1 マリー
自分、という存在が剥がれて落ちていく。
鏡に映っている「もの」は「何」だろうか。そこに「居るもの」を「彼女」の「感覚」が「理解」できない。
呆然と、少女は青い瞳を見開いたままで、そっと細い指先を延ばして頬に触れる。自分の意志で、自分の指で、自分の顔に触れているはずであるというのに、それはどこか現実味がない。
自分の全てがバラバラになっていく。
今まで積み上げてきたはずのものが、全て崩れていく。
そこに存るのは白皙の肌の、金色の髪の、青い瞳の。
けれども違う。
――わたしは誰?
――あなたは誰……?
そこにいるのは。
ここにいるのは、はたして「何者」なのか理解ができない。
――「これ」は、「何」だ?
「マリー!」
不意に叫ぶような声に名前を呼ばれて少女は我に返った。
マリー・ロセター。
それが彼女の名前。
マリーを覗き込むブルネットの少女はどこか不審げな瞳を向けてから、鏡を凝視している友人に問いかける。
「どうしたの? マリー」
「……なんでもない」
なんでもない。
彼女はそう応じてから取り繕うようにほほえむと、軽くかぶりを振って踵を返す。
友人と共に図書館で勉強していたマリーは、帰宅の際に立ち寄った館内のトイレの鏡に捕らわれた。
どれくらいの時間、鏡に捕らわれていたのだろう。おそらく、トイレにしては長すぎるマリーを心配して呼びに来てくれたのだ。
好意的に解釈してからマリーは、隣を歩く友人の歩調に会わせるようにして歩きだした。
鏡を見つめていたときの、異様な感触を思い出す。
それはそう。
まるで、ゆで卵のようにその殻が剥がれ落ちていくような感覚。そして全ての殻が剥がれ落ちたとき、そこに現れるのは「本当の」自分。
「マリー、今度、マリーの幼なじみのマルコをパーティーに誘いたいの。お願い! 協力して!」
「……いいけど」
無邪気な友人の声に、つぶやくように言ったマリーは不意に声が聞こえた様な気がして顔を上げた。
時間がない。
「どうしたの?」
「……ううん、なんでもないの」
隣を歩く友人は、マリーの幼なじみであるマルコムのことが好きだった。何度も告白らしいことをしているのだが、マルコムが鈍いだけなのか、それともわざと気がつかない振りでもしているのか、一向に彼が返事をする気配がない。
「わたしからもいい加減返事をしろって言っとくね」
言いながら、マリーはほんのかすかに首を傾げて見せた。
特に違和感を感じ始めたのはこの数年だった。
まるで、今そこにいる自分が「自分」ではないような気がしてならない。そんな違和感は日に日に強くなっていく。
目の前にある現実が現実とは思えない。
目の前にあるテレビや携帯電話が不可思議なものに見える。
それらが何のための道具であるのかをわかっていて、それでもマリーは自分の中に芽生えてしまった違和感が拭いきれずにいた。
名前はマリー・ロセター。年齢は十六歳。国籍はイギリス。
それが紛れもない事実だというのに、彼女の中に存在する違和感は何だというのだろう……!
作り笑いを浮かべて友人の少女と別れたマリーは、一瞬後、眉をひそめたままで胸と腹部を押さえた。彼女はごく幼い頃から原因不明の痛みに悩まされていた。精密検査を受けてみても、彼女の体にはどこにも異常など見あたらなかった。
腹部と、肋骨のところに激しい痛みを感じる。
「時間がないのよ……」
それは直感だった。
そんなことがあってから、数日した六月四日。
隣の幼なじみのマルコムの家でホームパーティーが行われた。
「だからね、マルコ。いい加減イエスでもノーでも答えてあげなさいよ!」
「……あのな、俺は勉強で忙しいんだって何度言えば」
「だから、それを言ったらいいじゃない!」
つけつけと告げるマリーに、同い年の友人であるマルコムが鬱陶しそうな顔をしてから盛大な溜め息をついた。
「そんなこと言っても、あいつ結構ヒステリー持ちじゃんか」
「……それなら、わたしが言ってあげるから。どうなの? イエスなの? ノーなの?」
問い詰める彼女にマルコムは両手を挙げると降参ポーズを取った。
「わかったよ。ノーだよ」
「はっきりしないからいつまでたってもあの子がやきもきするんじゃないの。わかったわ、そういうことなら、伝えておいてあげる」
明るく響く声で言いながら、軽やかな足取りで階段を下りはじめたマリーは、唐突に腹部に走った激痛によろめいた。
「マリー!」
悲鳴と、自分の名前を呼ぶ友人たちの声。
――落ちる……!
