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反抗と宮廷魔術師

 帰りがけに市場へ寄る。

 エレノアが安く買ったかぼちゃを丸ごとと、ルイから回収した弁当箱を抱えて帰路を進んでいくと、見慣れた黒いローブの三人組を発見した。宮廷魔術師だ。

 できれば鉢合わせたくない、苦手な人物たちだ。

 進行方向から向かってこられれば、いずれは見つかってしまう。けれど急な方向転換もかえって目立つことになるしと判断が遅れた彼女は、その三人組にあっさり目をつけられてしまった。


「んんー? そこにいらっしゃるのはスティラスの召使ちゃんじゃないか!」


 一番背の低い男が、嫌な笑みを浮かべて近づいてきた。他の二人もそんな彼に加勢する。

 エレノアは彼らの名前も知らないけれど、ただ『嫌いな人種』ということだけはたしかだった。


「研究所のお昼休みは少し前に終わったと思いますけど、戻らないんですか」

「自主休暇ってやつ? ちぃーっと気分悪くなっちゃってね」

「以前お会いした時も同じことを言っていた気がしますけど」

「そりゃ、ルイ様が毎日のよーにいらっしゃいますからあ。気分爽快ってこたーあんま無いんだよなあ」

「そーそ。ルイ様だって『体調が悪ければ無理はしないでください』って理解示してくれてるわけですし。これはむしろ休まなきゃ違反? ってことで」


 背の低い男に、眼鏡の男が同意してうすら笑う。あと一人、小太りの男は二人の後ろで何も言わず、エレノアの体を舐めまわすように見つめるばかりだ。

 彼らはルイを嫌っていた。

 背の低い男は若くして魔術の才覚を見出され、いずれは宮廷魔術師の看板になるだろうと囁かれていた。注目の的になるはずだった。幾つも年下のルイさえ現れなければ。他の二人も優秀で期待されていたゆえに、ルイを殊更に疎んでいた。

 そんな事情をエレノアも話に聞いてはいたけれど、だからといって同情はしない。口調を改めて、苛立ちを隠す。


「ルイ様は、貴方がたの行いに心を痛めておいでです。早急に研究所へお戻りになられるのがよろしいかと」

「嘘っしょ」


 きっぱりすっぱり、言い切られた。

 軽い口調でエレノアの『嘘』を両断した背の低い男は、変わらず怪しく笑う。その瞳は細められて、蛇のように湿っぽい眼差をエレノアに向けていた。


「スティラスの連中って口先ばーっか。あのルイ様が心痛めるわけねーべ? つーか俺らの存在すら知らないんじゃねーの? へらへら笑って気ぃ配ってるフリして、実は部下の名前すら知らねーとかさ」

「ルイ様のお心の内は、私ごときには推し量ることなど到底できません。それとその言いようでは、上司に名前すら覚えてもらえなくて拗ねているものと解釈してもよろしいですか? 私から進言して差し上げましょうか? 我が主は、道を外れた者が相手でなければ、平等に耳を傾けてくださいます」

「道を外れたって俺らみたいな奴? ひでー」

「主は聖職者ではありませんので。ただ貴方がたはまだルイ様の部下ですから、彼もきっと――」

「あーもーなんかいいわ。こーゆーのどーでもいい。あのね召使ちゃん、俺らが言いたいのってそーゆーコトじゃないんだわ」


 背の低い男性が、エレノアの肩に手をかけた。

 背が低いとはいっても、男性を基準にしてのことだ。エレノアよりは背丈があって、威圧感も相応だった。

 周囲を見ると、皆が見なかったふりをして通り過ぎる。宮廷魔術師とはその役職自体が実力の表れであるために、彼らに逆らおうとする一般人はいない。

 男三人は更にエレノアに迫り、彼女を細い路地へ連れ込もうとした。


「ちょっと、放して……っ」

「いーからいーから」

「よくない! 夕飯の支度が」

「時間はとらせねーからさ。……ま、しばらくは動きたくなくなるだろーけど、そこは召使ちゃんの気力次第かなー?」


 腕を強引に引かれて、抱えていたかぼちゃがごろりと転がる。

 彼らは女を襲いたいのではない。使用人を手酷く傷つけて、ルイが悔しがる顔が見たいだけだ。

 それなのにろくに反撃もできない彼女は、自分の無力が情けなくて仕方がなくて、やっぱりそれでもどうしようもなかった。


「召使ちゃんってかわいーから、実は狙ってたんだよねえ」

「やだっ……!」


 エレノアが、恥も外聞もなく大泣きしてしまいたくなった、その時。

 突如。

 三人組とエレノアの周囲に突風が吹き荒れた。濃密な冷気が四人を中心に渦を巻き、エレノアを掴んでいた手が浅く切り裂かれる。見えない刃でも仕込まれているようなこの風が、魔法であると気づいたのは、眼鏡の男が最初だった。

