閑話 あの日の続き
短いです。
ルミーナは呆然とするけれど、瞳にはすぐに強い光が宿る。別の道を探せばいいだけだ。
非常時では冷静になった者勝ちだと兄に聞いた。立ち止まったら全部終わる。
腕の中で生気をなくしていく妖精を抱き直して、踵を返した。
――風の玉で殴られる。
『っかは……っ!』
腹を狙ったのであろう渦の塊に巻き上げられて、ルミーナは隣家の外壁に背中から叩きつけられた。肺が潰されたような衝撃だ。頭はぐわんと眩んで、使い物になりそうもない。
弱った妖精が放り出されて、第三者がそれを拾う。
見知った男たちだったけれど、自分たちを助けに来てくれたとは到底思えない。にやにやと気味の悪い笑みを浮かべる彼らが、先ほどの攻撃魔法を放ったのだ。
エレノアは、汚い男の手に握られていた。
『逃げて!』
エレノアは外壁に座り込むルミーナに叫んだ。こんなに主人公じみた行動を自分がするとは、彼女自身、露にも思っていなかった。
ルミーナは泣きながら首を振る。
エレノアは尚も訴えた。早く。早く。トロールがすぐそこにいるの。
ルミーナの隣にいるトロールは、少女を標的に決めたらしい。
『――早く! はやく行ってよ!』
もがいている妖精の口に布が宛てがわれた。薬品の匂いがして、それを吸うものかと抵抗すれば、次は即頭部を殴られた。その瞬間にエレノアの思考はぷつりと途切れ、人形のように頭を垂れる。
――……なんで……?
なんでなんでと、よく言う日だとルミーナは思った。
その問いに答えてくれる兄もいなくて、妖精も捕らわれてしまった。ひゅう、と音がする。酸素がうまく取り込めない。呼吸したって、肺のどこからか空気が漏れているのではないかというくらいに、意味がなかった。
『だめ、です、もう……だって……動けない……』
大事な家政婦が目の前で捕らわれて、足が竦んで、そしてなにより少女は、目の前の魔物に絶望を見てしまった。
死は怖くないと思っていた。昔から、激しく咳き込むたびに、この苦しみを生涯味わい続けるならと。献身的に面倒を看てくれる兄の負担になるならと。
――わたしって、ひつよう?
ルミーナは、事あるごとにそう思っていたものだ。
それなのにどうして、今はこんなに怖いのだろう。
恐怖に悴んだ頭は、大事な人を救おうにも、魔法の詠唱が思い出せなかった。そもそも魔力がない。
――もう嫌だ。思考も全部、ぐちゃぐちゃだ。
だけどまだ頑張れることがあるのだとしたら。
『……かえして』
その妖精はお兄ちゃんのものだ。
たとえ自分が今立ち上がれなくとも、格好悪くても、そう主張してみせる。
『返してって、言ってんですよ……!』
トロールの棍棒が振り下ろされて、
『おねえちゃんを――……』