腹部を押さえ固く目をつむったマリー・ロセターは、全身を硬直させるとそのまま暗闇の中へと意識が墜落していった。
*
その次に目が醒めたとき、マリーは暗闇の中にいた。
腕を動かしてみる。
それは箱だ。
目の前にあるのは低い天井で、彼女はそれを押し開けようとして強く両方の手のひらをついて腕を突っ張って押す。それでも蓋はがっちりと張り付けられていてびくともしない。
数秒で自分の状況をかろうじて認識するとマリーは顔から血の気がひくような感覚を覚えて頭の中が真っ白になった。
悲鳴を上げる。
「助けて……っ」
開けて……。
このままでは狭い暗闇の中で死んでしまう。
腹部と胸部の痛みもあるが、箱から出なければ話にならない。
何度も狭い箱の横や上を押したり叩いたりしているうちに、不意に声が聞こえはじめた。最初は控えめだったが、やがて不気味がってでもいるかのようなそれ。
「閣下の棺から声が聞こえるんだ」
「……棺から?」
くぐもった声が聞こえるが密閉された箱の中からではうまく聞き取れずに、マリーは眉間を寄せると今度こそ大きな音を立てて拳で強く叩く。
「開けて! 助けて……っ!」
彼女が怒鳴るほどの勢いで叫んで、しばらくしてからようやく蓋の周辺に軋むような音がして、暗がりの中に光が差し込んだ。暗闇の中で閉ざされてしまったマリーの瞳にはその光は目が眩むほど明るくて、思わず彼女は腕と手のひらで目をかばうようにして顔を覆う。
「どうしてこんなところに子供がいる……っ!」
そんなマリーの耳に聞こえてきたのは神経質そうな男の声で、丸い眼鏡をかけた中年の男は乱暴にマリーの胸ぐらを掴んで狭い箱の中から引き起こした。
「やっ……」
痛い……。
男によって無理矢理引き起こされたことによって走った肋骨と腹部の激痛に、マリーは細く華奢な手首を翻してさわり心地の良いフィールドグレーのスーツを押しのけようとして咄嗟に抵抗した。
その痛みは普通ではなかった。
まるで切り裂かれたような痛みにわけがわからなくなる。
呆然として自分の腹部を見下ろしたマリーは、片手で自分の腹部を撫でるように触れると今度こそ完全に失神した。
それからどれだけしてからだろう。再びマリーが目を開くと、その白い部屋にには先ほどつかみかかってきた神経質そうな男が壁を背中にして立っている。
その隣にいるのは、三十歳前後だろうか。
なかなかの二枚目だ。
「それで、これはどういう状況なんでしょうか……?」
神経質そうな、眼鏡をかけた男に問いかける若い男にマリーは枕の上で首を回す。
「ハイドリヒ大将の、棺から音が聞こえたから報告があって開けて見たら女の子がいた」
苦虫を噛みつぶしたような顔で中年の丸い眼鏡の男が控えていた若い男に言う。一方、言葉を返された若い男のほうはきょとんとした様子で目を丸くしてから軽口を返した。
「閣下。冗談でしたら、できればもう少し”ましな”冗談を……」
「誰がこんな状況で冗談なんぞ言うか……っ!」
怒鳴りつけられた男は首をすくめてから、ベッドの上で二人の様子を見るともなく見つめているマリーの瞳に気がついてにっこりと笑いかけた。
「おや、目が醒めたようですよ」
優しげな青年と、眼鏡をかけた神経質そうな男。
どこかで見たことがあるな、と、マリーは思った。
「……ここ、どこ?」
「ここはドイツ第三帝国の首都、ベルリンだ」
腹部の痛みをこらえながら起き上がった彼女の肩に手をかけて、若い男が支えるようにすると、眼鏡をかけた偉そうな男が渋面のままでつけつけと告げる。
「ベルリン……? ロンドンじゃないの?」
