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Chapter1-2

 八時二十七分、始業式の始まる三分前にして、辛うじて俺は学校に到着した。あの後、蹴の力を借りて、もてる最大限の力で全力疾走したのは言うまでもない。エナメルを持ったまま、早朝のサラリーマンの駆け込み乗車のごとく、体育館に入る。

 カバンをどうしたものかと思ったが、気にしていられない。まずは自分の座席を探さないといけない。


「『(りん)(こく)』、『白羽(しらは)』、蹴、浄雷、申し訳ないけど一緒に探してくれ!」


 五人で、体育館内部に貼りだされたクラス替えの結果を食い入るように見つめる。ここで自分の名前を探しておかないと、どこの座席に座ったものかが分からない。


「夜行、早くしろ。三組の一番だ」


 蹴の凛とした声が、俺は三組だと教えてくれた。よし来たと、運動靴のままでいることも忘れて俺は体育館を走る。前から一、二、三年と並ぶため二年は、体育館の中でも中心、さらには一組から並ぶため、五組まであるので三組はさらに中心。

 間に合うか、そう思ったがまだ一分ある。


「ちょっと夜行、私を外して! 屋内で革手袋は変よ!」


 はきはきとしているのだが、ヒステリックな浄雷の声が俺の耳にだけ響く。それもそうだと思い直した俺は、入学式が終わったばかりの一年や、二年三年のひしめく中で浄雷を手から外す。

 さすがに時間が迫っているため、皆座り始めて、途中からは進むのが楽だった。もう既に形振りは構っていられないので、大きな音を立ててエナメルを置き、着席する。隣には、見知った顔があった。


「あんた、初日から何してんの?」

「いや、ちょっとな。赤鬼が……」

「……後で聞くわ。今は黙ってなさい」


 肩まで伸びた黒い髪、明るい青の瞳、その割には鋭く睨むような切れ長の目。女子にしては高い身長、確か百七十二と言っていたか。俺より三センチ低いだけだ。

 隣に座っているのは伊藤(いとう) 沙織(さおり)、中学の時からの縁だ。どうやらこいつも、『見える側』の人間のようで、度々俺からの相談を受けてくれる数少ない人間だ。沙織の母親が寺院の家系らしいのだが、沙織の母自身は寺とは無関係の専業主婦だ。


「ちょっと、もしかしてそこに居るの沙織? あんた私たちの夜行に手を出さないでよ!」

「安部には出してないし、出す気もない。こんな所で私に喋らせないで」


 やはりヒステリック気味な浄雷の声が押しこんだ学ランのポケットから聞こえる。他の人には彼女らの声は聞こえないのだが、俺たちの声は聞こえるので会話は勘弁してほしい。そう思った伊藤が小声で諭す。


「まあそう妬くなって、浄雷。僕たちは全然気にしないから、沙織ちゃんも気にしないでね」


 軽々しい口調で会話に加わったのは、先ほど手伝ってくれた、カッターシャツの白羽だ。俺の仲間としては最も幼い方で、口調もかなり軽い。

 今にも二人の間で口論が勃発しそうになった時、最初に二人を抑制したのは沙織でも、俺でも無い鱗黒だった。


「お前ら、頼むから俺の耳元で騒がないでくれ。少々煩いぞ」


 落ち着いているのだが、これ以上威厳があるものがないのでは、そう思わせるような声が、学ランである鱗黒から発せられた。落ちついた、小さい集落の族長のように、不思議な貫禄で身を包んでいる。

 いつも通りの事なのだが、その静かな迫力に気圧された浄雷と白羽は黙り込んだ。鱗黒は、皆の中でも一際大きな力を持っている。


「ちょっと夜行。あんた自分の九十九(つくも)(がみ)ぐらいちゃんと管理しなさいよ」


 揶揄するような小さな声が、俺と鱗黒にだけ辛うじて聞こえるぐらいの声量で沙織の口から漏れ出た。そういえば、最近になっていきなり呼び方がコロコロ変わるな、と感づいた。以前は毎回夜行だったのだが、最近は安部と呼ばれる方が多い。無意識に呼ぶ時だけ夜行となっているようだ。

 俺の名前は安部(あべ) 夜行(やこう)、こいつの名前は伊藤 沙織。そのため、名列番号順で並ぶとクラスが違おうがかなりの近所になる。やはり、今年もすぐ近くだ。同じクラスだから近いのは当たり前だが。

