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02.

 

『本日のニュースをお伝えします』


 テレビの中では今日もニュースキャスターが明るい声でニュースを読み上げている。ニュースといってもどうでもいいものばかりだ。

 俳優が結婚し、動物園で小学生向けのイベントが催され、株価が上がって下がって。

 だけど、テレビでは流されない悲劇が世界中で起きている事を、誰もが知っている。まるで腫れ物のように触れられない現実を知るために、朝食をもたもたと食べながら、僕は手元のタブレットで検索をかけた。


―――寄生光(パラサイト・ライト)


 一ヶ月前に公表されたその存在は、人類を激しく揺らがせた。

 読み終えている考察サイトは飛ばして、掲示板を確認する。彼ら……そう呼んで良いかはさておき、寄生光については一言に集約できるからだ。


 こうしている今も、光は僕たちの脳内に侵入し、心を盗み見ている。


 逆に言えば、公式に流布されている情報はそれだけしか存在しない。

 曰く、全ての光は繋がり合い、彼らは光として交差することで他の光の持っている知を共有することが出来るのではないか。

 曰く、光だけではなく、その元となるエネルギー自体に知性が潜んでいるのではないか。

 曰く、だとすれば僕たちの知性も光そのものなのではないか。

 半分オカルト、残りの半分が妄想、最後にちょっとばかりのエセ科学用語。その全てが推測に過ぎなかった。


 某国で開発されていた光半導体(CPU)、つまり光そのものに情報を載せる研究が実用段階に入ったある日、コンピュータ内に突如発生した無数のデータ。それらが解析された結果、データの主は自らを光そのものであると主張していたのだった。

 一節には光が混入して偶然人間の理解できるメッセージになった、という解釈もある。しかし、それが我々の使う文字の電子情報となる可能性がどれくらい低いか。

 そしてその言葉が『何度も会話として成立する』という可能性は、もはや議論する必要など無いだろう。


 人類が現在得ている事実の一つは、光そのものが語りかけてきたということ。

 そしてもう一つ。彼らは人間の眼球へと侵入し、我々の脳内にある一切合財を読み取っていけるということだ。


 寄生光は、地球の裏側でいままさに起ころうとしている事柄について知り、そして人間の心……脳から外に発されない情報についても知り得ていたという。

 例えば、窓の外でとある男性がタイピングした文字を、光CPUの搭載されたPC内に吐き出させるという実験結果が、世界では広く知られていた。寄生光はタイピング内容を正しく吐き出し、そしてそれ以上の情報を出力した。

