↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR

「今から会えない?」

掲載日:2026/08/24

ピコーン


 メッセージアプリの通知音がスマホから鳴ると、女子高校生たちの明るい笑い声がファストフード店内に響く。その屈託のない表情は、青春そのものだ。

 そんな女子高校生たちの様子を見ている、私と会社の先輩。


8月に入り、外は35℃を超える猛暑。


 車の免許を持っていない私に「この猛暑では外回りは辛いだろう」と、車を出して外回りに付き合ってくれている入社25年の40代後半の先輩は、ハンバーガーを食べながら、


「俺の頃は、ポケットベルでさ。公衆電話から付き合ってる彼女にメッセージ送ったりさ、友達のベル友に、皆で会いに行ってみたりさ」


と懐かしそうに話す。


「霜田《しもだ》は、学生の頃ってもうスマホだったか?」


 先輩は私に尋ねる。


「中学がガラケーからスマホに変わり始めた頃でしたね。クラスの金持ちの子はスマホ、私達一般庶民は、タッチパネルの偽スマホみたいなガラケーでしたよ」

「あったな、そんなの」

「私は高2でスマホでした。メッセージアプリもすぐに入れて、友達とスタンプ送り合って…あっあとやっぱりアウスタで映える写真を撮って、ポストするのに夢中でしたね」


 アウスタって言うのは、写真と動画投稿をメインとするSNSの事で、アウスタ映えは、当時の流行語大賞にもなった。


 また明るい笑い声が聞こえ、私は彼女たちを見る。


(高校生は3人…私たちも3人で一緒にいたな)


 私はあの凄く悲しくて、少し怖かった、あの秋のことを思い出す―



 ―2017年9月、夏休みが明けて、久しぶりの登校。夏休みは私は部活で忙しく、2人とは全然遊んでいなかった。


「未来《みく》!!明日香の話、聞いた?」


 教室で会えると思っていた私に、仲良し3人組の1人である葵《あおい》がホームルーム後にそう言った。明日香と言うのも私達3人組の1人だ。


「今日、休みみたいだね」

「一昨日から入院してるらしいんだよ、アウスタの投稿もないし」

「えっ?だからなの!?」


 メッセージアプリを起動させ、明日香のトークページを開く、確かに昨日送ったメッセージが未読のままだった。


 私と葵はホームルームが始まる前に職員室に急ぎ、担任の眞藤《しんどう》先生に明日香の事を聞いた。


「一昨日に体調を崩して救急車で運ばれてね。でも検査入院だって聞いているよ。明日から面会出来るそうよ」


 不安な表情をしてたであろう私達に、眞藤先生は優しく教えてくれる。


 翌日、私達と先生がお見舞いに行くと、明日香は意外に元気で私達を迎えてくれた、何でも貧血が酷く検査する必要があるという事での入院だった。

 それから私と葵は、部活が休みの日には必ず明日香の病室にお見舞いに行き、アウスタや学校で流行っている事を3人で話していた。


「あー兜塚公園の壁って今こんなになってるの!?」


 母校の小学校の近くにある兜塚公園はこの夏改修工事があり、壁に蝶の羽根が描かれていて、その前で写真を撮り、自分に羽根が生えている様な写真をアウスタに投稿する事がこの頃の流行りだった。


「兜塚公園って昔は幽霊の噂あったよね。小学生の時、暗くなるまで遊んでて、怖くて泣いた事あったりさぁ」

「明日香が妹と喧嘩して、おばさんに怒られて、家出するって、公園のキツネのオブジェに隠れたりねぇ」

「見つけてくれたの、未来だったね」

「それから待ち合わせは、だいたいそのオブジェ」

「今もあの時のラクガキ残ってるかな」


 私と明日香の2人の思い出を話すと、葵はゲラゲラと笑いながら聞いてくれる。


「あそこで集まるのって、そういう理由があったんだ」


 私と明日香は幼稚園からの幼馴染で、葵とは中学の同級生だ。お見舞いに行くと、私と明日香の思い出を葵に聞かせて、私と葵の最近の学校での話を明日香に聞かせる事が定番になっていた。