 さて、沙織が口にした九十九神だが、それが鱗黒や浄雷の正体だ。

 九十九神といえば、かなり知っている人も多いかと思われるが、それは仮の言い伝えでしかない。

 まず、一般的に語られているものを説明しよう。物を使い続け、百年経つと妖怪にばけるという伝説がある。そのため、妖怪に変化する直前、九十九年目にして昔の人はその道具を捨てることにしたのだ。しかし、もう少しで妖となるところまでたどり着いた物品が、そこで終わるはずがない。ほとんど妖気は完成しているため、ちょっとしたきっかけで妖としての能力などは使うことができる。そうして形を成して動き出すのが、九十九神だ、というものだ。

 この伝承は確かに間違ってはいない。九十九年も使ったら、それはそれは使い手の方も愛着が湧くだろう。その、『愛という感情』がミソなのだ。

 九十九神とは、物を大事にする、人間の心が道具へと乗り移り、道具に自我と力が与えられたものだ。家族で数世代もの間愛用した道具を捨てるのはさぞかし胸が焼けるだろう。その時の心が道具に乗り移るのだ。

基本的に、同時を大切にする人は九十九年使い、大事にしない人は十年やそこらで捨ててしまう。そのため、九十九年経った物ばかりが九十九神となったのだ。

 だが、常軌を逸するほど丁寧に道具を扱っていると、もはや一週間単位で九十九神化することもある。その常軌を逸する例が俺である。

 昔から母子家庭で育ったため、家計はかなり切り詰めなくてはならず、母親は寝る時間を削ってまで働いていた。

 そのような家で、どうして物を粗末に使えようか。そういう訳で俺は、必要以上と言われながらも道具を大切に扱った。

 最初に現れた九十九神は、浄雷だった。幼稚園の時、父親のグローブを見つけた俺は唯一の父さんに纏わる物品だと思って大事に大事に、おもちゃ箱にしまい込んだ。その日の夜だ、いきなり今と変わらないヒステリックな声が聞こえてきた。最初は妖怪の一種だと思ったのだが、中学の時に九十九神だと母さんに教えられた。

 その次の出会いはその直後だ。靴屋で靴を選んでいると蹴と出会った。靴を選びなおすと言って履き替えるたびに、同じ声がその靴から響いたのだ。九十九神は心から生まれるため、ある決まったものに宿るとは限らない。今まで何度か靴を買い変えたが、そのたびに蹴はその姿を見せた。

 そうして、今まで七人の九十九神と出会ってきた。一応、物と使い手の間には適応力というものがあるらしく、何でもかんでも九十九神化する訳ではない。唯一、靴は自分に最も合ったものを選ぶために例外とする。

 その七人とは、靴の蹴、手袋の浄雷、カッターシャツの白羽、学ランの鱗黒に加えて、指輪の『瑠璃(るり)』、腕時計の『(りん)』、ベルトの『縛人(ばくと)』だ。

 とりあえず、基本的にこいつらは、俺が命じた時以外はぐっすりと寝てくれている。たまに起きてもこんなに騒々しく騒ぎ立てるのは珍しい。戦闘中にはしょっちゅう茶々を入れてくるのだが。


「さてと、面倒な式も終わりましたし、教室行きますか」


 先生が解散を告げると共に、俺はパイプ椅子から立ち上がる。錆びた支柱がギシギシと軋む音がする。クッションもかなり弱っているのでそろそろ買い換えろよと思ってしまう。

 俺が立ちあがると同時に、各地でガタガタと、椅子が床を打つ音が聞こえてきた。グッと伸びをして、エナメルをつかみ上げた頃には、もう既に大混雑になっていた。沙織は迷惑そうに俺を睨んでいる。

 速く行けよと言いたいのがすぐに伝わってくる。

 それを紛らわせるために、それにしてもこの学校の皆は大阪弁ほとんど使わないよな、とか言ってみたが、冷淡な目で無視された。


「悪かったって。行きますか」


 それにしても、と俺は思った。結界が崩壊しかけているとは聞いていたが、最近の上位妖怪の出現率は異常ではないだろうか。

 ここは一度、母さんに訊いておく必要性があるかもな、と呟きながら歩く。

 どうしてなのかは知らないが、沙織がムッとするのが雰囲気で感じられた。一応は見える人間は全員、多かれ少なかれ妖気を持っている。その揺れ動き方で俺は相手の感情を読む技術を身に付けた。

 とはいえ、見えない人の方が多いのだから、ほとんど役には立たないのだが。

 しかし、なぜ沙織がムッとしたのかは俺には分からない。

 黒い毛が数本、視界の中に入り込む。前髪がだいぶ伸びてきている、そろそろ切りにいかないと、と思いながらようやく体育館の外に出た俺は、曇天の空を漆黒の瞳に収めた。


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