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『明日、貴女には王都へ行ってもらいます』

 白いフードの男が一人入ってくるなり、そんなことを言ってきた。

 話によると、王は前の戦争で痛み分けをしたと言うのに、今度の戦争の為、私を投入しようとしているらしい。

 何の為に、彼らは戦争など起こそうと思うのだろうか?無意味に、関係のない人たちが死ぬだけだと言うのに、彼らはそんなことすら分からないのだろうか?

 任務は後々伝えます、と、彼はそれだけ言うと、いなくなってしまった。

 私は憤りを感じながらも、何もすることもできなかった。私自身の手で、人々の命を奪いたくない。でも、周りがそれを許してはくれない。

 どうして、私がそんなことをしなければならないのだろうか?

 どうして、私はそんなことが出来る力を手にしてしまったのだろうか?

 できることなら、自分の存在を消してしまいたい。

 だけど、それは叶わない願い。

 私は今まで通り、たくさんの人々を悲しませることしかできないでいる。


***

 コンビクトという町を入ると、違和を感じずにはいられなかった。町には子供達が外で遊んでいたり、大人達が談笑していたりと、別に不審なところはなかった。それでも、違和感をぬぐいきることはできなかった。

「これが私の故郷です。どうですか?」

 こいつは聞いてくるが、

「そうか。それはよかったな。ところで、最初は何処に行くんだ?」

 俺は適当に受け流す。

どうですか?と言われても、どう返せば分からない。俺の村よりは大きいが、それ以外は俺のいる村と変わらない。だが、この村には俺の村のようなのどかな雰囲気を感じない。

「まず、観光名所であるらしい教会に行きます。本当に、この町に不釣り合いなほど立派な教会ですから」

 こいつはそう言って、歩き出す。

「おいおい!?お前、楽しみを後にとっとく派じゃなかったのか?」

「私はこの教会を見るのを楽しみにしていたわけではありません」

 と、こいつは俺の手を掴む。

 教会に連れて行かれ、上を見上げると、こいつの言う通り、これほど不釣り合いな教会はない。この教会は王都にあるものと同じくらい、いや、下手すれば、それ以上、立派なものだった。

 こんな小さな村にどうして、こんな立派な教会があるのだろうか?

 こいつは「こんなところでボケっとしてるわけにはいきませんので、入ります」と言って、俺の腕を掴んで、中へと入っていく。

 聖堂もとても立派な造りになっていた。町に建てられている教会とは思えないほどである。

そう言えば、あいつが俺の町に来たばかりの頃、教会に連れて行ったところ、「教会は大きくて、無駄に豪華な造りをしているのではないのですか」と言っていたことがあった。その後、こいつは神父さんに説教を受けていたが、この教会がスタンダードだと思っていたのなら、あいつが言っていた言葉も理解できる。

「お客さんですか。ようこそいらっしゃい………」

 この教会に勤務している神父さんがこちらに気付いて、近づいて来たのだが、こいつの顔を見ると、表情が凍る。

「お久しぶりです」

 こいつが追い打ちを掛けるようにそう言うと、彼は固まってしまった。昔、こいつはこの神父さんにトラウマが残るような事でもしたのだろうか?

「連絡せずに、こちらを窺うことになったことをお許しください。どうしても、来たくて来てしまいました」

「………そうですか。保護者の方にはこのことを言ったのですか?」

 彼は笑顔を取り繕い、そう言ってくるが、その笑顔はとってつけたようにも見えて、何とも不自然な笑顔だった。

「ゲンおじさんには言いました。ただ、おじ様には会えなかったので、置き手紙を残しておきました。だから、心配することはないと思います」

「ちょ、ちょっと待て。お前のおじさんには言ってないのかよ。お前、それはどう考えても、家出だろ!!」

 しかも、俺の親父は自分の子供もそうだが、他の子供に対しても放任主義だ。こいつがコンビクトに行く、と言っても、ただ何も言わずに聞いていただけだろう。いろいろな意味で非常識な親父に言うよりはまだお袋に断った方がましだ。とは言え、俺のお袋も止めはせず、笑顔で見送りそうだが。

「大丈夫です。私が出掛けることを言おうとしたのに、おじ様がいなかったのですから、私には非があるとは思えません。ちゃんと置き手紙を置きましたので、彼は私が何処へ行ったか知っているはずです」

