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『こんにちは。綺麗なお人形さん』


 教会関係者でも滅多に入って来ることがないこの部屋に訪れたのは、まだ空へ飛び立つ翼を持ち得なかった雛鳥だったあの子だった。

 あの子が私のところへやって来たのはいつの頃だっただろうか?もう5年は経っているだろうか?もしかしたら、10年も経っているのかもしれない。

 永遠と言っていいほどの年月を、私は無意味に過ごしてきた。

 長い年月の中、私は壊すことしかできずに、周りの人間に不幸にすることくらいしかできなかった。

 そんなある日、この部屋に群青色の髪と瞳のあどけなさが残る女の子がこの部屋へ訪れた。

 女の子は言う。

『………どうして、貴方はそこにいるんですか?』と。

 人間がそんな風にいるのはおかしいです。その子はそう言ってきた。

 確かに、普通の人間がこんな風に拘束されることは許されることではない。だけど、私は人ではない。人形だから、こんなことをされても、文句は言えない。

人形は勝手に外にはでてはいけませんから。そう返すと、その子は不思議そうに、

『???外に出たいのなら、外に出ればいいと思います』

 そう言ってくる。私は捕まった鳥みたいなものである。彼らがそう簡単に逃がしてくれはしないだろう。

『それはおかしいです。捕まった鳥は鳥籠を開けて、出ていきます』

 私が捕まえた鳥のピーちゃんは逃げました、と真面目に答えてくるものだから、私は呆気にとられてから、笑ってしまった。

『何かおかしいことを言いましたか?』

 その子は心外そうな様子を浮かべていた。

 確かに、そう言う考えもあるのかもしれない。だけど、私は外に出るわけにはいかない。私が外に出れば、たくさんの人を不幸にしてしまうのは分かっていることだから………。

『???なら、それ以上に、たくさんの人を幸せにすればいいです。一人では無理なら、私がお手伝いします』

 そしたら、不幸な人はいなくなるはずです。

 そう言ってきたあの子の顔は今でも忘れられない。

 いつの日か、そうできる日が来てくれたらいい。そう願わずにはいられない。

 例え、その願いが叶わないものだとしても。


***

「コンビクトは王都の近くに存在するのど田舎です。王都に向かう旅人が宿屋を使う以外の出入りはほとんどありません。観光名所は町に不釣り合いな教会くらいのものです。話によると、町はずれに人形製造工場があるそうです。興味があるなら、行きますか?」

 俺がコンビクトのことを尋ねると、こいつは律儀に答えてくれた。

「生憎、俺は人形遊びをするような趣味はない。というか、本当に何もない場所だな。観光ハンドブック買った意味ないな」

 俺は持っていた本を投げると、こいつはそれを拾い、ページを捲る。

 こいつが知らないだけで、有名なところがあるのではないか、と思い、観光ハンドブックなるものを購入したわけだが、こいつの言う通り、教会のことだけ大きく取り上げられていただけだった。それ以外は一切何も書かれていない。

「王都には美味しい食べ物があります。帰りに寄りませんか?」

 こいつは俺の本を読んで、そんなことを言ってくる。

「どうせ、王都から歩いていかなくてはいけないんだから、その時、食べればいいだろ?」

俺がそう言うと、こいつは真剣な様子を見せる。

「最後まで楽しみをとっとくべきだと思います。料理だって、大好物を後に残して、食べた方がおいしさは増します」

「それで、弟達に奪われて、泣いているのは誰だったか?」

 前に、こいつが最後まで海老フライを残していると、俺の可愛い弟達(やんちゃなお年頃の二人組)に食べられていた。その時、こいつの目からポロッと一筋の涙を流していた(それでも、表情は変わらなかったが)。

「………彼らは美味しい食べ方を知らないだけです」

 こいつは不満そうに窓の外を眺めていた。

 俺の街からこいつの故郷であるコンビクトに行く為に、王都まで汽車に乗り、そこから歩いて行かなければならないそうだ。こいつの話によると、結構歩くそうである。なら、もう少し交通の便を良くしてもいいと思う。


「………にしても、利用者が少ないな。王都で何かあったのか」

 いつもなら、王都行きの汽車はかなり混んでいる。かく言う俺も月に一度、王都まで行く用があるわけだが、こんなに空いていることなどなかった。王都で紛争でも起きているのだろうか?

「小耳に挟んだ話ですと、王が隣の国と開戦するつもりだそうです」

「………また戦争、か。2か月前にやったばかりじゃないか?」

 この前まで、この国は隣国と大規模な戦争があり、その時は痛み分けで、停戦することで両国が同意したという話を聞いた。その戦争で、この国の兵の半分が戦死し、国庫も底を突いている状態らしいその状態で、どうやってやり合うつもりだ?