 検査入院って、こんなに入院するんだって思いながら…


 夏の大会で3年生が引退していた吹奏楽部の私は、学園祭の演奏に向けた練習に日々追われていた。

 10月に入った頃は、明日香のお見舞いにも中々行けず、あの日も10日以上会いに行っていなかった。今にして思えば夏の大会前…いや高校生になってから、学校以外で3人で集まる事も徐々に減っていて、部活の友達と多くの時間を過ごしていた。


 …だから、あの日…私は、判断を見誤った


「未来、今日明日香のお見舞いに行くけど、どうする?」


 放課後、葵が吹奏楽部の部室に向かう私に声をかけてくれた。


「あ〜ごめん。早く終わったら連絡するから、先に行ってて」

「うん…明日香、会いたがってたよ」

「来年最後の大会だから、今は部活に集中したいんだよね」

「まぁね、高校生活は3年しかないからねぇ」

「学園祭は明日香も行けるって言ってたから、ちゃんとした演奏も聴かせたいしね」


 この時の「言ってた」というのも、メッセージアプリでの会話で、会って話したわけでも、電話で話せたわけでもない。入院中の明日香は携帯電話の通信が出来ないから、日中館外に出た時なんかにメッセージをくれ、それを部活後や寝る前に返す、そんなやり取りが続いていた。


 「先に行くね」と葵と別れ、準備室からトランペットを持ち出し、音楽室へ向かっているとポケットの中の私のスマホがバイブ機能で通知を教えてくれる。


 見るとそこには、明日香からのメッセージの通知。


【今から会えない?】


 そのメッセージに私は


【部活が終わったら行くよ】


 と即答、しかし既読のマークは付かない。

 私はスマホをポケットに入れて、また通知が来ると集中出来ないと思い、鞄にしまい……



 全体練習が終わり、パート練習に分かれた頃、音楽室に眞藤先生が飛び込んでくる。


「霜田さん、霜田未来さん、居ますか!!」


 先生の表情は、悲しそうで苦しそうで、何かあったのは分かったけど、私には状況がわからず、変な答え方になっていたと思う。


「はい、います…けど?」

「先程、葵さんと明日香さんのお父様から学校に連絡があって!!!」


 その後の事は、何をどうしたか、よく覚えていない

先生が言うには、葵から学校に連絡があって私に明日香の病院に至急来てほしいという事、そしてその電話対応をしていた時に、明日香のお父さんから明日香が亡くなったという連絡をもらったと。


 どうやって病院に行ったのか、先生に送ってもらった様な気もするけど、本当によく覚えていない

ただ病院に駆けつけた私は、明日香に会えず、泣きじゃくる葵を抱きしめていた。


 当の私は、明日香が亡くなった実感がなく、明日香が家に帰る準備を病院のロビーで待っていて、明日香に会えたのは、明日香の家の仏間に、寝かされてからだった。


「私が行ったら、明日香、もう」


 明日香に会ったあと、帰りは先生が車で送ってくれ、その時に葵がたくさん電話したのにと言っていた。確かにスマホには、明日香からのメッセージの後、葵からの電話とメッセージの通知が何十件も入っていた。


「明日香…本当に…いなくなったの?」


 先程まで、明日香の家で、明日香が息もせず寝ている姿を見ていたはずなのに…まだ現実を受け入れられない私は、間抜けな事を言ってしまう。


(信じられない…だって…明日香はメッセージをくれた)


