妖精と彼の秘密
「これから話すことは、僕の邪推だと思ってください。真っ向から受け止めようとしないでください。確認をとったわけではないので、話のどこかに間違いがあると思ってください」
そう前置きをしてから、彼は絵本を読み聞かせるように語り出した。
グレノールという王都を舞台にした、穴だらけの物語だった。
「近い昔。妖精を原料とした、残虐非道な製法を用いた妙薬がありました。その薬によって栄えた国さえありました。
妖精は愛想を尽かし、隠れてしまいます。
それから少し時間が経ったある日、とある占い師は一言、告げました。穢れた国の王と、悪しき薬を作り上げた血筋に、妖精の呪いが降りかかると。
――既に遅かった。国王陛下は美しい妖精の一匹を見初め、人間に扮することを義務付けながら、娶った後だった。
妖精を愛してしまった王は、徐々に妖精を犠牲にする薬を排除しようと考えます。妻との間に子をもうけ、博愛の心は強まり、言いだしっぺの宮廷魔術師筆頭や一部の臣下の後押しも手伝って、ようやく薬を廃するまでに至りました。それまで細々と薬を作り続けた血筋の者も、その役目を終えた」
――けれど状況は、すぐに一変します。
王の妻……妖精の死が、王にとっての『妖精の呪い』だったようです。
妻の死をきっかけに、王は遺された子を想いました。
子を宝のように可愛がり、そしてある日、気がついてしまったのです。
自分の赤子が成長していないことに――。
「妖精と人間の成長速度には差があります。……いえ、妖精は人間のような成長をしません。ずっと若く、年を取らないのです」
最初から成体の形をとる妖精は、人間のような『成長』をしない。魔力の質と溜め方に気を配り、よりランクを上げること、そして精々己の生き方を学び、定めること。それだけが妖精の『成長』だ。
「その妖精の血を継いでいる赤子が、普通の人間と同じように育てという方が無理でした。生まれて五年経っても、未だ簡単な単語すら話せない子供に、王は焦ります」
――このままでは、妻が妖精だったと勘付かれてしまう。
そうしたらこの子は、民に人の子と認めてもらえない。
人外の血が混じる者は、人の王と見做してもらえはしない。
それどころか排斥すらされるのではないか――?
「国王陛下は愛する息子のために、より説明がつきやすい理由を考えました。
子が成長しないなんて、とても特殊な状況に陥るまでの、納得できるだけの言い訳を。
国王陛下は思いつきました。
病弱な子供に強い薬を飲ませたか、まじないをかけたと言えばいいのです。
それはより強力で、特殊で、今後息子の成長に妖精の側面が見えてもごまかせるものが一番いい」
――己で禁止したはずのフェアリー・テイルを求めました。
「己の子供は病を治すために、その薬によって体が妖精に近く変化してしまっただけの人間であると、そう言えばいい。元から違うと知られてしまうよりはずっと良い。あくまで人間だと言い張れる。
それだけではなく、魔力を大量に含む薬を本当に飲ませられれば、力を得られさえすれば――などと、夢は尽きませんでした。
けれどその薬は禁止してしまっている。
自分から解禁を言い出す材料がない。何か不自然ではない後押しがほしい。
どうしようかと考えた末に、国の皆にも薬の大切さをわかってもらうことにしました。大切な人の危機にはやはり強い薬が必要なのだと、だから薬を作ろうとみんなが声を上げられるように頑張りました。
ちょうど良いことに遠くの国からの魔術指導の要請があって、邪魔な宮廷魔術師筆頭を外に出してしまいます。その機に乗じて……」
クレアは、うなだれた。
ルイが言わんとしていることは理解してしまった。「まだ続けますか?」と冷淡に聞いてくるルイに、無言で頷いた。
「宮廷魔術師筆頭がフェアリー・テイルの禁止を求めた際に、王様は交換条件を出しました。――街中に広めた移動用魔法陣を、王様の使い勝手の良いように改造し、通行証を渡すこと。
もちろん制定文にだって書けない秘密ごとでした。
元はお仕事から少し逃げ出したい時にだけ使っていた権利でしたけれど、この時だけは少し変わったことを考えてしまったのです」
――次はお城の中の『反抗期の魔術師三人組』にお願いして、王都内の一角と、魔物が多い外に転移魔法陣を敷いてもらいました。
三人組はそれでも研究所内で優秀な方々でしたから、魔術師筆頭の転移魔法陣を書き写して、一時的に同じものを敷くことはできました。自分たちの新作の魔法陣を作れれば、通行証は必要ではなかったのでしょう――。
「それさえなんとかなれば、あとは魔物など簡単に連れ込めます」
ここでルイは、一度カップを口元に持っていく。茶の一口で喉を潤すと、それまで静かに聞いていたクレアが静かに疑問を持ち上げる。
