03.
飯垣の死から二週間。死は止まらなかった。止まるとも思っていなかったけど。
学年には4クラスもあったのに、1クラスが廃止されて3クラスに組み分けがなされていた。とにかく仲のいい友達同士をくっつけるように全体が再編され、無邪気に喜ぶやつもいたけれど……。
つまり、大人たちも寄生光に対して拒絶なり受け入れるなりのスタンスを明示できず、流れるままにするしか無いってことなんだ。
最初に報道されて以来、国や国連からの新しい発表はされていない。
悲惨な事実でもいいから、新たな情報がほしい。でなければ、明日には自分も狂ってしまう―――。
オカルトが好きな人間は、解明されていない摩訶不思議な事象から、アニメ的フィクションにまで寄生光を当てはめて考え始めていた。
「一城の家ではさっきやってたテレビ見てたの?」
「見てたよ。双子が離れていてもお互いの感覚を共有するのは、光を媒介にしているからだ、って奴だろ」
「あれ、ホントだと思う?」
「可能性はゼロじゃないさ。証明はできないだろうけど」
窓を開けて、お互いベッドの上に座りながらグダグダと会話を続ける。
幼い頃、俺が一人部屋をもらったら茜もゴネはじめて今の部屋を譲ってもらっていたという恥ずかしいエピソードがある。
親父さんを追い出して手に入れた部屋で、毎晩遅くまで笑っていた俺達は当然怒られていたのだが。成長にともなって疎遠になっていた『夜のおしゃべり』が、最近は再開していた。
寄生光による自殺が多いのは、夜だ。あたりに光が満ちている時間ではなく、暗闇の中で一筋の光が刺す時間のほうが、心を蝕むらしい。
……などという情報から子供の夜遊びを控えさせるように、というPTAからの通達は、どこからか子供たちに漏れてしまっていた。
茜から「ちょっと話さない?」というメールが来たのは、最近の話じゃない。
「人間の脳で使われていない部分が、この光送受信装置だって説は?」
「どちらかって言うと、この寄生光が俺たち人間の魂そのものじゃないか、って説のほうが俺は好きだけどね」
「魂、そのもの?」
茜は窓縁に上半身を乗り出して、俺の話にくらいついてくる。
「この方が楽だから」とひしゃげられてるパジャマの中のクッションに目が行くけれど、空を見上げて僕は仕込んだばかりの知識をつらつらと話し続ける。
「今日の物理の授業で、ナカ先が言ってただろ。『寄生光という存在について科学的に分かっている事は少ない。だが、光について分かっている事はある』って」
● ○ ● ○ ●
今日の授業の範囲は、光についてだ。
まず始めにナカ先……中林という女教師はそういって教室のドアを指さした。
「光に関する問題なんて、受験になったらちょいと勉強すりゃそれでいい。欠席扱いにはしないから、話を聞きたくない奴は一分以内にここから出て行きな。図書室にでも行ってくるといい」
何人かの生徒(不安そうな顔をした奴と、幾人かのサボり魔)が出て行って、ナカ先は黒板に波を書いていく。
「光について、私たちは全てではないが、長いこと研究してきた。結論として、光というのは音とかと同じ波に過ぎない。少なくとも、お前ら高校生はそう思っていればいい」
カカッと教科書に乗っている公式を黒板に書くと、ナカ先は僕らに振り向いて楽しそうに笑った。
「つまり、寄生光ってのは、この波が知性を持っているって事だ。じゃあ堂上さん、他に知性を持っている存在には何があるとおもう?」
堂上は茜の事だ。彼女は指名されて立ち上がったものの、「えーっと……」と言うだけで何かしか答えるものはないようだった。
彼女が首を傾げてこちらに視線を向けると、ナカ先は今度は僕を指名した。
「皆川、お前はどう思う」
「例えば、音とかですかね」
「そうそう。波がただの物質の振動ではなく知性の容れ物であったとしたなら、音だって知性を持ってたっておかしくない。水が揺れて、例えば海の波だって知性をもった巨大な生命体かもしれないし、こうやって机を叩いて振動しているいまこそ、あらたな生命体が生まれているのかも。
なーんて、馬鹿らしくないか?」
● ○ ● ○ ●
「でも、中林先生は、そんなこと言ってなかったよね? 振動が命を持つなら、こんな一瞬で生まれて消えるものに」
「命じゃない。知性だろ」
「何が違うの?」
「……光は生きてない。それはもう確実で、分かってることだろ。人間の知り得ない範囲で振動が命だったとしても、分かってることだけ並べれば、光は命じゃない。だけど光は知性を持ってる」
つまり
「命は、知性とは関係がないってこと?」
「そういう考え方もあるかな―って話だよ。命ってのが単純に肉体が機能してることだって割り切ってみると、じゃあ俺達の知性ってなんだろーってことだよ」
茜が納得したような顔でポンと手を打つ。ぷるんとクッションが揺れた。
命は、今も動いている。そして知性もまた、僕の中にある。
「それで、知性は魂そのものだって言うの? 魂は科学的に分かってることじゃないじゃん」
「だからさ、そのヒントが寄生光なんじゃないのっていう……妄想だよ」
俺達の、脳なのか心臓なのか、もしくはハートなのか分からないけど、どこかに震え続ける振動が居るんじゃないか。
もしもそれが魂だとしたら。
「気持ちは振動のように、高まりあったりするだろ。今はただの妄想だけど……思うんだ、僕は。寄生光は僕らを宿主として生きる、別の知性体じゃないんじゃないかって」
もはや科学の話じゃなくて、それは創作の類の発想だ。
今はそれでいい。
だけど、いつかハッキリさせてやる。その日が来てしまうよりも早く。
「なるほどねぇ。じゃあ、あの星の光も、私達も、おんなじなんだね」
「……お前って意外にロマンチストというか、ポエマーな」
「一城が持ちかけた話でしょうが!」
くまのぬいぐるみを振りかぶったまま硬直した茜は、その手を下ろすと窓枠に足をかけて、
「ちょっ、おまっ!?」
「いょっと!」
こっちの部屋までジャンプした。
勢いを殺しきれずに押し倒され、二人でベッドに倒れこむ。
「……なにやってんの、お前」
「へへん、夜のお泊り会も復活、ってことで」
「ガキじゃねーんだから、それは怒られるだろ……」
主に俺が。
「今日、こうしている間にも、怖くなっちゃう人がたくさんいるんだね」
「それが明日、僕達や、家族の順番になるかも分からない」
だから、やるんだ。
「それを止めるためにも、知らなくちゃいけないんだ」
光と、振動と、知性と、魂と。
だから、言うんだ。
「僕がそれを突き止めるまで、我慢しろよ」
「……私のため、ってこと?」
「……お前みたいなタフガイが耐えらんなかったら、僕だって耐えられないだろ。僕は死ぬのも怖いんだよ」
茜が馬乗りになって振りかぶったパンチをなんとか抑えこむ。
しばらくそんな状態が続いて、ふっと彼女の力が抜けた。
「分かったわよ。お願いする」
「おう」
その日、僕らは初めてのキスをする。
お互いの中で、何かが強く共振しあった。