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学園と宮廷魔術師(ルミーナ視点)

 さて突然ですが問題ですっ!

 どうして私、ルミーナ・スティラスは、学校で一番お腹の空いている時に、


「魔法使いとは、そのランクに拘らず、全員が一種の考古学者であるという意識が必要ですね。魔法を行使するためには、古代語を知らなければならないからです。ここまでは……皆さん『魔法科』の生徒ですし、入学前からご存知の方もいらっしゃるかもしれませんけれど――」


 女子達からの殺人的な眼光を受けて、

 一部の男子の臭い立つ劣等感に罪悪感を覚えながら、


「――なので、つまり現存する殆どの魔法は先人達が我々のために残した大いなる知恵と言えるわけです。石板やオーブなど、何らかの形で残された魔法を読み解き、様々に改良を加えたものを魔術と呼び――」


 実の兄の講義を受けなければならないのでしょうか!


    *


 名門シェスタクローブ学園。王都グレノールが誇る最高教育機関。ただしその実態は、お貴族様御用達の社交場のようなもの。その七割が富裕層のお坊ちゃんお嬢ちゃんが占め、残り三割は厳しい試験を突破した本当の実力者ってわけです。私はもちろん後者ですよ。偉いでしょう?

 学園長が大喜びで入学させたがる額のお金を、用意しようと思えばできたのでしょうけれど、兄はきっとそれをしません。だってお兄ちゃんですから。私が裏口入学なんて言い出した日には、お兄ちゃんはエレノアに「ひと月リゾット禁止令」を出すに違いないのです。


 それなりに優秀な成績で入学しました。

 三年生時の進路選択では、『騎士科』『芸術科』『総合科』などなど沢山の選択肢には脇目もふらず、『魔法科』を選びました。選択用紙に書き込み終えたあの日の私は、きっと誰より輝いていましたよ!

 十四歳の四年生で魔法科になり、そして現在十五歳になる私は『魔法科』の二年目に当たるわけです。

 そんでもって二年目となると、一年目に叩き込まれた基礎を段々と応用していかなくてはいけなくて、その授業の一環として偉い人を呼ぶわけですね。

 偉い人はとにかく偉いんです。なんとか魔法の権威だとか、何かの魔術を新たに作り出したとか、そんな人。偉い人の地位なんて、私たち学生に言われたってぴんときません。


 さてさて。

 本日、魔法科の特別授業として、魔法の偉い人が来るのは知っていました。

 だって昨夜のうちに、お兄ちゃんから聞きました。


『そういえば明日、学園に筆頭補佐って人が行くので適当に話を聞いてあげてくださいね』


 って。筆頭補佐とかいう役職の仕事内容はよくわからないけど、とりあえずお兄ちゃんよりは偉くない人って認識しました。興奮も何もありません。

 一時限目の後に講堂に移動させられながら、誰が来るのかと浮き足立っている周囲に紛れて廊下を進みました。


「ルミーナさん、お加減が悪いとか……?」

「違いますよう。ちょっとめんどくさいなって」

「あらあら」


 隣で上品に笑うのが、学園のお友達のお嬢様です。癖のある黒髪が肩あたりで切り揃えられていて、艶々です。ついでに可愛いくて性格も良い。庶民の私とも友好的でいてくれる人です。

 そんな彼女と雑談しながら、講堂内に入ります。これからお昼休みまでの二時間、ずうっとお話を聞かなくてはいけないなんて。教室の鞄の中のお弁当を恋しく想いながら席に着きました。

 講堂は劇場のような構造になっています。観覧席に段差があって、正面の壇上には机が一つだけ。

 どんな人が来るかな、優しい人かな、できれば居眠りしても許してくれる人がいいな。

 とか思いながら、今にもくっつきそうな瞼と格闘してました。


 そろそろ時間だ。

 そう感じたのは、講堂の灯りが全部落とされた時です。

 目を開けて、舞台袖あたりを注視して待ちました。と、その時です。


「……あれ?」


 周囲がざわりと、落ち着きを無くします。私の眠気も覚めました。

 先ほどまで目の前にあった講堂は消えて、周囲には星の輝く空がありました。

 舞台も天井も壁もなくなった。私たち生徒が座る観覧席だけが、夜空に浮いていました。

「なんでしょう、これ?」「綺麗ですわね……」「魔法、ううん、魔術かな」困惑している他の生徒も星を眺めていましたけれど、そうしてざわめく生徒を訝しげにする方もぽつりぽつりといます。