「あの魔法陣は、危険なものは隔離されるはずでは?」
その問いは尤もだった。
ルイはすらりと答えてしまう。
「魔物、一定量の毒を持つ生物、刃物、薬物――考えられる荒方のものは禁止にしています。けれど通行証に『許可』の印をつければその限りではありません。そうでなければ、研究所で実験していた魔物の調達も困難になりますから。騎士ためにも、腰の剣を問題なく通過させなければいけませんし。そしてその許可を出せるのが僕と師長、陛下だけです」
「それは国家機密の類だな」
「そうですね。それが何か?」
「……いや……。ええと……王も、元は妖精の薬を廃止したかったのだろう? それが何故、魔術師筆頭との交渉材料になった?」
「単純に知らなかったんです。王が薬の廃止を考えているなんて。だからそこを利用されて、僕は『薬廃止の言いだしっぺ』になったんです。気が急いていたにしても、まあ馬鹿なことをやりましたね。過去に戻れるなら、あの日の自分に助走を付けて飛び蹴りしたって許されます」
「もう質問はよろしいですか?」
「……ああ」
クレアはもっと聞きたいことがあるのに、それは言葉にならなかった。
どうせこの後すぐに聞ける話なのだからと、クレアは少し考えるだけで頷いてしまう。
「と、いうわけです」
「ん?」
「つまりことの殆どは僕の失態です。忙しさにかまけて問題児を放置していたことも、自分の欲を優先して陛下を簡単に信じてしまったことも、……だからその件もあって、辞職しようと思ったんですよね」
冷めていく林檎の紅茶を、クレアは右手でゆらりと傾けた。ルイのお茶は美味しいはずだけれど、今は味を感じられなかった。
自分が仕えてきた王の、裏側。受け止めるにはあまりに大きく、理解するだけで精一杯という状態だった。
騎士であることに腐心するのは、やはり難しい。クレアは密かに唇を歪めた。一人の男の言葉に振り回されたけれど、まさか恋の苦しみだのという問題を高く飛び越えてしまう驚きを齎してくれるなんて。
「最後に一つだけ、いいか」
「はい」
「お前は王に何を頼んだのだ。薬物を禁止するためだけに、そんな一方的な取引をするとは思えないが」
するとルイはカップを置いた。上げた視線は二階に寝たままのエレノアの方に向いていた。
しばらく口を噤んでいたがやがてクレアを見つめ返し、彼は「フェアリー・テイルの禁止。そして、」厳かに口を開く。
「宮廷魔術師筆頭の地位を」
今度こそ、クレアは言葉をなくした。
「僕が筆頭になって初めて制定した、『王に有利な』転移魔法陣、薬物の禁止、諸々はすべて、僕が筆頭に内定していた時から決まっていたことなんです。それが約束でしたから」
「なんで……? お前の実力なら、そんなことをしなくても……、どうしてッ!」
「なんで、と言われましても。権力争いにこういう交渉は基本だと思いますが。この地位のためにお金が動くこともありますし、宮廷が本当に実力主義なら、僕はとっくに魔術師長になっていますよ」
「…………。」
「とはいえ、権力そのものに興味はありません。権力がなければ守れない存在がいたというだけで」
その薄汚い努力も、反故にされましたけれど。
そう言い切って微笑むルイは、その告白とは裏腹に、清々しい表情をしていた。
裏切りだと叫びだしそうな同期の少女を前にしながら、彼はさらに、彼女を追い詰めるように、心の内を吐露していった。
「君は僕が結果主義だと言いますけれど、その『結果』に負けた者の末路がこれです。元々人を使う才能もないのに、無理をしたものだと自分でも思いますよ」
「そんなことはない。お前の部下はずっと、お前を慕っていた」
「今となってはどうでもいいことです」
元部下の名前を覚えているよりは、妖精の情報を頭に入れていたい。そんなお子様が上にいて、部下たちは幸せだったのだろうか。ルイにはその答えがわからないし、興味もなかった。
――さて。
ルイはカップを置いた。クレアにお茶のおかわりを聞くことはしない。
「忠告しておきます」
「……聞くだけ聞いておこう」
「できるだけお早めに、できれば今すぐに、グレノールから逃げてください。ルミーナを死なせた上に、彼女があのような姿になっては、此処の人間を許せそうにない」
クレアは、もう何も言えなかった。
先ほどから少しだけ『解って』いたものを、たった今確信した。
クレアの中で永遠の恋敵だった女性の変わり果てた姿を見て。こんな話を聞かされて。穏やかな光を失くし、ただ漫然とした闇を映すルイの瞳を垣間見て。最後に、彼から身内を奪い、愛する妖精を傷つけたのがこの王都の人間なのだという前知識を鑑みて。
彼らを救い出す言葉など、見つけられるはずもない。
クレアは膝の上で固く手を握った。――もう逃げられない。己の為すべきことは、これから始まる。




