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来客と宮廷魔術師

微妙に閲覧注意

 とんでもないことを思い出してしまった。


「十八禁あるんじゃない……?」

「何が?」

「この世界が……!」

「よくわかんないですよー」


 一般向けのゲームから移植され、PC向けに十八禁が発売されていたことを思い出してしまった。

 キッチンで肉を一口大に切りながら絶望している家政婦の隣で、ルミーナは鍋を掻き回していた。野菜が柔らかくなり、良い匂いもしてきていた。

 今日は客が二名来ると言われたから、いつもより多めの分量である。


「うちの息子には十八禁なんてまだ早いよね」

「お兄ちゃん十八歳だよ?」

「認めない……私は認めないぞ……!」


 鍋の上で、まな板から肉を落としていく。

 台詞は相変わらず意味不明だった。


 エレノアの記憶に違わず、ゲームの魔王様はヤンデレである。

 それが十八禁バージョンになると、腕を縛ってみたり、言葉攻めにしてみたり、媚薬を使ってみたり、ヤンデレらしくてずいぶんとエグい行為に走ったような気がするのだ。

『魔力の契約』の仕方もたしか、成人向けらしくいやらしい行為が含まれていた。だから主人公を丸っとスルーしたカップリング、ヤンデレ魔王×妖精の(拷問じみた内容の)薄い本(BL)が大量に出回ったのだ。

 薄い本の中身はこうだ。


『エレン。君にこの薬を試してみようと思う』

『なんですか、それは……。これ以上、俺に何を』

『女性になれる薬だ。泣き喚く君を抱く度に、常々勿体無いと思っていてね』

『なに、を……』

『君と遊びつつ、君の身体に私の魔力を行き渡らせるには、君に胎がなければいけない』

『やっ、……やめてくださいっ!』

『また羽を好きにされたくなければ、大人しくしていることだな。そんなに暴れて、何を心配することが……ああ、なるほど、胎があれば子を孕む可能性があるな?』

『っ……や、やだ……』

『安心しろ。私は君との子を堕せなどとは決して言わない』

『やだっ、やだやだやだ……放せぇっ!』


 ――以上、とある大手サークルの薄い本より抜粋。


 ちなみに女主人公と魔王とのノーマルなカップリングでも、エンディングによっては薄い本と同じような会話を繰り広げる。衣服がはだけた状態で目を虚ろにさせた主人公を、魔王が背後から抱き締めているスチルが出現し『BADEND~暗闇の愛欲~』のエンディングタイトルが出る救われない仕様だ。

 それらの未来図を思い出しては狼狽えるエレノアは、今度はサラダにするレタスを千切りはじめた。


「だめだ……それはいけない……その道に走っては……」


 レタスを下地にして、きゅうりとトマトが皿に彩りよく盛り付けられていく。


「おお、ルイ……ルイ少年よ……我が息子……」


 最後にチーズを散らして手製のドレッシングを回し掛けた。

 ルミーナは固唾を飲んで見守る。


「ああ……少年……かわいい少年が汚される……」


 そしてエレノアは冥府に這いずる死者のように呻きながらふらりとやかんを手にとったかと思うと、二つ目の焜炉に置いて火にかけ始めた。優雅な手つきでポットに茶葉を入れ、カップを用意する。


「うう……」


 そして幽鬼さながらにキッチンを出て行った。

 その奇行の始終を見ていたルミーナは、「そっか、お兄ちゃんが帰ってきたのか」と察した。おそらくあの妖精は、今もシュールに暗澹としたまま兄を出迎えているのだろう。


「報告案件ですね」


 何がなんだかさっぱりわからないけれど、とにかく兄に報告しておこうと一人頷いた。



「ただいま」

「……おかえりなさい……愛しのルイ少年よ……」

「お茶は三人分でお願いします」


 彼女がいつものようにローブを受け取ると、ルイの後ろに見慣れない二人の人物を見つけた。一人は、ルイの腰にしがみついている赤い髪の小さな女の子。もう一人は、長めの黒い髪を左肩に流して結いた青年である。

 客が来ることは分かっていた。


「お初にお目にかかります。スティラス家家政婦を勤めております、エレノアと申します」


 クレアはエレノアの声にはっとして、ルイの腰から手を離した。

 転移魔法の集団移動では、術者に触れている必要があったのだ。


「私はクレア・ウィーヴィという。第二騎士団団長を務めている。あまり会うこともないだろうが、よろしく頼む」

「副団長のギルだ。……よろしく」


 団長と副団長。今まで迎えた中では一番の大物だ。

 このかわいい女の子が……? エレノアが疑問を隠さずルイを見れば、こくりと頷かれた。彼が認めるならば間違いはないだろう。


「お偉いさんが来るなら、料理もっと頑張ったのに」

「一応僕もお偉いさんなんですけど」


 リビングに案内していく。二人のコートを預かってハンガーにかけた。


「ところで少年、まさか性転換の薬なぞ作っていないだろうね?」

「アホですか」


 ルイは、このどうしようもない雌妖精の様子について妹を問い質してみようと思った。



 紅茶を淹れて客人に差し出すと、エレノアは退室しようとした。重要な話し合いがあるなら自分は邪魔だと判断したのだが、ルイが「座っていていいですよ」と言うのでその通りにする。言い方を変えれば「ここに居ろ」ということだ。

