エピローグ
あの子が友達だと思っているから、助けにきたのだと、少年は言っていた。
彼と私はただの赤の他人でしかない。彼には私の為に命を掛ける理由なんて何一つない。なのに、彼はあの子と一緒に来た。
彼は言っていた。私が信じれば、幸せは必ずやってくる、と。あの子はその為の青い鳥なのだと。
あの子と彼は奇跡を起こした。化け物集団である執行者に連なる断罪天使をたかが子供二人が追い詰めている。信じられる光景ではない。
叶えたいことがあるから、頑張れる。彼らのことを見ていると、そんな風にも見える。
私を拘束していた鎖が外れる。そして、断罪天使が阻止しようと太刀を振り回す。このままだと、大切なあの子が危ない。私はとっさにあの子を庇うように覆いかぶさる。
直後、私の身体に刃が刺さる。どうやら、刺さった場所が悪かったらしく、身体の自由が利かなくなる。
あの子がどんな顔をしているのか分からない。
悲しまないで欲しい。貴女を悲しませる為に、こんな行動に出たわけじゃないから。
あの子が私を助けたいと思ってくれるのと同時に、私はあの子に生きていて欲しいと思っているから。
貴女はここで死んではいけない人間。貴女は生きて、出来るだけたくさんの人に幸せを与えて欲しい。
泣かないで。いつか、また私達は会える日が来るから………。
***
あの後、大量出血のつけが回ってきて、俺は気を失った。次に目が覚めた時には何処かの病室に寝かされていた。おそらく、王都の大病院にでも運ばれたのだろう。
その部屋は三人部屋であるようで、窓際のベッドは俺のベッドだ。俺は大量出血をしたのだから、病院に運ばれてもおかしくない。
隣のベッドには断罪天使がいる。俺の渾身の一発を食らったのだから、入院することになってもおかしくはない。ただ、殺し合った相手の隣にされることはとても不本意である。だが、扉際で寝ている奴よりはまだありえる。
「………で、あれは一体、何なんだ?」
呑気に本を読んでいる断罪天使に尋ねると、
「………何のことを言っている?」
彼は本を閉じて、こちらを見てくる。おかしいことなんてあるのか、といった具合に。
「ありすぎだ。なんで、俺があんたと仲良く入院生活をしなくちゃならないんだ、とか」
「………それは仕方ない。病院側にも事情があるんだろう。お前が望むなら、一人部屋も用意できるだろう。ただし、入院費が余計に出ると思うが」
それでも一人部屋がいいなら、今度、看護師さんが来た時、そうお願いするといい、と、そんなことを言ってくる。
「余計な出費が出ると、両親に申し訳ないしな。我慢するしか………って、俺が聞きたいのはそこじゃない!!俺が聞きたいのはあれだ」
俺が扉側で寝ている奴を指すと、
「起きましたか。具合はどうですか?」
グッドタイミングなのか、バッドタイミングなのか、分からないが、青い鳥がドアを開けて、こちらへやってくる。あいつも怪我をしていたが、俺達のように入院する必要はないらしい。
「まあ、左腕と両足が痛いけど、一応大丈夫だ」
「そうですか。それはよかったです。ところで、断罪天使はどうですか?術の後遺症とかはありませんか、と赤犬さんが言っていました」
あるようだったら、見てやる、と言っていました、と青い鳥は彼にそう尋ねると、彼は首を横に振る。
「………今のところは大丈夫だ、と伝えてくれ」
「分かりました。そう伝えておきます」
それだけ言って、青い鳥は病室から去ろうとしていたので、
「ちょっと待て」
俺は青い鳥を引き止める。
「何ですか?断罪天使と一緒だと心配ですか?その点は大丈夫です。彼は大怪我を負っているので、貴方に手を出すことはありえません。そもそも、私達が争う理由も無くなったので、手を出すことはまずないです。それとも、私と離れるのがいやですか?」
「なわけないだろう。俺がそんなことを聞きたいんじゃない」
「他のことですか?もしかして、断罪天使にかけた呪縛の魔法のことですか?あれは大丈夫です。赤犬さんが綺麗に解いてくれました。でも、驚きです。まさか、宿屋町の彼女と赤犬さんが知り合いだったそうです。あの後、彼女が王都にいったようで、その時、貴方の話を聞いて、もしやと思ったらしく、彼女にそいつにお守りを渡すように頼んだそうです。やはり、師匠は弟子がしようとしていることなどお見通しなのです」
青い鳥はうん、うんと頷いている。
お守りから展開された陣を見て、師匠の術だと理解できないほど、俺は落ちぶれていない。あいつがあの御守りを触ろうとしなかった理由も、おそらくそこだろう。