 風魔法の術者は、遠巻きに見る人の群れから一歩前に出て、男三人組を険しく睨んでいる。


「おやあ、ルイ様の妹御じゃねえの」

「どーも、お兄ちゃんの妹御ちゃんです。うちのエレノア放していただけます?」


 学校帰りのルミーナだ。緩く波打つ金髪が、風に乗って肩にかかる。それをぱさりと払い、彼女は意志の強い目で男たちを睥睨した。

 ルミーナ・スティラス。名の周知がたとえ兄の威光によるものだとしても、彼女の魔法は確かなものだ。

 彼女がわざわざ街中で魔法を行使したとなれば、街中は一瞬にして騒然とする。

 スティラス家の女性二人を煩わせた。一人は召使などではなくて、正統な身内だ。

 それはここにいる多くの一般市民が証人となるだろう。この場で男三人が魔法を使い、勝ったところで、今度はルイが出てこない保証はない。

 他人のふりをしていた民のほとんどが足を止め、男たちを目で責めていた。


「っ……さっきまで、どーでもいいっつー態度だったくせによ」


 スティラス家の勝利を確信した途端に、掌を返して男たちを非難する市民。好ましくはない性質だが、ルイの実力の表れだと思うと複雑な気分だった。

 舌打ちして去った男たちの背を見ながら、ルミーナは厳しい表情でいた。


「これ、お兄ちゃんに報告案件ですからね、ねっ」

「……うん」


 エレノアは転がったかぼちゃを拾い上げて、歩き出したルミーナを小走りで追った。

 家に着くと扉を開けて、ルミーナを入れてから自分も続く。


「今日はかぼちゃを煮たやつ?」

「夏カボチャのサラダだよ。半分は使い切れないから、明日にでも使おうかな。あとはトマトのスープと、ピラフ。……明日は何が食べたい? リゾットは一昨日食べたからダメだよ」

「えー……せっかく夏カボチャがあるんですよ?」

「せっかくほにゃららがあるんですよ? だけでなんでもリゾットに結びつけるのはどうかと思うけど」

「ぶー。じゃあじゃあ、お兄ちゃんが好きなやつ」

「……カボチャのクリームシチューを作るのはさすがに季節が……それにこれ夏カボチャ……」

「エレノアって季節大切にしますよね。しょーじき、栗カボチャってやつとの違い全然わかんないですっ」

「味的にはそこまで違わないけど、メークインと男爵くらいの違いが」

「めーくいん? だんしゃく?」

「まあわかんないよねえ。気にしないで」

「わかったー」


 素直である。


「ところで夏のシチューって効くと思いません? 東方の小国では、夏に熱いお茶を早飲みして『男』を競うお祭りがあるんです。五十年間連続優勝者で年間二千杯のお茶を飲む伝説の魔術師タナカさんって人が、お茶の力で今年は百五十歳を突破したって! お兄ちゃんが言ってました!」