「え? どしたの?」「何かあった?」と。

 きっと彼らには、普段通りの講堂が見えているのでしょう。


 ――あ、これはもしかして。


 私の確信を裏付けるように、突然声がしました。


「今、星空が見えていない方は手を挙げてください」


 叫んでいるわけでもないのによく通る声に、聞き覚えがあります。

 誘われたように手を挙げた少数の方は、どうしてだか、皆一様に舞台があった方を唖然と見ていました。挙げている手も震えている気がします。


 とん。


 固いものがぶつかる音と共に、『星空』は霧散します。

 まだ夢見心地の周囲は、次第に壇上へと視線を向けるようになります。そして絶句するのです。

 そこに立っていたその人は、肩までの長さの杖を舞台の床についていました。音の原因はそれだったようです。

 見慣れた黒いローブで、見慣れた金髪で、見慣れた顔の――。


 講堂内の空気が震えました。


「では、まだ星空が見えている方も挙手してください」


 またぱらぱらと手が挙がります。

 彼らは何がなんだか分かっていないようで、不安げに周りを見回していました。

 壇上の奴はまた一つ杖を着いて鳴らす。

 と、彼らの幻覚は溶けたようでした。そして奴を視界に映し、またあんぐりと口を開けるのです。

 奴は私たちの様子を微笑みながら受け止めて、音声拡張器は一切なしに挨拶を始めます。


「実は筆頭補佐の方が来る予定だったのですが、ここへ向かう途中でぶっ倒れてしまいまして、講師を急遽変更させていただくことになりました。僕の管理がままならないのも原因ですが、研究好きの魔術師にはよくあることと許していただけたら幸いです」


 きっと皆さん、誰だかわかってます。その証拠に、私を見てくる方もいます。

 あれガチ? みたいな顔されても、私が聞きたいくらいです。

 だって奴が――お兄ちゃん本人が来るなんて、聞いてません!!!!


「初めまして。宮廷魔術師筆頭、ルイ・スティラスと申します」


 会場は熱を帯びた。


「えっ、えっ……、本当?」

「本物……?」

「やだ……素敵……」

「実物初めて見た!」

「筆頭がまだ若いって、嘘だと思ってたけど」


 奴が手から杖を消し去ることにも一々驚愕してしまう皆さんは、やはり魔法に慣れていないのです。私もそんなことできないのですけど、見慣れてはいます。

 私の後席の男子が「あの顔、卑怯だろ」と呟いていました。それもそのはず。身内の贔屓目を抜きにしたって、お兄ちゃんはとんでもない容姿と存在感です。

 学園は十七歳で卒業できますけれど、十八歳で筆頭となるなんて到底不可能です。年がそれほど離れていないという事実にも、私たちは打ちのめされるのです。

 スティラス家は貴族ではないけれど、婿に迎えて血を入れたい貴族は大勢いる。お嬢様方が媚びたがる人。稀代の魔術師。それがお兄ちゃん。


「学園にルイ様自らいらっしゃるなんて」

「夢、みたいですわ」


 お嬢様方の熱い視線を笑顔で受け止めるお兄ちゃんはさすがと言えるでしょう。学生の媚びなんて、大人の身体を武器に寄ってくる女性と比べればお遊びみたいなものなんですかね。


「先ほど僕は軽い闇魔法をかけました。星空の幻覚を見られなかった方や、最後まで解けなかった方がいらっしゃいますね。今手を挙げている人ですが……ああ、もう下げて良いですよ」