 居心地は悪かった。関わりのないはずの二人組が、こちらをまじまじと見てくるからだ。

 エレノアの様子に気づいたクレアは、にやりと悪戯に笑う。


「気にしないでくれ、ギルはこういうやつなんだ」


 いや貴女も十分に怖いです、と言いたいが言えない。

 それに副団長の青年の視線に、何かしらの感情がこもっていそうな……気のせいのような……いやでもやっぱり何かがありそうな気がした。


「副団長さんと、どこかで会ったことがありますか?」

「何故、そう思う」

「いや、初対面にしてはなんというか」


 嫌われている気がする。顔を合わせてからずっと、騎士のお偉いさん二人の視線が痛くて居た堪れない。何か知らないうちに失礼をしたなら謝らなければいけないし、忘れているなら思い出したい。

 ぽつぽつ話しながら申し訳なさそうにするエレノアの隣で、黙っていたルイが「ギルが気にしているのは家名でしょう」と指摘した。

 エレノアは、何のことやらと視線で問う。

 対してギルは苦虫を噛み潰した顔で茶を啜ったが、テーブルの下でごつりと固い音がして盛大に噎せた。茶を飲み下していたのが救いである。

 その隣のクレアが、涼しい顔でカップを傾けていた。


「挨拶をやり直そう。俺はファナリア家長男、ギルレム・ファナリアだ。あんたには、父と弟が迷惑をかけた」

「『ファナリア』?」

「いかにも」


 どこかで聞いたことがあると思った。たぶんそれは十年前に、己が家政婦になると口走ったきっかけになった男性の名前だ。


「あの時君がいなければ、僕はギルの義弟になっていたかもしれませんね」

「なりたかった?」

「いいえ。ここで良かったと思います。……彼の弟に宮廷魔術師がいるのですが、それが君に絡んだ三ば……失礼、三人組の眼鏡なんですよね」

「え、ええぇ……」


 それは頂けない。三人組の眼鏡といえばエレノアの記憶にも新しく、出会いたくないリスト上位に位置する男だ。

 スティラス家とファナリア家は、相性がものすごく悪いのかもしれない。

 それでも客として招かれたなら、ギルはルイも認めるほど良い人なのだろう。父と弟の我が儘に振り回される長男の図を勝手に想像したエレノアは、勝手に同情してしまう。



 エレノアが「そろそろ夕食の支度するね」と席を立ってすぐに、空気が変わる。

 あからさまに彼女を観察していたクレアの視線は、カップに揺れる茶に刺さる――茶は少しも減っていない。


「あの女か」

「おそらく」


 クレアにギルが同調する。ルイは素直に「何がですか?」と首を傾げた。


「お前の周囲で不穏な噂を聞いた。なんでも、その……お前が女の魔物に騙されているのではないかとな」

「女の魔物? 覚えがありませんが」

「十年ほど前から、お前を研究所に送り迎えをすることもあったとかいう、銀色の髪の女らしい」


 周囲。十年。送り迎え。銀色の髪。女の魔物?


「……ふっ」


 それらの情報が誰を指すのか、考えなくても分かってしまう。

 いつも呑気に家事をこなし、美味しい魔力に釣られたりする妖精だ。何が悲しくて、陰謀の「い」の字も知らないような彼女に騙されなくてはいけないのか。


「おい」

「っ……失礼。なんと言うか、あれが……僕を騙すように見えているのですね、世間では」


 あまりに的外れで、ルイは珍しく腹の底から笑った。

 自分だけでは魔法も使えないか弱い存在なのに、周囲はそう認識しないらしい。

 スティラス家に何時の間にか暮らし始めた、年齢不詳で出自が不明の珍しい髪色の女性だ。それでいてあまりに可愛らしいから、魔性の者と思われても仕方がないように思えなくもない。

 けれど、それでも虚偽は虚偽。まったくのでたらめだ。


「噂とはあてにならないものですね」

「そう、だな。今接した限りでは、悪いものではないようだ。疑いが晴れたわけではないが」


 ルイは引き続き笑いながら、


「あれを騙しているのは僕ですよ」


 そもそも彼女を捕らえて閉じ込めたのは僕です。魔性というなら僕にこそ相応しい。なんてことは、言えなかったけれど。

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