見事に騙されたよね!
(ステータス説明回)
「ちょっとステータス見ていい?」
「どうぞ?」
エレノアは彼の手をそっと握った。
頭の中でぴんと、瓶を爪で弾いたような音がする。
目の前に枠が表示された。
名前:ルイ・スティラス
年齢:29
レベル:90
職業:魔王S、魔術師SS
HP :6666
MP :????? (+????)
攻撃:3762
防御:4908
魔攻:????? (+????)
魔防:????? (+????)
スキル:『大賢者の心得S』『火の加護S』『水の加護S』『風の加護S』『地の加護A』『光の加護A』『闇の加護S』
好感度:--
エレノアは「……うわお」と呟いたきり、絶句した。
魔王のMPと魔法攻撃と魔法防御がわけのわからないことになっている。現時点でこのステータスだ。後々に出てくる可能性のある主人公がこの魔王と相対した場合には、勇者側に勝目どころか希望すら見えない。
――無理ゲーってやつだ。私なら絶対に詰んだ。
エレノアは、まだ見ぬ主人公に同情した。
ステータスが見えるようになったのは石造状態を解かれた後で、一つの区切りに到達したからなのだろう。
パーティーのステータスを確認するのは、お助け妖精キャラならではの能力だ。
ゲームの通り、それぞれの能力には限度がある。
レベル1では二桁が当たり前の数値だけれど、レベル10あたりでちらほらと三桁を見かけるようになり、最大は9999。これが限界だ。
けれど時々、これを超える者がいる。9999ではまだ足りない、常識外の数値。これは『?????』と表され、『限界突破』と言われる。そこに至るには必要な要素があるのかないのか、知るのはシステムを手がけたゲーム会社のみ。エレノアの知識が追いつかない部分である。
ちなみにエレノアが上空散歩と称して見てきた限りでは、一般人――NPCはほとんどがレベル1になっていた。
某国の兵士はレベル3ほどが多く、将校格になるとレベル40あたりもいるようだった。
遠くから見る限りでは、大まかな職業とレベルしかわからなかった。
そして恋愛ゲームにつきものの『好感度』。
好感度の欄が『--』の場合は、ヒロインがどこかで選択肢を間違えるなどして、攻略が不可になった時にのみ表示されるものだ。別のキャラクターのルートに入った時にも、その他キャラクターの好感度が『--』になる。
まだヒロインに会ってもいないのに『--』になったのは、エレノアがいることで『ルイ・スティラス』が攻略不可になった証である。
この世界の勇者が本当に女性なのかは誰にもわからないけれど、彼女が最初に見た『好感度:0』の数値から考えれば、まだ攻略の余地はあったということになる。
「ルイ、また強くなったね」
「自分ではそんな気はしませんけど……。レベルはどうなってますか?」
「九十。……『光の加護』まで付いてるけど、どうしたの。苦手って言ってたじゃん」
加護は、ランクを上げるごとにその属性の攻撃力が数割増になり、受けたダメージが数割減になる。属性魔法をそれぞれ極めた者にしか得られないスキルだ。
「苦手とは言いましたが、できないとは言ってないでしょう」
――さすが、魔法極振り魔王様。
エレノアは呆れればいいのか褒めればいいのかわからない。
――あるいは、賢者とも言えるのかな?
『大賢者の心得』は、その文字にエレノアの指が触れることにより、別枠が開いて詳細なスキルが出てくる。『無言詠唱』『魔法耐性』『魔法薬鑑定』『魔石鑑定』など多々の魔法系スキルが纏められたものである。言わずもがな、ルイの場合は全てランクSだ。
そしてどうやらルイの『鑑定』では、魔法薬も魔石も、名前とランクと効能しか表示されないらしい。彼がそうなのだから、『エレノア』以外の者では更に精度の低い鑑定しか用いられないということだろう。
「君のステータスは?」
「ちょっと待ってね」
次にエレノアは、自分の胸に手を当ててみる。
名前:エレノア・スティラス
年齢:??