 お兄ちゃんの登場に惚けて手を挙げっぱなしだったのも忘れていた人たちは、はっとして手を下げた。いそいそと姿勢を正し始める。その中にさっき話しかけてきた黒髪のお友達も見つけて、彼女の様子にため息を吐いた。

 たしか彼女はお兄ちゃんに憧れてたっけ。

 口元を手で覆って今にも泣きそうなのに、瞳だけはお兄ちゃんを強く捉えたままだった。

 彼女がお兄ちゃん目的で私に近づいたってわけでもないのに、なんとなく複雑です。


「魔力を持つものは、属性を持つ。その属性には耐性がある。これは常識ですが、魔法科二年生のあなた方は実感する機会もまだこれからということで……ちょっと試しにやってみたわけです。

 幻覚は闇魔法に属しますね。最初から幻覚を見なかった方は、闇魔法に耐性がある闇属性の持ち主です。逆に光属性の方は闇魔法に耐性がないので、最後まで幻覚が解けなかった。簡単なことですけれど、面白いでしょう?」


 お兄ちゃんに同じことをやられたのは何年前でしたっけ。あの時は確か怖い魔物の幻覚だった。

 今回は随分と甘っちょろいことしたんだなと思います。


「ちなみにこの二種は持ち主が割合少ないですし、今の宮廷魔術研究所にもなかなかいません。学生さんが就職活動に勤しむ頃に研究所の誰かが引き抜きに来ますが、闇と光は特に目をつけられやすいので注意してくださいね。……僕が来ても嫌がらないでくださいよ」


 ふっと微笑まれて気絶しそうなお嬢様方が大半だった。「むしろ連れ去っていただけたら」とかなんとか酔狂なことをおっしゃる方もいた。

 そんな彼女たちは知らないのです。

 お兄ちゃんは家の家政婦といちゃつくのが生き甲斐です、なんて。


「魔法も魔術も万能ではありません。できないことはいくつもあります。最たるものは『命』ですね。死者を蘇らせることは元より、一から雑草を生み出すこともできません。成長を促進させることはできても――」


 お兄ちゃんが空中に視線を向けると、お兄ちゃんの頭上に光の文字で大きく『命』と出現した。


「命は生み出せないのです」


 と言った途端に、ぱりんと薄い硝子が割れる音がして『命』の文字も消える。

 それが何の属性魔法なのかもわからない私は、まだまだ未熟者です。


「そしてこれも有名ですが、同時刻に違う場所で同じ人物が存在することもできません。分身の魔術を完成させようとして、体が真っ二つになってお亡くなりになったのは、たしか先々代の筆頭でしたか。

 身の丈にあった努力をお勧めしたいところです。僕も不可能と思ったら手を出しません。疲れますし死んじゃいますからね」


     *


 そんな経緯があって冒頭に至るわけです。

 遠くで休憩の鐘が鳴っても、この特別授業は休み時間なんてありません。

 講堂の扉が静かに開閉されて、風と共に新しい参加者がぞくぞくと入ってくる音が背後に聞こえる。魔術師筆頭の噂をどこからか聞きつけたのでしょう。

 小さな歓喜の声はきっと魔法科の先輩達によるものでしょうけど、他科の方々だって、最高と唱われる魔術師には興味があるようです。尋常ではない人数が、講堂に詰めかけています。


「そういえば皆さんはそろそろ『契約』を履修されるようで。まだ当分は座学なのでしょうけれど、雑談をさせていただきますね。ここの先生方はきっと僕などより数倍わかりやすく、詳しく授業してくれますから安心してください」


 契約。魔術師にとって是非とも習得したい魔法の一つです。


「問題です。契約は魔法か魔術か。手を挙げてどうぞ。……おや随分と速いですね皆さん。ではそこの方、お願いします」

「ま、魔法ですっ!」

「正解です。契約は『魔力契約』や『召喚契約』など、契約の中にも種類がありますね。契約はそれだけで大掛かりな魔法陣を用いるために、一見は魔術と勘違いされやすいのですが、実は契約をするだけなら最古からの伝統的な魔法に分類されます。『通力』や『召喚』などといった、簡単な要素のみを埋め込むからですね。

 しかしただ契約するだけでは使い物にはなりませんので、ここに拘束力のある要素や、服従の要素を埋め込む必要があります。そうすると魔術となるわけですが……今は置いておきましょう。では契約の心得を三つ、言える方は?」


 しいん、とする。そりゃそうだ、これについては座学ですら始まってないんだから。

 筆頭の前で下手に発言して間違えたら嫌だという空気にまごついている私は、壇上のお兄ちゃんと目が合った。

 ――にこり、微笑まれた。

 これは……「言え」とのお達しですか……!