それにしても、あの宿屋の女将さんが赤犬さんのただの知り合いのはずがない。おそらくは、彼女は魔法協会の関係者なのかもしれない。何故、女将さんをしているのかは不明だが。
「正確に言えば、お前がしようとしていたことだがな。それより、お前は俺に説明しなければいけないことがあるだろうが」
「あ、そうです。貴方をここまで運んでくださったのは断罪天使です。体の自由があまり利かなくなっている中、運んでくれたのですから、感謝しなくてはなりません。その時は私が彼女の魔法を解いておきました」
「………お前の言いたいことは分かった。俺が聞かないなら、説明責任を果たさなくていいかなと思っているみたいだから、単刀直入に言う。なぜ、彼女がそこにいる?」
俺が扉側のベッドを指すと、昨日死んだはずの少女が気持ち良さそうに寝ている。
もし死んでいるなら、そこにいるはずがない。だが、俺は彼女の死ぬところを見た。どうしても、これは矛盾が孕んでいるとしか言いようがない。
「私も彼女が亡くなったところを見ました。ですが、彼女は生き返りました。だから、そこにいます。それでいいと思います」
ハッピーエンドです、とこいつはそんなことを言ってくる。
「無理矢理、世界の法則を変えるな。普通、死んだ奴が生き返るなんて………」
「………確かに、アレは一度死んだ。結果的、俺が殺してしまったみたいなものだ。アレを封印する鎖の破壊を阻止できなかった上、アレを殺してしまったのだから、教会側からの処罰は免れないだろうな」
最悪の場合、教会側に消されるかもしれないな、と彼は深刻そうに呟いていた。確かに、俺達が邪魔さえしなければ、こんなことにはならなかっただろう。
ある意味、彼も青い鳥の被害者なのかもしれない。
「じゃあ、どうして彼女は生きてんだよ。あんたらは死者蘇生でもしたのかよ」
そうでもしないと、彼女が生きていることに対して納得できるわけがない。
「………アレにそんなものは必要ない。もともと、アレは死ねないし、歳をとることもない。いわゆる不老不死だ。アレがと言われる所以だ」
再生人形の再生は不死を意味し、人形は不老を意味していると言うことか。確かに、本当なら、彼女にそれ以上似合った名前はないと思うが……。
「普通の人間が不老不死に生まれるはずがないだろうが?あんたら、教会が彼女に術を施したしか考えられないだろう?」
「それは否定しない。だが、俺も詳しいことは知らない。教会の方も詳しいことを知らないそうだ。唯一知っているのは本人だけだろうな。だが、アレは自分から話そうとしない。だから、誰も知ることはない。違うか?」
彼にそう言われると、返す言葉はない。
「彼女が不老不死だろうと、何だろうと関係ありません。彼女は私の友達です。その事実さえあればいいと思います」
それ以外のことは知る必要はありません、とこいつは呑気にそんなことを言ってくる。
「………確かにそうだな。分からないなら、それでいいかもしれないな」
こいつがそう言うなら、これ以上詮索する必要もない。
すると、眠り姫も眠るのに飽きたのか、目を覚まし、俺達の姿を見ると、
「皆さん、お早うございます」
笑顔でそう言ってくる。
彼女が人形兵器だろうと、不老不死だろうと、俺には関係ない。
俺の望みはあいつと彼女を会わせること。それが今叶えることが出来たのだから、これ以上我儘を言うわけにもいかないのかもしれない。
「………このクソ犬。私に言うことはないのか?」
前言撤回。あいつの願いを叶えてやったのに、こんな仕打ちに合うのは納得いかない。
「言うことありすぎて、何から言えばいいのか分かりま、ぎゃあああ」
俺がそう言うと、赤髪の女性は俺の足を踏みつける。できることなら、彼女と知り合いであることを全否定したいところだ。だが、残念ながら、彼女は俺の師匠である以上、その関係を否定することが出来ない、と言う事実に俺は涙するしかない。
「そこは怪我している場所です!!怪我している時くらい体罰を控えて下さぎゃあああ!!そこも怪我しているところでいやああああ!!」
俺の悲鳴が病室に木霊する。その光景を見て、断罪天使は同情するような視線を送る。俺はそんな視線を送られても嬉しくない。可哀想と思うなら、この暴走犬を止めて下さい。
青い鳥はと言うと、再生人形と仲良くアイスを食べている。「このアイス美味しいですね」「私はこのアイスの方が美味しいと思います」と、アイス評論しており、俺を助ける気など全くない。誰の為に、俺が殺されかけていると思っているんだ?