 実験に協力した男性は、過去に殺人を犯し……逃亡中の身だったのだ。

 寄生光がもたらした情報通りに操作を進め、彼を捕まえるだけの材料は見事に揃い、そしてこのニュースは歯止めをかける間もなく世界中に広がってしまった。


 そんな現象が、実は数億年前から延々と続けられ、光達は僕らが猿だった頃から、盗み見ていたのだろうと推測されている。

 僕に実感はない。いつも通りの朝、いつも通りのくすんだ蛍光灯。

 ただ想像力だけが膨らんでいく。寄生光を知る全ての人類が、その想像を膨らませた。

 頭のなかに知らない知性が住み着く妄想。

 心地良いと浴びていた朝の光が、体の中に文字通り染み渡っていたという事実。

 恐怖に駆られた人間が命を捨てるには、十分な妄想(おぞましさ)だった。

 そして結果的にだが、寄生光について戒厳令の敷かれたこの世界で、僕達は寄生光が情報を盗み取り、それ以上の事を僕らにしでかしている一つの事実を突き止めていた。


一城(かずき)、そろそろ支度なさい」

「もうそんな時間?」

「今日のお宅は遠いんだから、早めに出ないとだめでしょ」

「……分かったよ」


 静かに叱る母親にリビングを追い出され、学校の制服に着替える。

 高校の制服は、心持ちのせいか、やたらと肩に重くのしかかってきた。一限が苦手な数学だからってわけじゃない。



 今日は、クラスメイトの葬式だった。



   ● ○ ● ○ ●


『もう、耐えられません』


 その一言を残して命を絶っていく人が続出している。

 世界中の、ありとあらゆる場所で、まったく繋がりのない他人が、同じ遺書を残して死ぬ。

 自殺の方法はたった一つ。

 眼球から脳を貫通しての死亡。

 マスコミは面白がって特番を組み、この自殺方法は一瞬にして世界中に広がっていった。まるで光がまたたく前に地球を周回するように。

 そして、自殺者たちが死の直前まで寄生光のことで気を病んでいたという事実がネット上に出回りはじめ、ある一人の発言が匿名掲示板で燻っていた炎を大きく燃え上がらせた。


『もしかして、寄生光は俺らの脳に直接影響を与えてんじゃねぇの』


 読み取り専用だと思っていたから許容できていた存在が、一転して読み書き両用可能な寄生生物だという妄想。

 情況証拠としては妄想ではなく、裏付けがないだけの事実といってもいいぐらいにクロい発言。




 南無妙法蓮華経。

 一ヶ月前まで気さくに笑っていた女の子だった。ただのクラスメイトだけど、笑い声のよく響く、バカっぽい子だと思っていた。

 テレビばかり見ていて、ニュースに騙されて、ドラマに熱を上げて、占いに一喜一憂。

 そんな彼女、だからこそ、だったのだろうか。

 内心に押し込めていた、友人への不満。愚弄。侮蔑。

 気のせいに近い第六感、周囲への疑心。警戒。恐怖。

 それら全てが露呈し、追い込まれるという被害妄想。


 思春期の妄想だと笑わば笑え。僕たちの世代にはそれらが現実の(リアルな)物だという裏付けが現れてしまったのだ。

 だって、アイツラは、僕達の考えを盗んで誰かの脳にだって―――。


 南無妙法蓮華経。

 涙する同級生がいる。教師がいる。だがその中に、冷えた目をした者が、確実にいる。

 巧妙に隠すための仮面。

 その奥にある心だけは、自分の誰もが、直接は知ることの出来ない神秘の宝箱。

 だったのに。

 防ぐには脆すぎる。傷つくには大事過ぎる。

 だから少しだけ分かる。自殺してしまう奴の気持ちも。


 でもさ。彼女はちょっとでも考えただろうか。

 考えずに、もしもあの世に行っちまったんなら、可哀想だな。


   ● ○ ● ○ ●


「一城、なんか笑ってたでしょ?」


 帰り道、横に並ぶ幼馴染が脛を軽く蹴ってくる。


「笑ってないよ」

「ウソ。笑ってなくたって伝わるんだからね」


 どっちだよ。こんどこそ本当に呆れ笑いが出た。


(あかね)こそ、僕のことより葬式に集中しないとダメじゃん」

「……でもさー。こう毎日毎日誰かが死んでっちゃうんじゃさ、そんなに悲しんでらんないっしょ」

 彼女がつく溜息の奥。うんざりするような感情が分かるのも寄生光のおかげかな。くだらない。

 最近は毎日のように同級生が死んでいく。もちろん大人だって死んでるし、集団自殺をはかる奴らもいる。だけど若者、特に未成年の自殺数は尋常じゃなかった。

 なにせアレだけ『自殺』を楽しそうに報道していたマスコミも、ここ二週間ほどは自殺のニュースを流さなくなった。一部では自死という言葉に切り替えて討論番組などをやっていたりもするけれど、もはや自殺の勢いは止まらなかった。僕たちは知ってしまったのだ。否応なく自分の体に寄生光が入り込む恐怖から逃れるすべを。


 クラスメイトには、

『今日は誰も死ななかったから、一日授業かよ、タリーな』

 とか、声を大にして言うやつもいる。

 だけどそういう気丈を演じている奴が、休み明けにころっと『もう、耐えられません』などと逝ってしまう事もあった。

 そして『アイツだって耐えられなかったのか』と引きずられる者が出て……。

 死というものを子どもたちに忌避させようという意図があるのだろうか。僕の住む県では、誰か自殺者が出た場合はクラスが半日休みになり、葬式に足を運ぶ事が通例になっている。


 ちなみに、今週の頭に行われた『なりたい職業アンケート』はぶっちぎりの一位で『葬式屋』が選ばれていた。

 世も末だ。

 振り返れば、火葬場から今日も煙が登っている。

 連日大繁盛で、格安プランまで出始めたくせに、通夜から火葬まで何日も待たされるらしい。


「でも、通夜は良いけど、火葬に出るのは怖いよね」


 茜がペットボトルの水をゴキュゴキュと飲み干して、同じように火葬場から登る煙を見上げていた。


「なんでさ?」

「だって(ひかり)って燃焼と一緒に放出されるでしょ。死んだ人間のエネルギーがそうして私の中に入るかもって思うと……」


 火葬の光は分厚い鉄に阻まれて届かない。だけど光は一瞬でも他の光と交錯したら、情報を伝達できる。


「私はさー、ナオちゃんとは全然話さなかったからいいけど、一緒にグループになってた子達は、また考えこんじゃうかもね」

「飯垣の魂はあの世に行ったんじゃねーの。だったら、こっちには何も残ってないだろ」

「それはそれで寂しい考え方の気もするけど」


 茜はタフだ。

 冷静なふりをして、毎日朝昼晩と寄生光について調べてないと不安で仕方のない僕の方が、どちらかというといつ自殺するか分からない。

 でも女の子だ。

 なんとなくだけど、自殺者には男よりも女のほうが多いような気がしている。

 茜は飯垣に引きずられることはないだろうと思う。だけど、僕はもう知っている。アイツラが僕達の命を引っ張っていく力は強すぎる。

 一緒に歩いているだけじゃ、だめなのかもしれない。


 会話が無くなったまま家の前に辿り着く。一旦お互いの家に戻ってから、昼ごはんを食べて、午後にはまた一緒に学校に行くんだろう。いつも通りに。

 だからまぁ、せめてちょっとだけ昼飯がうまくなるようなイタズラをしてやりたくなったわけで。


「なぁ茜。もし光が怖くて死んだとしてもさ……あの世って真っ暗で何も無いのかな? あの世にも光が有ったとしたら、飯垣は……」


 ドアノブに手をかけたまま互いに視線を交わし合う。

 俺達の目に反射して入ってきた光は眼球のレンズで一部が反射され、彼女の眼球と俺の眼球に伝わり合う。

 彼女が目を吊り上げて肩をブルッと震わせ、間髪入れずにドアの隙間から家に避難した。


「こっの、バカ一城!後で覚えときなさいよ!!」


 家の外から、バンッ!と閉められる隣家のドアの音。

 リビングから顔を出した母が呆れた顔なのも、もう慣れた。


「アンタねぇ。気の利かせようってのもあるでしょう」

「今のがベストなんだよ」

「ハイハイ。今日の昼ごはんはチャーハンだから、さっさと食べて茜ちゃんに謝ったら学校に行きなさい」

「……昨日と同じじゃん」


 ちなみに昨日も葬式で午後通学だった。

 その前も、その前も……手抜きにも程がないか?


 気が利かねーのは親譲り。

 午後一番の言い訳はこれにしようと頷きながら、ちょっとしょっぱいチャーハンをかきこんだ。


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