 やばい。居眠りは許されない。適当にやりすごすのも現実逃避も許されていない。

 恐る恐る手を挙げたら、お兄ちゃんの目が「よく出来ました」と細められる。


「では、どうぞ」

「け、契約は、双方の合意の上で行うこと。契約獣を乱用しないこと。責任は負うこと」

「はい、正解です。ちなみに最初の心得についてですが、そもそも完全な契約は合意の上でないとできないので、破ることはできません。契約をしたい獣には気に入られるようにしましょうね」


 お兄ちゃんの威圧感がすごいです。


「僕も少し気になって、膝で眠りこけた妖精に契約をふっかけたことがありました。結局は契約式を弾かれて終わりましたので、やはり意識がはっきりしている状態でなければいけないようです。召喚できれば色々と便利なランクAでしたので、実は今も時々試したりします」


 エレノアったら、またお兄ちゃんに変なことされてたんですね。

 家で甘ったるい雰囲気になる二人の邪魔をしないように部屋に籠ったりしてきましたけど、これはちょっとどうかと思います。


 可愛がっているのはわかります。

 いつでも呼び出せるようにしたいっていうのも、わかります。

 どんなやり方であれ、それが私たち兄妹の愛し方。彼女がお兄ちゃんとその気になるまでは、スティラス家で囲っておかなくてはいけないのです。

 いつかお兄ちゃんと結婚して、それで私はやっとエレノアを「おねえちゃん」と呼べるのですから。


 たとえスティラス家が、過去の過ちで『妖精に呪われている』のだとしても。

 私達の想いは少しも変わりません。




「仮に」


 固い声がして、私は意識を前方に戻します。


「強力な存在と契約にいきついたとしても、契約獣に失礼な行いは控えてください。己の力と過信する方が大勢いらっしゃいますが、勘違いしてはいけませんよ。

 従者が主を殺せないわけでは、決して、ないのです」


 柔らかい声で表されるのは、警告だった。

 唐突に出された『殺』の文字があまりに異質だ。それでもそれを淀みなく口にしたお兄ちゃんは、きっとその意味を理解して、私たちにはまだ早いとも知っていて、敢えて言ったのでしょう。

 お兄ちゃんは指先一つで触れもせず、名も知らない相手を殺せる。強大な力が恐ろしいことを、一番に知っている。


 静寂を生み出したのがお兄ちゃんなら、破るのもお兄ちゃんでした。

 何がおかしいのか、優雅に笑います。そうしてまだまだお話が続いていく。


「契約の有無には関係ありませんが、もしも彼らを蔑ろにした場合……。人間を完全に嫌って同胞と共に姿を隠すか、最悪は異種間戦争の引き金にもなります。

 前者の例で代表的なのが、妖精であるわけですが。……この国は妖精の犠牲の上に在るのだと、習いましたでしょう? 宮廷魔術師としてだけではなく、()()()()()()()()()()()も、皆さんを信じたいところです」


 スティラス家の者として、願いたいですね。

 他人に理解されなくても、過去のスティラス家は確かに悪魔だったのでしょうから。


「……先ほど話した妖精とは、平和的な付き合いがあります。彼らとは、持ちつもたれつが一番良い関係なのでしょう」


 契約についての講義は、その言葉で締め括られた。


 この講義の後に向かってくる女子軍団のえげつなさとか、

 本日中に家の二人の関係が大きく動くってこととか、

 私は全然まったくこれっぽっちも予想してませんでした。

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