「イギリスのスパイか」
「ヒムラー長官、待ってください。こんな女の子相手に威圧してもなにも出てきませんよ、少しわたしに時間をいただけませんか?」
ヒムラー。
その言葉に少女はもう一度眉間を寄せた。
胸の奥にざわめくようななにかを感じながら、マリーは自分はもしかしたら失言をしたのではないか、と不安を感じる。
ここがどこで目の前の男たちは誰なのだろう。
不安を感じながら、彼女は部屋の片隅にある鏡を見やってから愕然とした。
――”これ”は、誰だ、と……。
なぜだかそこにある自分の顔にぞっとして、マリーは思わず悲鳴を上げた。
空気を送り込みすぎた風船が、弾ける寸前のようにマリーを混乱に陥れる。
自分が何者なのかわからない。
「お嬢さん、落ち着いて……」
若い男に肩を抱きしめられるように言葉をかけられながら、マリーは大きな青い瞳で彼を見上げた。
闇雲に両腕を振り回して混乱した彼女はやがてしくしくと泣き出すと若い男の胸にすがりついた。
「ここ、どこ?」
眼鏡をかけた男は溜め息をついてから肩をすくめると、少女をなだめるのを若い男に任せて部屋の外へと出て行った。
「言ったはずだ、ここはベルリンだと」
「……え?」
告げられた言葉にマリーは呆然として男を見上げた。
「どうして……?」
「君がどうしてハイドリヒ親衛隊大将閣下の棺の中にいたのか、その理由を知りたい。そして、長官の遺体をどこに隠した?」
自分の隣に腰を下ろした男は、まるでマリーを逃がさないとでも言うかのように大きな手で彼女の肩を抱きしめている。優しさを滲ませているようで、どこか刺々しい冷たい雰囲気を持つ青年に、少女は呆然としたままで相手を見つめ返した。
「……なに、を、言っているの?」
出身国はイギリス。マリーは生まれも育ちも純粋なロンドンっ子だ。
けれども、そんなマリーはまだ、自分が流暢なドイツ語を操っていることを知らなかった。
「君は何者だ」
シェレンベルクの問いかけに、しかし逆に少女が問い返した。
「……あなた、誰?」
「先にわたしの質問に答えてもらいたいものだな」
がっちりと男の腕に捕らわれてマリーは目を白黒させた。
自分の置かれた状況が理解できない。確かに目の前の男は見目も良いのだが、それを上回るのは得体の知れない恐怖だ。
「わたし……。わたしは、マリー。……マリー・ロセター」
声が震える。
目の前の男――異様な雰囲気を滲ませている青年に、マリーは体を竦ませてうつむいた。薄い病衣を着せられていて、その下には包帯が巻かれていることは見なくてもわかった。
「イギリス人か?」
「……わからない」
生まれた時はイギリス人だった。けれども年がたつごとに違和感がひどくなるのだ。生まれも育ちもロンドンだというのは、わかりきった事実だというのに。
「ロンドン」に自分がいてはいけないような、そんな違和感がぬぐえない。
違和感が消えない。
鏡を見ても、そこにいるのは自分の顔ではないような錯覚にすらとらわれた。
「わからない……?」
男に繰り返すように問いかけられて、マリーはうつむいたままで視線を彷徨わせた。
そう……。
わからないのだ。
「ロンドンで生まれて、ロンドンで育って。なのに、わたしはマリー・ロセターっていう名前を名乗っていることにすら違和感を感じて。どうしてわたしが、イギリスにいるのかを理解できなかった」
生まれも育ちもロンドン。
両親もイギリス人だ。
だから、自分がイギリス人だと言うことは識っている。
「わたしの顔も、わたしのものじゃない。わたしは、わたしじゃない……」
