元勇者と元魔王
勇者と魔王の戦いは、決着を迎えようとしていました。
魔王は柱にもたれて立っているのが精一杯で、勇者は剣で体を支えながらも次の一撃の準備を着々と進めていました。
二人とも気づいていました。
次の一撃で決まる、と。
静寂が辺りを埋め尽くします。
バッ、と走り出した勇者。
魔王はそれを避けもせずに、ただじっと見つめていました。
もう自分は死ぬのだ。
諦めが彼を支配します。
けれど彼は、ただで転ぶような性格をしていませんでした。
鈍い感覚とともに剣が魔王を貫きます。
勇者はあまりにも簡単にできた攻撃に違和感を感じました。
そして、傷口から溢れ出る赤い液体が自分に触れた瞬間、その訳を知りました。
何時の間にか、キラキラと輝き目の覚めるほど幻想的な魔方陣が二人を包みこんでいました。
魔王は最後の力を振り絞り、これを完成させていたのです。
一緒に死んでもらうぞ。
魔王は言いました。
これはお前を道連れにする魔法だ、と。
勇者は目を見開いた後、眉を下げて笑いました。
それもいいかもしれないね、と。
彼女にはもう抗う魔力も気力もありませんでした。
そうして2人は魔王城の片隅で息を引き取りました。
けれど、彼等は知らなかったのです。
魔王が施した魔法の本当の効果を。
その魔法は、魔法の父と呼ばれるほどの魔法の才能を持つ賢者が作り出したものです。
彼が彼と愛する妻だけのために作り出したそれは、魔王城の書庫の奥深くにしまってありました。
名前をつけるとすれば『運命を共にする魔法』。
これの代償は魔法をかけた2人の命です。
たとえ何度生まれ変わったとしても2人の運命が交わっていく、ある種の呪いのような魔法でした。
晩年、賢者は妻と自分にこの魔法をかけて死んだそうです。
おそらく魔王はその魔法陣は遥か昔の言語で書かれていたために、その意味を正しく理解していなかったのでしょう。
気づけば、2人は記憶を持ったまま別の世界に生まれ変わっていました。
それに気づいたときは驚き、憎み合いもしましたが、それも段々と薄れていきました。
勇者は魔王が本当は優しい人間なのだと気づきました。
先代魔王の暴君と無知な勇者から、魔国と民を守り抜こうとした王だったと。
魔王は勇者が人間不信だった事を知りました。
どうして彼女がたった1人で自分に挑んできたのか、その訳を。
様々な世界に二回三回と転生していくごとに彼等は互いを理解し、愛し合うようになりました。
相手を支え、そして支えられながらのんびりとした時を過ごしていました。
今はとある世界にある地球という星の小さな島国で、彼等は幼馴染として暮らしています。
「で、前置きも終わったんだけど……これ、どうする?」
「どうするって……どうする?」
「どうしよう」
目の前には人気のない道のアスファルト上にキラキラと輝く青い魔方陣。
近所の高校の制服を身につけた2人の男女は並んで座り、悩ましげな顔でそれをじっと見つめていた。
「この言語って最初の世界の古代語だよね。古代魔法って危ないのが多いから禁忌じゃなかった?」
女は顎に手を当てながら呟いた。
肩までの黒髪を低くツインテールにした彼女は斎藤 優菜。
お察しの通り元勇者である。
「ってか、勇者召喚って書かれてあるんだけど。お前を呼んでるんじゃない?」
隣で笑っている男は青木 裕太。
いつも笑顔が絶えず校内では王子様とか呼ばれているけれど、言わずもがな元魔王だ。
「私、あの世界にいい思い出ないんだけれど。王には利用されるし、仲間には裏切られるし」
優菜が勇者だったとき、彼女は王命で魔王討伐を受けた。
魔王が狂い、西の大陸に位置する魔国が人間の国を襲うという情報が入ったからである。
しかし、それは国王が言ったデマだった。
確かに先代魔王はそんな事を考えていたが、その時にはもう死んでいたのだ。
今までは魔王が強すぎて倒せなかったが、これを機に攻め込んで土地を利用しようという国王の企みだった。
大軍を移動させるのには負担が大きいので少人数で向かわせる事にし、大陸で一番強い冒険者と言われていた勇者に頼んだのである。
そんな事も知らない勇者と王が用意した事情を知る仲間達は、転移魔法で魔国に侵入した。
一行はそのまま魔王城まで侵入しようとしたのだが、城の兵に捕まってしまったのだ。
そのとき仲間達は各自で用意していた転移魔方陣が刻まれた魔石で城にさっさと退散した。
何も知らない勇者を置いて。
勇者はそれに衝撃をうけながらも牢を抜け、半ば八つ当たり気味に魔王に挑んで行ったのである。
「お前は散々な人生だったもんな。孤児だし、勇者だし。その逆で俺は王子だよ。民にも慕われてたし」
「私は魔国の城下町で『今の魔王様は頼りなさそうね』って噂を聞いた気がするわ」
「それは……気のせいだ。それより、これどうするんだよ」
そう言って魔法陣を指差す裕太は話をそらそうとしている事がバレバレであったが、優奈は意識を魔法陣に集中させた。
もう薄れてきている記憶を無理矢理引っ張り出して一つ一つ解析を行う。
そういった繊細な作業が苦手な裕太は静かにそれを見守っていた。
「勇者召還の条件は身体能力の高い者、魔力適正の高い者、心優しい者、光属性の者。付け加えられているのは服従効果。召還主の言うことを聞くようにされてるわ」
「うわ、三人くらい魔術師死んでるんじゃない?」
「百人で行えば生きれるわね。……とりあえず服従効果を除去しておきましょうか。これで安全ね」
「え?行くの?」
自分が使うために陣に手を加えたような口ぶりに、裕太は思わず口を開いた。
「えぇ、復讐しにね」
優奈は彼と視線を合わせた後、ニヤリと口を歪ませた。
彼女にはもう純粋無垢だった勇者の面影はない。
逆に裕太が勇者と言った方が納得できる図柄だ。
「こわーい」
そう言いながらも顔は笑っており、彼も行く気のようだ。
せーの、という掛け声に合わせて魔方陣の中に二つの足が入る。
そして2人の体が入りきった瞬間、目も開けられないほどの光が彼等を包み込んだ。
「本当は行きたかったんでしょ」
「え?」
「自分が死んでまで守った魔国の事、気になってたんでしょ」
元魔王は苦笑しました。
「お前こそ、孤児院の子供たちの事気にしてただろ」
元勇者もつられて笑いました。
勇者と魔王が死んだ五年後の世界。
再度魔国侵略を図った王国は、召喚した勇者2人によって滅ぼされた。
これは大陸一平和な国の、建国史の一ページ目のお話。