「そう言う問題か!!お前が許可を取らなければいけないのは俺の親父ではなく、お前のおじさんだろうが」

「と言われても、もう来てしまったのだから、仕方がありません。おじ様に許可を取りに戻るのは面倒くさいです」

 過去の出来事は何人たりとも戻すことができないのです、とこいつはいけしゃあしゃあと言ってくる。

 こいつの自分勝手さは今から始まったことではない。もしおじさんに許可を貰えなかったら、本当に家出しそうで怖いが。

「私は友達に会いに来ました。ここに来たのだから、お世話になった神父さんにも挨拶をした方がいいと思いました」

 こいつは彼を見て、そんなことを言ってくる。

「そうですか。ずいぶん前にトニーやカリン達はもうこの町から出てしまいましたよ」

「それは残念です。彼らにも(・・)逢いたかったので、この後、会いに行こうとしたのですが、いないなら、意味がありません。お父さんやお母さんに彼を紹介しなければならないので、これで失礼します」

 こいつの言葉を聞いた神父さんは何故か顔を青くしていたが、こいつはそんなことを気にせず、教会を後にしようとしていた。神父さんが何故顔を青くする必要があるのか気になったが、今、こいつから離れるわけにもいかないので、こいつの後を追う。

 すると、さっき入口から入ってきた白いフードを被った長身の男とすれ違った。その男がこちらを振り返って驚いた表情を浮かべていたが、こいつは我関せずと言った風にそのまま歩いて行ってしまった。


 この後、こいつの実家に向かったわけだが、留守のようで誰もいなかった。明日また訪ねることにして、今日は宿屋でチェックインを済ませ、休むことにした。

 食事を済ませた後、入浴場で一日の疲れを流し、ベッドで倒れていた。あいつの姿は見えない。部屋代を少しでも浮かせるために、一室しか借りていない。正確に言えば、あいつが一室しか借りなかった。

「あいつは本当に何しに来たんだ?」

 あいつ曰く、友達に会いに来たらしいが、神父さんはこいつの友達はみんな、この町を出たと言っていた。教会を後にした後、どうするんだ、と訊いたところ、当初の目的通り、友達に会いに行きます、と答えた。

 あいつが会いたがっている友達は一体、何者なのだろうか?

「お風呂はどうでしたか?」

 こいつは扉を開けて、入ってくる。まだお風呂には入っていなかったようで、さっき見た服のままである。

「お前、風呂に入らずに、何処に行っていたんだ?」

 ベッドから起き上がって尋ねると、

「散歩と軽い運動をしていました」

「お前、そんな体力残ってたな………」

 俺はもう体力限界だというのに………。この場合、俺の体力がなさすぎなのか、あいつの体力が超人染みているのか、悩みどころである。

「流石に、体力が有り余るほどは残っていません。それより、この後、少し散歩しませんか?」

「さっき散歩行っていたんだろ?悪いが、俺は一歩も歩く余力はないぞ」

「さっきは下見です。貴方に見せたいものがあります。貴方は男の子ですから、もう少し頑張れます」

 宿屋前で待っているので、早く着替えて来て下さい、と言いたいことだけ言い、また部屋から出て行ってしまった。

 あいつは俺の言うことを聞く気はないのか?

「………はあ」

 俺は溜息を吐き、明日着るために用意した服を着て、部屋を出た。階段を降り、カウンター前を通ると、お風呂に入る時には男の人がいたのに、今は誰もいなかった。この時間帯には誰も来ないので、他の仕事でもやっているのだろうか。

 そんなことを思いながら、宿屋の扉を開けると、こいつが壁にもたれかかっていた。

「思っていたより早かったです」

「早く来いって言ったのはお前だろうが。それより、夜に何処へ連れて行くつもりなんだ?」

 こいつの肩にカメラがかかっているのがとても気になる。星でも見に行くつもりなのだろうか?

「着いてからのお楽しみということにします。私の予定では町外れまで行きます」

 こいつはそんなことを言って、歩き出す。

「町外れって、かなり距離あるじゃねえか。ヘトヘトな俺をそこまで連れて行ってまで、何を見せたいんだよ」

 そう叫ぶが、あいつは何も答えず、歩いて行ってしまった。どうやら、着いてからのお楽しみのようだが、一体、何を見せるつもりなのだろうか?

