2 ベルリン
ラインハルト・ハイドリヒの棺の中に少女が紛れ込んでいた……。
マリー・ロセター。
彼女はそう名乗った。
響きから察するに、彼女が告げるようにイギリス系の名前であることには間違いがない。しかし、年若いせいか線の細い印象の娘は金髪碧眼で確かに北方系の白色人種であることをうかがわせた。
仮に他国の情報部の人間だとして、どこからどう見てもゲルマン民族の諜報員に対してこうもあからさまにイギリス系の名前を名乗らせるとは思えない。ドイツに潜入させるならば、もっと無難な名前を選ぶだろう。何よりも、奇妙だと感じたのはマリー・ロセターと名乗った少女の表情だった。
彼女が情報部の人間であると仮定するならば、あまりにも感情を表に出しすぎる。もっとも、それも計算のうちであるというならば、年端もいかない少女であるというのに末恐ろしい素質を持っているとも思える。
どちらにしろ、アンバランスすぎるのだ。
執務机についたシェレンベルクは目の前の白い紙を見つめたままで考え込んだ。
そもそも問題の少女――マリー・ロセターは、彼が名前を名乗っていないというのに「言い当てた」のである。
それがどれほど異常なことであるのかは、誰だって少し考えればわかるはずだ。胸の前で両腕を組んだシェレンベルクは小さくうなってから片目をすがめる。
ヴァルター・シェレンベルクは国家保安本部内でこそ、大物スパイとして有名人であるが、彼自身が諜報部員であるということから国外ではそうでもない。彼の存在は国外にあってはひた隠しにされているといってもいいだろう。
さすがに親衛隊全国指導者であり、全ドイツ警察長官でもあるハインリヒ・ヒムラーが直々に出てくるようなことでもないとは思うが、問題が問題だ。
組織の下部に当たる捜査官たちに任せられる問題ではないように思われた。
「さてどうしたものかな」
現在状況を知るのはヴァルター・シェレンベルクとハインリヒ・ヒムラーだけであるとも言える。
棺の中から発見された少女は一旦、腹部と胸部の怪我の治療のためベルリンの総合病院へと移された。その病室の入り口には常にふたりの親衛隊員の監視がついており事実上の軟禁状態におかれている。
不可思議なことは彼女が暗殺されたラインハルト・ハイドリヒと同じ場所に傷を負っていたこと。
ヴァルター・シェレンベルクは諜報部の人間であり、極めて現実的な思考を持っている。しかし、そんな彼をもってして理解不能な現実を突きつけられて、大きな困惑を感じていた。
なにより、該当の人物の混乱も甚だしいのではあるが。
「ふむ……」
何度目かの独白を吐きだして、シェレンベルクは首を傾げた。
いったいなにが起こっているのだろう。まず、それを突き止めなければ話にならないし、真相究明などできるわけもない。
万年筆を手にした彼はキャップを外して白紙を見つめると思案に暮れる。
結局、書類に残すことに対する危険性を配慮して、万年筆にキャップをすると立ち上がった。
問題は非常にデリケートだ。
最も重大な問題は国家保安本部長官であるラインハルト・ハイドリヒ親衛隊大将の遺体が消失したことで、その次の問題はハイドリヒの棺の中にいた正体不明の少女の存在だ。そもそも釘を打ち込まれ、閉ざされていたはずの棺桶の中から死体が消えることなどあるわけもないし、代わりに少女が入り込む余地などあるわけもない。
手品でもあるまいし――。
さすがのシェレンベルクでもひとりではどうすることもできない状況に、盛大な溜め息をつくと彼は電話の受話器を上げた。
「失礼します、親衛隊中佐殿」
そこへ入室してきたのは彼の知己の一人とも言えるゲシュタポの捜査官だ。
ラルス・シュタインマイヤー親衛隊大尉。
国家保安本部国家秘密警察局の捜査官で、シェレンベルクが他部署の人間ながら厚い信頼を置いている。
「シュタインマイヤーか、どうした」