「あの少年はまたそんな嘘を。まあいっか、シチュー……作れないこともないから」

「わーい! シチューだシチューだっ」

「今日はサラダとスープとピラフだよ」

「わーいサラダとスープとピラフだっ」

「楽しそうに生きてるよね……」


     *


 この世界では一日に三回の鐘が鳴る。少し前に、夕刻の鐘が鳴った。

 エレノアは台所で、水にさらしていた玉ねぎの水気をきっていたところだった。

 薄切りの玉ねぎをざるに上げてばっさばっさと揺り動かしていたけれど、「あ」と呟いて動きが止まる。

 エレノアはルイの魔法に敏感だ。宮廷での転移魔法の気配を察した。

 湯を沸かし、茶葉を用意し始めた。


 玄関では、直径二メルトルほどの魔法陣が青く光っていた。

 太い線で引かれた外円と、すぐ内側にある細い線の内円との隙間に、古代語が並ぶ。円の中には大きな六芒星が描かれていた。ルイが持つ魔法陣の中で最も簡易なものだ。


 そしてこの転移魔法こそが、彼が筆頭の称号を冠するきっかけとなった、一つの功績だった。

 研究所内から、国境の関所や研究中の各要所までの転移魔法はあったけれど、古来からの魔法陣は使い勝手が悪かった。それを書き換えたのだ。

 それに併せて制定したのが、次の項目である。



 一、身分証明や試験で一定の水準に達した者は、自宅に通行用の魔法陣を開いて良い。


 二、魔法陣は通行者の持ち物を自動的に審査する。

   異物を認識した場合、持ち主もろとも専用の地下室へ飛ばされる。

   備え付けのベルを鳴らして衛兵を呼び、身体検査を受けなければならない。


 三、魔法を使えない者は、研究所に願い出れば通行証が発行される。紙面に込めた魔力で、魔法陣が反応する。



 特に三つ目の項目は、遠方に家族を置いてきた軍属の者に大いに喜ばれた。

 当然のことながら、ルイ本人は転移魔法など使い放題だ。

 玄関に転移したルイがリビングに入ると、頬杖を着いて読書に励む妹がいた。


「また書斎の本を持ち出したんですか」

「ちょっと前に書いてたお兄ちゃんの本で引用されていたから、気になってたんです。禁止の書棚には触れてませんよー! ところで、おかえりなさいっ」

「はいただいま」


 ルミーナに挨拶を返せば、廊下を歩く軽い足音がする。ほどなくやってきたのは、ルイが予想した通り、昼にも会った妖精だった。


「おかえり。すぐにお茶が入るけど、いる?」

「ええ、お願いします」


 彼の手から当然のように黒いローブを受け取った彼女は、「そう」とそっけなく言ってまた廊下に出た。

 幼いルイを抱きしめたり、ルミーナを甲斐甲斐しくお世話しておいて、「必要以上の干渉はしないスタイルだから。家政婦らしくね」と真顔で言う彼女は、時々その「主義」を思い出すらしい。

 甘えないことは日本人の美徳なのか、意地っ張りなのかは知らないけれど、懐かない猫のようだと思うこともある。ルイは彼女が出て行ったドアを見て、ふっと目を細めた。




 その、少し後のことである。


「ひぇっ!?」


 ――何事か!?


 お茶を用意してリビングに戻ったエレノアは、冷気にぞくりと身を竦ませた。

 ルイが楽しそうに微笑んでいた。席に着いて脚を組み、そんな格好だけは貴族然としているものの、エレノアの目に映るのは大魔王様だ。レベル一、装備は布の服と木の棒とおなべのふた。そんな障子紙も同然の状態でラスボスの前に放り出された勇者の気分だった。


 持ってきたお茶をどうすれば良いのかわからなかったので、とりあえず当初の目的を遂行すべく、ポットの中身をカップへ注ぐ。濃い琥珀色の液体を確認した。おそるおそる、彼の前に置いてみた。手の震えは隠せなかった。

 一連を笑顔で見守っていたルイは、エレノアがティーポットをテーブルに置くのを見届けてから口を開く。


「ルミーナに面白いことを聞きましたけれど、奴らに絡まれたんですって? 一人でいる時に?」


 エレノアがルミーナに目を遣れば、ルイと似た笑顔を返されるのみだった。


「今夜の練習は少し厳しくしましょう」

「なんで!? だって今日のはしょうがないよ。私だって好きで目をつけられたわけじゃ……っ」


 厳しくとはつまり、お仕置きとかそういう意味なのか。不可抗力で巻き込まれただけなのに。納得できないエレノアの主張は、静かに制された。


「エレノア。……エリー」


 愛称で呼ばれて、エレノアは目を泳がせる。


「君のせいでないことは百も承知です。向こうから喧嘩を売ってくるなら、身を守る術を身につけるべきです」

「うん」

「明日は休日ですので、多少夜更かしをしても構わないでしょう。久々に『ニルド丘陵』で実戦です」

「……うう」


 エレノアに言うべきことは言い終えたルイだが、「それにしても許せないのは――」と剣呑に視線を流し、遠くを睨みつける。そこに何がいるわけでもないけれど、絶賛反抗期中の部下の姿が思い出された。


「あの三馬鹿共は、いずれどうにかするべきですかね」

「お兄ちゃんそれ問題発言」

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