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妖精と甘い個室

 宮廷魔術師筆頭の個室に来る者は少ない。つまり邪魔者がいない。

 これ幸いとばかりに妖精をソファに押し付けて唇を貪るのは、この個室の主だった。


「……ん、ちょっと……、もう、や」

「もう少し、いいでしょう?」


 色気を存分に向けてくる美しい彼に流されて、エレノアはその身を羞恥に震わせる。

 昼休みだった。

 ルイにお弁当をお届けに来たのだが、このままでは自分が美味しく頂かれそうな気がしてくるエレノアである。

 彼女の体が弛緩して、意識がふわふわしてきた頃。抵抗する気力すらなくした彼女をもう一度喰らおうと顔を近づけて、――ひらり。白いものがルイの視界の端に入る。

 手紙に魔法をかけて変形させた蝶だった。


「なんか来てるね?」

「……部下からですね。無事に移動用魔法陣を敷けたらしいです」


 手紙を確認すると、彼は指先一つで手紙を浮かせ、机にしまい込む。


「移動用魔法陣って、ルイにしかできないんじゃないの?」

「正規のものはそうですね。仮のものなら他の方にお任せできます。しかし国の各地域に敷いて損はありませんし……時間が空けば、正規のものを置きに行こうと思います」


 ルイはエレノアの隣に腰を下ろした。

 邪魔が入ったけれど、まだ休み時間だ。鐘が鳴れば私情を忘れて仕事にのめり込まなくてはいけないから、時間があるうちにこうして彼女を可愛がっている。

 ルイは「そういえば」とエレノアを見た。


「君はこのゲームをやっていましたよね。誰が良かったですか?」

「誰って」

「誰が、君のお気に入りでしたか?」


 突然、なんだろうと思う。

 はてはて、自分は誰が推しだったのだろう。脳で徐々に浮かび上がってくる立ち絵に、エレノアは「あっ」と声を上げた。

 前世を思い出してすぐにルイと出会って、印象は全て彼に持っていかれてしまったから、今は正直好きとは言えなくなっているけれど。


「騎士さまだ」

「……へえ?」


 隣からおどろおどろしい声がした。

 はっとしてそちらを見れば、彼が背後に猛吹雪を背負ってと微笑んでいた。


「いやいやいやいや全部コンプしたから!」

「堂々と浮気宣言はちょっと……何又ですかそれ」

「聞かれたから答えたまでだよ。でもルイだって好きだよ、お気に入りだよ」

「何番目でしょう」

「三番目かな」

「……二番目って誰ですか」

「治癒師さん」

「なるほど。ところでちょっと世界中の騎士と治癒師を絶滅させる旅にでも出ようと前々から考えていたのですが、」

「うっわヤンデレキャラめんどくさ」


 ルイの前で不用意に誰彼が好きだと言い出せば、吊るし上げと同義になるようだ。

 エレノアが、えいっ、と気合を入れて彼の胸に飛び込んでいけば、彼は不穏な空気を一掃させて抱き留めてくれる。対ルイの場では、こうして体を張った『接待』も必要だと学んだ。

 思うままに触れてくる大きな手が少し怖いけれど、気持ちいいと思ってしまう自分がいる。エレノアがルイのローブに赤い顔を埋めてみると、頭上からくすりと嬉しそうに笑う声がした。

 ――本来なら、ルイ・スティラスはこういうことを嫌うはずなのに。


「こうしてると恋人みたいだね」

「はいはい、とぼけたことを言わないでください」

「……私とこういうことするの、抵抗ないの?」

「こういうことを、したかったですから」

「私でいいの?」

「君がいいんです」


 幸せそうなルイは、きっとゲームの立ち絵だとあのポーズをして頬を染めてるんだろうな。とエレノアがぼんやり考えていると、彼も何かをふと思い立ったらしい。エレノアに触れていた手を彼女の背に回し、軽く締め付けた。