レベル:33
職業:魔王妃B、家政婦
HP :1073
MP :2544 (+5000)
攻撃:1068
防御:738
魔攻:3050(+5000)
魔防:1921(+5000)
スキル:『魔王の加護B』『家政婦の心得A』
好感度:--
『魔王の加護』も、他のスキルが纏められたものだ。開いてみれば、『無言詠唱』の他に『MP上昇』やら『魔法攻撃力上昇』『魔法防御力上昇』やらと、便利なスキルが満載である。
スキルによって数値に変化があれば、基礎数値の横に()で表される。エレノアの場合は『力上昇』どころか跳躍と言って良いレベルの補正がかかっているが、そこを気にしていたらやっていられない。
無言でいるエレノアに、ルイは困ったように声をかけた。
彼女は遠い目をして、そのまま読み上げた。ルイは、やはり笑った。
「これは見事に……、魔法に偏った夫婦になったものですね。僕の加護がなくても、十分に魔法特化型ですか」
「そうとも限らないよ?」
「そうなんですか?」
「『エレノア』だからね。レベルを上げれば、前衛も後衛もトップレベルのできる子になれるんだから。パーティーから外せないことに定評のある私だよ。ルイが魔法極振りキャラだから、さすがにそっちではどうしても二位になっちゃうけどね。万能のエレンと、魔法チートのルイは私のパーティの双璧だったね」
「へえ」
「だからこそ、初見のラスボスでは思わずゲーム機を投げた」
「ご愁傷様です」
「この鬼畜仕様! 最初からルイさくさく成長しててなんかおかしいなって思ってたけど、ほら性能チートの妖精さんがいたからさ! これもアリかと思ってたの! 見事に騙されたよね! ていうかこの成長率自体が伏線かよ! プレイヤー怒るよ! 実際怒ったよ!」
「お悔やみ申し上げます」
「『ルイ』に何回! 私の『エレン』レベル85が殺されたことか!」
「ご冥福をお祈りします」
「だから『ルイ』は私の中で万年三位だったんだ……!」
「でも公式の人気投票では一位でしょう?」
「ダントツでね。みんなマゾすぎるよ……なんでよ……『ルイ』のどこが良かったの……?」
「君の発言は時々、とても命知らずですよね。殺しはしませんけど、それなりに報復はありますよ?」
「あるの!?」
「ええ、魔王ですから」
じりじりと距離を取っていくエレノアを、ルイがひょいと持ち上げて膝に乗せる。妖精は人間よりも軽い。
彼は「ひっ」と怯えて縮こまる彼女に構わず、その温もりを楽しみ始めた。昔は大きく見えた彼女が、今はとても小さくすっぽり収まる。彼女の居場所はこの腕の中でいいのだと、確信させるほどの安定感がある。この体勢が癖になったのが、もう随分と昔のことのように思えた。
そんなルイの一方的なスキンシップに、エレノアは呆れて諦めるばかり。しかし彼の肩やら膝やらに座って生きてきた彼女も、実はこの体勢が嫌いではなかったりする。
大人しくされるがままの妖精に、魔王は「ふふ」と微笑んだ。
「主人公を呼ぶなら、旅の途中で殺されないように、練習頑張りましょうね。体術はビスに習っていても、君の素手では限界があります。武器もそれなりに使えるようになりましょう」
「うん。それでね、旅とかで離れる前に、お願いがあるんだけど」
「なんですか?」
「あのね、契約は、完全なものにはできないのかなって」
「……それがどういう意味か解っていますか?」
「うん」
――今のままじゃ、嫌だよ。
恥じらって、けれど真っ直ぐに見つめてくる彼女の瞳は、真剣そのものだ。
「ちゃんと繋がれば、私の痛みは……伝えようと思えば、ルイにも伝わるんだよね」
「そうですね」
「だからさ、夜はしっかり休んでほしいよ」
その言葉に軽く目を見開いたルイの手に、力が込められた。
「前みたいに、血を吐いたり呼吸ができなくなったり、身体が痛くなったりもしないんだよ。私はちゃんと生きてるし、痛くなったら呼ぶから……心配しないで」
彼は、エレノアが死にかけた件がトラウマなのだろう。だからほぼ毎晩、彼女の様子を窺いに来る。
今思い出しても苦々しいあの日々の中で、ろくにベッドから動けもせずに苦しむ彼女の痛みを拭ってやっていたのは、ルイ一人だけだった。彼の心身に染み付いた責任感と恐怖が今日にまで尾を引いてしまっていたのだ。
幸せそうな寝顔を見てからでないと心から安らげない。そんな奇妙な癖ができてしまったルイは、その無様を彼女に悟られたくはなかった。
けれど随分前から知られていたとわかると、彼女の頭に顎を乗せて失態をごまかす。
「昔から変なところで君に負けていますね」
「いつから貴方の面倒みてると思ってるの。そんな態度、お母さんとっても悲しいわ」
「実はとても怒っているでしょう?」
「うん」
「極力、寝るように心がけますよ。……ああ、でも次の満月の日はあまり眠れませんね」
「そうなの?」
「ええ。君には無理をさせるかもしれませんが、精々覚悟してればいいんじゃないですか?」
「……なんかすごく不穏だよ。魔王様みたい」
「魔王様ですから」