彼の来訪に、革張りの椅子に腰をかけ直したシェレンベルクは、探るような眼差しでシュタインマイヤーを見つめた。
「はい。ベルリンの病院の、例の少女の件でご報告があります」
傍目には敵性分子排除部の捜査官がなにをやっているのだと、問いただされそうな状況だが、こういった緊急事態に際して、他部署の人間であっても信頼できる相手に仕事を任せるのはごく当然の成り行きだろう。
「言え」
「はい、先ほど病院を抜け出そうとしまして、親衛隊員が取り押さえたのですがその際に無礼者と、口走ったそうで……」
「……なんだって?」
報告は明瞭簡潔に、と常々指示してあったから、おそらくその言葉のままなのだろう。
どうにも少女の発言といい、報告の内容といい全てがちぐはぐだ。
「わからんな」
腕を組み直して考え込んでいるシェレンベルクに、シュタインマイヤーは目線をおろすようにしてわずかに頭を下げた。
「はい」
国家保安本部の捜査官たちから見ても不可解な出来事が起こりつつある。
「このことを他の誰かに漏らしたか?」
「いいえ」
「そうか」
うなずいてから再び数秒考え込んだシェレンベルクは、眉間を寄せたままで腕の良いゲシュタポの捜査官に視線を向ける。
「”フロイライン”の件だが、イギリスの方に探りを入れる。その間、管轄違いになるだろうが、できる限り情報を引き出せ。あるいはイギリスか、もしくは連合側の秘密工作員という可能性も考えられるが、慎重に動け。さもないと懐柔が困難になるかもしれん」
「承知しました」
少女が英仏連合の秘密工作員であるという可能性は捨てられない。しかし、シェレンベルクは思いもするのだ。あるいはただの少女なのかも知れない、と。もしも本当にただの少女であった場合、その後の処遇も問題だった。
いずれにしろ、なにもなかったとしても犯罪者として強制収容所に送らなければならないだろう。
執務室から出て行ったシュタインマイヤーを見送って、シェレンベルクは首の後ろを手のひらで撫でた。そういった行為に罪悪感を感じないのか、と問いかけられることがあるとすれば、彼はこう答えるだろう。
――無実の罪の人間に罪をかぶせ、逮捕することにはもう慣れてしまった。それが年寄りであれ、女子供であれ関係ない。
彼女がただの少女であった場合の罪は、ハイドリヒの死体を隠し、そしてその棺に潜り込んだこと。
血の粛清を下すのが”彼ら”の仕事だった。
見事な鉄面皮に戻ってから、改めて電話の受話器を上げたシェレンベルクはダイヤルを回した。
*
病室を訪れたシュタインマイヤーが、扉を開くと容赦なく枕を投げつけられた。
咄嗟に片手を上げて枕を受け止めながら両目をつり上げる。次に彼が見たのは上半身ほぼ裸の娘が胸を片手で隠すようにしながら、花瓶を手にするところだった。
「フ、フロイライン……っ!」
扉に立っている男が、ナチス親衛隊の情報部の人間であることと、そんな相手に容赦なしに花瓶を投げつけようとしている少女を呼んで、傍で着替えを手伝っていたらしい看護婦が動揺しておろおろとしている。
どうやら着替えの真っ最中だったらしい。
「なに勝手に入ってきてんのよ! 女性の部屋に入るときはノックのひとつもしたらどうなの!」
どうやらラルス・シュタインマイヤーの存在は、少女が最初に出逢った男たちよりも格下であると認識されたらしい。
頬を赤く染めながら胸を隠している様子に、シュタインマイヤーは「失礼」とつぶやきながら病室を出て扉を閉じる。
扉を閉じてから、シュタインマイヤーは小首を傾げた。
どうして天下の国家秘密警察の捜査官である自分が小娘の言葉になど従っているのだろう。そんなことを考えていると、しばらくしてから小さな音がしてドアノブが回ると、看護婦が顔を出した。
「どうぞ、親衛隊大尉殿」
「ありがとう」
改めて病室へと足を進めると、そこにはベッドの端に腰をおろした少女がいた。