 そして、あいつに付いて行って約30分後、どうやら、目的の場所に着いたようで、とある建物の前で止まった。

 そこは何かの製造工場のようで、工場の周りにはフェンスが張られていた。そして、入口には見張り役らしい男達がいた。

「こちらです」

 こいつはその建物の入り口ではなく、裏の方へと手招きする。俺はこいつに付いていくと、フェンスには一人くらいなら通れそうな穴があいていた。

「………そこに入れというのか?それは不法侵入にならないか?」

「大丈夫です。はっきり言いますと、この建物自体が不法建築です」

 そいつはフェンスの穴をくぐり、中へ入ってしまった。こいつの言っている意味が分からないまま、俺もその穴をくぐろうとすると、フェンスの下に幾何学的な模様が描かれていた。

「………おい、この建物、結界魔法の類のものが施されているが、気のせいか?」

 魔法を行う為には魔法陣と言った幾何学的な模様を完成させなければならない。火の玉を出現させるなどと言った、突発的に起こす時は指から体内で作られている魔力を放出して、魔法陣を展開する。その場合は長時間発動することができない。結界魔法など長期的に作動させた場合には魔力が込められている“魔法石”を液状化させて、羽根ペンなどで書く方法がある。術者が込めたマナの分で持続する時間は変わっていくが、凄腕の魔法使いが張った結界は数百年持つモノもあると言われている。

「気の所為ではありません。事前に私が解いてしまったので、安心して入れます。こっちです」

 こいつはさらっと重大なことを口走っていることに気が付いていないのだろうか?こいつの“手”は魔法陣や特殊な力を持つ魔法具の能力を打ち消してしまう。おそらく、こいつはその手でこの魔法陣の能力を消してしまったのだろう。

 こいつは「ここから覗いて見てください」と、言ってくるので、その窓を覗くと、信じられない光景が広がった。

 その工場だと思った建物には俺達とそうは変わらない年代の子供達がおり、何らかの訓練を施されている。彼らの監督者らしい女性がおり、倒れた子供には容赦なく、鞭で叩いていた。

 そして、その子供が動かなくなると、男性がやってきて、その子供の片足を掴み、工場にある焼却炉に放り込んでいた。

 その光景を見て、思わず吐きたくなる衝動に駆られ、口元を押さえ、しゃがみこむ。

「………おい、この施設は一体何なんだ?」

 こんなおぞましい光景があっていいわけがない。

「………私は人形製造工場と聞いていました。どうやら、ただの人形を作る工場ではなく、人間を殺人人形に仕立てる為の工場のようです」

 こんな非人間的な工場がすぐ近くにあったとは目眩がします、とこいつには珍しく、感情を露わにしていた。

「………あの金髪の女の子がリースです。やっぱり、美人ですね。彼女の前にいる赤毛の男の子がカイです。前見た時より、格好良くなってます。まあ、カレンやトニー達の姿が見えないのは気になりますが、案外、彼らは外にいるのかもしれません。どちらにしても、こんなところで見ることになったのは残念です」

「ちょっと待て。お前の友達はみんな町の外に出ているんじゃ………」

 さっき会った神父はこいつの友達は町から出ていったと言っていた。神父の言っていたことは嘘なのか?

「確かに、そう言いました。ですが、考えて下さい。ここは町にはありません。町の外(・・・)です。町の外れにあるのですから」

 こいつの言葉に、俺はただ絶句するしかなかった。この施設はあの神父、もしかしたら、町の住人達が容認しているのに、他ならないのではないだろうか?

 こいつはカメラを構えて、大人達がいなくなった時を狙って、何枚か撮っていた。

「………私では彼らを助けることはできません。この写真を新聞社に送って、全ての人に認知させるしかできません。ごめんなさい」

 こいつは小言でそんなことを言っていた。できることなら、彼らを助けてあげたい。だが、自分の力ではそんなことができない。それが分かっているから、下唇を噛んで、我慢するしかなかったのだろう。

「本当は貴方にこんなところを見せたくはありませんですが………。どう考えても、明日会えると言う保証がなかったので、来てもらいました」

「は?それはどういう………」

「子供を鞭で叩いて、嬉しそうな表情を浮かべている逝かれた女性が私の母で、亡くなった子供を何も感じずに、焼却炉に放り込んだぶっ飛んだ男性が私の父です」

 こいつの衝撃的な告白に、俺は言葉を失った。何て、声を掛ければいいのか分からなかった。

 この工場の結界魔法の解除や侵入経路など一度行っていないとできないことだ。こいつが何でここに来たのか分からないが、俺と来る前にここへ来たのだろう。

 その時、自分の両親と8年ぶりに見ることになって、どう思ったのだろうか?流石のあいつでも、ショックはあったはずだ。

 一つだけ理解できることがあるとしたら、俺はとんでもないところへやってきてしまったということである。

感想、誤字・脱字などがありましたら、お願いします。


次回投稿予定は6月6日となっています。

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