両手で顔をおおったマリーはきつく目をつむって肩を震わせている。
自分がイギリス人ではないような違和感を感じていたことなど、今まで誰にも告げたことなどなかった。けれども、どうしてだろう。
目の前の男には言ってもいいような気がする。
「わたしは”どうして”ここにいるの?」
階段から落ちて、目が醒めたら「箱」の中だった。そして、再び意識を失って目が醒めたら、今度は病衣を着せられてベッドに横になっていたこと。
君は誰なのかと問いかけられて「マリー・ロセター」と答えたものの、現実的な話しとしては彼女にとってそれすらもあやしい。
「自分がどうしてここにいるかもわからないのに、それでもわたしには”わかる”の」
それを知っている。
「……わかる? どういうことだ?」
「わたしは、わたしの魂に、”ここ”に”喚ばれた”のよ」
魂が知っている。
「シェレンベルク」
不意に少女が彼を呼んだ。
「……え?」
その呼び掛けに男が目を見開く。
そもそも、彼女は彼に名乗ったが、彼は彼女に対して名乗っていなかったはずだ。しかし男が驚いたのと同じように、自分の口から出た「名前」に対してひどく驚いた様子だった。
「え?」
呆然として青年を見上げた彼女は、大きな青い瞳を瞬かせて両手で口を覆った。
「シェレンベルク……?」
「君は、どうしてわたしの名前を知っている……?」
青年に強く肩を掴まれて揺さぶられた。
衝撃が腹部に走って、マリーは悲鳴を上げた。
どうしてこんなに乱暴に扱われなければならないのかわからない。
いや、そうではない。
「感情」ではわかっていなくても「頭」では理解している。「わかって」いるのだ。どうして、「ヒムラー」と「シェレンベルク」が血相を変えたのか。
マリーには「わかって」いる。
「わたしは、わたしの魂に喚ばれて、わたしの意志で、ここに還ってきたのよ……っ!」
叫ぶように言った彼女は、真剣な眼差しで男を凝視した。
頭で考えたわけではない。
ただ思うよりも先に、口から言葉がほとばしった。
ここに還ってきたのだと、魂が戦慄する。
そう叫んだ彼女は、しかし頭の片隅では冷静だ。そんなことを言ったところで、自分を含めて、誰が信じるだろう。
まるでファンタジー映画にでも出てきそうな口上だ。
「あなたが、シェレンベルク……?」
問いかけた。
マリーは自分の体を押さえ込んでいる男を見上げて問いかけると、彼は驚いた表情のままで少女を見つめている。
「どうしてわたしの名前を知ってるんだ?」
「……わからない」
自分が口にしたことも含めて、まだマリーには「わからない」ことばかりだ。
そんな彼女と押し問答をしていたシェレンベルクと呼ばれた男は、やがて大きな溜め息をついてからマリーの肩をつかんでいた手を離して立ち上がった。
「君の言ってることは理解できんな、申し訳ないが君の”身分”がはっきりするまで軟禁させてもらう」
イギリスのスパイとも限らない。
口の中でごちた彼に、マリーはそっと目を細めた。
頭の中がごちゃごちゃだった。
感情で理解していることと、頭でわかっていることと、そして、魂で感じていることがまるでばらばらで、それらをうまく表現できない。
なによりも奇妙だと感じたのは、子供の頃の周囲に対する敵愾心だ。
マリーは、どうしてもイギリスの人間が好きになれなかった。両親を含めて、全てのイギリス人が、である。
おかしな話しだった。
自分も正真正銘イギリス人だというのに。
成長するにつれて、その感情は顕著に表れてマリー自身を混乱させた。けれども、今、目の前にいる軍服を身につけた男に対してはそういった敵愾心を感じないのだ。