肩にかかる金色の髪はアイロンでもかけたようなストレートだ。青い瞳はまるで空の青か海の藍を思わせる。
「君に話しを聞きにきたんだがね」
「”わかって”るわ」
ちらと自分の倍以上の年齢の男を見やってから、金髪碧眼の少女は視線を彷徨わせる。
「わかってる、わからない。わからないのよ……」
とつとつと言葉遊びのように綴る彼女は、眉をひそめたままで膝の上で拳を握った。
「どうして病室を出ようとした?」
「……ただ、夢の内容を確かめたかっただけよ」
「は?」
「夢で見たのよ。同じ風景、同じ光景。わたしが夢で見ていた光景があんまりそのままだったから、確かめたかっただけよ」
けれども病室を出た途端、監視していたらしい屈強な男たちに押さえ込まれてしまった。
日々の生活でダイエットに勤しんできたマリーは元々それほど大柄なほうではないから、大人の男たちに押さえ込まれてしまっては逃げる術などない。
「ここはドイツなの?」
まっすぐに青い瞳を上げた彼女がシュタインマイヤーに尋ねる。
「……そうだ」
「そう……」
「ドイツ第三帝国、その首都――ベルリンだ」
ラルス・シュタインマイヤーの言葉に、沈黙したままでうつむいている少女は言葉を選んでいるのかじっと睫毛を揺らしている。
「ひとりで、外に出るのはダメなの?」
「君の素性がはっきりしないからな」
「……監視がいれば、いいの?」
「場所による」
時に威圧的になることが、真実への回り道になることをシュタインマイヤーは知っていた。しかし、それにしてもまだこの少女に対してどう立ち回ればいいのかわからない。
「シェレンベルクを呼んで。”ハイドリヒ”の遺体の在処を言うからって」
唐突に、彼女はそう言った。
棺の中に閉じ込められていた少女。
マリー・ロセターはハイドリヒの遺体のありかを言うと、シュタインマイヤーに告げた。
「わたしには話せないか?」
「……あなたじゃダメ」
なにかを思い詰めているような彼女は、重大な秘密を抱えているようでシュタインマイヤーは壁に寄りかかったままで鼻から息を抜いた。
*
六月四日。
五月二七日にイギリスに逃れていたチェコスロバキア亡命政府の手によって、テロリストの攻撃によりドイツ第三帝国の国家保安本部長官であるラインハルト・ハイドリヒは命を落とした。
それが紛れもない事実で疑う余地はない。
ラインハルト・トリスタン・オイゲン・ハイドリヒ親衛隊大将。
国家保安本部の初代長官であり、ベーメン・メーレン保護領の副総督を務めた冷徹で辣腕の指導者である。
彼のその冷徹な判断力と、必要であれば政府高官すらも容赦なく切り捨てる手腕から「金髪の野獣」と恐れられた。このためハイドリヒが死んだことによって、誰よりも安堵の吐息をついたのはドイツ第三帝国の政府高官たちであったとも言えるのかもしれない。
そんな恐怖の代名詞とも呼ばれたハイドリヒの遺体が消えた。
彼に対する評価はどうあれ、それは極めて重大な事件だった。
そして棺桶の中には代わりのように少女が閉じ込められていたこと。
「……親衛隊大尉殿、よろしいですかな?」
控えめなノックの音が響いてひとりの男が病室を覗いた。
白衣を身につけた壮年の男だ。
「少々お話がございます」
ゲシュタポの男を前に物怖じすることもない彼は、腕の良い外科医だった。権力になびくこともなく、また興味を持たないこの男は生粋の医師である。
「不可解な話ですので、よろしければこちらで……」
穏やかに微笑する男はそっと開け放たれた扉に体を寄せてシュタインマイヤーに病室からの退室を促した。ナチス親衛隊の士官が相手であるというのに全く動揺もせずに淡々とした医師を突き動かすのはただ人の命を助けたいという本来の崇高な目的だけだ。
そうして医師は、ふたりのやりとりをじっと見つめている少女ににこりとほほえんでみせてから、ゲシュタポの捜査官を伴って病室を出て行った。