「話によりますと、最終兵器を投入するそうです」

「最終兵器?遺跡で発掘された古代文明の魔法具か何かか?」

 ごく稀に、遺跡で古代文明のものと思われる魔法具が発掘される。その文明の魔法具は昔の技術でそんなものが作れたのかと思うほどの技術で作られており、残念ながら、今でも再現は不可能と言われているものがある。ただ、そのほとんどが機能しておらず、例え、機能しているものが発見されても、教会で保管されることとなる。その為、王と言え、戦争に投入する為に、使うことは許されていない、はずである。

「そんなことは分かりません。噂ですと、人形兵器だそうです」

 発掘された魔法具の中には人形型の魔法具は何体かあったようだが、物騒な機能を持った人形はなかったはずだ。そんなものが発見された瞬間、教会が没収してしまうだろう。王にそんなものを持たせて、使わないと言う保証はない。特に、この国の王に持たせたら、尚更だ。

「今度は殺戮人形の投入か?あの王はそこまでして、土地を大きくして何がしたいんだか」

 俺達の国王は戦争をするのが大好きなお方である。彼が即位してから、十数年大小関わらず至る所で戦争を引き起こしている。お袋の話によると、先代も戦争が大好きなお方だったらしい。この国には優秀な騎士や最強を誇る宮廷魔法使いがいると言う噂なので、今のところはまだ大丈夫と言えるだろう。

 だが、彼は戦争をするのが大好きではあるが、作戦と言う作戦を軍の将軍に任せっきりである。しかも、その将軍というのは脳みそが筋肉でできているのではないかと疑ってしまうほどの無能のボンボンだそうだ。俺達の国が多数の兵を抱えているというのに、兵力が劣る隣国相手に、痛み分けを喰らってしまったのだ。

 おそらく、それを挽回する為に、開戦をするのだと思うが、彼の我儘の所為で、死んでいく民が大勢いることを理解して欲しいものだ。今度、戦場に向かうことになるのは俺かもしれない。そして、王の自分勝手な理由で殺されてしまうかもしれない。

「それは噂の領域です。真実か定かではありません。それより、もう少しで、王都に着きますが、貴方の師匠に会いに行きますか?」

「もう王都か。いや、帰りに寄らしてもらう」

 帰りに王都巡りするつもりなのだろう、と俺が尋ねると、こいつは頷いてくる。

 月一度、俺は師匠の元に通っている。俺の家はお金持ちと言えるほど裕福な方ではないので、師匠の元に通えるのは月一になってしまう。俺の師匠はただ同然で見てくれているので、我が家の家計の負担にはなっていない。ただし、俺のお小遣いの大半は王都への交通費になってしまう為、雀の涙ほどしか残らない。その為、いつも金欠状態と言える。

 この前、師匠の依頼の手伝いをした時、少しばかり、手伝い賃としてもらい、懐に余裕ができた。

 昨日、師匠に頼まれたことをしなければならないことがあり、その上、馴染みの鍛冶屋のおっちゃんのところに修理を出した剣が出来上がったと連絡があった。

 そう言った事情から、あいつに俺の剣を取りに行ってもらうように頼み、その報酬を渡したら、あいつはその仕事を全うしない上に、そのお金は王都行きのチケットに変わっていたというわけだ。

 帰りにでも、師匠のところに顔を出しておこう。もしここに来たことがばれたら、どうして顔を出さなかったのか、と問い詰められるだろうから。

 すると、計ったかのようにアナウンスが王都到着を知らせてくれる。俺達は荷物を降ろしていると、その間に、王都に辿り着く。

 コンビクトにはお店がないという話なので、必要なものを買い足して、王都から発ったわけだが、荷物を軽くするべきだったと後悔することになった。結構歩くとは言っていたが、まさかここまで歩くとは思わなかった。汗がだくだくと額が流れ落ちてくる。

 一方、あいつは何食わぬ顔をして、どんどん歩いて行く。流石、8年前まではよく王都まで買い物へ行っていたというから、顔には疲れと言うものが見えてこない。

と言っても、こいつは一枚どころか、数枚の仮面(もしくは分厚い被りもの)を被っているのではないかと疑ってしまうほどいつも無表情である。それは感情がないと言うわけではなく、表情を出すのが苦手と言うだけらしい。ひょっとしたら、他の奴らなんかより、こいつは感情豊かかもしれない。

「あともう少しです。もうひと踏ん張りです」

 こいつはそう声を掛けてくる。

 こいつはリュックを背負い、護身用として、細剣を腰にしている。どの国にも、盗賊、山賊など悪事を働く連中は多い。そいつらは女子供だとしても容赦はしない。特に、この国は戦争をしょっちゅう行っているため、この国の一割が貧困に喘いでいる。だから、悪事を働く連中が多くなっても仕方がないことかもしれない。

 現に、ここまで歩いている間に、少なくとも、盗賊と数回遭遇している。全て、こいつが蹴散らしてくれたので、俺の出番は全くと言っていいほどなかった。といっても、こいつは腰にしている細剣を使うことなく、体術で倒してしまうのだから、それはこいつの凄さを物語っているだろう。本人曰く、細剣は飾りであり、少しでも強く見せる為のものだと言っていたが、本当のことは分からずじまいである。

