな余裕ができた。

 左の肘掛に腰掛けているのが、家政婦の妖精である。足をぶらつかせて、少年が静かに本のページを捲っている様を見つめていた。彼女は整っている少年の美貌に劣等感のようなものを抱きながらも、読書の邪魔になるようなことはしない。

 少年を「飼い主」と認めた妖精は、心置きなく寛いでいる。少年の傍にいることが多くなった今日この頃だ。


 妖精がうつらうつらと眠たげにしていると、それに気づいた少年は「籠に戻っていればいいでしょう」と促した。「まだここにいるよ」と意地を張る妖精--エレノアに、呆れ混じりの微笑をこぼす。

 そんな少年を見ていたエレノアも、ふへへと気の抜けるような顔をした。


「やっぱり子供って成長するもんなんだね。私が来てから二年になるっけ」

「また唐突な」

「人間はやっぱり成長速度が……あれ?」


 エレノアは何かに気がついたらしい。

 また面倒なことじゃありませんように、と内心で願い始めたルイの心情などいざ知らず、エレノアはずばりと疑問を口にする。


「誕生日……、そういえばお祝いっぽいのしてないよね」

「誕生日? 祝う習慣はありませんよ」

「えっ」

「えって言われても」

「でも少年のお誕生日って今日だよね?」

「そういえばそうでしたね。忘れていました」

「えっ」

「えっ」


 お互いに「何言ってんだコイツ」という顔だった。

 十歳児にそんな目で見られることにそろそろ慣れてきたエレノアは、「……あ、そういえばゲームでも……イベント無かったわ」と何かに納得したらしい。一人で頷いた。

 このゲーム内では、誕生日などただの平日扱いである。子供が生まれた日時を記録として残す義務はあるけれど、それを伝えるも伝えないも、忘れ去ってしまうことすら各ご家庭の判断任せなのである。

 スティラス家は、忘れ去ってしまう方向のご家庭だったようだ。それとも、子供二人の生活がそうさせたのだろうか。エレノアにはわからないが、とりあえずこの世界には誕生日を祝う習慣がないことだけは理解する。というより、思い出した。恋愛シミュレーションとしての面もあるゲーム内で誕生日イベントがないなんて! と苦言を呈するファンが、確かにいた。


「ふうむ……」


 誕生日という日にどれだけのファンがどれだけの希望を抱いていたのかはわからないけれど、エレノアは「まあいっか」という考えの持ち主である。「ケーキとかも食べないの?」「けーき……ああ、懐かしいな。前世ではよく与えられていました。誕生日ってそういうものでしたね」という会話を経て、エレノアはすとんと納得した。

 ――この世界にない習慣なら、いっか。

 郷に入ってはなんたらというものでもないけれど、お祝いなどなくても困らない。ならば言及することでもない。


 この世界では、四月一日に一歳ずつ年をとる。

 その日には食事を少し贅沢にするけれど、一歳大人になることを祝う前に、春を迎えられた慶びの意味合いが強い。


 エレノアは、ふと考える。この世界にはお祭りや行事がどれだけあるのだろう。

 誕生日といえばプレゼントとケーキという一般的な日本人の感覚は、この世界には通用しない。日本に存在しなかった行事や祝いもあるはずだ。

 ゲームのイベントやストーリー絡みで出てくる……例えば謝肉祭などの存在は知っているけれど、他にもあるかもしれない。開発者が考えてはいたけれど、結局生かされなかった世界観裏設定が多々埋もれているらしいのだ。エレノアの知らない行事が存在していてもおかしくはなかった。

 街に暮らしている人間がNPCではないのなら、宗教的なものでも俗物的なものでも、行事はあって当然だ。

 それをそのままルイに聞いてみれば、彼は「行事、ですか」と考えて、素直に答えてくれる。


「例えば……昨日ですね」

「昨日?」

「バレイトランドデー。男性が、意中の女性に雪を渡す日です」


 ばれいとらんど、でい?

 エレノアはその字面を頭に描き、妙なざらつきがある気がして眉根を寄せた。聞いたことのあるようなないような、違和感のある言葉。

 そして「雪を渡す」とはどういうことだろう。というエレノアの疑問が表に出ていたらしく、ルイは本を閉じた。


「雪を固めて形を作り、その中に花を一輪埋め込んでおいて、女性に渡します。雪が溶けるか割れるかした時に、花言葉によって想いを伝えるのだとか。とある水の魔術師が、とある春の花を氷の中に閉じ込めたものを作って……たしか……亡くなった恋人に捧げたのが起源だったかと。100年経った今でも、北の洞窟にあるとか」

「チョコよりも大変っぽいね」

「でしょう? まずは雪が降ることが第一条件です。天候に左右されるので、毎年のように機会があるというわけでもないし。狙う人はその日を心待ちにするみたいですよ」


 さすが恋愛シミュレーションRPG。なんてもどかしい設定だろうか。


「ゲームじゃ、そんなイベント無かったけどなあ」

「へえ」

「初回特典のドラマCDで似たようなシチュエーション聞いたけど、あれは主人公ちゃんからだったし……飴渡してたし」

「それはホワイダルデーでは? しかも飴ですか。残念賞か、そもそも渡したのが義理雪だったのでしょう。想いを受け取るなら花を用意しなければ」


 ほわいだるでー。

 ここまでくると指摘する気も失せたエレノアは、「ふーん」とやる気のない相槌をうつ。


 ちなみにドラマCDの内容は、ばれいとらんどでーとかいう行事で男主人公から「友雪」を貰った女主人公の、気持ちのお返しである。

 ゲームの性質上、主人公同士が会ってほのぼの会話することは不可能だが、このCDではそれが叶った。主人公♂×主人公♀というマイナーなカップリングを推すファンが泣いて喜んだ。

 CD内で軽い説明があっただけの行事は、正式な日付も名称も明かされていなかったけれど、まさかこれほど「ホワイトデー」に丸っきり被っているものだったとは。


 それから少年はちょうど良い時期に雪が降る年に、妖精へ雪を渡すことにしたらしい。

 最初はツツジ、次はペンステモン、紫陽花、クロッカス、クローバーと、毎年違う花が雪の中に凍っていた。雪の彫像自体も年々凝ったものになり、シンプルな雪うさぎから箱座りの猫、前世で見た聖母マリアのようなもの、などなど非常に高度なものになってきた。

 すぐに溶けてしまう、手の平サイズの芸術品である。

 そして少年が18歳になった年にも雪が降った。微笑みを交えた少年がエレノアに手渡した雪は、とんでもなく繊細な造作の、小さな妖精の形をしていた。

 エレノアはそれを見て無邪気に目を輝かせ、「どうやって作るの?」と不思議がりながら礼を言う。雪の妖精の体内に仕込まれていた花は、紅紫の錨草だった。

初恋→君に見とれています→君は美しいが冷淡だ→裏切らないで→私のものであれ→君を捕らえる

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