「私はいつも言っているだろうが、自分の実力は何があろうと隠せ、と。お前ときたら、特大マホウショーをやりやがって。お前は知っているか?お前の名前が国中に知られ始めている。お前は師匠なんかより有名になって嬉しいか?ああ?」
「怒っているところはそこですか!?それはただのひがみじゃないですか。そんなに有名になりたかったら、表舞台に立ったらぎゃあああ」
俺が控えめに言うと、彼女は怪我をしているところを思いっきり踏み、
「とにかく、これ以上目立つな。実力を見せるな。いいな?」
睨みを利かせてくる。
「目立つなって言われたら、誰がの後処理するんですか?誰もしないから、俺が仕方なくしているだけです。それに、俺の得意魔法は土ではぎゃああああ」
俺はピクピクと痙攣させて、倒れ込む。
「だから、テメエの実力を、テメエで明かそうとすんじゃねえ」
彼女は俺にそう言い捨てる。俺はいつになっても、彼女には勝てそうにない。
「青い鳥、遅くなるまでには帰って来い。王都は安全じゃないからな。つい先日、王や将軍が次々と病死すると言った不幸な事件が起きているからな」
まあ、どう考えても、病死ではないと思うがな、と、彼女はそう呟くと、断罪天使を一瞥する。
「はい。分かりました。そうします」
青い鳥がそう返す。
どうやら、俺が入院している間、青い鳥は彼女の家にお邪魔しているそうだ。
「何処ぞの馬鹿犬とは違って、青い鳥は聞きわけがいい。じゃあ、私はまた明日来る」
それだけ言うと、病室からいなくなってしまった。
彼女がいなくなった後、俺は断罪天使の方を見て、
「………王と将軍が死んだって、どういうことだ?」
そう尋ねると、
「………簡単な話だ。もともと、アレを王都に運ぶ理由は戦争に投入すると見せかけて、王と将軍を暗殺する為だった、と言うだけだ。お前らが邪魔してくれたお陰で、その計画は狂ったわけだが、忍び込んだ執行者が上手くやってくれたのだろう」
彼はつまらなそうに言ってくる。
もしかしたら、彼らは俺達民の為に、無能王と将軍を消してくれたのだろうか?もしそれが本当なら、俺達はとんでもないことをしでかしたのではないのだろうか。
「それより、俺も尋ねたいことがある」
彼はかしこまった様子でこちらを見て、
「あの女性が赤犬で間違いないんだな」
「俺が知っている範囲での赤犬さんはあの人しか知らないが?」
もし、この人以外で、赤犬と名乗っている奴が近くにいたら、あの人によって、半殺しにされることは確実である。
「じゃあ、あの女性とお前との間に師弟関係があるのも本当か?」
「それは事実です。私が証明します。彼以外、彼女の弟子は務められないと思います」
青い鳥が俺の代わりに代弁してくれる。
確かに、俺以外の弟子をとっていなかったが、俺の場合だって、きまぐれで弟子をとっただけだろう。まあ、あの人の体罰に耐えられる奴なんて、あまりいないだろうが。
「………ということはお前があの“黒犬”で、いいのか?」
「“あの”と言うのが、かなり気になるが、そう言うことになるな」
俺以外に“黒犬”を名乗っている奴がいないなら、の話だが………。
「………魔法協会の魔法使いライセンスを14歳で取得し、それは歴史上最年少習得であるものの、表に出ることがほとんどなく、それでいて、数々の難事件を解決に導いていった天才魔法少年で間違いないんだな?」
「………俺はそう言うことになっているのか?」
「私が聞きたいです。貴方が14歳でライセンスを取ったのは知っていましたが、私の知らないところで、そんな偉業を立てていたんですか?」
「知るか。俺はいつもお前が突っ込む事件の後処理していただけだ」
俺がそう返すと、
「………おそらくですけど、それが偉業ではありませんか?」
再生人形は控えめに言ってくる。
まさか、あいつの後処理がいろいろな偉業としてカウントされているとは思わなかった。
「それは酷いです。私だって、ちゃんと大活躍しています。なのに、私は有名にならないのですか?私も有名になりたいです」
「俺はすき好んで、有名になっているわけじゃない」
もともと、目立つのはあまり好きではない。その上、有名になる度、師匠に殺されかけるんだったら、有名になりたいなんて誰が思うか。
「………そうか。なら、そのことを言い訳に使わせてもらおう」
断罪天使はそう言って、不気味な笑顔を見せる。
「………うまくすれば、奴のおしおきから逃れられるかもしれない」
「お言葉ですけど、どんなに有名な方だろうと、あの人がそれを考慮するとは思えませんが。自分より年下の子に手こずったと知ったら、もっと酷い目に遭うと思いますよ」
再生人形がそう水を差す。
「………俺はどうすればいいんだ。俺は何も悪いことをしていないはずだ。なのに、俺がこんな目にあわなくてはならないんだ」
彼は頭を抱えこんでいた。
彼にとって、青い鳥が運んできたものは不幸のフルコースでしかなかったと言う話だろう。
彼の話によると、あの鎖は古代文明の魔法具で、今の技術では復元は不可能の代物だそうだ。その為、再生人形がここを退院したら、コンビクトの教会に戻されることになるわけだが、教会の中だけなら、自由に動き回れるようにしてもらえるそうだ。
外に出たいと言う願いはまだ叶えられそうにないが、前よりはましなのかもしれない。それに、これ以上のことは何もすることはできない。これ以上の何かを手に入れようとするなら、彼女が自分自身で手に入れなければならないから。
もしその時が来たら、あいつは間違いなく、手伝いに行くだろう。また俺も駆り出されることだろう。そして、青い鳥は彼女に幸せを与え、周りには不幸を振り撒くことだろう。それが青い鳥たる所以であるのかもしれない。
これからも、青い鳥は空高く飛び続けることだろう。幸せを求める声が無くならない限りは………。
Fin……
感想、誤字・脱字などがありましたら、お願いします。
あとがきもあるので、合わせてお読みいただけると、幸いです。