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綺麗だなって

 セミロングの栗色の髪。ぱっちりとしたアーモンド型の黒目が綺麗な、このゲームの主人公。――ハスミ・コナタ。平凡な女子校生という設定はなんだったのかというほど可愛らしく、それでいて初々しい艶も持ち合わせた、『魔王様と砂時計』の主人公。


 彼女を魔王の元に導くことが、エレノアの使命だ。

 エレノアは地べたに座り込む彼女に、まずは立ち上がってと言う。放心状態のままなんとか足を立たせた少女は、大神官の、


「勇者様。そのお力を、どうぞ我らにお貸しください」


 という言葉に怯える。

 物語ではありきたりな言葉でも、年若い少女が実際に向けられるとなると、とんでもない重圧だ。

 少女は半泣き状態になりながら訴えた。

 

「あの、私、勇者なんかじゃ……」

「勇者さまだよ。私があなたを連れてきたんだから」


 少女の訴えを両断したエレノアは、少女の肩に飛び乗った。戸惑う少女の様子をよそに、妖精はふいに辺りを見回した。


「魔術師さん達もお疲れ様でした。あとは我々にお任せして、もうお休みください」


 妖精に促された魔術師たちは即座に踵を返し、地下から出て行く。

 途中で振り返ったのはフードを被ったルイだけだった。そこで少女と目が合って、これが後に発覚する、勇者と魔王のファーストコンタクトとなる。

 ルイはこの流れを知っていたのか、少女と目が合うと微笑んでみせた。そして名残惜しげにエレノアを見たあと、皆と同じように去っていく。

 この時点では、少女とルイは言葉を交わさない。


「今の人、誰かしら」

「今の魔術師さん? ルイ・スティラスっていう人だよ。隣国の凄腕魔術師さん」

「魔術師? ここでは魔術を使えるんですか?」

「うん。詳しい話はテーブルでね。お腹は空いてる?」

「……今ちょっと、空腹どころじゃなくて……」

「そう? でもまあしょうがないからお茶くらいは飲んでね。世界が違っちゃうし、勇者さまの舌に合う味かは保証できないけど」


 嘘だ。

 エレノアはここでの生活で、この世界の食品の味や名前が前世と変わりないことを確認済みだ。勇者には余計な不安を抱かせることになったけれど、これもエレノアの必要な『作業』の一つだ。


 作業とは、勇者に不信感を与えないようにすること。

 この世界の住人として、不自然ではない態度をとること。


 少女に要らぬ情報を与えてはどのように作用するかがわからないので、この世界に溶け込んだ『一介のキャラクター』として振舞うことにしていた。


 少女と妖精は大神官の後について移動し、一つ隣の部屋に入る。

 重厚な長テーブルが置かれた、食堂のような場所だった。陽の光など寸分も入ってこない。明かりは三叉の燭台だ。エレノアに、魔王城のよりじめっとした一角を思い出させる。

 ここはエレノアも知らない場所で、少女の肩に乗りながら興味深げに周囲を気にしていた。それが新居に移った猫のようで微笑ましく、エレノアは少女にくすくすと笑われる。

 エレノアは首を傾げて少女を見る。


「なに?」

「ううん、なんでもないわ」


 エレノアは意図せず、和み要員となったらしい。少女の口調が少し緩んだ。

 まあいいか、と気にしないことにしたエレノアは、そのまま少女に付き添った。

 少女は「お好きなところへ」と示され、最奥の上座から四番目という無難な席に着いた。

 エレノアは少女の右隣の背もたれに腰掛けると、急に手を叩いた。

 ――ぱんっ!