 明日香から届いたメッセージを開く。


【今から会えない?】


 このメッセージをくれた時に、走り出していれば、明日香に会えたかもしれないのに…


 仏間に寝かされている明日香を思い出し、私は大声を上げ泣き出すと、葵も泣き出し、後部座席で泣いている私達を、先生は静かに見守ってくれていた。


「私も友達を亡くした事があってね」


と話してくれた事、覚えている。今にして思えば、自分の後悔や友達の意思を受け継ぐ事とか話してくれたんだろうけど、でも私には、それをちゃんと聞く余裕なんてなくて。


 家に帰ってからも、私は自室で布団に入り、スマホを握って泣いていた。アウスタにアップされている明日香は元気で、笑っている。でももう明日香は…寝ている明日香を思い出す。


 画面をスクロールし、アウスタや画像フォルダを見ている。


 そしてもう一度明日香からのメッセージをみる。


【今から会えない?】


 違和感に気づく

 このメッセージ、明日香はいつ送ったんだろう?


 葵が病院に着いた時には、明日香はもう…亡くなっていたと言っていた。


 明日香のメッセージを受信した時間を見る…次に受信している葵のメッセージとは、1分の差だ。


 ピコーン


 スマホが通知音を鳴らす。


 通知には【明日香】と書いてある。明日香の家族が、明日香のスマホで連絡をくれたんだろうと思い、メッセージアプリを開く。


【今から会えない?待ってるよ】


 一瞬、理解が出来ずに固まる。


 放課後のメッセージが再送信されたんだろうか?いや、すぐ上にある明日香からのメッセージには【待ってるよ】の文字はない。


ポッ


 またメッセージが送られてくる。


【来てくれるよね?】


「えっ何!?どういう事!?」


 明日香からのメッセージ、誰かのイタズラ!?


ポッ

【もう真っ暗になっちゃった】


ポッ

【会えない?会いたくない?】


ポッ

【来てくれると嬉しいんだけど…】


 私は怖くなり、スマホを投げる。


 通知音は、止まらない。


「ごめん、明日香。すぐに行かなかったから怒ってるんだよね。ごめん、ごめん、ごめん」


 私は布団を被り、震えながら明日香に謝る。


 会いに行かなかった私に怒っているんだ。

 無視した私を恨んでいるんだ。


 怒られても、恨まれても、仕方がない事を私はしちゃったんだ。


 どんなに後悔しても、謝っても、取り返しのつかない事を…したんだ。



ごめん

ごめん

ごめんなさい


 すると、今までとは違う通知音が鳴る。メッセージアプリではなく、アウスタの通知音だ。


 今までとは違う通知音、葵かもしれないと私は恐る恐るスマホに手を伸ばし、画面を見る。


【asuka2000-7☆****さんが写真をシェアしました】


 明日香のアウスタのアカウントが、写真をアップしている。

 見たことがあるキツネのオブジェ…そしてラクガキの文字……明日香といつも待ち合わせしていた、あのオブジェだ。


 ピコーン


 またメッセージアプリの通知音。


【謝らなきゃいけないことがあるの】


 そのメッセージをみて、私は立ち上がった。


 謝るのは私だ。


 部活に託けてお見舞いに行かなかった。幼馴染だから、いつでも会えるって思って、今しかない高校生活の方が大事だと思ってた。


 私はスマホ以外は何も持たずに、部屋着のまま家を飛び出した。



 夜の兜塚公園は真っ暗だった。母校の小学校の近くにあり、この街では有名な古城跡に建てられた公園で、昼は子供連れも多い公園だけど、夜は近寄りがたい雰囲気のある公園だ。