この医師は奇特な男で政府高官の侍医になることもなければ軍医として戦地に赴くことも選ばない。時には政府側から打診されることもあったがやんわりとその申し出を断り続けて今に至る。
彼がハイドリヒの治療に当たっていればあるいは助かったのだろうか。
医師の男は病室を出ると人気のない廊下の片隅で辺りに目を配りながら口を開いた。
「どうにもおかしなことが起こっています」
「……――」
無言のまま彼の言葉の続きを待っているラルス・シュタインマイヤーは廊下の先に視線を放った。
「彼女の腹部と胸部の傷のことですが、急速に治癒しつつあります。小柄であることが本人の体力の差異につながるわけではありませんが、あれほど急速に傷が良くなることなどあり得ないことです」
そう。
たった一日で見違えるほど傷が回復に向かっている。
「なにが言いたい」
「原因はわかりません。わたしは医師ですから非科学的なことは信じませんが、このような事例は今まで見たことがありません」
わたしは医師である。
その部分に強い力を込めて告げた男は、うなるように息をついてから眉をひそめた。
「写真を見ますか?」
「……見せてもらおう」
応じたシュタインマイヤーに、医師は白衣の内ポケットから二枚の写真を取り出した。
「こちらが、昨夜この病院に運ばれてきたときに撮影したものです。そしてこちらが今朝撮影したもの。もちろん、他の患者の写真を間違えた、などということは断じてありません」
シュタインマイヤーの目の前に差しだされた写真は、一枚は赤い傷が痛々しい程腫れ上がって口を開いているというのに、翌日の写真では腫れがだいぶひいていた。
「ここを見てください、ここに新しい肉芽がもりあがってきているのがわかるでしょう? おそらく、推測でしかありませんが、今の彼女は相当の体力を消耗しているはずです。これだけの変化を急速に起こすにはそれだけの負担がかかっているはずですから」
「わたしはゲシュタポの人間だ。対象が死のうがなんだろうが関係はない。それで、何が言いたい」
「つまりですね、彼女は今、病室の外に連れだすのは好ましくないと申し上げたいのです。あなたがたが国家保安本部の捜査官であることは存じ上げておりますが、でしたら尚のこと、尋問をしたい相手に死なれるのは困るのではありませんか?」
病室から出せば死ぬ。
彼は暗にそう告げた。
「……病室から出るだけで、死ぬほど危険なことのか?」
「もちろん出た瞬間に死ぬということはないでしょう。しかし、彼女は現在、体の防御機能が大幅に低下している状況です。どんな細菌やウィルスがいるかもしれない場所へ連れだすということは医師としては大いに反対させていただきます」
病院に収容されている限りは自分の患者なのだと、彼はシュタインマイヤーに暗に告げる。
いわゆるドイツ女性たちと比べると、彼女は線の細い印象が否めないが病室から出ただけでその命が危険にさらされるとは考えがたかった。
それほどまで弱いのであれば、生きていく価値すらないのではないか。
そんなことをラルス・シュタインマイヤーはちらりと頭の片隅で考えた。
「とりあえず、わたしは医師として忠告するまでです。少なくとも国家保安本部の捜査官としてフロイラインから情報を引き出したいと考えるのでしたら、今は無駄な体力を消耗させるのは利にかなっているとは思えませんな」
対象に懐柔したいと考えるのであれば、無理をさせるな。
彼はそう言っているのだ。
つまりそれほど事態は逼迫していると言うことだ。
「なるほど、承知した」
言葉を返したラルス・シュタインマイヤーは、医師に写真を返すと踵を返して病室の入り口を守っているナチス親衛隊員たちにいくつかの指示を下すと改めて彼女の部屋へと入った。
「点滴なんてしなくても大丈夫よ」
「ダメですよ、あなたは自分が思っているよりずっと体が弱っているんですから。しっかり休んで、体力を取り戻さなければ」