「たとえ三番目でも、僕で楽しんでくれたのですよね?」

「その言い方にはとっても深刻な語弊がね」

「ということは、僕がどんなことをしても、君は喜んでくれるわけですか」

「ちょっとまって今何かぞっとした」

「恋愛ゲームの面もありますし、『そういうこと』をして女性を喜ばせるものなのだと認識していましたが? コマーシャルで見た覚えがあります」

「その偏った無駄な知識を消し去って……?」


 顎に指を添えられて、妖しいことになる。

 スチルではテンプレートな構図だけに、彼がそれをすると違和感があった。


「あのね、他のキャラはそうだったけど、ルイの場合はそうじゃなかったんだよ」

「はい?」

「ルイ・スティラスはストーリー重視というか、あんまり接触しないキャラなんだよね」

「接触、しないんですか」

「うん。それどころか入手できるスチルも、他のより、なんていうか、遠いんだよ。主人公と離れた位置で笑ってる構図が多かったの。くっついてるシーンなんてあんまりなかったから。ルイは人との接触が苦手なキャラクターなんじゃないかなって言われてたよ」


 不思議そうにしながら『自分』の情報を聞いているルイは、このことを知らなかったのだろう。

 エレノアは「接触、ですか」と言ったきり考え込み始めたルイの魔手からそろそろと抜け出――そうとしてできなかった。「んぐ」と色気のない声を発して、彼の元へ逆戻り。


「主人公と僕が出会うのが、遅すぎたのですね」

「え」

「他の方はどうだか知りませんけれど、僕はあまり人に触られたくありませんし、自分から触ることもありません。……幼い頃から知っている者でなければ」

「そうなの?」

「ええ。奇しくも、僕が魔力に目覚めたきっかけが『人との接触』でしょう。あれがトラウマで。主人公が僕と幼馴染の関係であったとすれば、事情も違ったと思います」

「……さすがご本人、よくわかってらっしゃる」


 エレノアが目に見えてぶすくれると、ルイは嬉しそうにする。

 人が嫉妬するのがそんなに楽しいのか。


「拗ねないでくださいよ。原作(うみのおや)を裏切るようで申し訳ないですけれど、僕はこうして君を攻略してしまったわけですし」

「そういえば私も攻略キャラだったっけね」

「そうですよ。可愛いわけですね」


 エレノアが「変なこと言わないの」と彼の手を叩くと、それを気にせず「本当のことですから」と尋ねてもいない感想を述べてくるから、純正攻略キャラクターは恐ろしい。

 この手馴れた感じは、攻略キャラクターの本能だろうか。


「少年はさ、私の前に付き合ってた人いるの?」

「いませんけど」

「……初彼女なのに、可愛いとか普通に言えるし、初めてなのに、ああいうすごいキスとかできたんだ」

「……あの小屋でのことですか?」


 二人が付き合うきっかけになった、雨の日のできごと。

 エレノアは思い出すのも恥ずかしいけれど、ルイはけろりと、


「自分がしたいようにしているだけです」

「これが純正攻略対象キャラクターの実力か!」


 エレノアだって曲がりなりにも攻略対象だ。

 けれど、そういった『有利な』技はきっと備わっていない。

『エレノア』は妖精らしく純粋で、そういった方面に男受けを狙ったキャラクターだ。主人公との交流によって異性との触れ合いを知っていく。そのキャラクターに則するならば、元々恋愛経験知の低い現エレノアにも、ルイのような手腕なんて搭載されていないに違いない。


 ずるいと思う。

 こんなに翻弄されてばかりで、不平等だ。


「だってあの時点で、九割くらいは僕に落ちていたでしょう? だったら押すだけです」

「攻略キャラってやつは本当に恐ろしいよ」

「無理やり俺様系も、頑張ればできますよ。ねじ伏せてあげましょうか」

「やめて」

「冗談ですよ。研究所内で筆頭が秩序を乱しては、さすがにね」


 休み時間だろうと譲れないところらしい。

 先ほどまで生々しい口付けを交わしていたのだが、彼の中ではどこまでが許されているのだろうか。これを聞けば命取りなので、やはり尋ねるのはやめておくことにする。

 ルイを相手にするなら、思考と行動パターンを学び、見えない選択肢を見極めて、常に正解を選んでいかなければならない。そうでないと、喰らい尽くされるのは主人公ではなく――自分だ。

 

「……女性に好かれる顔に作られて良かったと、常々思います」

「うん?」

「外見や声だけだろうと、君が僕を好きでいてくれるなら、なんだっていいんですから」

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