 それを言ったら、俺が背負っている大剣の方が飾りに見えてしまうのではないかと思う。こんな大剣を持っておきながら、こいつに全て任せっきりにしているのだから。

 そうして、歩いて行くと、町が見えてきた。話によると、この町は旅人の為の宿屋町らしい。この町からコンビクトまではそう距離はないらしい。

「ここで、少し休憩してから行きます。確か、ここには休憩所がありました」

 こいつはそう言って、とある店に入り、飲み物を頼み、俺の分の飲み物を渡してくる。席に座って、飲み物を飲んでいると、

「………おや?あんた、アオちゃん?久しぶりだね。顔を見るのはあの時以来だね」

 この店の店主らしい女性がこいつの顔をじっと見て、そんなことを言ってくる。

「お久しぶりです。貴女も元気そうで何よりです」

「そう言えば、覚えているかい?王都でお買いものに行った後、ここで飲み物飲んでいたねえ。いつも、品物を値切って、余ったお金を使ってさ」

 彼女は懐かしそうに話しかけていた。どうやら、こいつは故郷にいた時も、同じことをしていたらしい。

「はい。貴方の店のジュースは美味しかったので、寄っていました」

「嬉しいことを言ってくれるね。それと、そこの格好いい兄ちゃんはあんたの彼氏かい?」

 彼女は俺の方を見てきたので、俺は思わずむせてしまった。

 何で、俺がこいつとコイビトカンケイを築かなければならないんだ。

「はい。両親に彼を紹介する為に来ました」

 こいつは否定することもなく、むしろ、肯定するようなことを言いやがった。

「お前の頭は自分に都合のいいように書き換えるハイスペック機能でも付いてんのか?」

 思わず、頭をペシッと叩くが、こいつは応えない。

「私は言いました。貴方に付き合って下さい、と。ですが、貴方は断りました。だから、私は決めました。貴方がはいと言うまで、付きまとうつもりです。ですが、貴方よりいい人がいたら、鞍替えするつもり満々です」

「お前の将来はストーカーか!?しかも、俺よりいい人と巡り合ったら、捨てる気満々とか、最低の中の最低だろ」

 誰がそんな奴と付き合いたいと思うか。

「はっはっは。面白い子だね。それより、あんたら、コンビクトに行くつもりのようだね。悪いことは言わない。アオちゃん、この彼氏を紹介するのはもう少し後にするか、今しか時間がないなら、紹介したら、帰りな」

 彼女は突然、真面目な表情を浮かべる。

「そこに何かあるんですか?」

「あんたらも知っているだろ?近々、戦争があるって。その関係か、国の兵士が明日、コンビクトに来るんだって」

「コンビクトって、国の兵士が寄るようなところなんかありましたっけ?」

「さあね。あそこは排他的だから、あまりそこに行く人はいないよ。まあ、コンビクトはこの国においての教会の総本山だからね。噂によると、国と教会が秘密裏に協定を組んで、教会の僧兵達が戦争に参加するとか」

 私も詳しいことは知らないけどね、と彼女は言ってくる。

 ここで言う教会とはこの世界のほとんどが信仰している“天空の神”を祭っているところである。世界各地に、その教会はあり、どの国の政治にもそれなりに、教会の力があるとも言われている。

 彼女の話を聞いて、俺は青い鳥を見る。こいつが両親と確執が生じ、俺の町へやってきた、と言うこと以外、俺はこいつのことは何も知らない。

 こいつが8年前のことは何も話そうとしなかった。あまりいい思い出ではなかったのなら、無理に話をさせる必要もないと思っていた。

 本当に、こいつは一体何者なのだろうか?

 俺達は彼女に礼を言って、店を出た。コンビクトに向かう間、お互い、無言のまま歩いていた。

「………貴方は何も聞かないのですか?」

 こいつはポツリとそんなことを言ってくる。

「聞いたら、答えてくれるのか?」

 今まで、頑なに話そうともしなかったのだから、聞いても無駄だろう。そう、俺は分かっているから。こいつは必要以上言わないし、聞かない。

「………一つだけ聞かせてくれ。お前は何でここに戻ってきた?」

 両親に勘当されたのなら、両親に会いたくて会いに来たというわけではない。それなら、どうして、お前はここに戻ってきた?どうして、俺を連れてきた?

「友達に逢いに来ました」

 こいつは俺を見て、はっきり告げる。

「友達と約束しました。外に出るお手伝いをします、と。だから、来ました」

「そうか。なら、ちゃんと守ってやれ」

 俺がそう言うと、こいつは「はい」と答えてくる。

 すると、建物が見えてくる。どうやら、そこがこいつの故郷である“コンビクト”という町らしい。

「今なら、引き返せます」

 こいつはそう囁いてくる。

「そうされると、お前が困るだろ」

 そう言って、その街へ踏み入れる。これで、後戻りはできない。

 俺にとって、こいつは不幸を撒き散らす害鳥でしかない。だが、こいつの友達にとっては幸せを運ぶ鳥であって欲しい。その為なら、甘んじて、その不幸を受けよう。

 それが俺流のこいつへの信頼の形だから………。


感想、誤字・脱字などがありましたら、お願いします。


次回は6月2日(日曜日)に投稿予定です。


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