腕に点滴の針を刺されてぶすくれている金髪の少女を眺めたシュタインマイヤーは、青い瞳を受けて小さく肩をすくめるとベッドサイドの椅子に腰をおろした。
「とりあえず、今はまだ君に手荒な真似をするつもりはない。先ほどの医者がな、君はまだ外に出られるほど回復していないそうで、外へ出歩くのは反対だと言っていた」
ラルス・シュタインマイヤーの言葉に少女は視線を外すと窓の外を見つめてから長い沈黙を挟んだ。
「……夢の中で、聞かれるのよ」
まただ。
また彼女の「夢」の話しだ。
「夢の中で、わたしと同じ金髪の、青い瞳の男の人に聞かれるの」
「夢?」
「そう、夢よ」
話の腰を折ったというのに、彼女はどこか淡々と言葉を綴った。枕に顔を埋めた少女は未だにシュタインマイヤーに自分の名前を名乗っていない。
情報部の人間を相手に大した度胸だ。
シュタインマイヤーはそう思った。
「夢の中で聞かれるの。おまえの名前はなんだって」
すごく高圧的な、威圧感のあるきれいな人に聞かれるの。
彼女はそう続けるとやがて首を回してからシュタインマイヤーをじっと見つめた。
「だからわたしは答えたわ。ラインハルト・トリスタン・オイゲン・ハイドリヒって」
ぞっとするほど静かな瞳で彼女は彼に告げる。
「子供の頃から何度も見ている夢よ。その人はわたしに、わたしの名前を聞くの。そしてわたしはいつもと同じ。その人に答えるの」
それ以上なにを言えばいいのかわからずに、彼女はじっと黙り込んでからやがて目を閉じると息を吐き出した。
「お医者の先生が言っていることもわかってるのよ。わたしの中には、わたしじゃない誰かがいて、わたしよりずっと頭の回転の速い人が教えてくれるの。これを言え、そしてこれは言うなって」
だから、わたしの知っていることは、あなたに言ってはいけないの。
寝台の上で静かに告げる彼女に、シュタインマイヤーは凍り付いたように動けない。彼女はなにを言っているのだろう。
そもそも、どういうことだというのか。
彼女は男に名前を尋ねられて「ラインハルト・トリスタン・オイゲン・ハイドリヒだ」と答えたのだという。
「だから、シェレンベルクを連れてきて。わたしは、あなたにはこれ以上なにも言う事なんてないし、わたしの中にいるわたしよりずっと頭の良い人は、あなたのことを信用なんてしていないわ。ここがどこかなんてわたしにはわからないし、わたしが言ったことはもしかしたらわたし自身を危険な目に晒すことになるのかも知れない。それも、わたしの中の”その人”が教えてくれた」
でも、魂の声に彼女は従う。
もしかしたらそれによって自分が危険な目に合うのだとしても。
その可能性が捨てきれなくても。
「わたしはその秘密を守らなければならないのだから」
天井を見上げるまっすぐな青い瞳に、シュタインマイヤーは底知れないなにかを感じた。
子供であるが故にまっすぐで純粋だ。
本来ならば彼女の年齢の男子ならヒトラーユーゲントへ。そして女子ならばドイツ女子同盟へと参加しているはずだった。手始めとして、ドイツ女子同盟。さらにナチス親衛隊婦人補助隊に彼女の名前を照合しているが結果は現れない。
今は彼の上官でもあるヴァルター・シェレンベルクが手を尽くして国内外の情報を集めていることだろう。
「シェレンベルクを呼んで、これは”命令”よ」
信じてもらえなくても良い。
疑われるならばそれまでのことだ。
いや、疑われて当たり前だ。
まともな神経をしていれば、そんな夢物語でも言うような子供の言葉など誰が信じるものか。
しかしそれでいい。
棺の中から「救出」されて以来、彼女の中で膨張していく意識がある。子供の頃から、その境がわからなくなることがあったが、それは棺の中から救出されて以来、より顕著なものへと変わりつつあった。
これ以上おまえに話すことなどなにもない、とでも言いたげな少女の様子にシュタインマイヤーは言葉を失った。