「えっ……!」


 少女が目をいっぱいに見開いた。

 テーブルに、人数分のカップが現れた。濃い琥珀色の液体が満たされて、たった今注いだと言いたげな白い湯気が立ち上っていた。暖かく、ほのかに甘い香りがする。


「私特性のお茶だよ。ミルクとレモンも付けられるけど……って、貴女の世界では付けないのかな? ためしに飲んでみればいいよ」

「……ん。……これ、知ってる……っていうか私の世界にもあった……。ダージリン」

「そうだよ。なんだ、名前も一緒なんだね。ミルクとか砂糖とか入れる人?」

「お砂糖だけで大丈夫、です」

「そっか。大神官様は何も入れない派だよね?」

「ああ。エレノアのお茶はこれだけでもおいしいからね」

「ありがとう。……そちらの貴方は?」


 エレノアが、右斜め向かいの席を見る。

 少女と同じほどの年齢と見える少年がいた。エレノアが声をかけて初めて少年の存在に気がついたらしい少女は、「え!」と立ち上がる勢いで椅子を揺らした。

 対して少年はぽかんと口を開けて、エレノアをまじまじと見つめる。


「お、おう。なんだ、見破られたか」

「うん、最初からいたでしょ。妖精の目をなめちゃいけないよ。スキルか何か?」

「そりゃ秘密。教えらんねーわな」


 にかり、悪戯な笑顔を浮かべて、少年は飄々と肩をすくめる仕草をとる。

 毛先が外にぴょんと跳ねた漆黒の髪に、好奇心旺盛な若草色の瞳。手足や胸を鉄で鎧う少年の姿を、エレノアは『識って』いる。

 少女は困惑を処理しきれないまま、少年に尋ねる。


「えっと、どなたですか?」

「お前の護衛を頼まれた。大神官様直々に任命されたんだ。よろしくな、勇者さん?」

「……あの、妖精さん……」

「彼は悪い人じゃないよ。私も会うのは初めてだけど、大神官さまが寄越してきたんなら、腕は確か……じゃないかなあ?」

「うう……その言い方すごく心配です……」

「大丈夫だよ。ふぁいと!」

「他人事だと思って!」

「他人事だし」

「お前らな……」


 彼の役割は騎士だ。それに反する『隠密』の特性も潜在的に併せ持つ、メイン攻略対象キャラクター。


「自己紹介といこうぜ。俺は大聖堂お付の護衛騎士と認められて早一年、アーロイスだ。アルともロイスとも、どうぞお好きに」

「アーロイスでいきます」

「アーロイス一択だね」

「なあなあ、俺にも心ってもんがあるんだって知ってたか?」


 よよよ、とわざとらしく泣き言を吐く彼は、エレノアの前世では一番に気に入っていた『騎士さま』そのままだった。公式ホームページやパッケージではl彼が常に目立つところにいる。

 性格は明るく、幼馴染のように気安く、それなりに優しい。その軽口で、旅の間に様々な困難に立ち向かう主人公の心までを軽くする。

 そんな彼を好きだったはずなのに、エレノアの心はうんともすんとも言わない。前世と今は、やはり違うということだろうか。

 しかし自分の夫である青年の姿を思い出して、エレノアは「……当然か」と呟いた。

 契約の夜から数十年も経つ今でさえ、身体中を優しい黒の蔦で縛り付けられている心地がする。ここに至るまでの日々で、彼の体温や媚薬のような声でどろどろに溺れさせられたのだ。今更、他に目を向けられない。

 漏れてしまいそうな惚気の溜息をはっと掻き消して、エレノアは少女の裾を引いた。


「さっきも言ったけど、私はエレノアだよ。妖精。ちっちゃいけど色々できるから、何かあったら頼ってね」

「はい」

「何かってなんだよ」

「何かだよ。魔法もできるし、殴る蹴るの暴行だってお手の物!」

「ううん、意外とバイオレンスなんですね……」


 なんとも微妙な反応をもらったエレノアは、「あれ?」といった顔をした。

 けれど気にせず、次は少女の言葉を待った。少女は自分が名乗っていないことに気付いて、こほんと軽く喉を鳴らす。


「私は、小向葉澄。こっちの世界だと、ハスミ・コナタかな。勇者とか、護衛とか、まだよくわかってないんですけど……」

「それは今からお話するよ。ね、大神官さま」

「……おまえは、面倒なことはいつもそれだなあ」

「だって魔王と勇者なんて、人間の都合だもんね」


 エレノアは薄情に言い捨てて羽を動かすと、空中に舞う。ここで話に参加せず離れているのは、実はゲームのシナリオの内である。

 そして彼女には、知らない場所に行くと天井に触れたくなる癖があった。それから壁沿いに飛んで、室内の角から角への距離を測ったり、炎があれば恐る恐る近づいてみたりする。

 妖精歴百年ともなれば、その行動は人間からかけ離れて、ゲームでの『エレノア』『エレン』をなぞるようになった。警戒心から来る性癖だが、エレノアは自覚してはいなかった。


 魔王を倒すための勇者が、これまでに何回も異世界から招かれていること。

 これから向かう魔界がどのようなところか。

 とても危険な旅になるが、勇者様には申し訳ない。

 そんな諸々が少女に言い含められている中では、空気を読まない妖精の姿がよく目立った。


「勇者様、どうかされましたかな」

「あ、いえ……。あの……綺麗だなって」


 エレノア自身が理解し誇る以上に、彼女は美しい。少女が目で追ってしまうほどに。

 少女にとって妖精の存在が、そして妖精が先ほどみせた『お茶の魔法』が、ここを異世界たらしめるに十分なものだ。

 今は火の入っていない暖炉を窺い見ようとしている妖精に、騎士と大神官の視線も向かう。


「犬かよ」


 騎士の少年がくつくつと揶揄い混じりに「面白ぇ」と漏らせば、少女も大神官も否定できなかった。

 大神官は優しげに目を細め、無邪気な妖精を静かに評する。


「彼女の羽は昆虫のようでいて、けれど羽ばたきは優雅な朱鷺の如く。この教会に迷い込んだのは清浄な魔力に惹かれてのことらしいのですがね、……それまでも、よほど良質な魔力を取り入れて育ったのでしょうな。あの繊細な輝きは、他ではそうそう見られるものではない」

「妖精って、みんな綺麗なんじゃないんですか?」

「エレノアは特別なのでしょうなあ。まあ尤も、今では妖精など殆ど見られませんがね」


 微笑ましげに見られていることに気づいたエレノアは、「なあに?」と振り返った。そしてまた笑われて、一人で拗ねる。

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