 その一角に、大きなキツネのオブジェがある。何でも近くの神社の神様であるキツネのオブジェだそうだ。


 私達がよく待ち合わせをしていたのは、そのキツネの尾の部分だ。明日香は子供の頃から、その尾に隠れて待っている事が多かった。


「明日香…いる?」


 誰もいない、尾の部分に話しかけると、尾の裏側から、明日香の声がする。


「未来、来てくれたんだ…良かった」


 私はすぐに尾を覗き込む、そこにはしゃがんで泣いている明日香がいる。


 明日香は私を見ていない、目をそらしている。後ろめたい事があるようだったけど、それは私も同じだった。


「ごめん、明日香!!私、明日香のメッセージ見たのに、部活を優先して」


 私はその場に座り、大きな声で頭を下げると、明日香が慌てて、


「えっえっ、仕方ないよ。しょうがないよ…謝るのは私だよ…」


 明日香はお辞儀をする私の頭を上げさせ、眼の前に座ると、同じように頭を下げる。


「私、嘘ついてたの。最初は検査入院だったけど、結果が出てたのに言えなかった…ごめんね。もう治らない、残りも短いって言われてたのに…未来に言えなかった、ごめんなさい」


 明日香が頭を上げると、私たちは見つめ合う。

 お互い泣きすぎて顔はボロボロだった。


 だけど、もう会えないと思った明日香がそこにいる。


 私はすぐに明日香を抱き寄せる。


「謝らないで、悪いのは私だよ」

「すぐ未来は自分を悪く言うから……未来は私が、先が短いって言ったら………高校生活も奪っちゃうと思ったら、言えなくて…ごめんなさい…悲しい思いさせて、ごめんなさい」


 明日香は、子供の頃の様に泣き始める。私も同じだ。


「私も気づけなくて、ごめん。明日香ともっと思い出作る時間あったのに」

「謝らないで、私ね。私ばかり未来の時間奪うのは良くないと思ったの。部活、頑張って…未来たちなら金賞も取って、全国に行けるって」

「うん、うん、頑張るから…見てて、そばで見てて」

「……ありがと未来。行かなきゃ」

「待って、明日香。明日香の分まで生きて、色んな物見て、経験するから、見ててね」

「うん、見てるね。また話せる時が来たら、話そうね」

「明日香のこと、一生忘れない、親友中の大親友だよ!!」

「ありがとう」


 消えてしまう明日香。私はその場で泣きじゃくる、すると、


 ピコーン


 メッセージアプリの通知音がする。


 メッセージには

【私も大親友だと思ってるよ。ありがとう。頑張って】


 と書かれていた。


 明日香が消えた後、明日香が妹と喧嘩して家出した時、明日香が描いたラクガキが目に止まった。


 明日香と私が手を繋いで笑っている―




「さて、そろそろ行くか。田中さん宅の訪問、14時だったよな」


 先輩が時計を見ながら言う。


「14時ですけど、少し早くても大丈夫だとも言ってました」

「契約の確認。プラン資料、持ってるな?」

「はい、大丈夫です」


 明日香が亡くなって、私は一層部活に打ち込み、葵とは徐々に疎遠になってしまった。2人を繋いでくれていた明日香の存在は大きかったし、2人で会うと、やはり明日香を思い出してしまい、気まずくなったんだと思う。高校卒業後はお正月にメッセージを送り合う程度、早くに結婚して、もう1歳になる娘がいるらしい。葵は「明日香を失った母親の気持ちもわかるようになった」と言っていた。


 私自身は音楽は高校卒業と共に辞めて、今は保険会社に就職している。音楽は頑張ったけど私には並の才能しかなかったらしい、それに明日香を亡くした時に、明日香の様な子に何が出来るかを考えていた。


 あの時、明日香がしてくれた。


 残された家族への援助や本人の意思を残す事が必要じゃないかと、保険会社を就職先に選んだのだ。


 3人の女子高校生たちは、まだ楽しそうに騒いでいる。少しだけ店員に注意され、声を小さくするも、すぐに大笑いをしてしまったり、楽しそうにしている。そんな彼女たちを見て、明日香の事を久しぶりに思い出した。


「先輩は、お盆休み何するんですか?」

「奥さんの実家に子供を迎えに行くよ、霜田も実家に帰るのか?」

「予定はなかったけど、お盆は帰ってみようかな」


 明日香のお墓参りをして、あのラクガキに会いに

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。