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「君が落ち着いてください」

「ちょ、まっ、お、おおおおおお落ち着け少年」

「君が落ち着いてください」


 意味もなく少年の前に腕を突っ張って、机の上に座り込んでいた。

 どうなったんだ私の体。

 視点が高くなって、少年と目を合わせるのに見下ろさなくてはいけなくなって、でも飛んでいるわけでなくて、ええと……?

 周囲を見ると、本も本棚も小さくなって、部屋自体も縮んだ気がする。いや、これは部屋が小さくなったのではなくて、私が大きくなったんだ。

 天井や壁が近い、この懐かしき閉塞感。私が人間だった頃みたい。


「とりあえずそこから降りてください。お行儀が悪いですよ」

「は、はい」


 とん、と降りたら、いつもよりしっかりとした重力を感じてふらついた。床がすごく遠い。ワンピースも体に合わせて大きくなっている。


「人間になった……わけではありませんね。羽がある」


 羽がなければ人間に見えるみたい。羽を引っつかんで前に持って来れば、それはいつもより立派に見えた。

「ちょっと飛んでみてください」と言われたので、混乱している私は考えもせずに従った。羽を動かすと、風圧で少年の髪がふわりと揺れる。いつもはそんなことないのにと思いながら飛べば、


 ――ごづっ!


 頭に衝撃が走る。天井にぶつかったみたいだった。そんなに飛んでないのに。

 くらくらする頭を抱えて着地する。「いたい」と呻く私を、少年は生ゴミを見るような目で見ていた。


「妖精は、あのゲームではどうしたら人間の大きさになるんでしたっけ」

「何百年も生きて、魔力を身に溜め込んだ長老級のやつとか、かな。あと『エレン』は――」

「……?」

「お、教えない」


 契約すればいいんだよ。なんて軽々しく教えられるわけない。

 契約は両者の魔力の共有だ。ただし主従関係はどう足掻いたって明確で、魔力譲渡の決定権は主にある。従者の魔力を死ぬまで搾り取ることだって可能だ。

 作中の『エレン』は魔王と契約していた。『エレン』の意思ではなかった。

 私をこの家に縛り付けたがる少年が知ってしまったら、どうなるか――。


「そういえば契約がどうと聞いたことがありましたが、もしかしてそれでしょうか」

「知ってたの」


 なんてこった。


「これでもゲームを知っているので。……しかし血を飲むだけで契約とはならないでしょうし、これはどうしたことでしょうね」


 正直なところ、スティラス少年と違って流されるままに生きている私は、原理に興味はなかった。落ち着いてきた今はただ、血が美味しかったなあとしか考えられなかった。少年の血液には魔的な魅力が含まれすぎている。


 結局。僅かに貰った魔力だけで、数百年間生きた妖精さん達の域に片足だけでも到達してしまったのだと、そういう結論に至った。

 だって、彼のそれは不世出な才能だ。

 神さまがバグったとしか思えない、驚異の魔法(ついでに容姿)極振り。

 そんな少年からもらった魔力は、妖精にとって極上の蜜に決まってる。


 ただ、人間が人間と魔力のやりとりをするのは危険だという。人間の魔力は血液と同じく属性型があり、異なる魔力を取り込めば拒絶反応が出るらしい。

 それに比べ妖精の魔力はなめらかで無属性で、どんな型の生物にも美味しくいただける……らしい。


「この件は保留にしておきましょう。行きますよ」

「ん?」


 少年は大きくなったままの私の手を引いていく。

 こうして見ると、少年は顔以外が庶民的だった。燕尾服もスリーピースもなく、襟ぐりの広い麻素材の服にシンプルな黒色のパンツといった、ラフな格好が多い。たまに黒いローブを着ていたりするけれど、なんとも魔術師っぽいといった感想だった。


 小さい時には見る余裕のなかったものを、まじまじと眺めながら歩いた。

 この家は本当にごく一般的な、核家族が住むのに丁度良い大きさだ。貧しくもないけど豊か過ぎることもない。白い壁に焦げ茶の柱と扉がベースになって、古き良き英国といった感じ。


「そういえばさっきも言ってたけど、どこに行くの?」

「妹のところです。君に会いたいというので、もういいかなと」

「え、私のこと話したの?」

「話したのは君ですよ。妹は、君の声を聞いたらしいです」


 なんのことでしょう。

 ここへ来て会話した人間なんて、少年以外にいましたか? いないですね?

 全然知りませんと訴えていれば、少年は大きな溜息でもって言外に非難してくる。


「『スティラスさん』と呼びませんでしたか? 妹もスティラスさんですよ」

「あっ」


 思い出すのは少し前の、妹さんの咳き込む声を聞いた時のこと。たしかに何度も少年を呼んだ。


「でも声なんか出してないよ?」

「だからさっき言ったように、テレパシーか何かを使ったのかと。でもその様子だと自覚はないみたいですね」

「妹さんが実は妖精でしたってオチなら、できるかもしれないけど」

「それは無いので、これも未解決になります。……さて、着きましたよ」


 ぼけっと考え歩いていたから時間がかかったように思えるけれど、実際はそんなに歩いていない。

 目の前には扉がひとつ。その二つ隣の部屋が寝室になるけれど、この扉に触れたらいけないことになってたから入ったことはなかった。

 少年は躊躇いなくノックして、「入りますよ」と声もかける。少し間があったけれど、部屋の主は掠れた声で答えてくれた。


「いいよ、お兄ちゃん」

「失礼します。エレノアを連れてきました」


 自己紹介への心構えもな部屋に押し入れられ、私は硬直した。


「……エレノアさん?」

「はい、エレノアといいます」


 六歳くらいの女の子が、子供には大きすぎるベッドに横たわっていた。

 はちみつ色の髪を耳の下で二つに結い、熱のせいか潤んだ瞳は黄金色。少年と同じ色合いの、幼い少女だった。

 成長すれば、きっと男性が放っておかない。今でも十分にロリコンホイホイになれる気がして、家から出られない状態に不謹慎にも安堵する。


「エレノアさんは、ようせいさん?」

「えっと」


 少年の方を見ると、一度頷かれた。話しても良いらしい。


「そう、です。妖精です」

「ようせいさん、あったのはじめて。わたしはルミーナっていうの。わたしをよんでたの、ようせいさん?」

「えっと、違うの。『スティラスさん』って、その、お兄さんの方を呼んでたんだ」


 妹さんはきょとん、とした後に、へにゃりと微笑んだ。

 月光の似合うルイ少年と違って、彼女は春風のように暖かだった。

 それにしても、ルイ・スティラスに妹なんていたっけな。

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