「シェレンベルク、ヒムラー作戦を、あなたは”知っている”でしょう」
確信めいた言葉を、部屋を出て行こうとする男に告げた彼女は、そうして睫毛を伏せた。
今は彼が信じなくても仕方がない。
そこまで考えてから、マリーは扉のしまる音に小首を傾げた。
「……でも”信じる”って、”なに”を?」
独白してから、マリーは溜め息をつくと閉ざされた扉に瞳を向ける。
彼が優秀な男だと言うことはマリーも知っていた。しかし、どうして自分がヒムラーとシェレンベルクのことを知っているのかわからない。
腹部の痛みにマリーはベッドに横になると、どっと疲れを感じて目を閉じた。
*
子供の頃から同じ夢を見ていた。
響くのは律動的な足音と低く響く男たちの歌声。
それを聞いているはずのマリーは、くだらない、と感じていた。
足音をそろえて、同じ歌を歌えば集団意識でも芽生えるのか、と馬鹿らしく感じていたこと。
響く歌声と、行進する足音。
暗闇の中へと続く松明の明かり。
知るはずのない光景を彼女は知っていた。
夢の中でとりとめもないことを考えているマリーは、不意に目の前に現れた男が手榴弾を投げるのを見た。
咄嗟に車を飛び出した彼女は男に向けてピストルを構えて男を狙う。
しかし、手榴弾を投げた男もすぐに姿をくらましてしまった。
もっともそんなことはあたりまえのことだ。誰が撃たれそうになっているところにぼんやりと立っているだろうか。
目の前で、さも当然といったように展開されていく光景を「マリー」はどこか冷静に眺めている。
これが自分の運命なのだろう、と。
自分はこうして”死んだ”のだ。
同じ夢を繰り返し見て、彼女は「自分の死」を壊れたビデオのように幾度となく再生した。体験したことのない出来事は、けれども幻覚か想像であると片付けるにはひどくリアリティにあふれていて、彼女はそれを自分の「死」なのだと認識していた。
誰かに話せば、馬鹿馬鹿しいとでも言われたかもしれない。
彼女がそれを知人の誰にも話さなかった理由は簡単だった。
自分の周りには「敵」しかいない。だから、彼女は誰にもその秘密を打ち明けることをしなかった。
「……大将閣下!」
「閣下を病院へ!」
閣下、という言葉を聞きながら「マリー」の意識は、自分がひどく高い地位にいる人物なのだな、とどこか冷静に思った。
不思議だったのは、夢の中で彼女はふたつの意識を持っていたことだ。
自分がひどく高い地位にいる人物なのだな、と思う一方で、彼女は「この傷では助かるまいな」とも思っていたこと。
自分がふたつに分かたれているような不思議な感覚。
夢の中で、彼女は男の声に告げられる。
「自分の名前を言ってみろ」
男にしてはやや高い声に、マリーは眠い目をかすかに開きながら唇を開いた。
「……――わたしは、ラインハルト・トリスタン・オイゲン・ハイドリヒ」
それはそう。
それが自分の名前。
マリー・ロセターという名前ではない。
魂に刻み込まれた彼女の本当の名前。
「来い」
力強い男の声に呼ばれて、マリーの意識はそうして青い瞳の奥へと吸い込まれていった。
「あなたは、わたし……。わたしはあなた……」
生まれる前、マリー・ロセターという名前を両親からもらう前に名乗っていた名前。それが、ラインハルト・トリスタン・オイゲン・ハイドリヒという名前だ。
――わたしは、あなたの魂に喚ばれたのよ。あなたの代わりとしてはまだ力不足だとは思うけれど……。
そうしてマリーは子供の頃から繰り返してきた夢の彼方へと墜落していった。