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妖精と猫と魔王

 ルイは腕にエレノアを抱えて、空を歩いていた。

 目的地から少しずれたところの魔法陣へ転移した。月が出ていたので、それを見ようと思った。


「風に当たるの、久しぶり」

「そうですね。たまには良いでしょう?」

「……ん」


 毛布の中から腕を出したエレノアは、半月へ手を伸ばす。やはり届かない。それでも少しも残念そうにしない彼女は、へらりと表情を緩めていた。安堵しているようにも見える。

 ――彼女は、月が好きだから。

 それにしても随分な喜びようだな、とルイは思うけれど、ふとおかしなことに気がついた。


「月が見えるのですか」

「見えないよ。ただ、こっちかなって。太陽の方を向くとあったかいみたいにね、月も、少しだけわかるんだ。ちょっとだけひんやりして、優しい感じがするし、ほっとする」

「妖精の本能ってやつですかね」

「たぶん、それ」


 エレノアは腕を戻すと、彼の胸にしがみついて顔を埋める。

 猫が己の匂いを擦りつけるような、こんな仕草も妖精の本能だろうか。「こら」と甘く嗜めるルイは、彼女に『飼い主』と認められている自覚がある。

 エレノアがこうした甘え方をすることを知ったのは、彼女が羽を失ってからだ。


 妖精が再び寝息を立て始めた頃に、禍々しい建物が見えてくる。

 空に最も近い山岳地帯にある、一つの岩山。そこに建つのは、白い石造りの城だった。

 何本もの尖塔は空を貫かんばかりに凶悪的で、内部でゆらりと揺れる灯りは寒々しく不気味だ。

 城と向かいの山頂との間に架けられている石橋は、まともに歩けば何時間かかるかわからない。その支柱は根元が見えないほど深い谷底に続いている。高い上空から見下ろすと、鉛筆を針金で支えているようだった。


 城門は、橋の終点にある。

 大きな火が両脇にゆらりと揺れていた。

 ルイが門の前に立つと、重い金属の門が上に開いていく。その向こうで、小さな人影が動いた。赤色の猫目が一対、きらりと目立っていた。

 その姿形が顕になる。


「あー! もう、おっそぉい! にゃんっ!」


 それは声をあげて、城門を潜るルイを出迎えた。

 ぴょこりと跳ねる灰色の癖毛。同色の猫耳が人間と同じ位置に生えている、六歳ほどの幼子。

 ルイは幼子を見慣れたものとして、「良い子にしていたか?」と声をかけた。


「ばっちりばっちり。それで、えと、それがエレノアさん?」

「ああ」

「そっかそっかぁ。準備はできてるからねぇ、はやく寝かせてあげてよっ」

「ありがとう。……少し静かに。彼女が起きる」


 幼子はルイの裾を引いていく。

 話し足りないようで、不満そうに頬を膨らませている。


「おれいつまで魔王様やってなきゃいけないのぉ? ルイがおれを倒して、もうひと月くらいになるんじゃない? なんかもうみんなを纏める自信ないからさぁ、キツイんだよねぇ実際」

「すまないが、もう暫くは頼みたい。私はまだ、魔王というには弱いから」

「それってぇ、アンタに負けたおれへの嫌味ですかぁ!?」

「そんなつもりはないよ」

「ま、いいけどねぇ。アンタにとっての魔王ってのがとてつもなーくっ! 強いってことだけはわかるからさぁ。……にゃんっ」


 城の玄関ホールに入った。正面には大きなステンドグラスと、赤いカーペットが敷かれた正面階段がある。目的の部屋に行くまでには、突き当たりの左右どちらかの階段を上がり二階の回廊奥の――と面倒くさい経路を辿らなくてはいけない。

 ステンドグラスの真下に着いた途端、ルイは足元に魔法陣を展開する。幼子も、彼に無断でぴょい! としがみついて同行した。

 灰色の猫耳が動くと、エレノアの毛布に掠った。そうすると幼子も彼女が気になったらしい。エレノアの銀髪が揺れるのを目で追って、ちょいちょいと手を出しかけている。ルイが「ビス」と呼ぶと、幼子――ビスは残念そうに手を引っ込めた。


「しかしよく寝るんだねえ、ほんと。……にゃんっ」

「無理やり語尾を付けるのは止めないか」

「やーだー。おれの血がにゃんと言えって騒ぐのぉ」


 歴代の魔王はみぃんな性格が薄っちぃやつばっかりだからね、おれの代で通例を変えてやろうと思って! というのがビスの言い分である。

 転移した二人が着いたのは、城の奥にある広い一室だ。

 クイーンサイズの天蓋付きベッドを始めとして、家具はすべてエレノアらしい白色で統一されている。大きなカーペットの上に、革のソファや猫脚のテーブルが一式揃えられていた。

 ルイはベッドにエレノアをそっと寝かせて、真新しい寝具を被せる。


「此処が君の新しい部屋ですからね」


 聞こえてはいないだろうけれど、彼女に声をかけてやった。

 ビスの方から反応があった。灰色の尻尾の毛を逆立たせて、彼はルイを見つめていた。


「……ルイの口調が……違う……にゃにゃん……!?」

「ああ、彼女には昔からこうだからな。私の部下ではないし、恩人でもある」

「ふうん?」

「部下を甘やかすとろくなことはないと学んだだけだ。君に問題があるわけではない」


 ルイは幼子の背を押して、退室を促した。部屋を出て、扉をそっと閉める。最後に鍵と結界をかけることも忘れなかった。

 抵抗もなくされるがままのビスは、とても嬉しそうだ。


 エレノアの部屋の扉を一枚隔てたそこには、夜闇が広がっている。

 壁に沿う螺旋階段は、下へ延々と続いていた。二人は足を踏み出していく。

 いつの間にあったのか、ルイのカンテラがゆらりと揺れた。彼が進むと、深い暗闇が後退る。


 かつん、とん、とん、……かつん、とんとん……とん。


 拍子の悪い足音が、塔の中に響く。

 ルイの前を行くビスは闇に向かって突き進んでいるけれど、足元が見えないと怖いらしい。マイペースに進むルイをぎりぎりまで待って、待って、待ちながらぴょこぴょこ進んだ。

 足元で何かの白い骨が砕けたけれど、気にしなかった。


「そういえばルイがいない間に、勇者さん来ちゃったよぉ? とりあえず言われてた通りに、不在通知書渡しといたっ! あと連絡先聞いといたっ!」

「それはそれは。素直に教えてはくれなかったのだろうな」

「うん。いくら魔王代理って言ってもきかなくてさぁ。そういう融通のきかないあたり、さすが人間ってところだけどぉ……、」


 ――あんまりイラついたから、手数料として腕一本とっちゃったよぉ。

 そう報告する幼子は、ルイに「褒めて」と頭を向ける。すぐに撫でてくれる温かい手を感じながら、ごろごろと喉を鳴らした。


「よくやった」

「へへ。ちゃんと初めに、あいつらに『止めといたほうがいい』って忠告したんだからね、殺さなかったんだからねぇ。でも金輪際は連絡に応じないと思うなぁ。おれに負けたんじゃ、ルイに敵いっこないもんねぇ」

「ご褒美に、今日は私の血を少しあげようか」

「ほんとっ!?」

「……良い反応だな」

「エレノアさんだけかと思ってたからさぁ。……ルイの血、絶対おいしいから。……でも、そうやって部下を甘やかすと、ろくなことにならないんだからねぇ!」

「だから特別だ」

「そっかー!」

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